エーテル国軍で雑用の日々(1/10)
あらすじが終わり、ついにナツメは歩き出す。
エーテル国軍。それはエーテル国が有する正規の軍団。
以前は武器こそ剣と槍に弓だったが、勇敢に黒き者どもと戦い、一時には異世界から来た英雄以上に尊敬された百戦錬磨の屈強な兵隊たち。
白兵戦ならば最強と謳われた屈強な軍隊。
しかし今から10月前の黒き者どもとの交戦で9/10が戦死し、その力を失った。
追い打ちをかけるかのように王が軍縮を行ったことで兵力は1000程度となった。
そのため、今は1000人の兵士のみの小規模軍隊。
がらも悪く、もはや荒くれ者のたまり場の様になった駐屯地。
ナツメは、そんな死に体となったエーテル国軍の駐屯地で雑用をこなして生活していた。
(料理長)「おら異世界人! さっさと洗え!」
(ナツメ)「ハイ!」
ナツメは広い台所でがむしゃらに皿を洗う。
(兵舎の管理人)「おい異世界人! まだ便所のくそを片付けていないのか!」
(ナツメ)「すぐやります!」
兵舎の管理人が怒鳴ったのですぐに返事をする。
(料理長)「てめえこの後給仕だぞ! くその触った手で飯を配るのか!」
(ナツメ)「ちゃんと手洗います! できました! 行ってきます!」
すべての皿を洗い、拭き終わるとナツメは急いで兵舎へ向かった。
(洗濯長)「異世界人! てめえまだ洗濯物干してねえのか!」
(ナツメ)「午後やります!」
(料理長)「お前給仕はどうするつもりだ!」
(ナツメ)「やりますから怒鳴らないでください!」
ナツメは文句や怒気を無視して兵舎へ走った。
ナツメは駐屯地で雑用、別名何でも屋として働いている。
掃除もすれば洗濯もするし食事も作る。
ナツメは最初、その程度なら楽勝と侮っていた。違った。
1000人の男たちが暮らす世界は、想像を超えるほどの忙しさだ。
1000人の糞尿、1000人が暮らす兵舎の掃除、1000人分の食事、1000人分の洗濯物。
手を支える必要は無い。
しかし1000人の生活を支えなければならない。
もはや余裕などと言えないほどの忙しさだ。
ナツメの他にも清掃人やコックにウェイターに洗濯人も居るが、ナツメは誰よりも雑用としてこき使われていた。
(ナツメ)「給仕の前に着替えなきゃ」
テキパキと部屋に戻り服を着替えて手を洗う。そして食堂へ向かった。
忙しさの割にナツメはそれほど苦とも思わなかった。
おじいちゃんとの生活が生きた。
来たばかりのころなら根を上げていた。
(ナツメ)「ここでへこたれちゃおじいちゃんに会す顔ないし、もっとがんばろ」
忙しい日々でも笑顔と明るさを忘れない。もう涙を流すのは嫌だから。
(料理長)「異世界人! 何時までサボってんだ! さっさと来い!」
(ナツメ)「分かりました! 全く、僕の体は2つも3つも無いんだからもっと人を雇えばいいのに」
ナツメはぶつくさ言いながらもテキパキと仕事をこなしていく。
ナツメはおじいちゃんとの生活で、掃除、食事、洗濯、果てや山道の歩き方やキノコの判別方法も習った。それらの経験はナツメの血となり肉となり、彼の体を動かす。
ナツメは以前ならへとへとになり動けなくなるほどの重労働も汗一つでこなす。それどころか一般人でも倒れ込む重労働を汗一つでこなす。
慣れ、そして心構え。
ナツメにとって、これを辛いと思ってはいけない。
そんな覚悟もあった。
(ナツメ)「やっと終わった!」
もはや深夜となったところでようやく仕事が終わる。朝は早く疲れ切っているためできることは寝るだけだ。
朝起きて、便所掃除して、洗濯して、朝飯作って、皿洗って、掃除して、昼飯作って、また皿洗って、また洗濯して、また掃除して、夕飯作って、また皿洗って、最後にゴミ出しをすると深夜だ。
そして給料はゼロ。衣食住を与えるんだからありがたく思え、と雇われた時に言われた。
ブラック企業に勤める社畜のような生活だ。仕事をするだけの人生。しかも仕事には面白みがない。
しかしその結果、ナツメは目標を見つけた。
(ナツメ)「うーん。まだ10人しか名前が分からないや」
ナツメは手帳に記入された名前を見て、顔を思い出す。寝る前の日課だった。
(ナツメ)「トルバノーネさん。結構若くて線の細い人だ。
キールさん。体格がガッチリしている人だ。
ザックさん。体が傷だらけの人だ。
ウォルさん。目つきが鋭い人だ。
バーリさん。体が小さい人だ。
コストさん。やせ形の人だ。
アールさん。太ってる人だ。
マールさん。前歯が少し欠けている人だ。
ベールさん。肌が白い人だ。
ニッキーさん。肌が黒い人だ」
ナツメはため息を吐く。
(ナツメ)「役職とかも知りたいな」
ナツメの目標は駐屯地に暮らす1000の兵士の名前と役職を覚える事だった。
理由は単純、覚えればありがとうと言ってくれるかもしれない。
名前を覚えただけでありがとうと言わないことはナツメも理解している。
しかし名前でなく、おい、そこの、弱虫、臆病者、お前といった言葉で呼ばれる辛さは知っている。
そしてそんな奴にお礼を言いたくないのも知っている。
だからこそ、ありがとうと言ってもらえるための一歩として、1000人の名前を覚える。
それは非常に困難であったが、身近で生活していれば嫌でも名前を聞く。世間話や誰かが誰かを呼ぶ声を記憶すれば。そしてナツメの環境はそれが可能であった。
(ナツメ)「もう寝よう」
ナツメは目覚ましをセットする。おじいちゃんが残した奇跡のアイテムの1つだ。
(ナツメ)「奇跡のアイテムの1つが目覚まし時計。ほんと、おじいちゃんらしいや」
ナツメはくすりと笑うと、ぐっすりと眠りに尽く。
今は深夜0時、朝の5時には起きなければならない。
それでもナツメは充実していた。
名前を覚える。ありがとうと言ってもらえるまで頑張る。
今までに無い考え、感覚、何より明日も頑張ろうという気力の漲り。
ナツメは、辛くとも、楽しんでいた。
もっと人が知りたい。もっと自分を分かってほしい。
その初めての欲求を、楽しんでいた。
翌朝の朝食の時間、ナツメは何時もの様にスープを器に渡し、一人一人に手渡していく。配給制のような食事の配り方だ。
(ナツメ)「トルバノーネさん。どうぞ」
(トルバノーネ)「おう」
(ナツメ)「あのトルバノーネさん。できれば階級を教えてくれませんか?」
トルバノーネは顔をしかめる。
(トルバノーネ)「またその話か? 何でお前が知る必要がある?」
(ナツメ)「いえ、その、ちょっとした興味で」
トルバノーネは黙ってナツメから離れ、席に向かう。
その前に一言。
(トルバノーネ)「エーテル国軍最高司令官。今はそうなっている」
トルバノーネは言い切るとそそくさと席に行った。
(ナツメ)「そっか! トルバノーネさんはここで一番偉い、エーテル国軍最高司令官なんだ! メモらないと」
(兵士A)「おい! 俺を待たせるな!」
(ナツメ)「すいません! あの、失礼ですがお名前を教えて欲しいんですが」
(兵士A)「何度も言わせるな! お前に名乗る名はねえ!」
兵士Aがそそくさと立ち去ると後ろの兵士Bがお盆を差し出す。
(兵士B)「ブラッドだ。階級はエーテル国軍防衛隊1番隊隊長だ」
(ナツメ)「え?」
兵士B改めエーテル国軍防衛隊1番隊隊長のブラッドが顔をしかめる。
(ブラッド)「俺の名はブラッドだ! 階級はエーテル国軍防衛隊1番隊隊長! 2度も言わせるな!」
(ナツメ)「あ、ありがとうございます! そっか! ブラッドさんって言うのか! 忘れないうちにメモしないと!」
(兵士C)「おいゴラ! 俺を待たせるな!」
(ナツメ)「すいません! すぐメモします! ブラッドさん、エーテル国軍防衛隊1番隊隊長」
(兵士C)「早くしろ!」
(ナツメ)「お待たせしました! あの、失礼ですがお名前を教えて欲しいんですが?」
(トルバノーネ最高司令官)「奇妙な奴だ。異世界人なのに俺たちの名前を知りたがる」
(キール)「異世界人だ。あんな奇妙な奴ばっかだろ」
(トルバノーネ最高司令官)「そうかな? 今までの奴らは俺らの名前なんて憶えもしなかった」
(ザック)「確かにな! 結構いい奴なのかもな!」
(ウォル)「良い奴? 異世界人が? 信じられねえな。どうせハンニバルと同じだろ?」
(ニッキー)「ハヌーンはハンニバルを信じて死んだ。俺たちは負けた。信用ならねえ」
(ベール)「ですが、一生懸命食事を渡す姿は素晴らしいです」
(アール)「彼女が来てから料理がおいしくなりました。できれば料理長になって欲しいものです」
(ベール)「確かにそれは思いました! エーテル国軍炊事部隊隊長として言いますが、彼女が来てから確かに味は格段に良くなった」
(マール)「ほう! あの味にうるさくて王様に喧嘩売ったベールが褒めるか! なるほど、あいつはやっぱり只者じゃねえな!」
(エーテル国軍炊部隊隊長ベール)「あなたにも分かりますか!」
(マール)「たまにあいつが便所掃除でくそを運んでいるところを見たが、中々に見事な手際だったぜ! エーテル国軍輸送部隊長の俺が言うんだから間違いない!」
(コスト)「マールに賛成ですね! エーテル国軍汎用部隊隊長として言いますが、彼は戦闘には向かないが、その他の仕事はなんでもできる! 嫌な顔一つせず! 彼の仕事ぶりを見て部下に欲しいと思ったくらいです」
(バーリ)「戦闘しか能の無い俺だが、お前らが褒めるから相当いいんだろうな!」
(エーテル国軍輸送部隊長マール)「輸送ってのはどんな軍事行動よりも重要で、一番地味な仕事だと認識しています。彼女の様に黙々と、笑顔でこなしてくれる人は大歓迎だ!」
(ザック)「はは! エーテル国軍切り込み隊長としてもそれは良いね! 笑って死ねるなら本望だ!」
(トルバノーネ最高司令官)「待て待て! お前らどうして階級を言う? 俺たちはすでに知っている! まさか俺が忘れたと思ってるのか!」
(キール)「自分が忘れそうだからだ。お前もそうじゃねえのか? ついでに名乗らせてもらうが、俺はエーテル国軍歩兵部隊隊長だ。言えた! まだ忘れてなかった!」
トルバノーネ最高司令官を含め、エーテル国軍最高幹部一同が黙る。
(トルバノーネ最高司令官)「飯食おう」
そして食事を始める。そして食べ終える。皆食器を定位置に戻すと食堂を去った。
(トルバノーネ最高司令官)「あの異世界人? 名前は何ていうんだ?」
トルバノーネ最高司令官はナツメが食器洗いをしながら怒鳴られる姿を見て、貧乏ゆすりをしながら言った。
彼はナツメが台所を出るまで、じっとナツメを観察する。
(トルバノーネ最高司令官)「お前は何を望んでいる?」
そこまで言ってトルバノーネ最高司令官は言葉に詰まる。
(トルバノーネ最高司令官)「俺はあいつの名前を知らない? あいつは知っているのに?」
(ナツメ)「やっと終わった」
ゴミ出しを終えたナツメは時計を確認する。まだ深夜0時では無い! 22時だ!
(ナツメ)「やっと真面な睡眠が出来る」
ナツメが欠伸をすると、トルバノーネ最高司令官が近づく。
(トルバノーネ最高司令官)「お前は、なぜ俺たちの名前を知りたがる?」
ナツメはトルバノーネ最高司令官を前にして固まる。
なぜそんなことを聞くのか? と、問いたいが、トルバノーネ最高司令官の表情を見て、彼が真剣だということを汲み取る。
(ナツメ)「ただ、ありがとうと言ってもらいたいだけです」
(トルバノーネ最高司令官)「どういうことだ?」
(ナツメ)「僕はただ、トルバノーネさんたちにありがとうと言ってもらいたいだけです。だから名前を覚えるんです」
(トルバノーネ最高司令官)「意味が分からん? ありがとうと言ってもらいたいなら、名前を覚える必要などない」
ナツメは力強く、悲し気に、でも、笑う。
(ナツメ)「お礼を言ってもらいたい人に、お前とか、おいとか、そんな言葉を使ってほしくないからです。名前を呼んでもらって、ありがとうと言ってもらいたい。ただそれだけです」
トルバノーネ最高司令官はじっとナツメを見つめると失笑する。
(トルバノーネ最高司令官)「変な奴だな。どうしてそんな奇妙なことを?」
ナツメは夜空に浮かぶ星を眺めながら答える。
(ナツメ)「トルバノーネさんたちと仲良くしたいだけです」
トルバノーネ最高司令官は絶句する。
(トルバノーネ最高司令官)「仲良くしたい? 異世界人のお前が!」
(ナツメ)「ただの自己満足です。お休みなさい、トルバノーネさん」
ナツメはトルバノーネ最高司令官に背を向ける。
(トルバノーネ最高司令官)「お前の名前は!」
ナツメは振り返る。
(ナツメ)「大神ナツメです!」
ナツメが去る。トルバノーネ最高司令官はじっとその後ろ姿を眺める。
(トルバノーネ最高司令官)「大神ナツメか」
次の日の朝、いつもと同じようにトルバノーネ最高司令官がナツメからスープを受け取る。
(ナツメ)「どうぞ、トルバノーネさん」
(トルバノーネ最高司令官)「お前の名は大神ナツメだな?」
ナツメは目をパチパチさせる。
(ナツメ)「そうです! 僕は大神ナツメです!」
(トルバノーネ最高司令官)「そうか。ありがとよ、大神ナツメ」
トルバノーネ最高司令官は一言言って去った。
ナツメはその後ろを見ながら、ぐっと微笑んだ。
(ナツメ)「やっと、名前を覚えてもらえた!」
(エーテル国軍歩兵部隊隊長キール)「珍しいな」
(トルバノーネ最高司令官)「何が?」
(エーテル国軍歩兵部隊隊長キール)「お前が異世界人の名前を聞くなんて」
(トルバノーネ最高司令官)「ただの気まぐれだ」
トルバノーネ最高司令官はパンとゆで卵を頬張り、微笑む。
(トルバノーネ最高司令官)「今日は美味いな。何時もと同じ食事なのに」
トルバノーネ最高司令官は食べながら、チラリと、横目で、ナツメの姿を見つめた。
(ナツメ)「どうぞ! あの、失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
(トルバノーネ最高司令官)「大神ナツメ。大神ナツメか」
(エーテル国軍炊事係部隊隊長ベール)「誰です? 大神ナツメとは?」
(トルバノーネ最高司令官)「あそこでスープを配っている奴だ」
エーテル国軍最高幹部一同が立ち上がり、ナツメを見つめる。
(トルバノーネ最高司令官)「大神ナツメ。大神ナツメ。良い名前だ」
トルバノーネ最高司令官は何度もナツメの名を口にしながら食事をする。
(トルバノーネ最高司令官)「美味い!」




