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おじいちゃん(9/10)

次話おじいちゃん編最終回。

 おじいちゃんの初めの言葉は、僕の父に殺されたという衝撃の事実だった。

(おじいちゃん)「殺されたは言い過ぎかもしれん。見殺しにされたんじゃ」

(ナツメ)「何があったの?」

 おじいちゃんの身体が震える。

(おじいちゃん)「お前が死んだ次の朝じゃ。ワシはいつもと同じように朝の散歩をしようと思っとった。じゃが出かける直前になって、電話が鳴った。出ると珍しく息子からじゃった。十年ぶり以上じゃった。そしてあいつは、ナツメが死んだからこっちに来て葬式の手はず等をすべてやってくれと言った。自分は忙しいからそんな暇無いと。怒鳴ろうと思ったが、すぐに電話は切れた。だから急いで向かった。息子の面をぶん殴って勘当するために。じゃが奴らは海外へ逃げていた。テーブルには、金と病院の地図だけあった」

 おじいちゃんはとりつかれたかのように叫びながらぎゅっと手を握り、怒りの目を向けてきた。

(おじいちゃん)「病院に行って、お前の遺体を見たとき、ワシは怖くて仕方が無かった。お前は人間の姿をしとらんかった。じゃが服装に靴、生徒手帳、そして歯型で、お前と分かった。ワシは、確認するたびに気が狂いそうじゃったぞ」

 ぎゅっと強く握り返して、おじいちゃんの手の甲を頬に当てる。

 温かくて、なのに冷たくて、胸にたくさんこみ上げる。

(ナツメ)「自殺なんかしてごめんなさい」

(おじいちゃん)「全く、二度とやるな。いいな?」

(ナツメ)「うん。もうやらないよ」

 おじいちゃんは安心したように、違う。

 安心して目を閉じる。

(おじいちゃん)「結局息子たちが居ないから葬式を進めた。頭が真っ白でいくら払ったのかも覚えとらん。じゃが、お前の学校のクソガキと馬鹿教師どもは目に焼きついて離れん」

(ナツメ)「あいつらは、何をしたの?」

(おじいちゃん)「クソガキどもはお前の仏壇の前で笑いながら写真を取っていた。奴らの笑い声は耳に張り付いて、毎日耳をそぎ落としたくて堪らなかった。奴らは、お前の遺体を前に、面白い、勝った、やった、ざまあみろと言った、皆笑いを堪え切れなかった。誰も手を合わせず、見るとくすくす笑いながらそとへ走り、庭で腹を抱えて笑った。ワシはその時初めて、お前が死んだ理由を理解した」

(ナツメ)「そっか。あいつらはおじいちゃんにそんな酷いことをしたんだね」

(おじいちゃん)「お前に、じゃ。怖がるな。あいつらはお前を苛めた。お前を苦しめた。お前を笑った。毅然とした態度で、怒るべきじゃ」

 でもおじいちゃんは力なく涙を流す。

(おじいちゃん)「ワシは怒鳴った。何がおかしいと。ナツメに失礼じゃと言った。奴らはぬけぬけと、ナツメくんも喜んでますと言いやがった。あの時初めて人を殺したいと思った」

 おじいちゃんはぎりぎりと歯を食いしばる。

(おじいちゃん)「教師どもも教師じゃ。あいつら、葬式後の食事の後何を言ったと思う? あいつらは、こんな美味しい料理を食べさせてくれてありがとうと言った。ありがとうと言いやがった! ワシはあいつらにありがとうと言ってもらうために葬式をしたんじゃない! なのにあいつらは! あのクソどもはありがとうと抜かしやがった!」

 ふっとおじいちゃんが力なく笑う。

(おじいちゃん)「じゃが、いじめを黙認するような教師なんぞ、所詮その程度なんじゃろう。ワシはその時メシの味も覚えておらんから、どんな態度を取っていたのか分からん。じゃがもしも、言いたくも無いが、ワシがお前の葬式の後で、もしも、絶対に無いが、あり得ないが、笑っていたら、奴らは礼を言うじゃろう。お前の苛めを無視したバカ教師じゃなくとも、すべての苛めを黙認する教師は、ワシが不謹慎に笑っていたら、ワシを嗜めることも、ぶん殴ることもせずに、飯を食って、ありがとうと言うじゃろう」

 おじいちゃんはボロボロと涙を流し、僕に手を伸ばす。

(おじいちゃん)「済まん。もっと早くそれを知っておればワシはお前を助けられた! それだけは本当じゃ! 信じてくれ! ワシはお前が助けてと言ってくれたら、絶対に助けた! ワシはただ知らなかっただけじゃ! お前を助けたくても助けられなかったんじゃ! じゃから許してくれ! お願いじゃ! ワシを許してくれ!」

 おじいちゃんの泣き顔を見て、僕は生前の世界、僕を苛めた奴らに教師たちに怒りを覚えた。

(ナツメ)「おじいちゃんは悪くない。絶対に悪くない。それと、ごめんね。自殺なんかして」

 おじいちゃんの心を聞いて僕は気づいた。

 僕は卑怯者だ。

 確かに自殺して、復讐できた。

 でも相手は何の罪も無いおじいちゃんだった。

 僕は逃げた。苛めた奴らに教師に両親に世界から。

 でもそれは間違いだった。

 僕は奴らを倒すべきだった。

 本当は気づいていたけど、認めたくなかった現実。

 自殺して復讐できた相手は、何の罪も無いおじいちゃん。

 本当に復讐したい奴らは何の問題もなく生活している。

 僕が本当に復讐したかったのはあいつらだ。

 だから本当は自分の手でやらなければならなかった。

 もしかしたら済まないと思ってくれるかもしれない、間違っていると気づいてくれるかもしれない。

 そんな、かもしれないではなく、己の手で実行しなければならなかった。

 僕が本当に弱虫なのは、自殺したことではなく、その事実から目を逸らしてしまったことだ。

(ナツメ)「おじいちゃん。大好きだよ」

 手遅れになる前にやっと気づけた。

 僕はおじいちゃんが大好きだ。

 おじいちゃんは本当の家族だ。

 僕が欲して初めて手に入れた、温かい家族だ。

(おじいちゃん)「ワシもじゃ。ワシはお前の孫じゃから。いや、家族じゃからの」

 おじいちゃんがにっこり、土色の顔で微笑むと僕の目から涙が零れる。

(ナツメ)「おじいちゃん。大好きだよ」

 死なないでなんて言えない。元気になってとも言えない。

 その言葉はおじいちゃんが死ぬと認める言葉だ。

 だから言ってはいけない。それよりも好きという言葉を口にする。

 だって僕はおじいちゃんが好きだから。

 今度からもっともっとおじいちゃんを幸せにしたいから。

 次があるから。

 だから僕は次のために、好きという言葉にありったけの感謝を込める。

 もう家族だ。だから、次こそ、本当に満足してもらえることをしたいから。

(おじいちゃん)「ワシは息子の育て方を間違えたのかもしれん」

 おじいちゃんは僕を見ながら自虐的に呟く。

(おじいちゃん)「お前みたいな良い子が生まれるんじゃ。あいつが悪いんじゃない。ワシの育て方、接し方が間違っておった」

(ナツメ)「おじいちゃん? おじいちゃんは悪くないよ?」

(おじいちゃん)「いや、ワシが悪い。ワシはあいつに、辛い思いをさせてきた。やれ勉強だ一番に成れだとプレッシャーをかけすぎた。だからあんなことをした。もしかすると、ワシが見殺しにされたのも、自業自得なのかもしれん」

(ナツメ)「おじいちゃんは悪くないよ!」

(おじいちゃん)「ナツメ、違うんじゃ。ワシはきっと、あいつがお前に辛い思いをさせる切っ掛けを作ってしまった。ワシはお前の成績が悪いことであいつに随分と酷い言葉を言った。お前がちゃんと勉強できる環境ではない、辛い日々を送っていることも知らずに、酷い言葉を無責任に言ってしまった」

 おじいちゃんの涙を拭う。

(ナツメ)「違うよ。切っ掛けはどうであれ、動機はどうであれ、僕は両親が悪いと思う。だって、どうにもできないのに、僕みたいにおじいちゃんに相談もせず、僕を殴った。だから両親の責任だ。だって、両親は子供じゃない、立派な大人だ。なのにおじいちゃんを悲しませることをした。許されないことだ」

 僕は初めて両親を批判した。おじいちゃんが間違っているとは絶対に思いたくなかったから。

(おじいちゃん)「お前が、辛かった。お願いじゃからワシを庇わんでくれ」

(ナツメ)「ダメだよ。だって僕はやっとおじいちゃんの思いに気づけた。だから、おじいちゃんのせいじゃない。僕が自殺したのは、おじいちゃんが助けてくれなかったことじゃない。両親とバカな奴らのせいだ。だって、あいつらが居なかったら、僕はそもそも自殺なんてしなかった。そうでしょ?」

(おじいちゃん)「……お前に会えて本当に良かった。ワシはその言葉が聞きたくてしょうがなかった。ワシを苦しめる思いを否定して欲しかった。やっと、お天道様に顔向けできる」

(ナツメ)「おじいちゃん!」

(おじいちゃん)「手を離さんでくれ。ぎゅっと握ってくれ」

 僕は咄嗟におじいちゃんの手を再度握り締める。

(おじいちゃん)「ワシは、自分の息子を恐れた。切っ掛けは、あいつがワシを殺した瞬間じゃ。葬式から1月ほどして、あいつらは帰ってきた。ワシはあのクソガキどもを殺すつもりじゃったが、その前に、どうしてもあのバカに言いたかった。何でナツメを死なせたのか。じゃがあいつは無愛想に手を払った。堪りかねたワシはあいつの胸倉を掴んだ。ワシはその刹那、突き飛ばされた。そしてテーブルの角に頭をぶつけてしまった。それがワシがここに来た理由じゃ」

(ナツメ)「両親はおじいちゃんを助けなかったの?」

 正直、その程度で死ぬのかと思った。

(おじいちゃん)「半ば殺す気でやったのじゃろ。何せ脳内出血していたらしいからの。じゃがまあ、これだけなら不運な事故と呼べるじゃろう。じゃが、あいつらはワシがもだえる間、ワシが死ぬまで、ワシの前に立っていた。死ぬまでじっと、ワシを見ていた。ワシが死ぬのを、ずっと待っていた」

 信じられなかった。僕の両親は、いや、あの鬼畜どもは、おじいちゃんを殺した。

 でも納得できた。

 あいつらは、僕が血を流しても、眉一つ動かさなかった。

(おじいちゃん)「ワシは、育て方を間違えた。躾と思ったことはただの暴力じゃった! じゃからあいつはお前にあんなことを!」

(ナツメ)「違うよ! おじいちゃんに罪は無い! だって僕は一緒に暮らしていて楽しかったよ? 楽しかったんだ! だから間違ってない!」

(おじいちゃん)「違う! ワシが間違っていた! じゃなければお前にあんな酷いことを! お前の苦しむ姿を黙って見ていられるなど!」

 おじいちゃんは狂乱状態だった。それほどショックだった。

 息子に殺されたこと、僕が死んだ理由。

 僕は、これほどおじいちゃんに思われていたのかと感じた。

 僕にこれほど思いをぶつけてくれる人が居る。

(ナツメ)「天におられるわたしたちの父よ、み名が聖とされますように。

     み国が来ますように。

     みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように。

     わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。

     わたしたちの罪をお許しください。

     わたしたちも人をゆるします。

     わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください」

(ナツメの祈りが終わる)

 僕はふと、ジャンヌさんの祈りを思い出した。

(ナツメ)「おじいちゃん。僕も償うよ。おじいちゃんと一緒に」

(おじいちゃん)「何よ言っておる? これはワシの責任じゃ」

(ナツメ)「でも僕はおじいちゃんと一緒に暮らすんだ。だから、一緒に償う。おじいちゃんを1人にしない。僕はおじいちゃんの家族なんだから」

 僕とおじいちゃんは罪人だ。

 僕は自殺した罪、おじいちゃんは自責の念。

 ならば償い続ける。

 おじいちゃんと一緒に。

(おじいちゃん)「ありがとう」

 おじいちゃんの手を握り締める。

(ナツメ)「僕も、ありがとう」

 僕はジャンヌさん、沖田さん、ハンニバルさん、アウグストゥスさんの言葉を思い出していた。

 言葉は違えど、皆、僕に頑張れと言ってくれていた。

 生きろと言ってくれていた。

(ナツメ)「ありがとう」

 おじいちゃんが元気になったら、皆にお礼を言いに行こう。

 僕のおじいちゃんを紹介しよう。

 僕のおじいちゃん、僕の家族ですと。

(おじいちゃん)「ワシは、ここに来て、本当に良かった。ナツメに会えた」

(ナツメ)「僕もここに来て、本当に良かった。おじいちゃんに会えた」

 おじいちゃんは深く息を吸う。

(おじいちゃん)「ナツメ。お前は弱虫じゃない。ワシが誇れる、立派な孫じゃ」

(ナツメ)「おじいちゃんも間違ってない。僕が誇れる、立派なおじいちゃんだ」

 おじいちゃんが軽く笑う。

(おじいちゃん)「ナツメ。生まれてくれて、ワシの孫で、本当に、ありがとう」

 胸が苦しくて仕方ない。

(ナツメ)「おじいちゃん。僕のおじいちゃんで、本当に、ありがとう」

 おじいちゃんは浅く、息を吸い込む。

(おじいちゃん)「ワシは、幸せじゃ。ナツメ、ありがとう。神様、ありがとう」

 おじいちゃんは深く深く、息を吐いた。

(ナツメ)「おじいちゃん?」

 おじいちゃんは深く眠っていた。

(ナツメ)「おじいちゃん、僕はもっと聞きたいことがあるんだ。おじいちゃんが子供のときの話とか、ここでどんな暮らしをしていたのか。いっぱい聞きたいことがあるんだ」

 おじいちゃんの手を摩りながら、次への言葉を考える。

(ナツメ)「僕はもっとおじいちゃんのことを知りたい。僕のことを知ってほしい」

 おじいちゃんの手を温める。

(ナツメ)「だから、お休み」

 おじいちゃんは眠っている。

 これから忙しくなる。

 おじいちゃんのために、コペルニクスさんのために、ジャンヌさんのために食事を作らないといけない。

 碌な夕食も作れないけど、精一杯作る。

 そして、一週間後、今度はジャンヌさんにコペルニクスさんにアウグストゥスさんにハンニバルさんを呼んで、今度こそ豪勢なご馳走を作る。

 そして皆と、おじいちゃんと笑いあう。

 きっと楽しい。

 絶対に楽しい。

(ナツメ)「おじいちゃん。大好きだよ」

 だから今は寝かせよう。

 起きるまでずっと手を握っていよう。


 だっておじいちゃんの手は、こんなにも温かいのだから。

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