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おじいちゃん(2/10)

8/19完成

(おじいちゃん)「ほれ、さっさと洗わんか」

(ナツメ)「やってるでしょ」

(おじいちゃん)「遅い遅い遅い! サボっている場合か!」

 こつんとおじいちゃんが杖で頭を叩く。軽くだけど硬いから痛い。

(ナツメ)「何するんだよ!」

(おじいちゃん)「お前がサボっているのが悪い!」

(ナツメ)「サボって無いじゃん! 手ぇ動かしてるじゃん!」

(おじいちゃん)「もう30分も経っている! なのに洗濯も終わらないのか! お前の手は飾りか!」

(ナツメ)「1週間分くらいの洗濯物なんて手もみだったらそれこそ1日がかりだよ!」

(おじいちゃん)「口答えするな!」

 またこつんと叩く!

(ナツメ)「分かったから邪魔しないでよ!」

 全く、乱暴なおじいちゃんだ。恩人じゃなかったらすぐに逃げ出すのに。

(ナツメ)「それにしても、何で僕こんなところに居るんだろう?」

 僕はマンションの屋上から飛び降りて死んだはずだ。なのに生きている。生きているだけじゃなく、見知らぬ山奥に居た。

(ナツメ)「おじいちゃん。僕なんでここに居るの?」

(おじいちゃん)「何じゃ。さっき教えたじゃろ」

(ナツメ)「山の中に血だらけで倒れていたってことしか聞いて無いよ。ここ日本のどこ? 神奈川県の川崎市にこんな山奥あった?」

(おじいちゃん)「ここはエーテル国から外れたしがない領主の山の中じゃ」

(ナツメ)「エーテル国って何?」

(おじいちゃん)「そんなお喋りしている暇があったらさっさと手を動かせ!」

(ナツメ)「分かったよ! やればいいんでしょやれば!」

 水が汚くなったのでせっせと井戸から水を引き上げてタライに注ぎなおす。そしてまた洗う。明日は箸も持てないほど手が真っ赤になりそうだ。

(ナツメ)「それにしても本当に度田舎だ」

 一面見渡す限り木、木、木。空を見上げると太陽の下の星が見えるほどに澄んだ空気。そして雲に届くほど高い山々。そして後ろを振り向くと小屋の前で日向ぼっこするおじいちゃん。そしておじいちゃんの私服を着る僕。ダサダサ。いくらなんでもふんどしにローブってどんなセンス? 日差しが暑いから日焼け防止には役立つだろうけどもうちょっと何か無かったの? それにここどこ?

(ナツメ)「何でこんなとこに居るんだ?」

 僕は自殺した。死んだ。なのにここに居る。

 何で僕自殺したんだっけ?

(ナツメ)「そもそも僕の家って川崎市のどこだっけ? 川崎市ってどこだっけ? どんな学校行ってたんだっけ? そもそもお父さんとお母さんって誰だっけ?」

 考えると頭が痛くなってきた。

(ナツメ)「おじいちゃん、僕の名前ってナツメでいいんだよね?」

(おじいちゃん)「自分でそう言ってただろ! それよりサボるんじゃない!」

 またこつんと杖で叩かれる!

(ナツメ)「止めてよ! 結構痛いんだよ!」

(おじいちゃん)「なら無心になれ! 無心でやらないから手が遅い! お前のやるべきことは昔のことを思うことじゃない。今、洗濯をすることじゃ!」

(ナツメ)「分かったよ! うるさいな!」

(おじいちゃん)「目上のワシになんて言い草じゃ!」

 コツン! 痛い。

(ナツメ)「だから叩かないでよ!」

(おじいちゃん)「やかましい奴じゃ!」

 コツンコツンコツン! 痛い!

(ナツメ)「分かった分かったよ!」

(おじいちゃん)「ふん! ワシは少し昼寝する。その間に終わらせておけ!」

 バタンと冷たくドアを閉じやがった。

(ナツメ)「この性悪じじい! 今に見てろ! ぴかぴかに洗濯してあっといわせてやる!」

 ということで洗濯を再開する。

(ナツメ)「それにしても、何で僕はここに居るんだろ?」

(おじいちゃん)「手を止めるなこのばか者!」

(ナツメ)「うわ! でた!」

 何時の間にか昼寝したはずのおじいちゃんが背後に居た! 幽霊よりも怖い!

(おじいちゃん)「人を妖怪みたいにいうなこのばか者!」

 おじいちゃんは杖で小突かず、トサリと草の生い茂る地面に小瓶を置く。

(おじいちゃん)「蜂蜜と薬草を練り合わせた軟膏じゃ。全部すんだら手に縫っておけ。明日の朝手がずる向けにならず、気持ちよく洗濯するために!」

(ナツメ)「分かりました! ちょっと感動した僕が馬鹿でした!」

(おじいちゃん)「やかましい! それが終わったら掃除しろ! 小屋の周りと台所を重点的にじゃ! その後飯じゃ! 言って置くがワシは日が沈む前に夕食を食べる。昼飯はワシが作ったんじゃから、しかと心に刻むんじゃ! あとワシは汚い部屋で食事などしたくない! しっかり掃除しろ! あと夕食のあと散歩に出るからワシが帰る前にワシの部屋を掃除しておくんじゃぞ!」

(ナツメ)「分かりました!」

(おじいちゃん)「わかっとったらさっさとせい! 介抱した恩くらい返してもらわぬと割に合わぬからな!」

 バタンとドアが閉じる。それを確認してジャブジャブ。もう一度確認してジャブジャブ。また確認する。ドアは開かない。

(ナツメ)「悪口言うんだから念には念を入れないと」

 とりあえず馬鹿とかくそじじいとか言いたいけど聞かれたくないので安全確認をする。

(ナツメ)「寝てるよね」

 そっとドアに耳を近づける。

(おじいちゃん)「サボッとんじゃない!」

 ベキャリとドアが頬にぶつかった。

(ナツメ)「いって! 思いっきりドアを開けるなよくそ爺! 頬っぺたが腫れ上がるだろ!」

(おじいちゃん)「サボるお前が悪い!」

(ナツメ)「この馬鹿! もう恩なんて知るか! 僕は帰る! つか逃げる!」

 踵を返して走る!

(おじいちゃん)「こら待てこの恩知らず!」

 おじいちゃんが追ってくる!

(ナツメ)「偏屈爺に追いつける! 僕はまだ若いんだよ!」

(おじいちゃん)「なめくさったガキじゃ! たっぷり絞ってやるから覚悟せい!」

 木々生い茂る山の中で追いかけっこの始まりだ!

(おじいちゃん)「待たんかいこの馬鹿たれ! せめて服置いてけ!」

(ナツメ)「こんなダサい服すぐに送り返すよ!」

 山の中を全力疾走するとすぐ後ろから草木を踏みあさる足音が聞こえる!

(おじいちゃん)「待たんか馬鹿たれ!」

(ナツメ)「結構体力あるね!」

(おじいちゃん)「お前の体力が無いだけじゃ! ワシはこの山なら隅から隅まで知り尽くしている! 逃げられると思うな!」

(ナツメ)「やばいやばいやばい! 山姥! いや山爺が追ってくる!」

 それにしても山の中を全力疾走すると、山の傾斜、木々の臭い、生木の臭い、そして木漏れ日がシャワーのように降り注ぐ美しい光景が目に入る。

 綺麗だ。そう思った。

(おじいちゃん)「待たんかこの馬鹿!」

(ナツメ)「捕まえて見ろ! 鬼ごっこだったらおじいちゃんには負けないよ!」

(おじいちゃん)「とっ捕まえて尻を叩くからなこの馬鹿!」

(ナツメ)「ハハ! 鬼ごっこだ!」

 楽しい! こんなに全力で走るのは初めてだ!

 前の世界じゃこんなことできなかった!

(ナツメ)「できなかった?」

 できなかった。こう思ったことに戸惑うと途端に視界が歪む。

 僕はなぜここに居る?

 迷ったとき、木の根に躓いた。

 地面を転がりながら思う。

 僕は誰だ? 今まで何をやってきたんだ?

 目覚める前と目覚めた後の記憶の剥離は何だ?

 ごろんと転がり終える。

 視界が真っ暗だ。木漏れ日だけが分かる。

 まるで手の届かない星空のように。

 僕は何でここに居るんだ?

 それ以上に僕は何で自殺なんかしたんだ!

(おじいちゃん)「こら! いきなりお昼寝か? 若い者がしっかりせんか!」

 おじいちゃんが頭を杖でコツコツ頭を叩く。痛い!

(ナツメ)「止めろよこの馬鹿!」

(おじいちゃん)「ならさっさと起きて家に帰るぞ」

(ナツメ)「家? どこの?」

(おじいちゃん)「ワシの家に決まっておるじゃろ!」

 おじいちゃんはそれ以上何も言わずに僕に背を向ける。

(ナツメ)「あの、おじいちゃん? もしかすると僕が居ると迷惑になるかも」

(おじいちゃん)「疲れておるのー! だらしない!」

 おじいちゃんは僕に振り向かずため息をつく。

(ナツメ)「疲れてる?」

(おじいちゃん)「もういい。今日の家事はワシがやる。だから明日は一生懸命やれよ!」

(ナツメ)「あの、それよりも僕は大事なことを忘れているんだ!」

(おじいちゃん)「雑念じゃ雑念!」

 コツンと頭を叩かれる。

(おじいちゃん)「一生懸命、集中していないから雑念に囚われる。反省しろ!」

(ナツメ)「おじいちゃん」

(おじいちゃん)「今のお前にワシの家に行くより重要な約束があるのか?」

 しかられたので考えて見る。

(ナツメ)「えっと、たぶん無いと思う?」

(おじいちゃん)「なら帰るぞ。明日からきびきび働け!」

 コツンと頭を叩かれる。

 どうしてだろうか? それがとても嬉しい。

 まるであの悪夢が夢だったと教えてくれているようで!

(おじいちゃん)「歩みが遅い! 雑念じゃ!」

(ナツメ)「もう! 叩かないでよ!」

 言えることは、おじいちゃんとの追いかけっこは楽しかった。

 まるで、両親にあやして貰ったみたいだった。

 そう思うと、僕には今のところおじいちゃんしか頼れる人が居ない。

 なら明日からはもっと頑張って洗濯しよう。

 それが、僕流の感謝の伝え方だった。

 今までで一番望んだ伝え方だ!

(おじいちゃん)「雑念じゃ!」

 コツンとまた頭を叩かれる!

(ナツメ)「もう止めてよ!」

(おじいちゃん)「ならキビキビ歩かんか! 日が暮れるぞ!」

(ナツメ)「分かってるよ!」

(おじいちゃん)「その口調がダメだ! 分かりました、じゃろ?」

(ナツメ)「分かりましたよ偏屈爺!」

(おじいちゃん)「後でたっぷり説教してやる!」

 

 こうして僕は、おじいちゃんの家に居候することになった。

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