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獣王の娘と片足の王子  作者: papiko
第三章
22/31

2

 ハルベリーとニノが魔法師になる決意をしてから、すぐに二人の訓練をバースティアははじめた。訓練は体術の取得から始まる。体の使い方を覚えることで、魔力の流れを感じ、制御するのが目的だとバースティアは、説明した。それと同時に一時帰郷していたブルース・ミンクに、魔法師団についていろいろと学んだ。彼は教えるのがあまり得意ではないのか、大雑把に話をする。わからないことは問いかければ、答えると言う感じだった。それは逆にハルベリーとニノの興味をそそり、二人は競って質問をした。そして、ブルースは一年の休暇を終えて隊にもどった。それも獣人部隊だという。


「僕たちもいつか魔法師団に入ることになるんでしょうか」

 ニノが素朴に問うと、バースティアは答えた。

「上級魔法が使えるようになれば、腕試しに入隊試験を受けてもらうよ。ただし、入隊したくなければ、適当なところで失敗すればいいのさ」

「どのみち、この魔力を制御できなきゃどうにもならないってことだろ」

 ハルベリーはなかなか力の加減ができず、ため息交じりにそう言った。バースティアは、そのとおりだと笑った。


 あれから、二年が経ちハルベリーは十八歳、ニノは二十歳になっていた。二人はバースティアが思っていた以上に魔法の上達が早かった。力の加減ができるようになってからは、上級魔法もあっという間に取得してしまった。ちょうどそのころ、魔法師団第二基地カーディで、人員募集の試験があるという話だった。ハルベリーは瞳を輝かせて力試しがしたいといい、ニノも受けるくらいはいいんじゃないですかと、二人してバースティアを説得した。その結果、入隊に至った。受かってしまったあとで、バースティアは盛大なため息をついたが、あとのまつりだった。

「そんなにダメだっていうなら、記憶を消すなり改ざんするなりしたらどうだ」

 ハルベリーがそういうとバースティアは面倒なんだよとふくれっつらで言う。

「まあ、いいさ。組織ってもんがどういうものか知るのも悪くはない。ほら、入隊祝いだ」

 そういってバースティアは二人に首飾りをくれた。皮ひもの先に水晶がついている。ニノは綺麗な淡紅色が結晶の中で揺らめいている。ハルベリーの方は皮ひもがぐるぐる巻きにされた部分は濃い紫で先端に流れるように薄い蒼になっていた。綺麗ですねとニノが言うと、ハルベリーは紫水晶の出来損ないみたいだと笑う。

「魔力を秘めたお守りだ。なんかの役にはたつだろう」

 バースティアは気やすめだがなと適当にいう。そのそっけない態度が照れ隠しであることは、ハルベリーもニノもわかっていたので、二人でこっそり視線を交わしくすりと笑った。


 ハルベリーは配属された第一部隊第五班の隊員二人につれられ隊舎をまわりながら、ついこの間までのことをなんとなく思い出していた。もうここは穏やかな里ではなく、魔物と戦う最前線なのだ。だが、思っていたほどの緊迫感はなかった。


(基地を出て実際に魔物を目にすれば違うのかもしれないな)


 ハルベリーは、生真面目に案内をしてくれるアリスや、適当にちゃちゃをいれるクリスをみて思った。ごく普通の気のいい先輩にしか見えない。軍という言葉から想像するほどの規律の厳しさは、まるで建前だけのように緩い感じがしていた。


「なあ、お前さんの義足ってどうなってんだ?」

 クリスが遠慮なく尋ねるので、ハルベリーも簡単に答える。

「金属製です。神経との連携が取れやすいからと師匠がいってました。治癒魔法の応用だそうです」

「アリス、わかる?」

「あたしも治癒魔法は中級どまりだから、よくわからない。ただ、確かに金属と神経の親和性は高いから、くだけた骨を接ぎ合わせるときに針金や鉄の棒を使うことはあるわ」

 なるほどねと納得したようにクリスはそれ以上の追及はしてこなかった。

「そういえば、お前の兄弟弟子がいるんだっけ?えっと……」

「バースティア・クリフトですか?」

「そっちじゃなくて獣人の方」

「ああ、ニノですね。ニノ・ランス」


 ハルベリーはそれがどうしたのだと言いたそうにクリスを見た。クリスは、何か感心したように緑の目を細める。

「俺は獣人に偏見はない方だけど、お前の師匠って奴は弟子を選ばないようだな」

「ええ、俺たちは三人とも孤児なんです。たまたま、魔力があるっていうんで拾ってもらえたんですよ」

 アリスが不意にお前の師匠の名はとたずねる。

「エリル・メイデェンです。かなり高齢で、俺たちが最後の弟子だろうって」

「そう……ところで出身はどこ?」

「ウェルセドール連山の麓のユスというちっちゃい村です」

「それって、ペジャール王国側?」

「ええ、そうですけど……」

 そんな遠くからきたのかよとクリスが突っ込みを入れる。だが、ハルベリーは落ち着いて言った。

「師匠が高齢で、唯一人員募集の試験があるのがカーディだったので行けと。受かれば食いぶちに困らないからと言う理由です。動機を聞かれた時は、力を役立てたいなんていいましたが、本音としてはそんなもんです」

 クリスはお前おもしろいねと楽しそうに笑って、ばんばんとハルベリーの背中をはたいた。一方、アリスは、十中八九、潜入組だと判断した。しかし、目的がわからない以上、自分の身の上についてはしばらくふせることにした。


(姫が別班(べっぱん)にいるなら、何らかの形で接触があるはず。まあ、それを待っても構わないか)


 アリスはとりあえず、一通り食堂などを案内し、おおざっぱにカーディの部隊編成を説明した。五人一組で一班。十班で一部隊、三部隊で一軍。それに三班編成の獣人が十五人。戦闘不能になるような大けがをしないかぎり、三年間は隊舎生活だと教える。第五班の主な役割は、攻撃だと話す。第一班と第二班を総称して結界班と呼ぶ。理由は第一班は禁足地にトラップを仕掛けるのが主な仕事で、第二班は近隣の村の周辺や禁足地内のあちこちに探知結界(センサー・ガード)をはって魔物の動向を調査する。第三班と第四班は救護班だが、怪我人が出ない間は日常的雑務を請け負っている。残りの第五班から第十班、および獣人部隊三班が実質的に最前線を駆けまわることになると、アリスは説明した。

 ハルベリーは第一部隊第五班、バースティアは第二部隊第二班、ニノは獣人部隊一班への配属となっている。


「最近は出動命令すくなくてさ、ちょっと体なまってるんだよな、俺」

 ちらりとクリスがハルベリーをみてそういうので、ハルベリーは俺でよければ相手をしますよと笑った。

「よし、じゃあ隊舎めぐりもだいたい終わったし、広場にいこうぜ」

「はい……あ、それって魔法でですよね?」

「隊舎内では訓練以外での魔法は禁止よ」

 クリスが答えようとする前に、アリスがあっさりと規律で釘をさした。そうですかとちょっと残念そうなハルベリーをみて、すこし自信過剰だなとクリスは思った。


(ここは体術で少し凹ませたほうがいいか……)


 クリスは少し意地悪くそんなことを思った。そして、広場に出る。

「よしゃ、全力でこいよ、ハル」

「じゃあ、遠慮なく!」

 軽く構えていたクリフに、ハルベリーは一瞬にして間合いをつめると拳をくりだした。クリスは、それを右へ左へと受け流しながら、一度、距離をとらなければと考えた。だが、思っていた以上に簡単には行かない。何とか体をそらして、間合いをとったが息をつく暇もなく、ハルベリーは攻め込んでくる。クリスはその勢いを利用して、つきだされた拳を叩き落とす。ハルベリーは前のめりに地面へ叩きつけられたかとおもわれたが、両手をついて体をひねり蹴りをくりだす。クリスはとっさに腕でガードしたが、弾かれた。ガードした腕がしびれる。それを気にしている暇もなく、ハルベリーは躊躇なく攻めてきた。


 三十分ぐらいだろうか、アリスが突然間にはいって二人を止めた。

「そろそろ、夕食よ。クリス、あんた配膳当番でしょ。遅れたら飯抜きにされるわよ」

 クリスはいいとこなのにといいつつ、内心は少しほっとした。ハルベリーの体術はかなりの腕だ。


(俺、自信失くしそう……)


 クリスは、新人の鼻を折るつもりが、心折られかけて同期に助けられるとは情けないとも思いつつ、そんなこともあるさなどとあっさり気持ちを切り替えて食堂へと走った。


 ハルベリーとアリスが声をかけるとハルでいいですと返される。

「じゃ、ハル。あんた全力出したの?」

「ええ、全力ですよ。やっぱり、実戦経験者は違いますね。なんか手加減されてた気がします」

「まあ、クリスとあれだけやりあえるなら、実戦でも問題ないわね」

「ところで、実戦で肉弾戦になることってあるんですか?」

「ほとんどないわ。ただ、魔物というのは予測できない動きをするからね。反射神経とか勘が働かないとチームワークも取れないのよ」

 なるほどとハルベリーはうなずいた。バースティアが体術にこだわったのは、魔力の制御だけでなく実践にそっていたというわけかとハルベリーは一人納得していた。


(そういえば、入隊したらできるだけ目立つなっていわれてたんだっけ……本気出したのまずったかな?)


 ハルベリーが不意に考え込んでいるので、アリスはどうしたと聞く。

「いえ、なんでもありません」

 とりあえず、笑ってごまかす。アリスは特に追及してくる様子もなく、夕食の時刻を告げると自室待機ねと言い残して、その場を去って行った。


 ハルベリーは言われるがままに、宿舎にもどる。四人部屋の二段ベッドに寝転がり、指をちょこちょこ動かして印を結び、ニノに秘密通信(シークレター)を送った。


『今、大丈夫か?』

『大丈夫だよ。自分のベッドにいるから』

『そっか。で?そっちはどんな感じだ?』

『なんだかあわただしいんだ。ブルースのこと覚えてる?』

『ああ、なんかすごく適当に魔法師団のこと教えてくれた人だよな。同じ班なのか?』

『別班だけど、入れ違いで出動したんだ。僕も夕食後に夜営にでるって』

『さっそく、実戦か……』

『どうだろうね。夜営は持ち回りだからね。そのうちハルの班もでるんじゃない?』

『そうだな。それまではおとなしく……できるかなぁ』

 ニノはくすりと笑う。

『ハルは忍耐力が足りないからね』

『ちっバースティアと同じこというなよ。ニノ』

『まあ、とにかくあんまり秘密通信(シークレター)使わない方がいいよ。バースティアさんに怒られるから』

『わかった。じゃあ、またな』

『うん』


 ハルベリーが魔法を解除すると、ルームメートが食事の時間だぞと声をかけてくれたので、大急ぎで食堂に行った。


 ニノの方は獣人部隊に配属になった。獣人だから当然だが、バースティアは耳と尻尾を隠し、少女から大人の姿へと変幻して、第二班にもぐりこんでいた。自分も変幻で人間部隊での試験になると思っていたが、ありのままで試験を受ける。バースティアは、変幻は魔力を抑制するからニノには使わないと言った。だから、ニノは試験で全力をだした。入隊については、どちらでもよかったが、おそらくハルベリーも全力で試験をうけるだろうと思っていたので、手を抜くことはしなかった。ニノの中で、ハルベリーは友であり、負けたくないライバルのような存在になっていた。


 獣人部隊は各軍に三班で十五人が配属されている。今回、ニノが合格して即配置になったのは、他軍で欠員がでて、隊員が一人移動したからだった。やはり、ここでも人間と獣人は区別されているらしく、ニノが班長であるウィルクス・アーベントに連れてこられたのは、大きな倉庫のような建物だった。

「ちょっと、がっかりしたか?」

 ウィルクスにそう言われて、少しとニノははにかむ。

「昔ほど差別はないんだ。食事は隊舎で人間と同じ時間に食える。兄弟弟子がいるんだろう?そいついらとも飯の時間には会えるから安心しな」

 ニノの身長は低くないが、ウィルクスの方が少し高かった。歳は二十代後半、茶色い髪に琥珀の眼。頬に一筋の傷があるのが印象的だが、至って穏やかな雰囲気の男だった。右耳が白、左耳が黒で尻尾はまだらだった。建物にはいると、同じ班の隊員だけでなく、その場にいた全員に紹介された。

「今、三班は出撃中だ。戻ったら紹介するから」

「はい、わかりました」

 ニノがそう答えると、それじゃあ寝床はこっちだと部屋の奥に通される。寝床は箱のように並んでいて、入口に布が垂れている。中にはベッドがあり、それ以外は小さな箪笥と壁にいくつかのフックがある。壁はレンガでできていた。

「ドアがないけど、かまわないよな?」

 ニノはそういわれて、はいとはにかむ。別段問題はない。ドアがないので、入口のカーテンをあけるときは、声をかけて確認してから入るのが決まりだとウィルクスは言った。

「まあ、決まり事はおいおい覚えればいい。今日はゆっくりしておけと言いたいとこだが、夕食後に夜営にでるから。来て早々で悪いんだがな」

「いえ、かまいません。獣人部隊は人員が少ないのであわただしいと聞いていましたから」

「そうか、そう言ってくれると助かるよ。じゃあ、夕食後にな」

 そういってウィルクスは、部屋を出た。


 ニノはとりあえず、ベッドに腰掛ける。荷物は大したものはない。服は支給されたものが箪笥の中におさまっている。不意に頭の中に声が響いた。声の主はハルベリーだ。秘密通信(シークレター)だ。少し状況を話て、通信が切れる。ハルベリーの声からは、どこか昂揚感が伝わってきた。


(かなりワクワクしてるんだな、ハルは……)


 そう思うとニノは少し羨ましく感じた。そう感じる理由は自分でもよくわからなかった。ただ、魔法を使いだしてから、自分の過去が少しずつ思い出される。そのたびに、何か嫌な予感がニノの胸を締め付けた。消えていた過去は、旅芸人の一座といたという時期のモノではない。それに、自分の記憶でないモノがちらちらと思い出される。


(もしかしたら、僕は【第三種世代(サードエイジ)】なのかもしれない)


 何かの理由で自分の記憶ごと、それらを失っていたのかもしれないとニノは思ったが、気にしすぎても意味はないと軽い苦笑を浮かべた。その晩、夕食後に夜営に出たが、これといって何も起こらなかった。

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