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ハルベリーやニノが隊舎で仲間に紹介されていたころ、バースティアは、第二部隊第二班班長のグラハム・クックとともに崖っぷちに立っていた。そこからは、小さな町が見える。
「君の仕事はここの探知結界を定期的に張りなおすことです」
そういわれてバースティアは、なるほどと思う。結界にほころびができているのが感知できる。バースティアは無言で結界に触れると、片手で呪文を中空に描く。
「こんなもんですか?」
バースティアが結界を張りなおすのを見て、グラハムの灰色の釣り目が細くなる。
「悪くありません。異変を感じたときはすぐに報告をするように」
「了解」
「では、もどります」
「他にすることは?」
「今日はこれだけです。近いうちに山中に夜営用の探知結界を張りにでることになるでしょ。それまでは、他の人たちの仕事を見て覚えてください。わからないことは誰にきいてもかまいません」
「教育係とかないんですね」
「集落の近辺に結界を張るだけが仕事じゃないから、暇じゃないんです。君も自発的に仕事を覚えてください」
バースティアは了解と答えて、グラハムと共に隊舎へ戻った。
夕食後は、バースティアを含めた四人が鏡の間と呼ばれる部屋に入る。そこは、その名の通り壁一面に結構な数の鏡がかかっていた。中央にテーブルがあり、全員がそこにすわった。四つの燭台が炎を揺らめかせ、部屋を照らす。窓は無く、薄暗い。
「バースティアってよびにくいよね」
班で唯一の同性である、ミリル・ケッパーが言うので、バースティアは好きに呼んでくださいを笑う。
「じゃあ、ベスにしよう。あたしは、ミリね」
了解とバースティアは微笑む。他の二人、アルフォンス・デュラーもタオ・レベッタもバースティアをベスと呼ぶことになった。
「俺はアルでいいよ。あと、敬語もいらない」
「そうそう、僕たちはほとんどここで結界の管理だから、堅苦しいのはなしにしようよ」
バースティアは、そっと胸をなでおろす。
「いや、正直、敬語って使い慣れてなくって。そう言ってもらえて助かった」
それを聞いてみんな笑った。
「ああ、でも班長には敬語ね。いろいろ細かい人だけど、根は悪くないよ」
ミリがくすくす笑いながらそういうとアルフォンスもタオもそうそうと言う。
「無愛想でちょっと威圧的だけど、規律を守ってれば特に文句もいわないし」
静かな上司だよなとタオが付け加える。
「へぇ……で、ここでの作業ってどうすんの」
バースティアはぐるりと部屋を見渡す。ミリが簡単に説明をはじめた。
「見える範囲の鏡を見守るって感じ。結界が弱くなってくると、鏡そのものが光るの。あとは自分で張った結界に何らかの衝撃が加えられれば、すぐわかるから問題ないかな」
「異変があれば、報告しろっていわれてるけど、それって秘密通信でってことか?」
「そう、席についたら班長宛の秘密通信をオープンにして着席しましたって連絡いれるの。ベスは今日は開かないで、ちょっと見学したら部屋に戻って寝ちゃっていいから。基本的に夜勤は三人でやるの」
バースティアは、それでとつぶやき部屋の入口の側にある簡易のベッドをみた。
「そう、あれ仮眠用。仮眠中は回復魔法ですみやかに回復を図ること」
タオがそういうと、アルフォンスが付け加えるように言った。
「今日はうちの班が夜勤なんだ。ときどき第一班との共同で夜勤のときもあるから」
「交代制ってのは、聞いてたけど。全部、第二部隊だけでみるのか?」
そう尋ねるとミリが首を横に振って答えた。
「ここの部屋は第二部隊だけがつかうの。第一、第三部隊は別の部屋。キュリアシス連山の北側全部を三等分してる感じかな。トラップや結界は中腹周辺を中心にはってあるの。基本時に禁足地内じゃ、二人一組で結界をはるって感じ。あと、他の基地との連絡用の鏡ってのがあって、そっちは、部隊長以上しか入れない場所にあるけどね」
「なるほど……そういえば魔法師団は人手不足だってきいたけど、結界班も?」
ミリがそうよと答えると、そこは班長が交渉中とアルフォンスが付け足した。
「麓の町や村の近くに張ってる探知結界は、数的には少ないよ。全部で十五か所。つまり、三班分。各部隊の第二班が担当してるわけ。で、第一部隊が夜営地の結界担当で、それ意外に俺らと、第三部隊が夜営地以外に、半径一キロメートルでいくつも仕掛けてる。第一班はその中にトラップしかけんの。閃光弾幕とか、捕縛魔方陣とかをね。そうしておいて足止めしてるうちに攻撃部隊が現地にいくんだけどさ。なかなか難しいんだよ。これが」
ふっとアルフォンスはため息をついた。ミリがまあそれでもねと、テーブルの上の地図を指差した。
「赤いしるしが多い場所があるでしょ」
バースティアは地図を覗き込むと赤い点が集中しているところがいくつかあった。一番多いのは、隊舎から西へ十キロメートル程度の場所とミリが指をさす。
「ここは、班長とあたしが何度も探知結界を張ってるんだけど、頻繁に壊されるの。第二部隊の第一班もトラップを仕掛けたけど、効果がなかったし、攻撃班も何度も派遣されてるんだけど、なぜか魔物がいないわけ。他にも集中してるところはあるんだけど、そっちはそれなりの効果があるのよ。だから、班長はここが発生源だと思ってるみたい。だとしたら、ここで魔物が転送魔方陣かなにかで、各地に転送されてる感じなんだけど……」
ミリはその先を言うべきかどうか、迷った目でアルフォンスとタオの反応を見た。どうやら、二人もまよっているらしく、しばらく沈黙した。だが、それを破ったのはバースティアだった。
「魔王……」
ぽつりとこぼれたつぶやきに、三人は小さくため息を漏らした。
「なんだよ、ベスは知ってたのか。つか、ちまたでも有名になってんの?」
「いや、師匠がそんな話をしてたんだ。魔物は、誰かが作り出してる。魔法師団ではそれを魔王と称することがあるってね。あくまでも噂だとか言ってたけど」
「まあ、そうなのよ。未確認だし、どの部隊の二班も異常な結界の感知はできなかったし、魔王ってのが本当にいるかどうかは、はっきりしないの」
バースティアはじっと赤い点の集中する場所を見ていたが、ふっと顔をあげてそろそろ部屋にもどってもいいかなと三人に尋ねる。三人は快くまた明日なと言って、了承した。
バースティアは部屋にもどり、一人考えに沈み込む。あの赤いしるしの場所。それはバルドランの記憶の中にある場所に近い。あの近くには古い城がある。ラフィールが拠点の一つとしてつかっていたものだ。そして、そこはバルドランの死んだ場所でもある。
(そんな場所にいつまでも居るものだろうか……)
少なくとも、一度は獣王を倒したと、現在連邦政府のあるボルティア中立都市に凱旋したはずだとバースティアは歴史をたぐる。それから、三日後だ。ラフィールが死んで、彼の一族が謎の死を遂げたとされるのは。だが、それは人間の歴史だ。ラフィールは死んでいないとバルドランの記憶が警鐘をならす。
暗い王城にたたずむ二つの影。
一つはバルドラン、一つはラフィールだった。
「お前、なぜそんな顔をしている」
バルドランは暗く沈みきったラフィールに聞いた。まるで、何もかもどうでもいいと言わんばかりの顔をしているのに、目だけは異様にギラギラしていた。蒼く澄んだ空のような瞳はどこか、燃え盛る炎のようだった。
「お前こそ、私が【帝】だと知って驚かないのか?」
「お前は知略に長けていたからな。それにこの戦争をはじめたのはお前の父だろう。祭り上げられても不思議はないさ」
「違うよ。バルドラン。私はこんなもの望んでいない。いや、望んでいなかった。シルヴィールの秘密をしるまではね。晴天の霹靂とでもいうのだろうか。父は自分が純潔の人間だと思っていたよ。最初はただ、人間と獣人のすみわけくらいしか頭になかった。なのにあの手紙のせいで父は獣人の殲滅を目論んだ。そして、禁忌を犯して私に兄弟たちの血を少しずつ飲ませたんだ。この意味がわかるか、バルドラン」
淡々とラフィールは語る。まるで他人事のようだとバルドランは思った。
「あれはただの伝承ではなかったのか」
「私を見ればわかるだろう?私を覆う黒い瘴気。知らなかったとはいえ、魔力を高めるために血族の血を飲み続けた結果がこれさ。もう誰も私を殺せないよ。私は人間でもない、獣人でもない……そういう生き物になってしまった。いくらこの体が傷ついても、あっという間に傷は消える」
それにと言ってラフィールは右手をそっとふる。ただ一振りで、そこには双頭の鷲が姿を現した。まるでちょっと試しにという感じの手軽さで。そして左手でその鷲の頭をひとなですると、鷲は灰となってちった。
「作るのも壊すのも簡単だ。ただ、美しいものや人間のような知性の高いものは作れない。とても残念だ」
ラフィールの眼がじっとバルドランを見つめる。
「……戦いを止めることもできないか」
「できない。お前か私が滅ぶまで、終わらないよ。バルドラン」
バルドランは仕方ないなと苦笑いを浮かべる。
「なら、ここでケリをつけよう」
「バルドラン、お前はずいぶん弱ったようだな。魔力がひどく不安定だ」
「俺はもう長くないからな。近いうちに死ぬ」
「なぜだ?病には見えない」
「子供に力を引き継いだ」
無表情だったラフィールの顔が一瞬にして歪む。
「お前はシルヴィールを裏切ったのか!」
激しい怒りが露わになる。それは妹を思う兄の顔だった。だから、バルドランは真実を口にした。
「俺とシルヴィールの子だ」
「バカな!シルヴィールは【第三種世代】のはず……まさか、あれは嘘だったのか。シルヴィールは家を出ていくためにあんな手紙を残したと?」
「いや、彼女は間違いなく【第三種世代】だ。俺たちにもなぜ子が宿ったのかわからなかった。だが、俺はお前に会って確信したよ。きっとその子がお前を解放するんだ。その呪われた血からな。だから、俺はここで全力でお前を打ちのめしてやるよ」
バルドランはそういうと獣化した。それは巨大なキツネの姿だった。それも尾が四つも生えている。
「お前こそ、化け物ではないか」
『そうかもしれぬ。親は俺のこの姿を恥じ、疎んじた。だから俺はこの姿を憎んだ。決して誰にも見せたくなかった。だが、結局この姿がもっとも俺らしいのさ。さあ、始めよう終わりの戦いを!』
バルドランにとってこれが最期の戦いだった。すべての魔力と気力を使い果たした。強力な牙も爪も、無言で紡がれる幾多の攻撃魔法も、ラフィールを殺すことはできなかった。ラフィールはバルドランと戦うために異形の生き物を右手から生み出した。バルドランはそれを焼き払い、打ち砕き、なんどもラフィールへ攻撃を加える。それでも、圧倒的にラフィールの回復は早かった。
『結局……お前には勝てないんだな……俺は……』
巨大な肢体を横たえ、荒い息をするバルドランに、ラフィールは言った。
「お前はこの戦争を止めたかったんだな……」
『ああ、それだけでいいんだ……あとは生きてる奴らが……決めるさ……』
バルドランはそういってこと切れた。ラフィールは、息絶えたバルドランの皮を剥いで身にまとった。友の血は熱く、このまま自分は焼き殺されればいいと思った。けれど、その願いはかなわなかった。




