モブの仕事
その日は住むところ(屋根裏)を紹介してもらい、そこでおとなしく寝た。まかないをもらって。
この家は彼の他に妹と父親、執事にメイドに料理長に庭師とお貴族様コンプリートな職業が住んでいる。父親に会うことはなかったけど、他の人達と顔を合わせた。
僕を紹介するとみんな不思議そうにしていたけど何も言わなかった。おそらくクラスターさんの存在があったから。
『明日は早いよ』と寝る前に言われたので、ともかく今日は寝た。
翌日。なんとなく目が覚めた僕は体を伸ばして屋根裏から降りる。
すると、執事の人が来たのでこのぐらいが『普通』なんだと納得する。
何度も云う様に、僕は平凡である。平凡であるが故、どの世界でも僕がやる事になった『役』における『普通』通りに行動できる。
それが利点だけど、あまりにも地味だからなと思いながら梯子を下りて「おはようございます」と頭を下げる。
「……ふむ。長旅で疲れているでしょうに自ら起きるとは、感心です」
そこはかとなくバカにされている気がするけど慣れっこなので「それで、私に仕事ですか?」と訊ねると「察しがよろしい様で。ついてきてください」と詳細を語らず歩きだしてしまった。
あとはもう、なるようになれだなと思った僕は、そのまま黙ってついていくことにした。
結局、その日は一日中執事さんに連れまわされて仕事をすることになった。
とはいってもやる事なすことすべて普通で、出来ることはできるけどそれ以上の何かがないということに執事さんは多少驚いていたけど。
けれどまぁ多少態度が柔らかくなったのでよしとしようかな。
そう思いながら、本来の仕事ができてないと思い出したけど夜だったので寝た。
次の日は料理長が来た。
これだけでローテーションでも組んでいるんだろうかと思いながら教えてもらった通り料理を作ったけど、特別おいしいという訳ではないうまさに微妙な顔をされて買い出しへ出された。
とはいっても今夜はパーティをするらしく、軽く十人以上、多種の料理の食材を買うことになる。僕一人で運べるわけがないので、馬車を出してもらって買いに行くことに。
その間馬車の人と世間話をして仲良くなっておく。互いに平民だというところで気が早々にあったおかげで色々と情報は得られた。
そしてなんとか渡されたお金を少し余らせる程度に抑えて言われた食材を全部買った僕は、料理長に驚かれた。バツが悪そうに絶対その予算では買えないと言われたが、そこは平凡な僕でも意地で交渉して値切って買う(こんだけ買うからこれとこれぐらいは安くしてもらえませんかって感じ)ぐらいはできる。
出来るけど、今後それが通用するかどうかわからないので「次任せていただくのでしたらちゃんと渡してください」と思いっきり懇願することにした。
それで寝る時、僕は屋根裏にある固いベッドに寝転がって今日従者の人から聞いた話をまとめていた。
どうやら、騎士団の人達の一部に過激派が存在し自分達が国を守っているのだからもっと優遇されてもいいはずだと主張しているとのこと。
幸い街中で威張り散らしているぐらいでまだ深刻な問題になってない。
王族はそれを知っているみたいだけどどうすることも出来ないらしい。まぁ下手に即刻処罰すると一気に反乱が起きかねないから具体的行動が起こらないとどうしようもないのだろう。
そしてこの家は武と誇りと王族を重んじているから反乱に加担する気はないだろう、と。
「……とはいえ、どこかで何かが起こっているだろうから早々に決着をつけないとな……」
全容が見えていない今、対処できる方法がないので今は目の前の仕事をしようと決めた。
翌日は庭師……かと思ったらメイドさん。料理長から話を聞いて仕事させる気が無くなったのかなと思っていると、「クラスター様からお願いされた仕事をさせます」とだけ言って歩き始めたので僕は慌ててついていくことにした。
この広い建物の中。執事の人に唯一案内されなかった区画の一室までメイドさんの後をついてきた僕が質問しようとしたところ、「あなたにはお嬢様とお話をしていただきます。これから毎日。ただし昼食の時間と夕食の時間、それにその前後と就寝時間は部屋を出てもらいます」と説明された。
ひょっとして病気かなんかですか? という質問を飲み込んだ僕は、素直に「分かりました」と頷いておく。
それを見たメイドさんはコンコンとドアをノックしてから「お嬢様。今日からお話をしてくださる方をお連れしました」と告げる。
「そうなのですか。入れてくださっていいですよ」
「失礼します」
ささっと一人で入るメイドさん。その後に「失礼しま~す」とこっそり続いた僕は、直後に悪寒が走った。
咄嗟に『平等家』としての力をふるいそうになったけれど、そこはもう堪えておく。
そして、寝台で起き上がっている彼女を見て、息を飲む。
彼女の首から顔にかけて(見える範囲で)黒い『何か』がまとわりついているのだから。
すべて侵されているわけではないのは分かるけど、その状態の彼女はとても弱々しい印象を与えていた。
これはなんだったか……見た気がする僕は、そのまま脳内にある記憶を片端から引っ張り出して思い出す。
そうだ。これは村に住む呪術師が授業で言っていた『呪い』の一種だ。この世界ではどうか知らないけれど、確かじわじわと相手を弱らせるものだった気がする。
何だってこんなところにあるんだよと叫びたい気持ちを抑え、メイドさんに肘打ちされたので我に返って「ロイです。よろしくお願いします」と丁寧に頭を下げる。
歳は同年代か僕より下だろうか。彼女は「よろしくお願いします」とにこやかな笑顔を浮かべて言った。
こうして、僕はお嬢様――シエスタ=ローグさんの話し相手をすることになった。
本来の目的とは大きく離れているけどね。こればっかりはどうしようもない。
お嬢様と話すこと数日。毎日話していることで気付いたことがある。
それは、彼女が薬を飲みたがらないのだ。
少し触れてみたことがあるけど「なんとなく嫌な予感が…」と言うだけ。つまりただの勘。
世間一般でいう治療には投薬という手段が第一に挙がるけど、彼女は薬を飲まずに隠している。
あとはクラスターさんについて。あの人はシエスタさんを守ると誓ってくれた優しい姉なんだとか。
そう姉。あれだけイケメンでも女の人。似てる人知ってるけど、流石に驚いた。
僕の方からはいかに世界が広いかを話してあげた。ここみたいなファンタジー世界で、ここにはない国の話を。
それを聞いて彼女はとても楽しんでくれた。悲しんでくれた。喜んでくれた。目をキラキラと輝かせてくれた。
楽しい時が過ぎるのはあっという間。それは平凡でも変わらない。
ある日、彼女が目に見えて弱っているのが分かった僕は、内緒で薬を頂戴し、夜に携帯電話で写真を撮ってメールを送る。
呪術師さんからの返事はすぐさま来た。どうやら、これが原因とのこと。
居ても立っても居られない僕は部屋から飛び降りて執事さんを探し、クラスターさんは居るか尋ねる。
……返事はノー。なんでも、最近夜に一人で出かけているのだとか。
この時点で報告を先にするか彼女の身を確認しに行くか悩んだ僕は、すぐさま決断。
執事さんの声を振り切ってシエスタさんの部屋へ行き、思いっきり扉を開ける。
そこには、彼女の姿はなくただ窓だけが開いていた。
悔しさが募る。苛立ちがわき上がる。後悔が攻め寄せる。
それらに呑み込まれそうになりながら、僕は徐に携帯電話を取り出して電話を掛けた。
「……もしもし先生? ちょっと――」
――介入しちゃうから。
それだけ言って、相手の返事を待たずに切り僕はその場を駆け出した。
……全くの勘で。