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Parfum  作者: 響かほり
第十九章 それはまだ始まってもいないから
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最終話です。




「…するか。その前に、美菜様に殺される」


 思わず呟いた俺の言葉に、間近にいた吉良が顔を上げる。

 お互いの距離が近過ぎる事に気付いた俺は、思わず吉良から手を離す。

 相変わらず吉良からは良い匂いがして、自分を見上げる吉良の無防備な表情に胸の音が煩くなって落ち着かなかった。


「送っていくよ」

「で、でも…」

「変質者が出るような危ない道、吉良一人で歩かせられないし、話がある」


 バックをもたない吉良の空いた手を握り、そのままエレベーターの下りボタンを押す。

 すぐに開いたエレベーターの中に吉良を引きいれ、一階ボタンを押す。


「さ、榊さん」


 扉が閉まるのと同時に、吉良が俺を呼ぶ。


「…榊?」

「ぅ…あ、その…し、し、ししししし紫苑」


 呼び方が気に入らず眉根を寄せて吉良を見れば、吉良は何故か泣き顔で赤面して思いっきりどもりながら俺の名前を呼んだ。

 それがおかしくて、俺は吉良から顔をそむけて、口元を押さえながら笑いを堪える。


「な、何で笑うんですか!?」

「はぁ…ホント、貴女と居ると和む」

「…人をからかうのは止めてくださいよね」

「からかってないし…俺が吉良に本気で惚れたらいけない訳?」


 俺を見上げる吉良に視線を向ければ、彼女は困ったように眉根を寄せて俯く。

 色良い返事を期待している訳じゃないけど、此処まで露骨に駄目だって分かるのは結構きつい。

 思わずため息が出る。


「…まあ、吉良が泣くほど俺の事が嫌いなのは、解っているけどね」


 エレベーターが一階に到着し、扉が開くと同時に握っていた吉良の手を離し、俺は先にエレベーターから降りる。

 恋愛以前に、吉良とはもう少しまともな人間関係を構築する方が先なのかも知れない。

 とはいっても、女を相手にどうすることが世間一般の普通か解らない。

 どうしたものかと考えていると、ビルを出たあたりで急に体が背後から引っ張られる。

 振り返れば、俺のシャツを人差し指と親指で摘まんで、俯いている吉良が居る。


「…何?」

「…じゃないです」


 小声過ぎて聞きとれず、俺は首をひねる。


「…だから、そこまで嫌い…じゃないです…」


 僅かに顔を上げた吉良は、視線をやや下に逸らしたまま、消え入りそうな声でそんなことを言う。


「恋愛は考えられないし、セクハラとか意地悪は嫌ですけど…」

「…もうそれ、俺を全否定でしょ?」

「!!そ、そうかもしれないけど、そうじゃなくて…えっと、良い所…良い所って…何処だっけ……何処だと思います?」


 途端に顔を思いっきりあげて、動揺を隠さずおろおろする吉良に、なんだか脱力してしまう。

 駆け引きみたいな事を言うから意地悪したけど、俺の良い所探しで窮している所を見ると、彼女にそんな真似が出来ないことは丸わかり。


「当人の俺に聞くほど無いの?」

「!!!す、すみません!」


 更に苛めてみたくなって突っ込めば、今更ながらに気付いたのか吉良が頭を抱えた。

 良くも悪くもありのまま変わらないで居てくれる吉良に、二週間も色々なものを振り切ろうとした自分が莫迦みたいに思える。

 俺は吉良の頭に手を伸ばしポンポンと頭を撫でれば、吉良は不思議そうな顔をする。

 本当に仕事以外の彼女は年上には見えなくて、無防備過ぎて困る。


「いいよ、慰めてくれなくて。俺の長所は、吉良からすれば駄目な所だから」

「そ、それは…むやみやたらに口説きモードだから…私は普通に接してほしいんです」

「普通?」

「恋人でも無い人とキスしたりするのは、嫌なんです。だから、もうしないで下さい」

「…分かった。努力する」


 まず俺に牽制をかけて来た吉良に、俺はそう答える。

 吉良にはこれまでの女にしてきた行動は絶対に通じないから、その手段は無意味。

 細く繋がっている今の関係を、無理強いして壊すのも避けたかったから。


「それに…男とか女とか…そういうもの以前に、貴方と人として向き合いたいです」

「…俺に興味がある訳?」

「…貴方をよく知らないので…まずは、お友達になりません?」


 確かに、お互いのことを何も知らなさすぎるのかも。

 彼女をたくさん泣かせて、嫌な思いをさせたはずなのに、吉良は俺と向き合おうとしてくれる。

 友達なんかで終わらせるつもりは無論ないけれど、今は拒絶せずに吉良が歩み寄ってくれただけでいい。

 その嬉しさで、自分の頬の筋肉が緩むのが分かる。


「…ありがとう。嫌わないで俺を見てくれて」

「っ…はい…」


 途端に吉良の顔が赤くなって、恥らうようにして俯く。

 その反応に、胸がぐっと甘い締め付けを感じる。

 考える間もなく、俺はそのまま身を屈め彼女の頬にキスを落とす。


「!!!っ!な、ななななな、何ですかっ!?い、言ったそばからっ!」


 一気に後ろへ飛びずさった吉良は、俺が触れた左の頬に手を当ててそう叫ぶ。


「可愛いなと、思って」

「か、可愛い!?」


 頬にキスして、可愛いと言うだけで、この純情な反応。

 取り繕いのない、真っ直ぐな彼女の反応が、たまらなく愛しい。


「Je t'aime.」


 俺の言葉に、吉良は紅潮した顔で大きな瞳を瞬かせる。


「三日間、俺から逃してあげないから。その間、吉良のこと色々教えて?俺の事もたくさん知って?」

「の、逃してあげないって…」

「言葉のままだよ?吉良を口説くために、三連休を掴みとったんだから」

「く、口説くって…」

「あぁ、もちろん夜のベッドは俺と一緒ね?心配しないで?優しくするし、俺の事が好きでたまらなくさせてあげるから」

「っ、あ、貴方なんて、ぜーーーーーったい、好きになりませんからーーーーっ!って、抱きしめるなぁ!セクハラ大王っ!!」


 ちょっと誤解させる物言いで淫靡に告げれば、吉良は真っ赤な顔をして子供みたいに叫んだ。そんな吉良が可愛くて、つい衝動的に吉良を引きよせて抱き締めれば、彼女はじたばたともがく。


「お友達からって、言ったじゃないですかー!」

「解ってる。からかっただけだよ」


 健斗を前にした時の様な反応の吉良に、俺は嬉しくなる。

 他人行儀じゃない、本当の吉良をもっと知りたい。

 もっと見てみたい。

 貴女が好きだから、頑なな貴女の心を翻弄していつか突き崩してあげるよ。





  END






『紫苑が恋愛感情を自覚するまで』をテーマに書いたこのお話、100話という長い長いお話になってしまいました。


長く気長にお付き合いいただきまして、本当にありがとうございました。

感謝をこめて。


 響かほり

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