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Prism Hearts  作者: 霧原真
第三章
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波打ち際で、あったこと ③

「うゅ? ゆっきぃ、もうおやすみはいいの?」

呼びかける俺の声を聞いて、志穂は一人水かけっこを止めてこちらを向いた。志穂が急に止まったことによって、出来てしまった小さな渦から一つ大きな波が砂浜へと打ち寄せる。

「志穂、その一人プレイを止めろ。見てるとバカっぽくてめっちゃ恥ずかしい」

「え~、おもしろいのに~」

「不満げな声を出すな。代わりに二人プレイでいっしょに遊んでやるから我慢しろよ。さっき自分でも二人プレイの方が面白いって言ってただろ」

「ゆっきぃがいっしょに水かけっこしてくれるの?」

「あぁ、霧子もじきに戻ってくるだろうし、みんなで遊ぼう。っていうかみんなで遊びに来てるのに、どうしてお前に一人でそんなことやらせなきゃいけないんだよ」

みんなで遊んでいて、それぞれが勝手に一人遊びをしているなんて、そんなの集まった意味がないではないか。せっかく集まるんだったら、みんなで出来ることをするのがいいだろう。

「ゆっきぃ、ほんとに二人プレイしてくれるの?」

「あ? 別に大したことじゃないだろ。みんなで遊ぼうぜ、っていうだけのことだよ」

「よ~し、ひさしぶりだから、がんばるぞ~」

「水かけっこ、久しぶりなのか? まぁ、志穂は泳ぐのの方が好きそうな感じするし、波打ち際で遊ぶなんてしないのかもしれないけど…、っていうか、なにをがんばるんだよ。水かけっこはがんばる遊びじゃねぇよ」

「えっ? 水かけっこはがんばらないとまけちゃうんだよ? しんけんしょうぶ、なんだから」

「水かけっこが勝負だったことは、俺は一度もないなぁ……。まぁ、がんばらないとびちょびちょにされるかもしれないけど、それも一つの楽しみだろ」

「ダメだよ、いっぱいぬれたほうがまけなんだから。がんばってかけて、がんばってよけないと」

「まぁ、お前がそうしたいんだったらそうしろよ。俺は普通にやるから、多分お前が勝つんだろうけどさ」

「ゆっきぃもがんばらないとだよ」

「そこそこがんばるよ、適当にな」

「む~、じゃああたしがかっちゃうからね!」

「別にいいよ、どっちでも。っていうか、俺はお前が一人プレイを止めれば何でもいいんだし」

「じゃあじゃあ、かったひとがまけたひとに1コおねがいしていいルールにしよ。そしたらゆっきぃもまけたくないでしょ?」

「それは…、確かにイヤだな。志穂のお願いを聞くって言うのは、ちょっと怖いぜ」

「ゆっきぃ、まけないようにがんばる?」

「よし、いいだろう。しかし本気でやるとなったら簡単に負けてはやらないぞ」

「いいよ~、よ~し、がんばるぞ~!」

志穂は、俺が勝負を受けてやると、がぜんやる気が増したようで、肩とか足首とかをぐるぐる回し始め、かなり本気で準備を整えているようだった。どうして水かけっこごときでそこまでがんばれるのか聞きたい。

一つお願いを聞くと言っても、まぁ、そこまで厳しいお願いをしてくるわけもないわけで、そして同様にこちらが勝ったとしてもそこまでのお願いをするつもりもない。俺にとってみれば、それはそんなにやる気を増大させる要因にならないのだが。

「ちなみに、志穂は勝ったら何をお願いするつもりなんだ?」

「えっとね、とりあえず初めはかんたんなので、むこうまでおよいできてもらおっかなぁ……」

志穂は、そう言って「向こう」を指差した。しかしその「向こう」とは「あそこ」とか「あっち」と表現するのが難しいほどに彼方だった。

この湖は、言っておくがかなりデカい。志穂が指差しているのは、その距離がもっとも長くなる地点同士を結んだもので、つまりはこの湖をまっすぐ泳いで横切ったときに一番厳しいコースだ。

それが果たして具体的にどれだけの距離なのかは、残念ながら目算できないのだが、少なくとも、それが軽い罰ゲームで泳ぐ距離でないことは明らかだった。

どうして、そんな距離を、俺が泳がなくてはいけないというのだ。

「…、がぜんやる気出てきたぞ! 絶対に負けねぇ!!」

「ゆっきぃ、やる気でたんだ! よ~し、あたしもまけないぞ~!」

「で、これってどうやって決着付けるんだよ」

「えっと、まけたなぁ、っておもったらまけだよ」

「それ、逆に負けじゃないぞ、って思い続けてたらいつまでも負けにならないじゃないか? お前、どんなになっても絶対に負けを認めようとしないだろ」

「そんなことしないよ~、まけたときはまけだもん」

「ほんとか~? お前、負けず嫌いだからなぁ……」

「ゆっきぃだって負けずぎらいだよ」

「まぁ、そうなんだけどな?」

まぁ、基本的に俺も志穂も負けず嫌いなんだから、この戦いはきっと勝敗がつかないに違いない。たとえばお互いに一発ずつ殴り合って先に音をあげたほうが負け、とかいうルールだったりしたら最終的には根性の勝負になるのかもしれないけど、今回は別に水に濡れるだけなわけで根性すら必要ない我慢合戦になるのは目に見えてるのだ。

そうなると、間違いなく決着がつかない。少なくとも俺はそんな程度のことで負けを認めないし、おそらく志穂も負けを認めない。水かけっこだが、泥仕合になる。

「よ~し、勝負だ、志穂。悪いけど、負けてやらないからな」

そして俺は、ジーンズを脱いでトランクスタイプの水着になり、上に来ているTシャツを脱いでいくら濡れても問題ないように身支度を整える。脱いだ服は砂浜に投げ捨て、濡れてしまわないようにしておけばいいだろう。

「そういえば、その水着、自分で選んだのか?」

「ちがうよ、きりりんがこれがいいんじゃない、って」

「あぁ、霧子が選んだのか。けっこう似合ってるんじゃね?」

志穂の水着は、いわゆるビキニと呼ばれるもので、その中にも特にホルターネックというものらしかった。柄は黄色とオレンジの太めのストライプで、なんとなくシュッとした感じがして、志穂のすばやい感じがより強調されているような気がした。

というか、さっき俺が拾った志穂の脱ぎ捨てたキャミソールと柄の感じとかが完全に一致しているんだが、これはうまく合わせたということなのだろうか。それとも、もしかしてあのキャミソールまで含めて一つの水着なのだろうか?

「志穂、さっきお前が脱ぎ散らかした服の中にその水着とまったく同じ感じのキャミソールをあったんだが、それは水着のパーツじゃないのか?」

「ん? えっと、あっ、そうだった。服ぬいでるいきおいでぬいじゃったんだった。ねぇねぇ、どこにあるの?」

「姐さんに訊けば出てくると思うけど?」

「じゃあ、ちょっととってくるね。ちょっと待っててね!」

「おぉ~、行ってこい行ってこい」

志穂はシュパッと姐さんの方に走っていくと、身振り手振りを激しく交えながら事情を説明して姐さんにそのキャミソールを探してもらっているようだった。そして間もなく、俺の小さなバックのそばに積まれた洋服の中にそれがあることを発見する。

そしてそれをよいしょよいしょと着ると、再び俺の下へと戻ってくるのだった。やはり、そのキャミソールは水着のパーツの一つだったらしく、さっきよりもどことなく全体的に整った感じがする。というか、こうしてキャミソールまで着た方が志穂には似合っているかもしれない。

「いや、それは当然か」

霧子が選んだのは、もちろんこうして全てのパーツがそろった状態のものであり、全て身につけたのが志穂に似合っているだろうと判断したのだ。それならばこそ、パーツが欠けている状態よりも完品になっている状態の方が似合っているに決まっているのかもしれない。

「ゆっきぃ、どう? 似合う?」

「おぉ、かわいいかわいい。色合いが志穂に良く似合ってるぞ、元気な感じで」

「きりりんがね、あたしはたてじまの方がにあうよ、っておしえてくれたの」

「へぇ、そうなのか。それならいいの選んでもらったんだな、志穂」

「うん、これね、すっごくうごきやすいんだよ。水の中でおよいでてもぜんぜんじゃまにならないの」

「えっ、そんな観点? 普通にかわいいから、でいいじゃねぇかよ」

「このきりりんがえらんでくれた水着があれば、きっとサメにも勝てるとおもうんだよ」

「いや、サメは止めとけよ、水中は奴の独壇場だぞ」

「そうかな…、一回目のこうげきをよけて、きゅうしょにハ~、ってビームをうてば」

「はっ? ビーム? 人体からビームは出ないぞ?」

「えっと、ビームじゃなくって、なんてったっけ…、ししょ~ははっけぇっていってたよ」

「はっけ? 八卦っていうと占いのことか?」

「わかんな~い。えいっ! ってやったらできちゃったし、ししょ~はくわしくおしえてくれなかったから」

「そんな良く分からん技を使って戦おうとするな。サメなんかと戦ったら食べられちゃうぞ。骨まで残らずおいしくいただかれちまったら、俺はどうやって志穂を供養したらいいんだ」

「ん~、ゆっきぃがそういうなら、やめとく~」

「そうしろそうしろ。無理してもいいことないぞ。それよりも安全に水かけっこしようぜ」

「あっ、うん、するする。じゃ、いくよ~」

志穂はさっきやっていた一人プレイのときと同じように、腰を折ってひざを軽く曲げて両手を水面に差し込んで構えるので、俺も同じようにして構える。

お互いの距離は、二メートルよりも少し広いくらい。この距離で水かけっこをしようというのだから、これは手数で押し切った方が勝ちということになるに違いない。

よし、やってや

「えいや~」

チューーーーーーーンッ…………!!

「……、はっ?」

思わず、声が出てしまった。

呆気にとられてしまって、反撃することができない。

「おっしぃ、もうちょっとだったのに~」

その楽しげな志穂の声から少し遅れて、俺の頬から、どうしてか一筋、赤く温かな血がつっ、と流れる。

頬が、どうしてか熱かった。なにが起こっているか、全く分からなかったが、何かが頬を掠めた感覚だけはあった。

「次ははずさないよ~」

もう一度、今度こそはずさないように狙いを定めながら、志穂は両手を再び水の中へと浸す。

俺は、今なにが起こったのか、必死に考えた。

俺は志穂とほぼ変わらないタイミングで動作を始めたというのに、しかし結果はそのようにはなっていなかった。志穂の腕の振りの速度は、さっきの一人プレイのときとは比べものにならないものだった。

そういえば志穂は、さっきの一人プレイのことを二人プレイの練習のような言い方をしていたかもしれない。そうか、あれが練習いうことは、これが本番なのだ。

本番ということは、練習では出し切っていなかった全力の本気を見せてくれるということに他ならず、つまり今起こった不思議な状況こそが、志穂の本気なのである。それならば志穂の本気によってなにが起こったのだろうか。

ヒントは、耳元をかすめるように何かが飛んでいったかのようなさっきの残響音と、そして俺の頬に刻まれた不思議な擦過傷のような傷跡。一つ間違いないことは、志穂が水を手で掬ってこちらに向かって飛ばしているということ。

「えいや~」

「っだぁああああああああ!!」

志穂が再び水面から手を振り抜こうとして瞬間、頭の中で全てのピースが合致した。考えてみれば、どこをどうこねくり回してもそこ以外の思考の終着点は考えられず、それが正しいのかどうか、というところまで思考を運ぶ前に、ショートカットして体を思い切り横に、志穂の振り手の斜線の外に向かって放り出す。

俺のさっきいたところを、何かが通り過ぎていくような音がした。そう、まるで、弾丸か何かのように。

そして俺は、足首くらいまでしかない深さの水に、横滑りしながらその身を浸すことになった。

「あ~、よけられちゃった~」

それが何なのかといえば、水の塊に間違いあるまい。志穂の両手が振り抜かれることによってこちらに向かって飛ばされた水の塊が、その正体である。

その手があまりに高速で振り抜かれたため、本来ならそれなりにゆっくりと、一塊とその周囲のわずかな飛沫として

こちらにやってくるはずのそれが、今に限ってはものすごい速度で、とても細かく鋭い刃となって飛来しているのである。分かりやすくいえば、本来ならスプラッシュするはずの水が、なぜかスプレッドして俺に襲いかかっているということだ。

そして、一撃目が頬の擦過傷程度ですんだのは、まさに奇跡の賜物というべきだろう。偶然過剰に散会したつぶてのちょうど合間に俺がいて、偶然その攻撃が俺に当たらずに通り過ぎていった、ということでしかなく、おそらくあと一歩横にいたらあの散弾の餌食になっていたことだろう。

どれだけの速さで腕を振り抜けばこんなことになってしまうのか全く分からないが、なっているのだから受け入れるしかない。

「ゆっきぃ、すごい本気だね! あたしも負けてられないや!」

しかし志穂は自分のしていることが危険なことだと認識している様子はなく、続いて三度目の攻撃を行なうために次弾の装填を行なっているようだった。

これはマズいことになった。志穂が水かけっこは久しぶりと言っていたが、こんなことをしていたんだったら当然だ。知っていてキルゾーンにわざわざ足を踏み入れる人間など、いるはずがないのである。

そして今、おそらく背中を向けたらやられるだろうことから、逃げてしまうことはできないし、きっと待ったをかけても聞く耳を持たずに攻撃を続けることだろう。逃げることも止めることもできず、俺は打つ手を失いつつあった。

俺は、今この瞬間、明確に追いつめられている。

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