広瀬愛理
この世界は不幸の連続だ、小さい不幸大きい不幸区分はされているが不幸なことには変わりない。
例えばこの満員電車、狭い空間で物を詰めるように押され続ける、好きな人は誰一人いないだろう。
これは小さな不幸だ、だが毎日乗るとなると大きい不幸と言っても過言ではない。
そして小さな不幸を乗り越えた先に待っているのは幸福ではない。
それは私にとって最大の不幸、そう仕事だ。
生きるためには必要なものそれは分かっているが、大半の時間を奪われるのは不幸と呼ばずして何と呼ぶのだろうか。
けれどそんな人生でも私は楽しく生きていける。何故かって、それはこの不幸を乗り越えた先に不幸をかき消すほどの幸福が待っているからだ。
「お帰り愛理、お風呂とごはんどっちにする?」
疲れ切った私をいつも出迎えてくれる私の夫である、顔は平均よりちょい上と言われているが私にとっては世界一のイケメン、それに加え優しく、気を遣え、いつも私のことを考えてくれる、世界夫選手権があれば間違いなく優勝できる最高の夫だ。
「あなたにする」
私は迷いなく怜徒の唇に飛びかかりキスをする。
「んんーー」
これをするだけでこれまでの疲れは全て吹き飛ぶ毎日欠かせない行為だ。
毎日やっているがいまだに恥ずかしいのか私の肩を掴んでやめさせてくる、そんな所もかわいい。
「愛理、ごはん冷めちゃうよ」
「もっとー」
「あとでいっぱいしてあげるから、ごはん食べよ、今日は愛理が大好きなユッケ作ったんだよ」
「ほんと!」
私は怜徒さえいればどんな不幸なことが起きたって幸せに生きていられる、そう確信している。
「うわー、美味しそう」
私の大好物のユッケにご飯、サラダ、味噌汁、ハンバーグ、そして手作りの杏仁豆腐、栄養面もバッチリのパーフェクトな料理が並んでいる。
「どお、美味しい?」
「お店に出ても違和感ないぐらい美味しいよ」
これは決してお世辞じゃない、本当に怜徒の料理は格別に美味しい。
「愛理のために愛情いっぱい込めたからね」
「なら三ツ星取れるわね」
この後に「本当にお店に出してみたら」と言ってしまいそうになったが寸前のとこで止め飲み込んだ。
これには理由がある、怜徒は足が悪く杖がないと長時間立ってられないのだ。
そのため怜徒は専業主夫として働いてもらっている。
と言っても怜徒は足が悪くても支障が少ない在宅ワークをするためにリモートでプログラミングの勉強をしている二十四歳学生である。
正直私はお金にも困っていないし家事も幾分かはできるので、いてくれるだけでいいのだが、やめようとは一切しない。
食事を終え、一緒にお風呂に入り、二人でのんびりテレビを見て過ごし、布団でイチャイチャして寝る。
これが私の宝物、幸福、生きがいだ。
––「愛理起きて」
私は起きたがまだ寝たふりを続ける。
「どうせ起きてるんでしょほら早く起きて遅刻するよ、・・・・・・三秒以内に起きたらちゅ––」
私は飛び起きキスをする。
「ぷはー」
「おはよ、怜君」
怜徒は少し呆れたような顔をしながら私を見つめる。
「おはよう、ねぇ毎日これしなきゃダメなの?」
私は怜徒の手を握りながら体を伸ばす。
「しなきゃだめだよ、私白雪姫みたいにキスしないと起きないから」
怜徒はため息を吐く。
「自分から起きてたじゃん」
「それは怜君が目覚めのキッスをしてくれないからじゃん、どうせキッスしなきゃいけないんだから最初からしてよ」
今度はどでかく長いため息をつく。
「そうしたらずっと寝たふり続けるじゃん」
「そうだけどさー」
「ほらもう時間内から早く起きて」
「はーい」
怜徒は私を立たせるため握っていた手を強く握り食事の席に連れて行く。
食事を済ませ、スーツを着用し、行ってきますのちゅーを済ませ私は出かける。
電車に乗り仕事場に向かう。
揉みくちゃにされ半分以上の体力を消耗しようやく降りることが出来る、だがここから二十分歩いて会社まで向かわなければならない。
普通に歩くだけならまだいいのだが、私の会社にある謎ルールのせいで女性は全員ヒールを履かなくてはいけなく歩くのも一苦労だ。
会社に着いたら休憩出来るわけもなく、営業に向かう準備をした後すぐに会社を発たなくてはならない。
「広瀬今日も期待してるぞ」
後ろから肩を掴まれ、気持ち悪いが我慢をし振り返る。
見た目は小汚いおじさん、頭の真ん中からハゲが進行しているようで、会社では河童とあだ名が付けられている。
「は、はい、今日も頑張って契約を と、取ってきます」
私は愛想笑いと本音を言わないように引きつった口で言った。
「ほんとお前は会社の宝だ、他の奴にも見習ってほしいな」
周りに聞こえるほど大きい声で話している、そんなデカい声出さなくても聞こえてるつうの。
「はい、それじゃ––
––「特にお前以外の新人、どいつもこいつも質問ばっかでろくに契約も取りやしねぇ、その上だ向上心のかけらもないと来た、なぁ広瀬もそう思うだろ」
はぁまた始まったよめんどくさい。
「他の皆さんも向上心はあると思いますよ」
「いいや、ないね、その証拠に誰も飲み会に来やしないだろ、俺たちの時代は飲みの場で上司たちの機嫌を取り、気に入られ仕事のアドバイスをもらってたのによ」
誰も行きたくないだろ、お前と飲みになんて。それに私一回も飲みに行ったことないし、これ遠回しに私に飲み会に来いっていてるのかな? そんなわけないか私この会社で営業成績一位だし。
「あの、そろそろ、時間がヤバいのでそれじゃあ」
「おう、頑張って来いよ」
社用車に乗り営業に向かう。
「はぁーーーーーー、スートーレースー」
あの河童マジでやめてくんないかな、誰かパワハラかセクハラで訴えてよ。
あの上司は全員に嫌われているクソ野郎だ、自分より下の人間にはきつく当たり、独身の女性には日々セクハラをしている、だが上の人間にはへこへこと情けないぐらいにゴマをする、まぁクズ上司を集めて混ぜたような最強のクズ上司だ。
私も新人の頃はよくセクハラされた、今でも根に持っている、何なら訴えてやろうかとも思っているが私はまだ被害が少ない方なので他の人達のために訴えていない。
今日一日の営業を全て終え、二時になった。
私は他の営業に行くでも会社に行くでもなく、怜徒が待つ家に向かっていた。
社用車であるため会社にはバレているだろうがそれでも一回も咎められたことはない。
うちの会社は良くも悪くも成績主義なのである。
私も新人の時は苦労した。
契約が取れなかった日はサービス残業は当たり前、上司の嫌味を浴びせられ続け、機嫌が悪い日は会社に一泊させられる、つまり一日間怜徒と会えない、その時期は鬱病寸前まで追い込まれてた。
けれど私は怜徒が待つ家に帰るために頑張り続けた、その熱量が伝わったのかそこからどんどん成績が上がっていき、今では会社でトップの成績である。
私には才能はない、ただ怜徒に会いたい思いを糧にやり続けた、そして一位に上り詰めたそれだけだ。
「ピーンポーン」
「はーい」
窓が開けた瞬間飛びかかる。(足が悪い怜徒のために衝撃はないように体重をかけないよう最大限配慮している)
「またサボったの?」
「サボりじゃないよ、これは私が働くために必要な休養時間なんです」
怜徒はため息をつく。
「いつも社用車を会社に返すだけで仕事してないじゃん」
「良いんだよ私の会社結果さえ出せば何やっても文句言われないから、それに今日の仕事は怜君に会うためにもう終わらせてきたから」
「じゃあまたお昼食べてないの?」
私は少しの沈黙の後に首を縦に振る。
するといつものように怜徒はため息をつき少し怖い顔をする。
「ご飯はちゃんと食べてっていつも行ってるじゃん」
「でも怜君に早く会いたかったから」
「僕は愛理の体が悪くなるくらいなら会いたくないよ」
私の体を気遣ってくれているやさしさと、会いたくないと言われた絶望、そして怜徒を心配させてしまった罪悪感で頭が絡まり何も言葉が出なかった。
「はぁー、今度からちゃんとご飯食べるんだよ、わかった?」
「わかった」
「よし、お腹すいてるでしょ、今日オニオンスープ作ってみたから飲んでみてよ」
「うん」
キッチンに腕を組みながら向かっていく。
「ほら座って」
「私がよそるから怜君が座ってて足悪いんだから」
「休養時間なんでしょなら愛理が休むべきじゃないのかな」
「グぬぬ」
私は何も反論ができないため黙って椅子に座った。
オニオンスープを完食し普通の時間を過ごし社用車を返しに会社に向かう。
会社に着きおいてきた荷物を取りに行く。
「オイ、何度言ったらわかるんだお前は」
社内に全体に響き渡る怒号が聞こえる、だが会社に勤務している者は一切見向きもしない。
「次、失敗したら首だと思え、このお荷物野郎」
ちょうど終わったのか河童上司は足音を鳴らし自分の席に戻っていく。
私は早く帰りたいので気配を消しそそくさと帰ろうとする、だが。
「おう広瀬、今回もよくやってくれたな」
帰るためには河童上司の席を通らないといけないため普通に見つかってしまう。
「まぁ仕事ですから」
見ちゃった、はぁ、早く終わるといいな。
「それにしても凄いよなあんな短い時間で終わらせられるなんてよ」
「すいません」
「いや、別に気にすることないぞお前がいつも家に帰ってるのは許されてるからな」
「お前本当に自分の家が好きだよな、あのひも男がいるのによ」
私は手が出そうになったが必死に我慢した、こんな奴のために時間を無駄にするなそう自分に言い聞かせて。
「いやひもじゃなくて専業主夫ですよ」
「どっちも同じだろ、男のくせに仕事せず家に引きこもって、いやひもじゃなくてニートって言った方がいいか」
私は思いっきり机を殴りつけた、静かな社内に響き渡るほどに。
そして皆が仕事をやめ広瀬達を見つめる。
「取り消せよクソジジイ」
上司は反抗されたことが無いため目を点にして固まっている。
「怜徒のこと何も知らないくせに、ごちゃごちゃと、いいかお前みたいなカスよりも怜徒の方が一億倍魅力的なんだよ」
あぁあ、もうどうにもならないし全部ぶちまけよ。
「お前この会社でどう思われてるか知ってるか、ハゲ、キモデブおやじ、クズ、ゴマすりパワハラセクハラ野郎、他にもあるがきりがないから言わないでやるよ」
「それにもし怜徒が事故にさえあってなければ私なんて足元にも及ばない程優秀なはずだよ」
上司は時間が過ぎていくことで少し慣れていき少し冷静になった。
「上司に向かってその言いようはなんだ」
「上司? ただ私より早く生まれたからいることが出来てる役職でしょ、まぁその年で今の地位なのはあなたの無能ぶりを証明してるわよね」
「貴様上に報告するぞ」
「構いませんよ、どうぞ報告してください、それでは、時間なので帰らせていただきます」
「待てまだ話は」
聞こえてはいたが無視してそのまま会社を出た。
「スッキリした言いたいこと言えたし、クビになってもいっか」
今日の満員電車はあまり嫌ではなくなっていた。
「ただいま、怜君聞いて」
「どうしたの?」
怜徒の後ろから抱き着き匂いを嗅いだ後話始める。
「私会社クビになっちゃうかもしれない」
「!!え、え、どうして、まさか仕事中なのに帰ってることがばれた」
怜徒の背中に顔を埋めながら首を振る。
「違うの、上司が怜君のこと悪く言うから、かっとなって今までためて来たこと全部言っちゃったの」
「私も最初は我慢したんだよ、でも怜君のことニートとかいうから」
怜徒は振り返り私を強く抱きしめた。
私も怜徒を強く抱きしめ返した。
机に座り天井を見つめる。
「転職か、どうしようかな?」
「ごめんね、僕が働けないばかりに愛理だけに負担かけて」
「怜君は悪くないよ、今は働くために勉強中なんだから、それにこうなったのは豚箱にいるあのカスのせいじゃん」
「それに家事も全部完璧以上にこなしてくれてるし、貯金も結構あってお金には困ってないからこのままでいいよ怜君は」
「んーん、僕がこのままじゃ嫌なんだ」
「働いて稼いだお金でさ、ごたごたで出来なかった結婚式とか新婚旅行とか、それに未来のさ子供のために貯金とかしたいからさ」
怜徒の発言に感極まって自然と涙が出てきてしまった。
「怜君、大好き」
「私決めたよ、今よりもっと好条件の場所に就職して今よりもっと怜君を幸せにする」
––まずは退職しないとな、好き勝手してたことなんか言われるかな?
今考えたって結果は変わらないか、よし行こう、何ならあのデブガッパに捨てぜりふでも吐いてやるか。
私は胸を張り最後ともう訪れることはないであろう会社に入っていた。
エレベーターに乗り日々の思いでが蘇ってくるかと思ったが営業でほとんど会社にはいなかったので何なら新人時代の嫌な思い出が頭の中から噴き出してくる。
フロアの階に着き覚悟を決めて歩き出した。
だが思わぬことに廊下で河童上司と鉢合わせして戸惑ってしまった。
河童上司は私の元にずこずこと迫ってくる。
「覚えてろよ、クソアマ」
すれ違いざまに捨て台詞を吐かれた、なんでお前が吐くんだよ。と思ったがなんだかもうどうでもよかった。
荷物をまとめるため自分の机に向かった、だが私はクビになっていなかった。
逆に河童上司がクビになっていた。
どういうこと?
私が茫然としていると次々と社員人たちが集まってくる。
「昨日のあれかっこよかったす」
「広瀬さんのおかげで日ごろの恨みを解消できました」
「私、広瀬さんに惚れちゃいました、私と不倫してください」
「いやー、ほんと広瀬さんのおかげで、会社のカビがいなくなりましたよ、ハハハ」
本当にどいうこと? あの後何が起きたんだ? まじでわからない。
「あのー、私がクビじゃないんですか?
「いやいや、あれは完全にあいつが悪いじゃないですか広瀬さんがクビにはなりませんよ」
「でも、ゴマするのだけはうまかったから、てっきりあること無いことお偉いさん達に吹き込まれてクビになるのかと」
「確かにあいつ専務にホラ吹き込んでましたけど、今まであいつの色々ハラスメントを証拠に残してた人がいっぱいいましてね、専務にそれ全部見せてやったんですよ」
「あ、ありがとうございました、皆さんのおかげでクビにならずに済みました」
「いやいやこちらが感謝したいくらいですよ、ヒヒヒ」
私はクビにならずすんだ、正直今の会社は好き勝手出来るため気に入っていたのでありがたい。
早く怜徒に知らせたかったため私は早退した。
カギを開け、自宅に上がる。
「お帰り、えっと、お疲れ様」
私がクビになったと思い込んでる怜徒の顔を見ていたら思わずわたってしまった。
「どうしたの、もしかして壊れた?」
「フフフ、違う、違うの、怜君の顔見てたら笑っちゃって」
「それ、ひどくない」
「ごめんごめん、お礼にいい知らせがあるよ」
「まさか」
「そのまさか私クビにならなかったよ」
「え!! どうしよう、クビになるかと思って何も用意してないよ」
「今日は特別な日でも何でもないから別にいいよ」
怜徒は時計を見て裾を上げキッチンに向かう。
「ちょっと待っててね今日はパーティーだから」
「別にいいって」
「いいや、僕がやりたいんだよ」
こうして私たちの日常は守られ、これからもずっと続いていく。
はずだった。




