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黒翼の英雄〜羽撃け名もなき空へ 〜  作者: ぺぺ


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見えない糸に繋がれた者

(探りを入れるにしても、いったいどうしたものか……)

情報局に直接接触する機会など、一介の少佐に過ぎないブレントへ与えられるはずもなかった。

そもそも、あの組織が自らの内部を外部の人間に見せるとは考えにくく、仮に何らかの伝手を頼って接触を試みたとしても、まともな情報を引き出せる保証はどこにもない。

下手に動けば、こちらが何を調べようとしているのか、すぐに察知される可能性がある。

軍の通常の指揮系統とは異なる場所で国家の中枢にまで手を伸ばし、表には出ない情報を扱っている。

そんな相手に対して、自分のような人間が不用意に動いたところで、何かを掴む前に動きを封じられるのが関の山だろう。

(司令に聞いても、まともな答えは返ってこねぇだろうな……)

ブレントは先ほどの会談を思い返しながら、廊下をゆっくりと歩いていた。

基地司令も、あの様子を見る限りでは何かを知っている可能性が高い。

少なくとも、情報局が今回の訪問で何を目的としていたのか、ある程度の事情は把握していたのではないかと思えた。

しかし、仮に知っていたとしても、司令がそれを自分に話すとは考えにくかった。

あの場にいた司令の顔には、終始、隠しきれない緊張が浮かんでいた。

カリグラの言葉に対して必要以上に慎重になり、少しでも相手の機嫌を損ねないように言葉を選び、こちらの反応を窺うような態度を崩さなかった。

あれは単に、情報局という肩書きを恐れていた。

ブレントには、そう思えてならなかった。

基地司令という立場にある人間が、軍人としての階級や権限とは別の何かを前にして、あそこまで萎縮している。その事実自体が、情報局という組織の異質さを物語っているように感じられた。

(何かを恐れていた……いや、恐れていたというより、逆らえないとわかっていたからか?)

軍の指揮系統に従うことと、情報局の要求に従うことは、司令にとって別の問題なのだろう。

表向きには軍の施設であり、軍人たちが運営する基地であっても、その内部にまで情報局の影響力が及んでいるのなら、司令が自由に振る舞えない理由にも説明がつく。

そう考えれば、あの場で見せた不自然な態度も理解できた。

(となると、軍の人間に聞き回るのは悪手だな)

ブレントは歩みを緩め、廊下の先へ視線を向けた。

情報局について不用意に尋ねれば、その話がどこへ伝わるか分からない。

相手の組織力を考えれば、基地内部で交わされる何気ない会話さえ、どこかで把握されている可能性を否定できなかった。

何より、事情を知らない人間まで巻き込むことになれば、それこそ本末転倒だった。

自分一人が何かを探ろうとしているだけなら、まだいい。だが、そのために部下や同僚を危険に晒すつもりはなかった。

ブレントは腕を組み、しばらく考え込んだ。

情報局には近づけない。基地司令から情報を得ることも難しい。

軍内部の人間に聞き回るのも危険となれば、残された手段は自然と限られてくる。

そして、結局のところ、最も確実な方法は一つしかなかった。

(やっぱり、本人に探りを入れるのが一番確実か……)

今回の件の中心にいる人物であり、情報局がわざわざ基地まで足を運んで接触した相手でもある。

カイ自身が何を知っているのか、それを確かめることができれば、少なくとも今よりは状況を把握できるはずだった。

単純な話ではある。

だが、今のブレントにとって、それ以上に現実的な手段は思いつかなかった。

もっとも、そこにも厄介な問題が残されていた。

果たして、あの少年が自分に何を話してくれるのか。

そもそも、カイ自身が今回の件について、どこまで事情を知っているのかさえ分からなかった。

カリグラは、カイと会うのは三年ぶりだと言っていた。

つまり、少なくとも三年前には両者の間に何らかの接点があり、その後も情報局は彼の動向を把握していたことになる。

さらに、カリグラの口ぶりからすれば、カイの戦果は単なる軍の記録としてではなく、情報局によって継続的に確認されていたようだった。

それは、いったい何を意味しているのだろうか。

本人の知らないところで、情報局が長年にわたって彼の行動を記録し続けていたのか。

それとも、カイ自身がその事実を承知したうえで、何らかの計画に協力していたのか。

どちらの可能性も考えられたが、今の段階では判断する材料があまりにも少なかった。

ただ、一つだけ確かなことがある。

情報局は、単に優秀なパイロットとしてカイを評価しているわけではない。

あの会談でのカリグラの態度や言葉の端々からは、もっと別の目的があるように感じられた。

戦果を称賛しながらも、その視線はカイという人間そのものではなく、彼が何を成し遂げるのか、あるいは何を成し遂げられるのかという部分に向けられているようだった。

(ただ、真正面から聞いたところで、まともに答えるとは限らねぇな)

ブレントは小さく息を吐いた。

カイはもともと口数の少ない男だった。

任務に必要な報告は正確に行うが、それ以外のことについて自分から話すことはほとんどない。

普段の会話でも、こちらが何か尋ねなければ必要最低限の返事しか返ってこないことが多く、私生活についても、ブレントが知っていることは決して多くなかった。

軍人としてのカイ・ラグナーと、一人の人間としてのカイ・ラグナー。

その二つは同じ人物の中に存在しているはずなのに、ブレントには時折、その間に目に見えない隔たりがあるように感じられていた。

特に、今回の会談で見せた態度は気になっていた。

カリグラから過去の接触について話を向けられても、カイは表情一つ変えなかった。

三年ぶりという言葉にも、戦果を記録していたという話にも、驚いた様子は見られなかった。

それが単に感情を表に出さない性格によるものなのか、それとも既に知っていたからなのか、ブレントには判断できなかった。

もし、カイ自身が何も知らされていないのだとすれば、彼もまた情報局に利用されている可能性がある。

逆に、何もかも承知しているのなら、こちらが尋ねたところで簡単に口を開くとは思えない。

どちらにしても、慎重に進める必要があった。

(あまり露骨に探りを入れるのは避けた方がいいな)

こちらが情報局を疑っているとカイに悟られれば、余計な警戒心を抱かせてしまうかもしれない。

仮にカイが情報局と何らかの関係を持っているのなら、その態度の変化が向こうへ伝わる可能性もある。

そうなれば、せっかく得られるかもしれない手掛かりを自ら潰すことになる。

ブレントはもう一度、ゆっくりと息を吐いた。

(……まずは、普段どおりに接するしかねぇか)

幸い、自分には管制官という立場がある。

任務に関する確認や、戦闘後の聞き取りであれば、カイと話をする機会はいくらでも作れる。

昨日の戦闘について、なぜあの判断を下したのか、あの機体の操縦に何か変化はなかったのか。

そうした何気ない質問から話を広げていけば、少しずつでも何かを掴めるかもしれない。

焦る必要はない。

無理に答えを引き出そうとすれば、相手の警戒を招くだけだ。

今はまだ、何も知らない人間として振る舞い、普段どおりの管制官であり続けることが最善だった。

少しずつ、慎重に。

相手に悟られないように、しかし確実に情報を集めていく。

そう方針を定めたブレントは、廊下の窓際で足を止め、何気なく外へ視線を向けた。

窓の向こうには、基地の駐機場が広がっていた。

整備員たちが機体の周囲を忙しなく行き交い、地上要員たちが次の出撃に向けて準備を進めている。

遠くでは牽引車がゆっくりと移動し、その周囲を数人の整備兵が歩いていた。

戦争が始まって以来、基地の日常は常に緊張と隣り合わせだった。

いつ敵機が現れるか分からず、いつ警報が鳴り響くかも分からない。

それでも、整備員たちは機体を飛ばすために働き、管制官たちは空を見守り、パイロットたちは再び戦場へ向かう。

その光景の向こうに、一機の黒い戦闘機が見えた。

F-15Λ。

周囲の機体とは明らかに異なる輪郭を持つその機体は、駐機場の中でもひときわ異質な存在感を放っていた。

朝の光を浴びているにもかかわらず、機体表面は光を反射することなく、まるで周囲の景色そのものを吸い込んでしまうかのような黒さを保っている。

ブレントは、その機体をしばらく見つめていた。

あれは、本当にただの戦闘機なのだろうか。

外見だけを見れば、F-15を基礎とした新型機であることは分かる。

だが、その性能や搭載されているシステムについて、ブレントが知っている情報は限られていた。

通常の試作機とは異なる扱いを受け、情報局からも機体の保全を強く命じられている。

それだけでも十分に異常だった。

そして、昨夜目にした資料の最後に記されていた、あの文字が脳裏に蘇る。

――GRIM REAPER。

死神。

あの資料に記されていた名称が、F-15Λそのものを指しているのか、それとも別の計画を示すものなのか、ブレントには分からなかった。

ただ、情報局があの機体に特別な意味を与えていることだけは間違いなかった。

そんな物騒な名前を背負った機体に、親友の忘れ形見が乗っている。

それも、彼自身がどこまで理解しているのか分からないまま、戦場へ送り出され続けているのだ。

「……上等じゃねぇか」

ブレントは窓から目を離し、誰に聞かせるでもなく呟いた。

情報局から与えられた命令は理解している。

機体を損傷させないこと。

機体を守り、計画に支障を出さないこと。

表向きには、その命令に従うつもりだった。

だが、機体だけを守ればいいという話なら、最初から自分を管制官に選ぶ必要などなかったはずだ。

彼らが何を考えていようと、ブレントにとってカイは一人のパイロットであり、守るべき部下だった。

それ以上でも、それ以下でもない。

ましてや、親友の忘れ形見を、得体の知れない計画のために使い潰されるのを黙って見ているつもりはなかった。

命は従う。

少なくとも、表向きは。

しかし、カイを守ることまで諦めるつもりはなかった。

そのためにも、まずは本人から話を聞く必要がある。

今すぐに答えが得られなくとも、次の任務で顔を合わせたときに少しずつ確かめていけばいい。

管制官として彼の隣にいる自分だからこそ、気づけることもあるはずだった。

ブレントはもう一度だけ駐機場の黒い機体を見つめると、静かに踵を返した。

次の任務が始まるまで、そう時間はないだろう。

それまでに、どのように切り出すべきか考えておく必要があった。

彼は歩きながら、頭の中でいくつもの可能性を組み立てていく。

情報局が何を目的としているのか、F-15Λに何が隠されているのか、そしてカイがその計画にどのような形で関わっているのか。

今はまだ、どれも確かな答えには結びついていない。

しかし、少なくとも一つの疑念だけは、ブレントの中で確かなものになりつつあった。

自分が探ろうとしている秘密は、単に一機の試作戦闘機を巡る問題ではない。

F-15Λという機体の存在も、情報局の異様な関心も、カイ・ラグナーという若きパイロットへの執着も、すべては何か一つの大きな計画へと繋がっているのではないか。

そして、その計画の中心にいるはずのカイ自身でさえ、まだ全容を知らされているだけではないのだとしたら。

ブレントは、その先に待ち受けるものを想像することができなかった。

〜お願い〜


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