お墨付き
昼前、ノルヴァイン帝国東部戦線南部区域に設けられた前線基地、フリューゲル基地へ向かっていた輸送機は、目的地への到着を告げるように機体を僅かに傾け、眼下に広がる広大な軍事施設へと高度を下げ始めた。
窓の外には白銀の大地が広がり、その中に整然と配置された格納庫や滑走路、管制塔、燃料施設などが、陽射しを受けてはっきりとした輪郭を浮かび上がらせていた。
遠くには幾筋もの誘導路が伸び、その周囲には複数の航空機が駐機しているのが見える。
輸送機の窓越しにその光景を眺めていたブレントは、いつの間にか背もたれから身体を起こし、窓枠へ片手を添えながら眼下の基地を注意深く観察していた。
先ほどまで彼の頭を占めていたのは、昨日から続く寝不足と、腹を満たしたことによる僅かな安堵だったが、目的地の姿が視界に入った途端、その意識は自然と軍人としてのものへ切り替わっていた。
前線基地という言葉から想像していた以上に、その施設は大きかった。
滑走路は広く、誘導路も複数の航空機が同時に移動できるだけの余裕を確保している。
格納庫の数も多く、駐機場には戦闘機が整然と並び、その間を整備車両や補給車両が忙しなく行き交っていた。
管制塔の周囲には通信アンテナが幾重にも設置され、基地の各所には防空陣地と思われる施設も確認できた。
単に航空機を運用するための場所ではない。
この一帯に展開する帝国空軍の作戦を支え、前線へ航空戦力を送り出し、帰還した機体を再び戦場へ送り返すための、巨大な軍事拠点だった。
やがて輸送機は着陸態勢へ入り、主翼の下でフラップが展開されるとともに、機体の速度がゆっくりと落ちていった。
窓の外を流れる地面が次第に近づき、滑走路の白線がはっきりと見えるようになる。
輸送機は機首を僅かに上げ、次の瞬間、主脚が滑走路へ接地した。
鈍い衝撃が機内を揺らし、タイヤと舗装面が擦れる音が響く。
機体は長い滑走路を進みながら徐々に速度を落とし、やがて誘導路へと進入していった。
ブレントはシートベルトを外しながら、もう一度窓の外へ視線を向けた。
最初に目へ入ったのは、滑走路そのものだった。
広いだけではなかった。
舗装の状態が明らかに違っていた。
もちろん、長期間にわたって使用されている以上、補修された跡がまったくないわけではない。
しかし、少なくとも目に入る範囲では、舗装面は比較的均一に整えられており、前の基地で目にしたような無数の補修跡や、継ぎ接ぎだらけの路面とは比べものにならなかった。
誘導路の幅にも十分な余裕があり、複数の機体が移動することを前提とした配置になっている。
滑走路脇の設備も整っており、地上要員が使用する作業区域と航空機が移動する区域は、明確に区分されていた。
管制塔は基地全体を見渡せる位置に建てられ、その周囲には通信設備が集中的に配置されている。
弾薬庫や燃料施設は滑走路や格納庫から適切な距離を保ちながら設置され、整備施設も複数の区画に分けられていた。
さらに、基地の外周には防空陣地が配置され、周辺の地形を利用しながら、接近する脅威に対処できるよう考慮されているようだった。
それぞれの施設が独立しているように見えて、その実、すべてが一つの目的に向かって組み合わされている。
基地全体が、まるで巨大な機械のように機能していた。
(……あそこは、いったい何だったんだ)
ブレントは、思わず心の中で呟いた。
つい昨日まで自分がいたミュールハルデ基地の光景が、脳裏に浮かび上がる。
荒れた駐機場と古びた格納庫。
そして十分とは言い難い補給設備。
何より、何かを諦めたような表情で日々の任務をこなしていた兵士たち。
もちろん、あそこにいた兵士たちが怠けていたわけではなかった。
むしろ、限られた設備と人員しか与えられていない環境の中で、彼らはできる限りの仕事をこなしていた。
古い航空機を維持し、乏しい補給品をやりくりし、故障した設備を何とか使える状態に戻す。
それぞれが、自分に与えられた役割を果たそうとしていたことは、ブレント自身も理解していた。
問題は、彼らの努力だけでは埋められない部分にあった。
設備が違う。
人員が違う。
補給が違う。
そして何より、基地そのものに漂っていた空気が違っていた。
ミュールハルデには、どこか停滞したような空気があった。
戦争が始まっているというのに、戦場から遠く離れた場所に取り残されたような感覚があり、兵士たちは任務を続けながらも、次に何が起きるのかを知らされていなかった。
誰もが働いていた。
それでも、その仕事が何につながっているのか、見失いかけているように見えた。
だが、ここは違う。
ここには、戦場に身を置く軍隊の空気があった。
いつ敵が来てもおかしくない。
いつ出撃命令が下るか分からない。
いつ帰還した機体が再び滑走路へ向かうことになるかも分からない。
だからこそ、全員が動いている。
この基地では、一つの作業が滞れば、それが別の部署へ影響を及ぼし、最終的には航空機の出撃時刻にまで響くことを、誰もが理解しているのだろう。
ブレントは肩に掛けた荷物を持ち直し、輸送機の貨物室から降りる準備を始めた。
機体が完全に停止し、エンジンの出力が落とされると、機内に響いていた轟音が徐々に弱まっていく。
やがて貨物室の扉が開かれ、外から乾いた風とともに、基地特有の騒がしい音が流れ込んできた。
ブレントは荷物を肩へ掛け直し、タラップを降りた。
地面へ足を着けた瞬間、彼は思わず目を細めた。
昼前の陽射しは既に強く、照り返しを受けた滑走路の表面が白く輝いている。
空気は乾燥していたが、ムールハルデで経験したような、身体にまとわりつく不快な熱気とは少し違っていた。
ここでは、風が絶えず吹き抜けていた。
燃料の匂い。
熱を帯びた金属の匂い。
遠くから漂ってくる排気の匂い。
そして、無線機から漏れる断片的な通信音。
それらが混ざり合い、前線基地ならではの独特な空気を作り出していた。
ブレントは一度だけ深く息を吸い、周囲を見渡した。
そのときだった。
「ウェルロッド少佐殿ですね?」
背後から声を掛けられた。
振り返ると、一人の兵士が立っていた。
制服の襟元に作業による汚れが見える。
しかし、ブレントの姿を確認すると、彼はすぐさま背筋を伸ばし、規律正しい動作で敬礼した。
「あぁ、そうだが」
「司令官がお呼びです」
整備兵は簡潔に用件を伝えた。
余計な前置きもなければ、無駄な説明もない。
今の彼にとって、ブレントを司令官のもとへ案内することが任務なのだろう。
「了解した。案内しろ」
「はい」
彼は再び敬礼すると、踵を返して歩き始めた。
ブレントもその後ろへ続き、基地の中心部へ向かって歩き出した。
移動を始めて間もなく、彼は改めてこの基地の異様なまでの活気を実感することになった。
滑走路に近い区域では、整備兵たちが航空機の点検を進めていた。
機体の下に潜り込んで各部の状態を確認する者もいれば、工具を手に主翼の付け根を調べる者もいる。
少し離れた場所では、燃料補給車が戦闘機の傍らに停車し、補給担当者が手際よくホースを接続していた。
別の区画では、武装担当の兵士たちが弾薬を運び、機体ごとの搭載予定を確認しながら、必要な装備を準備している。
通信施設の前では、通信兵が端末を操作し、時折無線機へ向かって短い報告を送っていた。
その一つ一つが、ばらばらに動いているようでいて、実際には互いの作業を妨げないように調整されている。
ブレントは、その様子を興味深く眺めていた。
長年、軍隊という組織の中で働いてきた彼には、こうした光景が何を意味するのか、ある程度理解できた。
設備が優れているだけでは、ここまでの動きは生まれない。
優秀な人員を集めただけでも、同じ結果にはならない。
各部署が何を求められているのかを理解し、その目的に向かって連携しているからこそ、基地全体がこれほど円滑に機能しているのだ。
それは、単なる規律の問題ではなかった。
戦場で生き残るために必要なものを、この基地の兵士たちは日々の仕事を通して理解しているのだろう。
すれ違う兵士たちは、ブレントの階級章に気づくと、その都度足を止めて敬礼した。
ブレントも歩みを大きく止めることなく、必要に応じて軽く敬礼を返す。
そのやり取りに、特別な意味はない。
軍隊であれば当たり前の光景だった。
それでも、ミュールハルデで見た兵士たちの姿が記憶に残っているせいか、ここで交わされる敬礼は、どこか違ったものに感じられた。
彼らの目には、少なくとも自分たちが何をすべきか分からず立ち尽くしているような迷いは見えなかった。
「……随分と忙しい基地だな」
ブレントは、前を歩く整備兵へ何気なく声を掛けた。
「前線ですから」
彼は歩調を変えず、それだけ答えた。
それ以上の説明はなかった。
しかし、ブレントには、それで十分だった。
前線だから忙しい。
前線だから準備を怠れない。
前線だから、一つの失敗が自分だけの問題では済まない。
その簡潔な言葉の中には、この基地で働く兵士たちが日々向き合っている現実が、そのまま詰まっているように思えた。
ブレントは前方へ視線を戻した。
基地の中央に位置する司令塔が、徐々に近づいてくる。
高くそびえる塔の上ではレーダーが一定の速度で回転し、周囲に設置された通信アンテナが空へ向かって伸びていた。
管制施設の入口付近では、複数の兵士が端末を抱えて出入りし、建物の内部からは絶えず通信音が漏れている。
その音を聞いただけでも、ここが単なる航空機の駐機場ではないことが分かった。
この基地では、地上の兵士たちだけでなく、空の上にいるパイロットたちも、常に誰かの判断と支援に支えられている。
そして、その支援を担う管制官もまた、戦場の一部だった。
ブレントは、そのことを誰よりもよく知っていた。
自分の声が、どれほど多くの判断を左右するのか。
ほんの短い指示が、パイロットの選択を変えることがある。
危険な空域へ進ませることもあれば、撤退を命じることもある。
そして時には、その一言が誰かの生死を分ける。
だからこそ、彼はこれから始まる任務について、簡単に考えるつもりはなかった。
相手がどれほど優秀なパイロットであろうと、どれほど特殊な航空機であろうと、管制官として果たすべき役割に変わりはない。
機体の状態を把握し、周囲の状況を監視し、必要な情報を正確に伝える。
そして、パイロットが帰還するまで、その声を途切れさせない。
それが、自分の仕事だった。
やがて二人は、司令部の建物へ到着した。
外壁は比較的新しく、入口の周囲には警備兵が配置されている。
建物の前には複数の軍用車両が停車しており、出入りする士官たちが書類を手に足早に移動していた。
整備兵は入口を通り抜け、廊下の奥へと進んでいく。
ブレントもその後ろへ続き、何度か角を曲がったところで、ようやく目的の部屋の前へ到着した。
「こちらです」
「ありがとな」
「失礼します」
彼は敬礼を残して踵を返し、来た道を戻っていった。
その背中が廊下の角へ消えると、ブレントは一人、司令室の扉の前に残された。
廊下には、遠くから聞こえる無線の声と、軍靴が床を叩く音が響いていた。
ブレントは肩の荷物を持ち直し、扉の上に掲げられた部屋番号を確認した。
間違いない。
ここが、これから自分が所属することになる基地の司令室だった。
「……」
彼は一度だけ深呼吸した。
ミュールハルデを離れてから、まだ半日も経っていない。
それなのに、既にいくつもの疑問が頭の中に積み重なっていた。
新しい基地の状況。
管制設備の詳細。
担当するパイロットの情報。
そして、漆黒の機体に関する一切の謎。
どれも、これからの任務を考えるうえで無視できないものだった。
しかし、そのすべてに答えを出すためには、まず目の前にある扉を開けなければならない。
ブレントは軽く首を鳴らし、制服の襟元を整えた。
(さぁ、何がいるのか)
胸の内でそう呟き、扉をノックする。
コンコン、と乾いた音が廊下に響いた。
「失礼します」
返事を確認してから扉を開き、ブレントは室内へ足を踏み入れた。
「ブレント少佐、只今現着しました」
敬礼とともに報告すると、室内にいた数名の士官が一斉にこちらを向いた。
司令室は、必要な書類や通信端末が整然と配置された、実務的な造りになっていた。
壁際には大きな地図が掲げられ、その上には東部戦線南部区域の主要な基地や補給路、作戦区域などが表示されている。
別の壁には複数の画面が設置され、現在の航空機の運用状況や周辺空域に関する情報が表示されていた。
机の上には書類が積まれ、何人かの士官がその内容を確認しながら、必要な指示を交わしている。
そして、その中央。
一人の男が、こちらを見ていた。
基地司令官だった。
背は低く、年齢は中年というよりも、それよりさらに年老いて見える。
髪には白いものが多く混じり、顔には長年の軍務によって刻まれた深い皺が浮かんでいた。
しかし、その眼差しには衰えを感じさせない鋭さがあった。
人を威圧するために声を張り上げる必要もなければ、無理に厳格な態度を見せる必要もない。
ただ視線を向けるだけで、相手がどのような人物なのかを確かめようとする、前線を長く生き抜いてきた人間特有の雰囲気があった。
「来たか」
司令官が低い声で言った。
「はい」
ブレントは敬礼を崩さずに答えた。
司令官はその姿を確認すると、椅子に座ったまま小さく頷いた。
「ウェルロッド少佐、君のような素晴らしい人物を基地に迎えられて光栄だ」
「……」
ブレントの口元が、ほんの僅かに引きつった。
(素晴らしい人物、ね)
その言葉が、妙に引っ掛かった。
軍隊において、上官から褒められること自体は珍しくない。
優れた戦果を挙げた者には賞賛が与えられ、困難な任務を達成した者には相応の評価が下される。
しかし、何の説明もなく、唐突に過分な言葉を掛けられたときは、少しばかり警戒した方がいい。
長年の軍務で、ブレントはそのことを嫌というほど学んでいた。
それにあのゴミ捨て場に居たことをこの司令官も知っているはずだった。
自分を歓迎しているのか。
それとも、これから押しつける任務の重さを少しでも和らげようとしているのか。
判断するには、まだ早かった。
「ありがとうございます」
とりあえず、ブレントは普通に答えた。
司令官は軽く頷き、机の上に置かれた書類へ一度だけ目を落とした。
「早速だが、君には知っての通り、あのテストパイロットを担当してもらう」
「はい」
ブレントは表情を変えないまま返答したが、その脳裏には昨日の青年の姿が浮かび上がっていた。
ダークブルーの瞳。
そして、あの漆黒の機体。
ミュールハルデで初めて見たときから、彼の中には拭いきれない違和感が残り続けていた。
機体についても、パイロットについても、必要な情報がほとんど与えられていない。
それにもかかわらず、参謀本部は彼らを最前線へ送り出そうとしている。
通常の試験飛行とは、明らかに事情が違っていた。
「情報局から釘を刺されている」
司令官の声が、僅かに低くなった。
「くれぐれも機体を壊すな」
「……」
ブレントは黙った。
まただった。
昨日、ミュールハルデの司令室で聞いた言葉と、まったく同じ意味の指示だった。
パイロットの安全を確保しろ、という命令ではない。
任務中の損失を可能な限り抑えろ、という指示でもない。
ただ、機体を壊すな。
その一点だけが、繰り返し強調されている。
(また機体か)
ブレントは内心で舌打ちした。
人間の命ではなく、機体。
パイロットがどのような危険にさらされるのかよりも、機体そのものを失うことの方が重大だとでもいうのだろうか。
もちろん、軍用機の開発には莫大な費用と時間が必要になる。
特別な試験機であれば、量産機とは比較にならないほど貴重な存在である可能性もある。
機体を保全するよう命じられること自体は、必ずしも不自然ではなかった。
だが、それならば通常は、機体の性能や任務の目的、運用上の制約などについて、担当者へ必要な説明が行われるはずだった。
それらをほとんど伏せたまま、機体だけを壊すなと繰り返す。
そのやり方は、どう考えても尋常ではなかった。
ブレントは司令官の顔を注意深く見た。
しかし、司令官はそれ以上の説明をする様子を見せなかった。
その表情からは、何を考えているのかを読み取ることができない。
詳しい事情を知らされていないのか。
それとも、知っていても口にすることができないのか。
どちらにしても、ここで問い詰めたところで、まともな答えが返ってくる可能性は低いだろう。
ブレントは余計な質問を飲み込み、姿勢を正した。
「……了解しました」
「よろしい」
司令官は満足そうに頷いた。
「では、明日から早速任務に当たってもらう」
「明日からですか」
思わず聞き返した。
移動してきたばかりで、基地の設備も、通信系統も、担当機の情報も、ほとんど確認できていない。
それどころか、担当するパイロットについても、名前以外に確かな情報をほとんど持っていないのだ。
管制官として任務に就く以上、最低限の準備を整える時間は必要だった。
ましてや、今回の相手は特殊な試験機に乗るパイロットである。
通常の戦闘機を管制する場合と同じ感覚で臨むわけにはいかなかった。
「そうだ」
司令官は、ブレントの疑問など予想していたかのように答えた。
「随分と早いですね」
「参謀本部からの指示だ」
ミュールハルデでの不可解な配置転換も、情報局からの命令も、そして今回の任務開始時刻も、すべて上層部の指示によって決められている。
現場の事情など、最初から考慮されていないかのようだった。
いや、もしかすると。
現場の事情を考慮したうえで、あえてこの日程を指定している可能性すらある。
そう考えると、余計に気分が悪くなった。
ブレントは、顔には出さないよう気をつけながら、司令官の話を聞き続けた。
「今日は基地の状況、管制設備、通信系統、担当機の情報などを確認しておけ」
「了解です」
「必要な資料については、担当部署へ申請すれば閲覧できるよう手配してある」
その言葉に、ブレントは僅かに安堵した。
少なくとも、基地の通信設備や管制系統については、確認するための手段が用意されているらしい。
これならば、今日一日で基本的な準備を整えることはできるかもしれない。
問題は、担当機に関する資料だった。
通常の試験機であれば、開発部門や試験飛行部隊が保管している記録を確認すれば、ある程度の情報を得られる。
しかし、今回の機体については、情報局が関わっている。
どこまでの資料が公開されるのか、現時点ではまったく分からなかった。
ブレントは、その点について尋ねようとした。
だが、その前に司令官が口を開いた。
「君たちは参謀本部からのお墨付きだ」
「期待しているよ」
その言葉を聞き、ブレントはほんの僅かに眉を動かした。
君たち。
自分だけではない。
あの青年も含めて、そう言ったのだ。
ブレントとカイ。
管制官とパイロット。
年齢も経歴も異なり、昨日まで互いの存在すら知らなかった二人が、上層部の判断によって一つの組み合わせにされた。
しかも、参謀本部から期待されているという。
それが通常の意味での期待なのか。
あるいは、何らかの計画を実行するために必要な人員として選ばれただけなのか。
ブレントには、判断できなかった。
ただ、今までの経緯を考えると、素直に喜べる話ではなかった。
彼は一度だけ息を吐き、敬礼した。
「了解しました」
「下がっていい」
「失礼します」
ブレントは踵を返し、司令室を後にした。
背後で扉が閉まる。
廊下へ戻った瞬間、彼はようやく肩の力を抜いた。
「……」
しばらく、その場に立ったまま動かなかった。
司令官の言葉を頭の中で整理する。
明日から任務。
参謀本部からの直接指示。
情報局からの機体保全命令。
そして、君たちは参謀本部からのお墨付きだという言葉。
どれを取っても、単なる人員配置の話とは思えなかった。
ブレントはポケットへ手を入れた。
指先に、硬く小さなものが触れる。
取り出してみると、包み紙にくるまれた飴玉だった。
彼は包装を剥がし、口の中へ放り込んだ。
コロリ、と舌の上で飴玉が転がる。
甘味が広がった。
しかし、気分は少しも晴れなかった。
「……まったく、何だってんだ」
小さく呟き、ブレントは廊下を歩き始めた。
窓の外には、先ほどと変わらない基地の光景が広がっている。
整備兵たちは忙しなく動き、通信施設からは無線の声が絶え間なく響いていた。
駐機場では一機の戦闘機が格納庫から引き出され、地上要員の誘導を受けながら誘導路へ向かっている。
別の区画では、出撃を控えたパイロットたちが装備を確認し、互いに短い言葉を交わしていた。
誰かが叫び、誰かが走り、誰かが次の作業へ向かう。
ここでは、一分一秒が無駄にされていない。
基地全体が、常に次の任務へ備えて動いていた。
その光景は、ブレントにとって頼もしいものでもあった。
これだけの設備と人員が整っているのなら、管制官として任務を遂行するうえでも、ミュールハルデよりはるかに恵まれた環境だろう。
しかし、彼の頭の中に残っているのは、基地の設備や人員のことではなかった。
あの漆黒の機体、F-15EXを思わせる輪郭。
だが、それよりも遥かに大きく、既存の航空機とは明らかに異なる構造。
そして、その機体へ向かって歩いていた青年。
彼の名前を思い出すたびに、ブレントの中には言葉にしがたい違和感が広がっていった。
ブレントは歩みを止め、窓の外へ視線を向けた。
遠くには、複数の格納庫が並んでいる。
そのうちの一つに、昨日見た漆黒の機体が収められているはずだった。
「……」
しばらく黙っていたが、やがて彼は小さく息を吐いた。
考えても仕方がない。
少なくとも、今はまだ情報が足りなかった。
必要なのは、推測を重ねることではなく、実際に確認できる事実を集めることだ。
ブレントは小さく舌打ちした。
「……面倒なこった」
昨日見た暗い青色の瞳を思い出す。
さらに、その奥に重なって見えた、かつての相棒の姿。
「……偶然だ」
自分に言い聞かせるように呟く。
「ただの偶然だ」
だが、なぜか、その言葉を口にしても、胸の奥に残る嫌な感覚は消えなかった。
むしろ、明日という時間が近づくほど。
その感覚は、少しずつ強くなっていた。




