【君のぞ】forget-me-not Ⅲ
forget-me-not Ⅲ
瑚菜津
千「ええー!!!”好きだから”!?!?」
瑚「ちょ、声大きい!静かにしてよっ!」
千「いや静かにできるわけ無いじゃん!?何だそのはっきりし過ぎな告白はー!!会ってまだ1日も経ってない相手にそんな事言われて、どういう気持ちになったのーー!?」
瑚「いや…別に……」
片山さんと寿賀さんの家に私が居候するようになってから、少し時間が経った。解体魔事件が3ヶ月前からまったく起こらなくなり、私はちょっとずつ安心して外出できるようになった。
私に起きたことや事情をすべて話した千花は、そんな私をしっかり認めてくれて、今もよく会って遊んでいる。
そして今日も会った千花に、片山さんのことを話していたところだ。
千「わあー、すごいね〜その片山さんって人。初対面の人を普通にベッドに入れて、一緒に寝て”好き”なんて言っちゃってさ。何?異常に展開が早いラブコメ漫画かよー!!」
瑚「落ち着いてよ千花。まあ全部、同感なんだけどさ…」
千「え、もうなんだかんだ言って、2ヶ月くらい一緒にいるんでしょ?その片山さんって人とさ」
瑚「うん…そうなるね」
千「えー、ぶっちゃけイケメン?」
瑚「はっ、はぁ!?」
千「イケメン?片山っちイケメンなの?」
瑚「か、片山っちって!?」
千「いいからさ〜!イケメンなの、その人?!」
瑚「……」
そう千花に言われて、私は改めてこの2ヶ月を振り返ってみた。
ココロにぽっかり穴が空いた5年前。
あの時から、中々得られなかった人の温かさを手に入れた2ヶ月前。
クールだけど心優しい片山さんと、穏やかで面倒見がいい寿賀さんに暖かく包んでもらえた2ヶ月間。
この2ヶ月で、私は本当に救われた。そんな気がとてもする。
だからこそ……。その「イケメン」という言葉に、片山さんが値するのかどうかはわからないけど…。
瑚「…うん。かっこいい、って思うよ」
彼をかっこいい、と思っているのは事実だ。
あわよくば、これからも隣にずっといてほしい……なんて、思っているのも。
千「きゃあぁぁぁぁぁ!!!やーばっ!!!!」
瑚「ちょ!?」
千「いやー激アツ!!えぐいー!!!両想いじゃないかこれは!!!」
瑚「はっ、はー!?両想いって!?」
千「いいじゃん言っちゃいなよー!”好きです”って!!せっかくあっちから”好きだ”って言ってもらえたなら、今しかないってば!!」
瑚「別に私、”片山さんのことが好き”だなんて!一言も言ってないけどー!?」
千「いーからいーから!告っちゃえ!!」
瑚「えっ、ぇ…それって、つまり……」
千「うんうん!!」
瑚「……”付き合う”、ってこと…?」
千「いえーす!そうですよー瑚菜津ちゃん!」
瑚「…えええーっ!?」
千「わああ、瑚菜津こそ声大きいって!抑えて抑えて」
瑚「あ、ごめん…」
千「まぁある意味、今も付き合ってるようなもんだろうけどね?だって同居してるんだよ?ほぼカップルみたいなもんじゃん〜♬」
瑚「え、ま、まあ…そう、だけど」
千「ならもう、付き合っちゃいなよぉ〜!絶対片山っちは瑚菜津のこと好きだしぃー!!ね、ね!!言っちゃおー!!」
瑚「だから片山っちって何!?それに、そんなつもりはないですっ!」
千「えーつまんないの。いいな〜でも好きな人がいるって!うらやましーい」
瑚「え、好きな人!?だから、好きな人とは言ってな」
千「さっき”かっこいい”って言った時に、あーんなに顔赤くなってたのに〜?」
瑚「なっ…!」
千「あはは、かーわいい♬」
その後、私は散々この2ヶ月間の話を聞き出された。
途中でつまらなくならないのかと思ったけれど、千花は全くそんなことなくて、終始集中して聞いてくれた。こういうときの千花の集中力は、見習いたいと思うくらい凄まじい。
結局千花とは朝からお昼まで一緒にいて、昼食を一緒にとった後ふたりともそれぞれの家に帰った。
ガチャッ。
瑚「ただいま…片山さん」
片「あ、瑚菜津帰ってきた。おかえり」
瑚「あれっ?寿賀さんは…?」
片「あいつは別の仕事があって今日は朝から居ない。俺はオフだから朝から好きな映画見てた」
瑚「そうなんですね…」
それだけ会話を交わすと、私はカバンと上着を自分の椅子に置いた。その動作すら、自分のことなのに、なんだかぎこちなく感じてしまう。
それはきっと、千花とあんなことを話したからだろう。
『いいじゃん言っちゃいなよー!”好きです”って!!』
『…うん。かっこいい、って思うよ』
瑚「……はぁ…千花ったら」
正直、あの話をしている時に自分の顔や耳が火照っているのは理解していた。だって恥ずかしかったもん。だけど、まさかあそこまで話がヒートアップするとは思わなかったし…。
あんなこと言ってしまったら、
瑚「……」
(こういう時、どんな顔で隣にいればいいのよ…?)
本人である片山さんは知らないとはいえ、彼の前ではどうしても顔が赤くなってしまう。彼を前にすると自然に、恥ずかしくなってしまう。これまでは絶対そんなこと無かったのに…千花のせいで…っ!
片「瑚菜津?」
瑚「はひっ!?」
頭の中でぐるぐる自分と戦う私を、特に気にしていなかったはずの片山さんは突然、私の名前を呼んだ。あまりに突然過ぎて、間抜けな声で返事をしてしまう。
彼の方を振り返ると、不思議そうな顔をしながらこちらを伺う片山さんが立っていた。
片「…どした?そんなびっくりして」
瑚「いや、なんでもないです。はい、ほんとに」
片「……なんか、珍しく焦ってね?なんかあった?」
瑚「え、い…いえ?別に問題ないですよ」
片「そ?じゃあいいけど」
瑚「…」
(貴方のせいだなんて、言えるはずないし…)
私がこっそり悪態をついていると、彼がこちらに歩み寄ってきた。
片「……俺のせいなんだろ?」
瑚「へぇっ!?」
片「あ、あたり?」
片山さんはそう言いながらニヤニヤと笑いつつ、楽しげにこちらを伺っている。まるで”全てお見通しだ”と言わんばかりの表情だ。
瑚「え、えっと…まあ……はい…」
片「あーやっぱりか。はい俺大罪〜死刑〜」
瑚「いや、全然そんなんじゃないんで!片山さんはなにも悪くないです!!その、どちらかというと私が悪いし!!」
片「あ、そうなの?じゃあいいけど…」
瑚「……」
片「でも、もし俺に嫌なところがあったら教えろよ。ありすぎて言い切れないかもしれないけど?気を配るようにするからさ」
瑚「いえ、そんなのは全く無いですっ!!」
片「ほんと?安心した〜」
瑚「…それにしても、なんで分かったんですか」
片「なんとなく。お前の顔を見て」
瑚「片山さん、それ多いですよね。なんでなんですか?取り調べとか、いっぱいしてきたんですか?」
片「”なんで”?」
瑚「はい。人の心とか簡単に読めるようになるんですか?」
片「んー…まあ、そういうのは得意っちゃ……得意かな」
瑚「やっぱり…すごい……」
片「でもな、瑚菜津はちょっと特別かもしれない」
瑚「…えっ?」
片山さんははっきり言い切ると、腕を組んでからこう言った。
片「不思議だろ?俺は瑚菜津の頭の中、全部読めちゃうんだ」
瑚「……」
すごく楽しそうに堂々と。それを聞いた私は、思わず固まってしまう。
片「あ、今の瑚菜津のココロの声いきまーす。”きもい”」
瑚「そっ、そうじゃないです!”怖い”です!!」
片「えー?似てるじゃんか〜」
瑚「まあ……」
(…ちょっとうれしいのは、なんでだろう)
彼はまるで無邪気な子供のように、笑みをこぼす。
この人はずっと前からこうだった。
初めてあったときからたった今まで。私の大事なことから、”何が食べたい””何が見たい”というどうでもいいようなことまで、全て私の顔を見るだけで読み取ってくれる。
それが最初はただただ怖かった。これまで必死にカーテンを掛けて、隠してきていたココロの中を見透かされているようで……。いつか、いろいろ掘り返されるのではないか、と。
だけど今はなぜか、それが”嬉しい”という感情に変わっていっている。
…本当に、慣れって恐ろしい。いい意味で、なんだろうけど。
片「…そういえば、瑚菜津。お昼は食べたか?」
瑚「へっ?はい、食べてきました」
片「そうか。じゃあ好都合だな」
瑚「…?」
片「ちょっと話したいことがあってさ。長引きそうな話題だし、ご飯食べてきてくれたならちょうどいいと思って」
瑚「はぁ……」
(なんの話題だろう…)
片「んじゃ、ちょっと座ってくれないか?立ち話だと疲れるだろ」
瑚「分かりました。失礼します」
片山さんに促され、私はいそいそと椅子に座る。
すると彼は私の正面に座ると、手を組んで体を前のめりにした。
その威圧感はやはり、常人のものではなく…。若いはずなのになぜかそうなんだろうなと感じてしまう、ベテランの警官のものだった。
思わず軽く腰を反ってしまうと、彼は見た目に反して慌てたように両手をプラプラと振る。そして私に優しく声をかけてくれた。
片「ごめんごめん。つい取り調べみたいな雰囲気になってしまった」
瑚「大丈夫ですよ、お仕事ですし」
片「何も強引に聞き出すわけでもないし、叱るわけでも怒るわけでもないんだ。ただ…ちょっと緊張してしまって」
瑚「緊張…?貴方がですか?」
片「…ああ。まあそんなこと言ってても始まらないし、もう正直にまっすぐ聞いてしまうが……」
そう言いながら、片山さんは申し訳なさそうな感情一色だった視線を、少し鋭くさせた。その視線を浴びて、さっきほどではないけれど私も緊張してしまう。
何を言われるのだろうか。それがとても気がかりだった。
彼はそんな私を見ると、重そうな口を開く。
片「…瑚菜津。お前さ、家族を殺されてるだろ。解体魔に」
瑚「なっ……」
”解体魔”。
久しぶりに、その音を聞いた。しかも私の家族の話題も、とても久々に出た。それに驚いて、目を見開いて固まってしまう。
葵「驚いたよな、ごめん。けど、ちゃんと聞いておきたくて」
瑚「……」
(そっか、彼は警察。知ってるんだ。だから、あの橋の上で初めて会った時、謎の沈黙があったんだ…)
『見た目でわかるだろ?俺は警官、人なんて殺さねぇよ。んで、お前の名前は?』
『えっと、私は……杉江、瑚菜津です』
『杉江…瑚菜津?……瑚菜津ね。りょーかい』
瑚「…」
(そういうこと…だったのね。もう気付かれてたんだ)
そう一人で早合点していると、彼が遠慮がちに、でも確実に言葉を連ねていく。
片「仕事柄、そういうのは嫌でも覚えてしまってさ。たしか…5年前の、解体魔杉江家一家殺人事件…の被害者の家族……。だよな」
瑚「……そうです」
片「そうか…やっぱり」
瑚「…それが、どうしたんですか」
(やっぱりそんな人、家においておきたくない…なんて。そう思ったのかしら)
とうとうこの穏やかで平和な生活にも、終わりが来たのか。そう思い込み、悲しみよりも先に来た自虐の笑みを、小さくこぼす。
しかし片山さんは、全く違う話題を展開した。
片「苦しいかもしれないが…教えてくれないか。5年前に起きた事件の、詳細を」
瑚「……えっ?」
片「別に誰かに流したり、笑ったりするつもりはさらさらないぞ?俺はあいつを恨んでいるんだからな」
瑚「それは…もちろん知ってますけど」
片「…俺は初めて事件が起きた時は、あいつを……解体魔を、最前線で追いかけていたんだ。今はちょっといろいろあって、その線からは離れているんだが……」
瑚「……」
(寿賀さんの言ってた、”訳”のことか…)
片「3ヶ月前のtuilps街でのパトロール中に、たまたま解体魔らしき人影を見つけて、死体を発見した時に思ったんだ。俺はこの世の警官の中で、一番あいつに近づいてるんじゃないか、って」
瑚「………」
片「それで、絶対にあいつを捕まえてやるって決めた。だから…あいつを捕まえるためにも…。できるだけでいいから、教えてくれ」
瑚「…詳、細」
これまでは絶対に誰にも言わなかった、5年前のこと。
本当だったらきっと、拒絶していただろう。言いたくないです、思い出したくないですって。
…いや、ちがう。”本当だったら”じゃない。”これまでだったら”、だ。
本当は、誰かに言いたかった。ぶちまけたかった。全部言って、辛さを理解してもらって…、支えてもらいたかった。でもその勇気もチャンスも、なかった。言える人も、いなかった。
だけど、今はどちらもある。目の前で輝いている。
二度とはないかもしれない。なら、一つしか選択肢はないだろう。
瑚「…分かりました。力になれるかは分からないけど……お話します」
私はそう強く決意すると、片山さんの方を向き直った。
彼は少し驚いたように、けれどどこか安心したような表情を浮かべる。
片「ああ…ありがとう。自由に話してくれてかまわない」
瑚「……」
片「5年前、君に何があったのか。詳しく教えてくれないか。言えないことや言いづらいことは言わなくて良い」
瑚「分かりました。…ふふ、なんかほんとに取り調べみたい……というか、裁判みたいですね。黙秘権がどうのこうの、ってあるじゃないですか」
片「確かにそうだな。堅苦しくなってすまない。上手くまとめなくていいから、肩の力を抜いて……、言い方あってるか分かんねぇけど。話自体が軽い話じゃないし………ま、ラフな感じで話してくれ」
瑚「はい、分かりました」
そこで一呼吸置いた私は、深く息を吸うと口を開いた。
No side
杉「…5年前、私は自分の家族を失いました。前触れもなく、突然」
静かな部屋に、杉江の凛とした声が響く。
そして杉江の脳内では、5年前の彼女自身の声も響いていた。
『ただいまぁ〜』
杉「5年前のあの日も、いつも通りに高校から帰ってきて、”ただいま”って言いながら家に入りました。いつもと何も変わらずに」
片「いい子だな」
杉「そうですか?…でも何故か、いつも返ってくるはずの母親の、”おかえり”が返ってこなかったんです。それには少し違和感を感じました」
片「…うん」
杉「だけど、その日はたまたま模試の結果が返ってきていて。それを早く家族に見せたいという思いが強かったので、特に気に留めていなかったんです」
片「模試の結果?良かったのか?」
杉「ええ、とっても良くて。すごく嬉しかったのを覚えてます」
片「素晴らしいことだな。俺なんてこっそり捨ててたぞ」
杉「ありがとうございます……って、捨てちゃダメですよ?」
片「あーあー、模試の話はやめてくれ、俺が悲しくなる」
杉「ふふっ、分かりました…。それで、玄関で靴を脱ぎながら、急いで背負っていたリュックを開けて、ファイルを取り出して…。そう、妹が私の誕生日にプレゼントしてくれた、パステルピンクのファイルから模試の結果の紙を抜き取りつつ、私は駆け足で2階のリビングに向かいました。”模試の結果よかったよ”って叫びながら」
片「うんうん」
杉「その間も何も物音がせず、家族の賑やかな声も全くしないので、少し胸騒ぎはしていました。なんで返事が何も来ないんだろうって。誰もいないのかな、って」
片「まあそうなるよな」
杉「だけどその不安は、”私が模試の結果が良かったと嘘をついている”と思われているのだろうか、という予想に変わったんです」
片「嘘?」
杉「ええ。そこまで私も成績良くなかったので…。急に”500点満点のテストで400後半をとった!”って叫んでも、すぐには信じてもらえないと思ってたんですよ」
片「すっげー…」
杉「まあそれか、単純にお祝いをしてくれているのかな、って思いました。前も同じようなことがあって、その時はドッキリみたいにして喜んでくれたから…それがまた起きるのかもしれない、そんな期待が不安を潰して込み上がってきていました」
片「素敵な家庭だな…」
杉「二階への階段を登りきった私は、思い切りリビングのドアを開けたんです」
『ママ…』
杉「……そこには…、見るも無惨な情景が広がっていました」
片「……」
杉「リビングに入ったときに見えたのは、真っ赤な血で濡れた、私以外の家族全員でした。真っ赤になって、全員倒れてて。最初はそれすらも理解できなくて、硬直してたと思います。何が起きたのか、全く分からなかったので」
片「…だろうな……」
杉「それに、目の前にいたのは事切れた家族だけじゃなかったんです。いつもの夜ご飯を囲むリビングの風景に、血まみれで倒れた家族がいて、そこに…」
片「…」
杉「……包丁を握った女。見知らぬ女が、いたんです」
片「解体魔…か」
『……え…っ?』
杉「あまりの恐怖と驚きから、体が動かなくなりました。足から根っこが地面に生えたんじゃないかってくらいに、その場から動けなくなって」
片「…」
杉「絶対見たくないのに…、早く目を逸らしてしまいたいのに、私はその光景から目が離せなくなってました」
『……ぁ…ッ』
杉「助けを呼びたいと思っても、叫びたくても、一気に喉が枯れて声が出ませんでした。恐ろしすぎて…怖すぎて、全身ブルブル震えちゃって……」
片「…うん」
杉「何も言葉を発せずに突っ立っていると、彼女は私に気づかずに包丁を振り上げたんです。その包丁が刺されたのは、既に死んでいた…母親の体でした」
片「……解体を始めた、ってわけか。瑚菜津に気付かずに、瑚菜津の目の前で…」
杉「はい。あの時の音…とか、匂いとか。今でも思い出せます、鮮明に。肉体がちぎれる音…血の匂い。体に、刃物が入り込む音」
片「……」
杉「全部。…全部、耳にこびりついてます。ずっと……ッ」
片「…大丈夫か?ゆっくりでいい。だから深呼吸しろ」
杉「は、はい…。ありがとうございます、でも大丈夫です」
片「無理するな…。君が思っている以上に、その光景は深いトラウマとして、君に根付いているはずだ」
杉「……まだ、いけます」
片「そうか…」
杉「…その瞬間、母の体が……爆散した気がしました。実際に爆散したわけではないけど…どこかの部位が切り取られて、噴水みたいに血が吹き出してました」
片「……」
『ひ…ぃ』
杉「それを見て初めて、声が出ました。ほぼほぼ絞り出したみたいな、ちっちゃくて弱い声だったけど。ただただ信じられなかったんです。彼女が、家族の体を解体していたことに」
片「…解体魔だ、って気付いたのか」
杉「いえ、はっきりと”このひとは解体魔だ”っては思いませんでした。その時は何も考えられなくて…」
片「まあ、そうだよな…それが普通だ」
杉「ただ、一気に腰が引けて立ってられなくなって、ちっちゃな悲鳴とともにその場に座り込んだんです。ドサって、尻もちつくみたいに。その時、女が私に初めて気付いたらしくて…嬉しそうにこっちを見て、笑ったんです」
片「笑った…?」
杉「ええ。笑ったというか、ほぼほぼ口角が無理やり真上に引き上がっただけのようにも見えましたけど。それを見てやっと、ちゃんとした悲鳴が出て……」
片「…」
杉「……あとはもう、よく覚えていません。必死で逃げました。女に捕まったら、殺されるんじゃないかと思って。…気付けば、真っ暗な夜の公園に一人でいて。大声で泣いていました。自分で自分を制御できなくなっていたんだと思います」
『もうやめてッ!!嫌あ゙ぁ゙ぁ゙ぁぁぁッ!!!』
『私が…ッ、私が…私が!何をしたっていうの!?』
片「……」
杉「…当時高校生だった私は、ただそう叫びました。そんな記憶が…あやふやだけど、あります。その後何があったかは、何も覚えていないけれど…」
片「…そうか」
杉「その時に喉が潰れて、口の中で血の味を感じるほどに出した…自分の声が、とてもひどかったので。鮮明に覚えてます」
片「……」
杉「…ここまで、ですかね。なにか力になれるかもしれない、情報とすれば……」
片「そうか。ありがとう」
杉「いえ…全然有力な情報とは思えないんですけどね」
片「いや、大事だ。…とても大事だ。勇気を出してくれて、本当にありがとう」
杉「いえいえ!顔を上げてください…!……私も、安心して全てを吐き出せる相手が欲しかったので…。千花はいるけど、流石に気が引けたし…だから、私も感謝しています。ありがとうございます」
片「ならよかったさ」
そう優しく言うと、片山は少しばかり口に手を当てて考え事をし始める。突然訪れた沈黙を破ろうと、杉江が口を開こうとした時、片山は顔を上げて彼女に声をかけた。
片「……ちなみに、その女に見覚えはあったか?」
杉「全く…ないです」
片「…やっぱり、解体魔事件の被害者は全員、互いに面識もなく深い関係もなく……誰でも良いから、無作為に狙ってるってわけか。酷いやつだな」
杉「……そうですよね。なんで無関係な私の家族が、犠牲にならなくちゃいけなかったんですかね」
片「…」
杉「ただ私達は、普通に生活していただけなのに……」
片「……ああ」
杉「…解体魔が解体するのは……、被害者の肉体だけじゃない。表面上は、それだけだけど……その被害者の家族のココロも、無残に解体するんです。死体よりもバラバラに。そして、その傷は消えることはない。一生、消えない。深すぎて、埋められなくなるんです」
片「……」
杉「…あっ。ごめんなさい、つい熱くなって……」
片「いいんだ。俺は自由に喋っていいと言った。だから謝る必要はどこにもない」
杉「…ありがとうございます」
杉江はすまなさそうに、控えめに頭を下げる。それを見ながら片山は、どこか不思議そうな顔をしながら口を開いた。
片「…それにしても。お前はよく泣かずに話せたな」
杉「えっ?」
片「普通はトラウマが蘇ってきたら、泣き叫ぶだろ。それくらい苦しくなるはずの経験だ。しかもそのトラウマの詳細を全部言葉にして、文につなげて、声に出すなんて。相当つらいはずだ」
杉「ッ…」
片「家族を目の前で殺されて、解体された瞬間なんて…しかもまだ子供だった時に植え付けられたなら尚更、なはず」
杉「……」
片「なのに瑚菜津は、全くそんなことしなかった」
杉「…迷惑じゃないですか」
予想外なところを突かれたのか、杉江は少し戸惑ったように答える。
片山はその返答を、まるで割れ物を扱うかのように大切に、丁寧に聞き入れて、彼女を見つめた。
片「ほんとに瑚菜津はちゃんとしてるな。でも、だからといって無理に耐えなくてもいい」
杉「……」
片「自然にこぼれ落ちるそれは、悪いものでもなんでもないから」
杉「…ッ」
片山の言葉を聞いた彼女は、驚いたのか静かに息を呑む。それと同時に、頬を一筋の光が滑り落ちた。
片「あ、今の瑚菜津のココロの声、言うね。”そういう事言うから泣いちゃったじゃん”」
杉「なっ!?なんで!!」
片「えーまあ、これは誰でも分かると思うけどな?あからさまに涙ため始めたんだから」
杉「ッ…だって、辛かった……から…!」
片「ああ。それでいい。……よいしょっと」
杉「…?」
そう言うと、彼は椅子から離れて立った。
そしておもむろに両手を大きく広げると、一言。
片「ほら」
杉「…え……?」
片「……おいで」
杉「お、おいでって…!」
片「包んでやる、大切に。ほら」
杉「ッ…!うわああぁぁぁんっ!」
彼女は落ち続ける涙を止めることも忘れ、片山の胸に飛び込んだ。
そして片山に暖かく包まれながら、久しぶりに自分の気持ちをむき出しにして、大声で泣き続ける。
それを片山は、静かに包み続けた。
杉江の声が少し落ち着き始めた頃、片山がそっと彼女に声を掛ける。
片「なあ、瑚菜津」
杉「は、はい」
片「一つ、誓わせてくれ。俺はあいつを絶対捕まえてみせる」
邪悪なものが何も混ざっていない、きれいな声で。彼はそう強く、言い切った。
杉「……片山さん…」
片「だから、俺を信じていろ。いいな」
杉「…ほんとに、信じていいんですね?」
片「俺と初めて会った時、瑚菜津は自分で言ったじゃないか。”貴方に賭ける”…って」
杉「ッ!!」
片「それが何よりの証拠じゃないのか?」
杉「…わ、分かりました……!お願いしますっ!」
片「こちらこそ。絶対捕まえてみせるから。それを、見届けてくれ」
杉「はい…っ!!」
その日の夕方。
疲労困憊の状態で帰ってきた寿賀を加え、片山と杉江は3人で夕食の準備をしていた。
寿「えーなんかお前さ、要するにめっちゃエモいシーン作り出してたってことでしょ〜?俺が散っざん、仕事で走り回ってる間にぃ〜〜」
片「そうだけど?」
寿「うわぁあっさり認めやがって!逆にムカつくぅ!!」
片「うるっせーなほんとに…耳元で騒がないでくれ」
寿「叫んであげようか?ビーム吐き出してやろうか?」
片「じゃあ危険物処理班に引き渡すから、自分で行って」
寿「はあ!?しかも自ら処理されにいく危険物ってなに!?」
片「あーうるさいうるさい。それで?瑚菜津はどうした」
杉「えっ?」
片「さっきからやけに静かだけど。なにか考え事でもしてたか?」
杉「あ…えっと……」
片「…?」
杉「その…」
寿「どしたの、瑚菜津さん?」
包丁で野菜を切っていた片山が、包丁をそっと置く。そして炒め物をしながら、どこか上の空らしかった瑚菜津の方に向き直った。
急に話題を振られた彼女は驚き、少しのあいだ目を泳がす。しかしその後、片山の方を向いて彼を見上げた。
杉「あの…5年前の事件の後に……。私の家に、なにか残っていたものはありませんでしたか」
片「……え?」
寿「残っていた、もの?」
杉「えっと、その…父が大事にしていたペンダントが、あの日からなくなってて」
寿「ペンダント?」
片「……」
杉「…ありません、でしたか」
片「……一応あの時の資料を探しておくが、ペンダントは…なかった気がする」
杉「そう…ですよ、ね。大丈夫です、その情報だけで」
寿「ッ…」
落ち込んだ様子で、杉江は炒め物に視線を戻した。
それを見た片山が目をつぶり、静かに口を開く。
片「…ちょっと時間をくれるか」
杉「え?」
片「瑚菜津の事件を捜査したときのメンバーに、後で連絡を取っておく。全員多忙を極めてるだろうから、連絡が返ってくるのは遅くなるだろうが……待っててくれるか」
杉「ッもちろんです。ありがとうございます!」
片「…大切なものだったのか?」
杉「はい…」
片「……なら総力を出して探してみせる。安心しろ」
杉「ありがとうございます…!」
彼女は目をキラッと輝かせながら、元気に礼を言った。
その後の夕食中、杉江はあることを考えていた。
杉「……」
(大切なもの……。今私が一番大切にしたいのは、もしかしたら…片山さんに対する気持ち、なのかもしれない。…あの時彼は、大切にするべきものはちゃんと”ある”って、言ってくれたから……)
片「…フッ」
寿「え、何お前。なんで急に笑ったの?」
片「あー?お前には関係ないー」
寿「えぇー。怖いんですけどこの人〜」
片「お前のほうが怖い」
寿「うん、それはないと思うな俺!」
片「あっそ」
寿「だから俺の扱いひどくない?!」
片「だからうるさいってば!!」
寿「わあ急に何?!こえー!!」
片「激熱のお味噌汁かぶりたいかい?」
寿「嫌でーす!!」
片「そうかそうか、じゃあ静かにしようね危険物」
寿「まだそのネタ続いてたんだ!?」
杉「味噌汁は人にかけちゃだめですよ」
片「え?」
杉「やけどしちゃいます」
寿「ほらー!ばーか!!」
片「ムカつくなこいつ…あとで熱湯沸かしとこ」
寿「うんそれ、100%俺にぶっかける用だね?」
片「もち」
杉「あらら…」
寿「もーおわった!!助けて瑚菜津さん!!!」
杉「こればっかりは…ちょっと……」
片「ほら〜瑚菜津が困ってる。お前大罪ー死刑ー」
寿「はあー!?なんで俺!!話振ったのお前だよね!?」
杉「ふふっ」
片「ははは、嘘だよ。50分の1は」
杉「えっ?笑」
寿「よかったよかっ……いやどこがぁ!?」
片「覚悟しとけよ〜♬」
寿「おわたっ!」
暖かい優しさと笑いがあふれる彼らの家。
そのすぐ近所の暗い路地裏で、黒い服に身を包み夜の闇に紛れた男たちが、その家を忌々しそうに見つめていた。
「……ここで間違いない」
「いつ…するんだ?」
「すぐにでも………を、確実に」
「やっと…だな」
どす黒い喜びで塗りたくられたような笑いと、極端に小さくなった声が闇夜に溶けていく。
彼らはさっきと一転して満足そうに片山の家を眺めると、物音を立てずに静かに解散した。
その路地裏から更に奥へ進んだところの、誰も通らないような土だらけの曲がり角。自然の光も人工の光も差し込まない、温かさなど欠片もないようなそこの地面に、
一輪の青く小さな、ワスレナグサが咲いた。




