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~アリーシャ・ワーグナー視点~
わたくしはマシェリア王国のラシュエット侯爵家の令嬢だった。
そう、過去のわたくしは⋯⋯
王宮のお茶会に招待された時、お父様から『今回のお茶会では王太子殿下の婚約者候補が決められるだろう』と聞きましたわ。
王太子妃、延いては次期王妃となる最高位な存在。
侯爵令嬢で美しく気品のあるわたくし以外に王妃に相応しい令嬢はいない。
そして、そのお茶会で運命の出会いをしたわ。クロイツ様⋯⋯輝く金髪に王家に伝わる美しいロイヤルブルーの瞳。端正なお顔に目が離せなくなったわ。
クロイツ様の婚約者の地位を狙った何人もの令嬢が、彼を取り囲んで媚びを売ろうする姿は浅ましく下品だった。
わたくしはそんな姿をクロイツ様の隣で蔑んでいたわ。
だって彼の隣はわたくしにこそ相応しいことは誰の目にも明らかだと思っていたから。
ただ、彼はわたくしに対しても、その他の令嬢に対しても礼儀正しくも同じ対応だった。
そして何度目かのお茶会当日。少し離れた場所から届く令嬢たちの会話がわたくしを苛立たせたわ。
だって、その会話は『クロイツ様にお気に入りの子がいる』ですとか『すでに婚約者は決まっている』なんて聞こえてきたもの。それも相手は『幼児』だと言うのだから⋯⋯
その次のお茶会でその『幼児』を見つけた。
ドロドロに汚れ小汚い幼女を言葉巧みに連れ出し、わたくしの腰巾着の令嬢と追い詰めてやったわ。大きな瞳がクロイツ様と同じロイヤルブルーだったことも、彼と同じ金色の髪色も気に入らなかった。
だからね⋯⋯だから、ちょっとだけ怖がらせてあげましたの。
手を挙げるのは汚れが移りそうで嫌だったから、足で肩口を蹴ると面白いくらい軽くひっくり返ったわ。それが楽しくて二度、三度と蹴ったの。
今にも泣き出しそうな顔もわたくしの気分を高揚させた。
その時、低く底冷えするような低い声が聞こえた。
クロイツ様の声は大きなものではなかったけれど、幼女の泣き声は会場に響いた。
⋯⋯⋯⋯。
まさか、幼女がガルシア公爵家の縁者だなんて知らなかったのよ。
わたくしのした事は、王家も公爵家も怒らせる結果となった。
そのせいで修道院に送られるなんてプライドが許さなかった。
だから、お父様にお願いして他国に逃げることにしたわ。ほとぼりが冷めた頃に呼び戻してもらえばいい。と⋯⋯
そして決まったのがオーギュスト王国のワーグナー子爵家だった。
それからの日々は屈辱的だった。本来なら高位貴族のわたくしが⋯⋯頭を下げられることに慣れていたわたくしが、自分よりも爵位の低い者たちに馬鹿にされたのだから⋯⋯
それから養護教諭の資格をとったわたくしが、赴任した先に記憶にある幼女と同じ色の公爵令嬢がいた。
そう、彼女は幼女と同じ色をしていたわ。だから最初から気に入らなかった。
まさかそれが本当に幼女と同一人物だったなんて⋯⋯わたくしはなんて幸運なんでしょう。と、神に感謝したわ。
それからはあの子を手に入れたいギリアン殿下と、我が子を売り飛ばしてでも大金を手に入れたい叔母の希望を叶えるために策略を練った。
クロイツ様との再会に、止まっていた運命の歯車が再度動き出したのを確信した。
やはり、わたくしは王妃になるべくして生まれた存在だと⋯⋯
リリーシアを孤立させ、味方を減らし、蔑まれ、軽蔑されるよう生徒たちを誘導した。
その結果が⋯⋯この現実だった。
ここは修道院という名の地獄だ。
まともな食事すら与えられない。
硬いパンに味の薄いスープが一日二回。それすら取り上げられる。
気を抜けば後ろからも横からも足や手が飛んでくる。
また、今日も取り囲まれた。抵抗しても無駄なことは初日に覚えた。
シスターの姿をした看守も見て見ないフリだ。
体中アザだらけ⋯⋯日に日にアザが増えていく。
⋯⋯どうしてこうなったのだろう。
あの時の修道院に送られた令嬢たちは、学園入学前には各自家に戻って、今では結婚して子供までいるという⋯⋯
わたくしも、あの時逃げなければ⋯⋯プライドなんて捨てていたら⋯⋯と⋯⋯遅すぎる後悔は、過去にでも戻らない限り意味がないことを今日も暴力を受けながら理解する。
ある日、クロイツ様とリリーシアが婚姻したことを知らされた。
わたくしだって貴方と初めてお会いした日から⋯⋯心からお慕いしていたのですよ。
貴方に愛されるために、わたくしはどうすればよかったのでしょうか?
~マシェリア国王視点~
「じ~じだっこ」
「いいぞ~アナ」
クロイツとリリーシアの間に生まれた二人目の子はアナリス。二歳になったばかりだ。
皆はリリーシアに似ていると言うが、私にはアナスタシアの幼い頃とソックリに見える。
私の可愛く愛おしい孫だ。
◇◇◇◇◇
一回り下のいとこはヨチヨチ歩きの時から私の後ろを付いてきていた。
人懐っこい笑顔で短い手を伸ばして『あっこ』と抱っこを催促する手を拒んだことは一度もない。
私にとってアナスタシアは可愛い妹のような存在だった。
愛らしい見た目の割に、意外と気の強いアナスタシアは年を追う毎にワンパクに育っていった。
私が騎士団の鍛錬に参加していると、ガルシア公爵家に嫁いだ叔母上が引き止めるのも無視して、私を真似て5歳で騎士団の練習に参加しだした。そこで『女のくせに生意気だぞ』『長い髪が邪魔なんだよ』などと言われたアナスタシアは綺麗な金髪を頭の高い位置で結んでいたところからバッサリと目の前で切り落とした時に、叔母上の悲鳴を聴きながら、私は責任を取ってアナを娶る覚悟をしたね。この時、私は17歳になったばかりで婚約者もいなかったのもある⋯⋯
その事件以降、騎士団の練習に参加する条件として『髪の長さにケチをつけない』という、変な決まりができた。
ある日、ベリーショートになったアナが一人の令嬢の手を引いて私の前に現れたかと思えば『このお姉様がディオン兄様のお嫁様よ!』と言った。
これが私とルディアの出会いだった。
目が会った瞬間、お互いが惹かれあった。これは自惚れではないし、勘違いでもない。
それから数年後、アナも学園に通う歳になった。
何があったのか、隣国から留学してきていたオーギュスト王国の第二王子と恋に落ち嫁いで行った。
アナにも子が生まれ、忙しい私とルディアの代わりにクロイツにアナの嫁ぎ先のミラドール公爵へ祝いと共に訪問させた。
その時にクロイツに生まれたばかりのリリーシアのことを頼んだらしい。
先ほど抱き上げたアナリスはもう眠っている。
可愛いな。
「なあ、アナ。お前は知っていたんじゃないのか?前回のリリーシアの処刑を⋯⋯私とクロイツが禁術を使用することを⋯⋯」
お前は⋯⋯未来予知の能力を持っていただろう?
「前回があってこそ、今のクロイツとリリーシアが幸せになれた。そんな姿を未来予知で知っていたんじゃないのか?」
だからこそ、あの冷静沈着で冷めていたクロイツがリリーシアにだけは執着し、呆れるほど溺愛し、今の幸せがあると思うんだ。
アナを⋯⋯リリーシアを愛していると言いながら、自分本位なレアンドルをお前が本気で愛していたとは思えないんだよ。
「なあ、アナ?お前は幸せだったのか?」
そんな私の独り言に返事が返ってくるなんて誰が思う?
ここに居るのは私とアナリスだけだぞ。
「ええ、立場は入れ替わっちゃったけれどまた母娘になれたもの。リリーのあの幸せそうな顔を見られたもの。そう思わない?⋯⋯ディオン兄様?」
ディオン兄様⋯⋯かつてアナだけが私をそう呼んでいた。それに二歳の拙い幼児の言葉ではない。
「なっ、ア、アナ?アナなのか?」
「ふふふ、リリーの娘に生まれ変わったの」
「ほ、本当にアナなのか?」
「ええ、ここまでが私の未来予知で見た二度目の世界よ」
アナ⋯⋯
「⋯⋯ここでディオン兄様との会話を最後に私の記憶が消えて、アナリスとして幸せに生きるわ」
「⋯⋯」
「もう!泣かないで⋯⋯ねぇ笑って⋯⋯ディオン兄様。⋯⋯また会えて嬉しかったのよ」
「私も⋯⋯私もアナに会えて、話せて嬉しいぞ」
「ありがとう⋯⋯ディオン⋯⋯兄様⋯⋯」
その言葉を最後に目を瞑ったアナが次に目を覚ました時には、いつものアナリスだった。
アナ、笑っていたな。
なあ⋯⋯本当にアナは消えたのか?
年を追うごとにアナリスがワンパクになっているんだが⋯⋯
まあ、笑っているからいいか⋯⋯
~完~
これで完結になります。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
誤字脱字の報告もありがとうございました。m(_ _)m




