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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第四章:第十四話 満月の応え
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14-4

「意外だな、君が僕に用とは」フォレットが言った。


 つい先ほどのこと。朝早くにレンが尋ねてきたと思ったら、話があるので顔を貸してほしいと言われた。個人的に、と強く主張してくるのでオセは部屋に置いていくこととし、決して外へは出ないよう念押ししてきた。


 そうして、宿屋を出て人気のない道をブラブラ。


「いやぁ、何?」レンは歯切れ悪く言う。「まぁ、大した用じゃあないんだが」


「なら手短にしてほしいものだ」


「わかってるよ」


「というか、よく居場所が分かったな」


「この町で、亜人種を受け入れる宿はここにしかない」


「……なるほど」


 こんな朝早くから訪ねてきたのもさしずめ外出される前に、ということだろう。


「それで? 用件って?」


「あー……」と、気まずそうに後頭部を掻くレン。「なんだ? そのぉ」


「用がないなら帰る」


「ああ! 待ってくれ! 言うよ、言う!」それから咳払い。一転して真剣な口調でこう告げた。「もう、この件から手を引け」


「……何だって?」


「悪いことは言わない。あんたのためだ」


「ふざけるな! どいつもこいつも! 心ってものがないのか!」


「あんたがどうこうできる範疇を超えてるんだよ。足掻いたって無駄だ」


「二言目にはそれだ。カッコいいつもりか?」嘲笑的に言い、それから自らの胸をドンと叩く。「僕は諦めない。この力はそのためにある」


「生憎だが、フォレット」レンは悲しげに告げた。「その力はそんな生やしいものじゃあないんだぜ」


「言ってろ」そう吐き捨てて、去ろうとする。


 しかし、その行く手を阻むようにレンが立ちはだかった。「あー、いや、待ってくれ。話は終わってない。もうちょっとだけ……」


「何なんだよ、さっきから」わざわざこんなことを言うためだけに朝早く呼び出してきたことからして不可解だった。「まるで……」


 そこまで口に仕掛けて、フォレットははっと気づく。それから慌てたようにレンを押しのけて、駆けだす。


「ま、待て!」


 そんな制止の声も耳に届かなかった。


 自分の抱いた悪い予感が当たっていなければと思いながら、フォレットは宿屋へと引き返す。自らが借りている部屋の前まで来ると、間髪入れず扉を開けた。


 中には彼の勢い込んだ様子に目を剥く、古谷とエトの姿がある。それ以外には、誰もいなかった。


「オセを、どこへやった!」フォレットは早速、古谷へと掴みかかる。


「ま、待ってくれ!」彼は慌てた様子で弁明を試みた。「俺が来た時には既にいなかった!」


「嘘をつけ!」


「落ち着けって! 本当だ!」古谷は尚も主張する。「じゃなきゃ、俺たちがここにいるわけがない!」


 それもそうだった。もし本当にオセを連れて行ったのなら、古谷たちがここに残っているわけがない。仮にオセが、二人の姿を見て逃げ出したとしても同じことだ。


「じゃあ、いったいどこへ……」


 外へ出ないようには再三言っておいた。ならば、弟の方がまた抜け出したのかもしれない。オセはそれを追って出て行った。


 そんな想像を巡らしていると。


「おそらく」エトが割って入ってきた。「連れていかれたのかと」


「連れていかれた?」


「部屋が」と、半身になりながら部屋を示す。「荒らされています」


 確かにその通りだった。ベッドが乱れているだけならばまだよかった。が、実際にはベッドそのものが傾いていたり、シーツが入り口付近にまで引きずられたように伸びていたり。それ以外にも小ぶりのタンスが倒れていたりと、それはさながら何者かと争ったかのような形跡のように思われた。


「いったい、誰が」フォレットが疑問を口にする。「君たちじゃないなら、いったい誰が連れていくというんだ」


「わかりません」エトは首を振る。「ただ、ちょっと妙でした」


「妙?」


「はい。私たちがこの宿屋に入った時、受付に誰もいませんでした」


「それどころじゃない。この宿屋全体」古谷が引き継ぐ。「いや、それだけじゃない。ここら一帯には他に誰もいなかった」


           *


 いても立ってもいられず、フォレットは町中を駆け巡る。


「オセ! どこだ!」彼の名を呼び、その姿を探す。「いたら返事してくれ!」


 そんな必死な姿を町人たちは、遠巻きにするどころか、どこか気味悪そうな目つきで見ている。複数人でいるものは、小声で何やらひそひそと話している。


 フォレットは偶然、その一つを聞き届けた。


「やぁねぇ、亜人種よ」


 すると、芋づる式に声が聞こえてくる。


「全く、俺たち町を荒らしやがって」「我が物顔でいるんじゃねーっつの」「自分たちの町に帰ればいいのに」「怖いわぁ」「いつ暴れられるかわかったもんじゃないわ」「亜人種のせいでこの町もすっかり治安が悪くなったよなぁ」


「何でも、先日の魔獣騒ぎも亜人種のせいだとか」


 フォレットは思わず立ち止まり、辺りを見渡す。彼が視線を向けると決まって町人たちはバツが悪そうに目を逸らし、そそくさとその場を去っていく。


 肩で息をする。心臓がバクバクとなっている。それが疾走してきたことによる動悸だけではないように思われた。


(なんだ? これは、いったいどういうことなんだ)フォレットが疑問に感じていると。


「君」背後から声を掛けられる。


 鎧に身を包んだ男だった。この町の憲兵だろう。


 フォレットは最前からの疑問を引き摺っているからか、この男が自分に声を掛けていることすらわからなかった。未だ整わない息を吐きながら、兜に包まれた男の顔を見る。


 彼は言う。「悪いけど町を出てくれないかな。みんな、怯えているんだ」


「オセを……」


「え?」


「オセをどこへやった」


「誰だい?」男は興味がないとばかりに言い、「いいから出て行ってくれよ」と告げた「ここは君たちの居場所じゃない」


「ワーウルフの子供なんだ。まだ小さい。生まれたばかりの弟もいて、とてもじゃないが二人だけじゃ生きていけない」


「知らんよ。亜人種のガキなんか」


「なんだよ、それ……」フォレットは兵士に掴みかかった。「それが正義あるものの言葉かよ!」


「正義?」


「そうだ! 困っているなら、それが例え誰であろうと救いの手を差し伸べる。それが生きとし生けるものの正しい姿じゃないのかよ!」


 男は気味が悪いとばかりに首を竦めた。「俺が守るのは秩序だよ。この町の平和だ」


「随分と身勝手だな!」フォレットは、今度は事態を遠巻きにしている連中に対して叫んだ。「あんたら全員そうだよ! どいつもこいつも、自分さえよければそれでいいと思っている! 恥ずかしくないのか!」


 そんな怒声を上げている姿が怖かったのだろう。どこかから、子供の泣き声が聞こえた。ついで、それをあやす母親らしき女性の声。


「あ、いや……」フォレットはそれを聞いて冷静さを取り戻した。


 が、手遅れだった。兵士に背中を向けたばっかりに、迫りくる攻撃をまんまと食らってしまう。


「こっちが下手に出ればつけあがりやがって! てめぇら亜人種はみんなそうだ。俺たちを見れば、化け物呼ばわり! そんでお次は侵略か!」


「ち、違っ!」フォレットは抗弁を試みる。「俺は……」


 しかし、それ以上続けられなかった。彼の叱責を受け、憤った人々が兵士の男の勢いを借りるようにして声を上げたからだ。


「町を汚すな!」「俺たちがいったい何をしたって言うんだよ!」「化け物はお前たちだ!」


「出てけ!」「出てけ!」「出てけ!」「出てけ!」「出てけ!」「出てけ!」


 義憤に駆られたものたちのコール。自分たちこそが正義と言わんばかりに、声を轟かせた。


 フォレットは声ならぬ叫びをあげる。無我夢中で町を駆け抜けた。


 通り過ぎた傍から、町人たちの喜びの声が聞こえてくる。


「やったぞ!」「これで亜人種どもを一層できた!」「これで平和は守られた!」


 そして盛大な拍手。


 それらがまるでフォレットを急き立てるかのように、町の外へと追い出していった。


           *


 自分でも訳が分からないうちに森の中を彷徨い、気づけばもう夜になっていた。


 気にかける余裕などなかったおかげで、髪は乱れ、全身土塗れ。さながら遭難者といった風情で、森の民であるはずのエルフが影も形もなかった。


 ぺたり、ぺたり。力ない足取り。すっかり気力が削がれたが、それでもオセを探すことだけは諦めていなかった。どこにいるかなど皆目見当もつかなかったが、だとしてもやめようなどとは露ほども感じていない。


 半ば執念だった。例え世界中が彼を否定したとしても、自分だけは認めてあげなくてはならない。


 しかし、そんな使命感に縋ることすら許されなかった。


 ほどなくして、オセは見つかった。死体となって。


 町からそう遠く離れていない森の中。木に叩きつけられたかのように、根元に転がっていた。ボロボロで、既に事切れている。


「オセ!」フォレットは駆け寄るが、ただ冷たい体が両手に重く圧し掛かるだけだった。「どうして……」


 どうして、彼が死ななくてはならないのだろう。いったい何をしたというのか。ただ、生きていたかっただけじゃないのか。


 それすらも許されないというのか。


 フォレットは、オセの遺体を胸に抱いた。


 その時だった。近づいてくる足音を聞きつけて顔を上げると、もう一人のワーウルフの子供がいる。一瞬オセと見紛うほどだったが、首に巻いた布切れとそれを留めている花のブローチから弟の方だと察した。


「生きて、いたのか……」フォレットは嬉しそうに言い、駆け寄ろうとして。


「ダオ、シィオウ、ワアンテ、ルエヴィエングエ?」と、告げられた。


「……え?」


 語尾が上がったことで何かを聞かれていることだけは辛うじてわかった。だが、答えられないでいるとさらに続けられた。


「イ、ワイララ、ムアクエ、イテ、ハアパパエン」


 やはり何を言っているのかわからず呆けたように見つめていると、唐突に遠吠えを始める。小さな体のどこに、それだけの肺活量を秘めているのかわからないほど長く。


 満月に向かって、ワーウルフは吠えたてた。


 やがて体が巨大化していった。不自然に膨張を始めたかと思うと、たちまち木々さえを超えるほどになる。


 それだけではない。二足歩行から四足歩行に。オオカミとして本来あるべき姿へと戻っていく。


 ついに覚醒を果たした純血種は、歓喜の声を上げるかのようにもう一度遠吠えを上げる。大気を震わせるほどの大声だった。


「これが、純血種……」フォレットはその様を呆然と見上げる。


 そんな彼を腑抜けと見たのか、無視するように純血種はモラゴの町へと足を向けた。


(追わなくていいのか)クライカが尋ねる。


「なんでさ」


(死人が出る)


「構わない。あんな奴ら」


(大した共存主義だな)


「……お前はいったい誰の味方なんだ?」


(どういう意味だ?)


「お前、知っていたんだろ。昨日の段階で予期してんじゃないのか」


(ここまでのことはわからなかった。だが、おかしいとは思ったよ)


「いったい、いつからだ」


(俺だって曲がりなりにもかつてはゴーレムとして戦ってきた身だ。多くの人々だって救ってきた。感謝の眼差しかどうかくらいは見分けがつく)


「昨日の戦いの後でってことか? なら、なんで黙ってた」


(言っただろ。忠告はした)


「くそが」


(それよりもいいのか?)


「……何がだ」


(お前にとって町の住民はどうでもいいかもしれないが、そう思わない奴らがいるってことだ)


          *


 モラゴの町は阿鼻叫喚の渦に飲み込まれていた。


 オオカミの純血種は俊足たるやただそれだけで強大な風が巻き起こり、家屋が巻き上げられる。屋根だけならいざ知らず、壁、老朽化した建物に至っては土台まで抉り取ってしまう。


 そんなもんだから人間なんてのはあっさりと吹き飛ばされる。遥か上空に投げ出される形となった人々は急上昇によるGで気を失えばまだいい方だ。そうでないものは、まともに自分の体が潰れる音を聞くことになる。


 被害は甚大だった。無差別に巻き上げられた町人たち。悲鳴さえもかき消される中では誰も助けの声を聞き届ける者はいない。


 かのように思われた。


 ほどなくして自由落下へと移行しかけた人たちを、抱え込むようにして受け止める二体の巨人の姿がある。空中を自由に飛び回るようにして、墜落していくのを阻止していったのだった。


 そうして、掌を人でいっぱいにして地上に降り立った古谷とレン。人々を解放すると、純血種と向かい合う。


(さ、いっちょやるか)と、レン。


(悪い。結局こうなっちまった)


(いや、気にするな。お前らしいよ)


(……どういう意味?)


 そう問いかける彼を無視して、レンは言った。(速攻でケリつけてやる!)


 が、その直後。満月を背に飛び上がある影がある。片腕を突き出し、もう片方の腕を手前に引いている。さながら、弓を射るような形。


 やがて、それは放たれた。


 三日月の刃がレンと古谷を襲う。


(なっ!)(うおっ!)各々を悲鳴上げた。


 土煙が舞う中、薄煙の奥に降り立つ影がある。胸に宿る青白い光が透けて見えた。


 カンラン岩のゴーレムが、二人の前に立ちはだかったのだった。


(フォレット……)レンが言う。(悪いが、そこをどいてくれ)


(そうはさせない)が、彼は臨戦態勢を取った。


(……やっぱそうなるよな)

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