表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第二章:第六話 天使と悪魔の間に…
22/43

6-2

 雲一つない月夜を背景に二人の巨人は対峙する。誰もが寝静まった夜の町中で、戦いの火蓋は切って落とされた。


 先に仕掛けたのは古谷だ。いきなり腕を十字に組んで光線を照射する。


 が、ゴーストはこれを難なく避けた。しかもその避け方は移動したわけでもなければ、体を逸らしたわけでもない。体の一か所、ちょうど光線の当たる直線上の一部に穴をあけて通過させたのだった。


 おかげで古谷の放った光線は、遥か虚空へと消えていった。


(なっ!)その奇妙な避け方に古谷は戦慄する。


 まるで正常な生物とは思われないその動きに、そこはかとない気味の悪さを感じた。


「土台、おかしな話だろ」


 ゴーストは言いながら動き出す。ひょろりひょろりと全く軌道を読ませない歩みで古谷までの距離を一気に詰めると、その細長い腕の中ほどで殴りつけるようにした。


「何の義理があって人間を助けなくちゃならない?」攻撃の間でも話し続けた。今度は蹴りを加えてくる。「それが使命だとかなんとか。身勝手な話だろ」


 よろめきながらも古谷は答える。


(関係ない)それは既に乗り越えた命題だ。(命は繋がっているんだ。それを断ち切られるのは何よりも残酷なことなんだ)


「ご立派なだねぇ」身を仰け反らせたゴーストは、全身の仮面から不気味な笑い声をあげた。「で、それでいったい何が守れた?」


(それは……)言い淀む。


 結局、彼はルーンテイツの町の住人を誰一人として守ることができなかった。いくら決意したところで、実力が伴わなければどうしようもない。敗北の苦汁を飲まされ続けるだけだ。


「結局のところ」ゴーストはまたも奇怪な動きで距離を詰めると、息が吹きかかりそうなほど間近に仮面の一つを近づけてこう言う。「それはただの自己満足さ」


 古谷は接近したことをいいことに掴みかかろうとしたのだが、上半身を縮めることで空振りさせられる。力み過ぎたばっかりに、空を切った腕に引っ張られるように彼はつんのめった。


 ゴーストはそんな彼をすり抜けるようにして、背後へと回る。背中に蹴りを加えて、転ぶ手助けをしてやった。


「それも偽善といった類のものじゃない。要するにさ、そんな力を手にしておきながら何もしないのが怖いんだ。誰かに批判されるんじゃないかと怯えている」


 ゴーストは、うつ伏せに倒れることとなった古谷にのし掛かるようにして耳元に囁きかけた。


「全力は尽くした。ただそう言い訳するために戦っているに過ぎない」


 古谷が起き上がりざまに肘撃ちを食らわそうとしたが、その時には既にゴーストの姿はなかった。


 体勢を立て直し、静まり返った夜の町を見渡す。


(逃げた……のか?)


 とその時、どこからともなく光弾が飛んできた。岩塊の体の一部に当たると同時に爆ぜる。


「どこまでもおめでたいねぇ」声はすれど姿は見えない。「なんで俺が逃げなきゃいけないのさ。それは君の願望だろう」


(どこにいる! 姿を見せろ!)


 またも光弾が発射されて、着弾と同時に爆ぜる。火花が夜の町に閃く。


「せいぜい探してみろよ」


 古谷は闇雲に辺りを見渡した。月夜に沈んだ町並みだけが広がっているだけだ。


 しかし彼は、恐れからか、焦った様子でしきりに体を捻った。そんな気持ちに呼応するように、胸の結晶体が点滅を始める。


「今にも逃げ出したくてたまらない。そうだろ?」


(さっきからごちゃごちゃと! 何を知ってる!)


「何もかもさ。お前のことはずっと見ていたからな」


(何?)


「初陣戦はどうだった? 中々の演出だったろう?」


(……お前がラムーベの町に魔獣を差し向けたのか)


「その通りだ」


(そのせいで何人の犠牲が出たと思っている!)


「悪かったねぇ」と、ゴーストの嘲弄する声が響いた。「まさに君が覚醒するための礎となったわけだ」


(俺のせいだっていうのか!)


「助けようとするのはあんたの意思で、助けられなかったのも紛れもなくお前のせいだ。要するにそんなに憤るのは、自分の思い通りにいかなかったからに過ぎない。実に矮小だね」


(元凶はお前じゃないか!)


「誰か悪者が欲しいのかい? なら、その役を仰せつかったっていい。だがそれは何の解決にもならない」


(何だと?)


「元凶というのなら、根本的には世界が悪い。仮に私が手を下さなくても、君は戦い、苦しむことになった。違うとは言わせない」


(それは……)


「所詮は神の意志に踊らされた哀れな役者さ。定められたシナリオに従うしかない」


 そうして、またもゴーストの声が耳元に響いた。


「認めろよ。何もできやしないって」


 古谷は振り向きざまに拳を振るうが、それは避けられることすらなく手で受け止められた。振り解こうにもびくともしない。


 嘲笑うような無数の不気味な仮面が、こちらをじっと見ていた。


「考えなくていい。考えるから苦しむのさ。個人の意思なんて捨てて、ただ迎合し、その身を委ねればいい」


 誘うかのような、ねっとりとした声音。古谷の脳は痺れたように、その働きが鈍化していく。我知らず力が抜けて腕をだらりと落とす彼は、既にゴーストの言葉を受け入れ始めていた。


(考えるから苦しむことになる……)


「その通り。逃れる方法はただ一つ」ゴーストの腹に当たる部分がゆっくりと裂けていった。「多数の意見に身を任せることさ」


 まるで大口を開けるように上下に分かれていく。さながら紙を破いたかのように不揃いの縁は歯のようにも見える。開いた当初は粘液を思わせるような黒い糸が上下の分け目の間をつないでいたが、それもやがて途切れた。


 そうして黒色単一の穴がぽっかりと開かれた。


「さぁ、おいで」


 古谷はそこに財宝でも見つけたかのように、穴へ向かって腕を伸ばし始める。徐々に近づいていき、いよいよ到達しそうになったところで。


 突如として、どこからともなく光弾が飛んできてゴーストを襲ったのだった。あまりの不意打ちに、避けることすら敵わずまともに食らう。


 結果として腹の裂け目は閉じられて、古谷は弾かれたように意識を取り戻した。


 それから彼は光弾の発射元を探して、頭上を見上げることとなる。


 そこには三日月を背負う格好で巨人の姿が見えた。それは古谷が変身したゴーレムよりも幾分かスリムな体つきで、その背中にはヘの字に曲がった突起が、両側面に延びている。それはさながら翼のようであった。


 ゴーストは一つ舌打ちを漏らす。「邪魔が入ったか」


 射竦めるような視線に戦いへともつれ込みそうな気配を感じたのか、ゴーストは一歩、二歩と後退る。それから言った。


「まぁ、いいさ。今日のところは挨拶だけにしとこう」


 言うや否や、ゴーストの体から小さな球体が飛んでいき始める。それは火の玉のようで、青白く発光しながら四方八方へと飛んでいく。同時にゴーストの体は徐々に分解されていった。


「気が変わったらいつでも呼んでくれ」完全に消える直前、古谷にこう言い残す。「俺はいつでもそばにいる」


 そうしてゴーストは跡形もなく姿を消した。


 突然の出来事に、古谷は呆然と立ち尽くすしかできなかった。頭上の巨人へと目をやると、どうもこちらを見ているらしいのがわかる。お礼の一つでも告げようとしたのだが、その前に飛び去って行った。


 制止の声を掛けようと、追いすがるように腕を伸ばしかける。が、当然届くわけもなく、中途半端な位置で止まった。


 それから行くあてのなくなった腕を引き戻し、自らの掌へと視線を落とす。微かに震えている。


(俺は……いったい何をしようと……)


 もしあのままゴーストの体に手を入れていたらどうなっていたか。考えるだけでも身震いしてしまう。


 果たしてゴーストとは。その正体も目的も不明だが、少なくとも。


(あいつを前にした途端)古谷は思った。(底抜けの不安に駆られた)


 それだけは確かだった。


          *


 それから、古谷は宿へと戻ったものの一睡することすら叶わず朝を迎えた。


 町中では早起きした人が、地面が抉れていたりなど昨夜の戦いの痕跡を目にして困惑していたのだが、二人はそんなこと露知らず。


 寝不足の彼を見て、朝食の席で向かいに座ったエトは言う。


「なんか顔色が優れないね。もし体調悪いなら探索は延期しても……」


「いや、行こう」古谷は彼女の言葉を遮った。


「でも」


「俺は大丈夫だから」


 これ以上、この町にいたくないというのが本音だった。昨夜のようにまたゴーストに着け狙われるとも限らない。その言によれば常に見張られているようだが、誇張の可能性もある。


(ともかく、ここから離れよう)


 そんな彼の焦燥に引きずられる形で、二人は鳥人族の住処の探索に乗り出した。


 ルバンタの町を出て、森の中へと分け入っていく。僅かにでも鳥人族のいる証拠がないものかと二人は目を光らせながら、歩いていった。


 一見すると無鉄砲な行動のようにも感じられる。現に古谷に大した目算はなかった。その一方でエトにはあったので、確度は低くとも当てを求めて頭上を見上げながら歩いている。


 そうして歩いていると古谷が足を止めた。上ばかりを見ていたエトは、不意に止まった彼にぶつかることとなる。


「あでっ」短く悲鳴を上げ。「どうしたの?」


 それから問いかけた。


「いや、あれ」そう言って彼が指差したのは、以前にも目撃したものだ。


 ひときわ大きな木があり、その根元の空洞に紫の結晶体が浮いている。色は違うが、同じものではある。


「あれ、そう言えば何なんだろうね」エトは言う。「フルヤに関係あるのかな?」


 彼女が前にも指摘した通り、その結晶体はゴーレムが胸についているものに酷似している。関連性を疑いたくなるのも無理はない。


 あれからいくつかの経験を得て、ゴーレムの正体を知るに至り、その力の使い方についても自分なりに結論を出した。が、今ここにきてそれが再び揺るぎかけている。このまま戦い続けることに意味があるのか。


 あるいは、結論を先延ばしにするために戦う道を選んだのではないか。そんなことさえ考え始めた。


 無意識のうちに自らの胸に手をやって、服の上から握りしめている。


「フルヤ……」そんな彼の行動をどう見たのか、エトは言う。「もしよければ、行ってみる?」


「え? 行くって?」


「あそこだよ」と、結晶体を指差す。「何かわかるかも」


 前回は遠目から見ただけで、それ以上近寄ることができないまま魔獣に襲われた。調べることすらままならなかった。


「そうだな」古谷は言う。「行ってみようか」


 調べてみたところで何が変わるとも知れないが、立ち位置を決めかねている気持ちがそうさせた。これまでの考え方をガラっと変えるような、衝撃的事実がわかるかもしれない。


(まぁ、そこまでは期待しないが)古谷は思う。(何もしないよりはマシか)


 どちらかというと消極的理由だったことは、エトには内緒にした。


 木の周囲は根を掘り返したかのように低くなっている。二人は斜面を滑り降りた。根っこが縦横無尽に盛り上がっている不安定な足場を歩いていった。


 と、そんな時。地面が揺れる。その振動が徐々に大きくなっていった。


(また魔獣か!)


 古谷は直感的にそう思うと、その姿を確認するよりも前にゴーレムへと変身した。


 そうして木々を掻きわけるようにして現れた、紫の魔獣と対峙する。ラムーベの町に出た、前傾姿勢の恐竜のような奴だ。


「フルヤ!」


 そう叫ぶエトに、隠れているよう手で示すと紫の魔獣へと向かっていった。掴みかかり、投げ飛ばすように横倒しにする。大木の一本に背中を打ちつけ、魔獣は樹皮を削りながら滑り落ちた。


 さらに追撃を加えようとしたが、魔獣は一体だけではなかったようだ。横合いから突進を食らわせられる。あまりの不意打ちに怯む。その隙にさらにもう一体の魔獣が現れて彼の背後から食らいかかってきた。


(三体も!)古谷は何とか振り解こうと、もがく。


 そうしている間にも倒れていた魔獣が起き上がり、頭の二本角を光らせ始める。首元のヒレから背中に向かって徐々に光らせていき、突進の体勢を取り始める。このままでは直撃コースであることを察知しながらも、今や二体の同型に絡みつかれて思うように避けることはできない。


 力づくで一体を引きはがした後、背中側のもう一体を背負い投げにする。だが、その時には突進の準備は整っており、頭を突き出すようにして向かってきていた。


 かくなる上は正面から受け止めようと手を突きだしたが、到達するよりも前に魔獣が悲鳴を上げて軌道がそれた。脇の木をなぎ倒すようにすると、一緒くたになって倒れこむ。


 ひっかくように腕を伸ばしたその先は自らの瞳で、眼球に一本の矢が突き刺さっていた。


(いったい誰が?)


 それを放った主を求めて、だいたいの飛んできた方向へ視線を向ける古谷。その先で目にしたのは見知った姿だ。


 彼は枝の上に立っていた。細い枝にも拘らず一切の体幹を乱すことなく直立する彼は、金糸のような長髪を持ち、陶器のような白い肌をしている。そして、種族的特徴の尖った耳。


(アイフ!)


 それは古谷の知るエルフでもあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ