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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第二章:第六話 天使と悪魔の間に…
21/71

6-1

 人魚の町から、ルバンタの町にまで取って返してきた古谷たち。行く当てもないので次なる町を目指す前に、休憩がてら少しだけ滞在していくことにした。


 主な理由は古谷にある。


 ルーンテイツにて、純血種を取り逃してからというもの彼は心ここにあらずといった雰囲気で日々を過ごしていた。呼びかけには応じるものの、会話はあまり続かない。そんな様子を鑑みて、エトはしばらく居残ることを提案したのだった。


 なので、新たな閃きを話すことも躊躇われた。


「フルヤ? 大丈夫?」


 夕飯時。飲食店で向かい側に座る彼は、ベーコン入りのポタージュを食べる手が完全に止まっていた。そうしている間に湯気はどんどんと昇っていき、刻一刻と冷めようとしている。


「え?」自らが呼びかけられていることに気づくのに、数秒かかったようだ。「何だ?」


「いや……」と、躊躇いがちに言う。「あまり食欲ないのかなって」


 その意味を飲み込むのにも、さらに数秒要したようだ。


「ああ、いや。そんなことは」と、慌てた様子でポタージュを一掬い。


 一匙に乗せられた野菜や豆をろくに噛まずに飲み込んだ。まだ熱を持つそれを喉にダイレクトに流し込んだので、案の定むせる結果になる。


「げほっ、げほっ」


「ああ、水、水」エトはグラスを差しだした。


「悪い」古谷は喉を抑えながら受け取り、一気に飲み干すと礼を告げた。「助かった」


「ううん」と、浮かない顔で答えるエト。


 それっきり沈黙が訪れた。


「そういや」やがてそれに耐えられなくなった古谷が問う。「この先、どうしようか?」


「え?」


 エトは初め、この旅自体をどうしようかという問いかけかと思った。つまり、もうこれ以上続けるのは我慢できないというような、そういう訴えなのかと思ったのだ。先日のルーンテイツでの手痛い敗北は、それに値するだけのことはあるだろう。


 が、事実は違った。


「とりあえず次の町に移動するか? 多分、近くに他種族の住処もないだろうし」


「そのことなんだけど……」と、口籠る。


 彼女に考えがないわけではない。だが、今の古谷をこれ以上追い詰める結果になりはしないだろうか。そのことは心配だった。


 かと言って、先へ行こうとする彼の気持ちに水を差すのもどうか。そんな葛藤もある。


 しばらくの逡巡の末、結局告げることにした。


「この前、ニーアさんに会った時」と、切り出す。


 ニーアとは、ルーンテイツの代表の座についていたマーマイトだ。いけ好かない青年で、おそらく純潔種を匿っていたであろう容疑がある。いわば、あの町を壊滅に追いやった戦犯の一人なわけで、先述の悪感情と相まってか古谷の顔が歪んだ。


「あいつがどうした」その声も刺々しい。


「会話の中でさ、珍しく鳥人族が来たって言ってたじゃない?」


「そうだったか?」


「言ってたんだよ」と、エト。「で、考えたんだけど、多分この近くにいるんじゃないかなって」


「そうとは限らないんじゃないか」古谷は言う。「鳥人族ってことは翼をもっているんだろ? なら遠方から来ることも予想される」


「そりゃあ隣近所ってことはないと思うよ? でも、鳥人族は通常の鳥類なんかと違ってそこまで長距離を飛べないんと思うんだ」


「その心は」


「質量が違うからだよ。多分、飛ぶ用の筋力は発達しているかもしれないけれど、それでも私たちと同じくらいの背丈があれば飛ぶのには相当な体力が必要になる」


「遠くから来るなら中継地点が必要になるってことか」


「そういうこと」頷くエト。「で、一番近くの町は」


「ここか」と、古谷が後を引き継いだ。


「いくら聖典に無関心だったとしても、積極的に滞在しようとは思わないんじゃないかなって」


「それに、羽を持ってるやつがそこらをうろついていたら話題性は抜群だろうな」


「でも、この前の聞き込み聞いたのは人魚の町だけだった」エトは自らの推理の締めにかかる。「以上のことから、きっと近くに鳥人族の地域があるんじゃないかなって」


「可能性はあるな」


 決定的なことは何もない。人間を取り分け毛嫌いしているというだけで、他種族にはそれほど嫌悪感はないだろう。中継地点としたのが、エルフやワーウルフの住む地域であることも考えられた。


 だとしても、近くに他種族の住処があるのには違いない。探してみるだけの価値はあるように思われた。


「じゃあ、明日から探してみるか」古谷は言う。


「うん……」と、エト。「フルヤは、その、大丈夫なの?」


「え? 何が?」


 気遣いに対して些か無神経な発言のような気もするが、彼自身がなんて事のないように振る舞いたいという心の表れかもしれない。


 強がりは諸刃の剣だ。強がって強がって強がり続ければ、自信がついて本当に強さに結実することもあるだろう。が、一歩間違えれば病む。


「……いや、何でもない」


 どの道、全ては彼次第でエトには口出しのしようがない。この件に関してこれ以上の言葉を重ねるのを差し控えることにしたのだった。


          *


 その夜。古谷は悪夢を見た。


 彼は海の中で溺れている。手足は思うように動かず、息も続かず、ただ沈んでいくことしかできない。


 水中を沈んでいくのは彼だけではない。無数の死体が、彼の先を行くように海底へと沈んでいく。人魚の死体だったり、エルフの死体だったりする。腕が欠損していたり、顔が半分なかったり。


 その中には、エルフの少女イヴやマーメイドのセラの姿もあった。


 そうして沈んでいった底には無数の死体や白骨が、折り重なるようにしてうず高く積もっていた。


 古谷は自分の悲鳴に起こされる形で飛び起きた。ぐっしょりと寝汗をかいており、息継ぎをするように荒く息を吐いている。今まさに海から上がってきたのと変わらぬ様相だった。


(夢、か……)安堵したように項垂れる古谷。が、すぐに思い直す。(いや、夢じゃない)


 全ては現実に起こったことだ。


 重い気持ちを払拭しようと、夜風に当たることにした。あまり音を立てぬようこっそりと部屋を抜け出て、階下へと降りる。今は無人となっている受付を通り過ぎて、宿屋から出た。


 夜更けということもあって、町に人気はなかった。宿屋は大通りに面しており、出てくるとそこにはがらんとした町並みが広がっている。連なる店店には閉店であることを示す幌が卸されており、明かり一つ灯されていない。


 煌々と照る月明かりだけが、夜の町を見守っていた。


 と、そんな時だ。路地裏を蠢く影がある。最初は獣の類かと思われたが、あまりにも大きいそれは人影であると知れた。


 それは徐々に近づいてきたかと思うと、古谷から見て大通りを挟んだ向かい側に出てきた。


(あいつは、確か……)と、古谷は無意識に記憶を探った。


 最初は全く思い出せなかったが、人影が家屋を二つ分超えたあたりで思い至った。


 古谷たちに近隣にルーンテイツの町があると伝えた、飲んだくれのおっさんだった。こんな時間まで飲んでいたのかと思ったが、その足取りは確かなものだ。そのまま迷いない足取りで、またも路地裏へと消える。


(待て!)古谷は後を追う。


 言いようのない不安が彼を襲ったからだった。自分でもうまく説明できないのだが、今宵見かけた男の姿に嫌な予感を覚える。


 その行動が不可解だったこともある。路地裏から出てきたと思ったら、またも二軒先の路地裏に入る。そんなまるで意味の伴わない行動は、風貌も相まって一層怪しさが増す。


(それに、あいつ)と、古谷は思う。(一瞬だけ俺を見た気がした)


 確証はない。薄暗い中なので印象の域を出なかった。だが、そう考えると路地裏から別の路地裏へと移る一見無意味とも取れる行動は、古谷の前に姿を晒すためだったという説明がつけられる。


(つまるところ、俺は誘われてるんだ)古谷は思った。


 それが罠である可能性は否定できなかった。だけどここで無視したとして、今後も接触してこない保証はない。その時にエトが一緒だと巻き込んでしまうかもしれない。そう考えて、彼は男を追っていた。


 そうして彼は入りくんだ路地の中へと入っていった。まるでそこは迷路のようになっていた。


 家と家の間は狭く、時には横歩きでなくては通れない場所もある。木箱が置かれ、ゴミが捨て置かれ、生きているのか死んでいるのかわからない浮浪者が道を塞いでいる時もある。それらを警戒しながら跨ぐようにして進んでいった。


 やがて迷宮は佳境に入った。道は四方に分かれ、男がどこへ行ったのか判然としなくなる。影を見かけたと思って慌てて向かうも、その先は四方に分かれていて、またも視野のうちで影を捉えて追いかけるも、やはり四方に分かれた道に出る。そんな具合に繰り返された。


 気づいた時には自分がどこにいるのかもわからなくなっていた。頭上で輝く月は、先刻から居場所を変えていないようにさえ思われる。


 その時、声が聞こえた。


「全く楽なもんだな。否定するだけ否定してみせて、何かを成し遂げた気になっている」


 声の主は見えない。辺り一帯に反響し、居場所の特定さえもできそうになかった。


「誰だ!」古谷は叫ぶ。「何の話をしてる!」


 しかし言い返されたのは、問いに対するものではない。


「だが、それでいったいどうなったと思う?」


 次の瞬間、それまで木霊し続けていた声は耳元で囁いてくる。


「死体の数を増やしただけだ」


 慌てて声のする方へ振り返るも、そこには誰の姿もない。相変わらず、薄暗い十字路だけが広がっていた。


「それでもまだ正義の味方気取りか? おめでたい奴だな」


「誰なんだ!」


 今度は答えがあった。


「僕は僕だ」


 四つに分かれた道の一つから、一人の男が出てくる。が、それは古谷が追っていた男ではない。


 それだけに留まらなかった。


「そして、俺だ」と、別の道から男が。


「そして、私よ」と、別の道から女が。


「そして、ワシだ」と、別の道から老人が現れた。


 四つ辻で囲まれる形となった古谷。そんな彼を、四人は息の合った様子で指を差し向けてこう言った。


「そして、お前でもある」


「何を言ってるんだ」古谷が怒気の孕んだ声で問いかけた。


「我らはゴースト」四人は声を合わせて喋る。「大勢であるがゆえに」


 言うや否や、四人の体はふわりと浮き上がった。まるで煙のようにゆらゆらと宙を漂ったかと思うと、とある一点を目指して吸い込まれるように飛んでいく。


 それは四人だけではなかった。ありとあらゆるところから、招集でもかけられたかのように煙のような人間たちが集まりだす。やがてそれらが空中で一つの黒い塊になると、そこを中心に手足が伸びてくる。


 そうして現れたのは首のない巨人だった。妙に長い黒い肢体だけがある。その代わり、目と口だけの無数の真っ白い仮面が、体中いたるところに張り付いていた。


 古谷は言い知れぬ焦燥感を覚えた。気づくと、手を掲げて光を掴んでいる。ゴーレムへと変身した。


(こいつだけは倒さなくちゃ)そんな思いに囚われる。(何としてでも、ここで)


 対するゴーストは、全身の仮面の口元を三日月の形に吊り上げた。


「いいねぇ、そう来なくちゃ」


 神経を逆なでするような声で言った。

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