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第22話 断固、環境の改善を要求する!

「ちょっと複雑な感じもするけど、このくらい強化されれば二階のバルコニーまでひとっ飛びできるわね。手段は選んでいられないし、仕方ないわ」


 裏庭で掃除している使用人の隙をつき、猛然とダッシュ後に跳躍する。スピードの乗った状態で軽やかに跳躍したティエナは、まるで青空をステージに舞い踊るダンサーみたいだった。


 数秒も経過しないうちにバルコニーへ着地する。使用人の誰かと居合わせれば気絶させるつもりだったが、その必要はなさそうだ。


 近くに誰もいないのを確認し、ティエナは右手に持ったマーラで、かがめば大人でもひとりくらいは通れそうな窓を水平に一閃した。


 ティエナのおかげで切れ味を増しているマーラは、少しページ数が多い本ほどに厚い窓をいとも容易く真横に切った。綺麗な横線が走り、窓の防御機能が失われたのを教えてくれる。


 左手で軽く押せば、問題なく窓が外れる。上部分だけを外したティエナは、室内へ入るなり窓を元の位置へ戻す。切れ目を合わせるだけで、何事もなかったかのように一致する。切れ目はあるが、よほど目が良くない限り気付くのは難しそうだった。


「余計な小細工をしなくても、十分に時間は稼げそうね」


 ティエナはすぐに行動を開始する。


 いつ敵に襲われるかもわからないので、マーラを布で包んで背中に置くようなことはしない。常に右手で持ち、ティエナは戦闘可能な状態を維持する。


 巨大な屋敷は使用人も多い。誰にも見つからずに移動するのは困難だ。


 よく洗練されているなとマーラは思った。誰もが自分の仕事を懸命にこなしながらも、決して急いでいるのを表面に出さない。立派な屋敷に相応しいどこか優雅な動きを見せている。


 以前に私室だったという部屋の扉の隙間から、廊下を歩く使用人の動向を窺うティエナがぽつりと呟く。


「懐かしいわね」


 屋敷の住人だったティエナには見慣れた光景だったのだろう。王家を追われた今では眺められなくなったので、今の感想に繋がったのである。


「む。こっちに誰か来るぞ。突破するのか?」


「それは最終手段。とりあえず隠れるわよ」


 廊下の確認を中断したティエナは、マーラ片手に部屋にあるクローゼットの中に隠れる。鍵がかかっていないのを知っていたことから察するに、ティエナの私物だったに違いない。


 メイド服の年若い娘が部屋に入ってくる。年齢は十代後半だろうか。ティエナよりもやや幼い印象を受ける。黒髪を三つ編みでまとめていて、鼻頭から頬にかけてそばかすがあった。


 純朴さとカチューシャがよく似合っているメイドの少女は、足首までの長いスカートの裾を揺らしながら、手に持った掃除用具で埃を取り始める。


「マズいわね。窓に近づかれると、切れ目があるのがバレてしまうかも」


「ではどうす――む?」


 クローゼット内は意外に広いので、期待していた密着展開には発展しなかった。代わりにマーラは他の幸運を得る。なんと下の方に可愛らしい薄ピンクのパンティが落ちていたのである。


 そういえばティエナは、荷物をまとめる暇もなく屋敷を追い出されたと言っていた。ということはクローゼットに落ちているのは彼女の下着になる。


 ニヤニヤするマーラから卑猥なオーラでも放出されていたのか、異変を察知したティエナが足元のショーツを発見する。直後に顔面を真っ赤にして、足で隠す。


「な、何をする。クローゼットに隠れた特権だろうが。観念して、この場ではいてみせてくれ」


「そんな特権なんて存在しないわよ。いい加減にしなさいよ、このエロ魔剣!」


 心構えもなく下着を見られたせいか、羞恥でパニクったティエナが大きな声を出した。当然室内にいるメイドにも聞こえ、唖然とした様子でクローゼットに顔を向けてきた。


 しまった。軽く舌打ちをしたティエナが、勢いよくクローゼットを飛び出す。見つけたショーツのおかげで滾り中のマーラを持っているだけに、身体能力は従来よりも圧倒的に向上している。


 メイドの少女にすれば、いきなりクローゼットが開いたかと思ったら、次の瞬間にはティエナが眼前にいたのである。驚かない方が無理だった。


 悲鳴を上げようとして口を開くが、声を発する前にティエナの左拳が少女の鳩尾へめり込んだ。襲われた痛みと衝撃で膝から崩れたメイドの少女は、何も言えないまま白目を剥いた。


「相変わらず乱暴な女だな。本当に王家の血を引いてるお嬢様なのか? 慎み深さというものが微塵も感じられないぞ」


「誰のせいよ、誰の」


「だが良い仕事をしたと言っておこう。乱れたロングスカートの裾から覗く生脚が、こうも淫らだとは恐れいった。やるな、ティエナ」


「少し黙ってなさい」


 うんざりした口調で言ったあと、ティエナはクローゼットの中に少女を隠した。少女がスカートにつけていたエプロンを外し、ロープ代わりにして両手両足を縛る。


 エビみたいに丸まった少女をじっくり観察していたかったが、願い空しくマーラはティエナに連れ出されてしまう。


「こうなったら多少強引にいくわよ。どうせ見つかるのは想定済みだったんだしね」


「計画性も何もないな。いきあたりばったりもいいところだ」


「アンタが余計な声を出させるから、隠れてるのがバレたんでしょ」


「あんなところに下着を放置しておく方が悪い。それよりもだ。俺は今はいてる白も捨て難いが、さっきのピンクも――」


「――行くわよ!」


 相変わらず短気な女である。本当にこのまま部屋を出ようとしたので、慌てて待ったをかける。


「何よ。急いでるんだけど」


「お前は少し考えろ。せっかく使用人を気絶させたんだ。服を拝借すればいいだろ。そうすれば使用人に紛れられる。多くのメイドがいるのであれば、多少見慣れない顔が混じっていても怪しまれないさ」


「マーラ……アンタ、賢い!」


「まあな。それじゃ、早速着替えるんだ」


 俺がティエナと少女の下着姿を拝むためにもな。心の声を決して口に出さないよう注意しつつ、歓喜と興奮のシーンを一秒たりとも見逃さないために気合を入れる。


 わかったわと返事をしたティエナは、着ている服に手をかけ――


 ――たりはせず、適当なところにマーラを立てかけて、クローゼットの中にひとりで入っていった。


 クローゼットの中なので部屋ほど自由には使えないが、頑張れば着替えられる程度のスペースがある。それがマーラにとって仇となった。


「お、おい! いきなり敵が現れたらどうする!? 俺を手元に置いておくんだ。安全のためにも!」


「アンタの前で着替えられるわけないでしょ。あら。この子、意外に胸あるわね」


「何だと!? 地味少女のメイド服に隠れた、たわわな乳房。それを見せないなど拷問だ! 抗議だ! 断固、環境の改善を要求する!」


 手足がないのが、心の底から恨めしい。せめてジャンプ可能ならクローゼットの中へ特攻できるのに、それもマーラには無理だった。


 無念さで絶望しているうちに、クローゼットが開いた。


 中から現れたのは、奪ったメイド服に身を包んだティエナだった。


「服の上に着たせいで、動き辛いわね。まあ、いいわ。メイドの彼女には悪いけど、早速屋敷内を捜索しましょう」


「その前に教えてくれ。ティエナは元々の服の上にメイド服を着たんだな。だとすればあの少女は今、下着姿ということになる」


「そうよ。でもクローゼットに残っていた服を毛布代わりにかけてあげたし、風邪はひかないと思うわ。あ、アンタが見るのは不可能よ。こうするし」


「な、何をする。やめろぉぉぉ」


 部屋の中にあった白い布きれで、あろうことかマーラはぐるぐる巻きにされてしまう。


「メイドが剣なんて持ってたら怪しまれるでしょ。ちゃんと隠しておかなきゃね」


「萎え萎えー」


「あ、ちょっと! 能力が低下しちゃうじゃない! 妄想の力でなんとかしなさいよ。得意なんでしょ!」


「無理でーす」


 投げやりな感じで言葉を発したのもあり、マーラの拗ねっぷりはきちんとティエナへ伝わったみたいだった。


「うう……わかったわよ! これをあげるから!」


 そう言うとティエナは、いつの間にやらクローゼットから持ち出していた例の薄ピンクのパンティを、幾重にも巻いた布きれの中に突っ込んだ。


 ガード部分に押し当てられる形になり、マーラの視界が桃色に染まる。


「これは素晴らしきピンクな世界! なんともかぐわしい香りが漂ってくるぞ!」


「う、嘘よ! においなんてしないってば! うううーっ! さっさと目的を果たすわよ!」


 ぐるぐる巻きになったマーラを大切に運ぶ荷物のように両手で抱え、ティエナは廊下に出る。


 複数の使用人が視線を向けてくる。不可思議そうに首を傾げる者もいるが、最終的には自分の仕事を優先する。


「一階の書斎を目指すわよ。そこが元々はお父様の部屋だった。地下への入口があるとしたら、恐らくはそこよ」


「むほっ、むほほ。舌がないのが惜しいな。オプションでつけてくれればよかったのに」


「あったら舐めるつもりだったの? おぞましすぎる変態ね」


 周りの人間に聞こえないよう小声で言い、何度もティエナはマーラのガード部分にげんこつを食らわせる。


 お仕置きのつもりかもしれないが、猛烈に滾っている今のマーラには何の影響もない。それどころか、新たな供給エネルギーになってもおかしくなかった。

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