3.謎の男
「街へ買い物に?丁度良かったわ。私も必要な物を買い出しに行きたかったの」
渚からの最高の返事に大満足で、マイクは早速車を用意して宿泊所の表で待っていた。思惑通りピョンはクリーパー教授との打ち合わせがあるので彼女に同行していないようだ。珍しくスカート姿で出てきた渚に “ もしかしてナギサ先生も僕とのデートだと思ってくれてる? ” 等と淡い期待を抱きつつ、車に乗って宿泊所のある村から40分ほど走った場所にあるランスという町にやって来た。小さな町だが、食料や日用雑貨などは全て揃うし酒や食事を楽しめる場所もたくさんあるので、グレースやハーヴィーも休みの日には良く訪れる。
町の中心街にある小さなスーパーで食材や日用品等を買った後、地元料理が評判の店へ夕食を食べに行った。まだ夕食には少し早い時間なのに、カントリー風ログハウスの店内はたくさんの人で賑わっている。渚とマイクも4人掛けの古い木のテーブル席に着いた。
この国は英語圏ではないが、英語が第二公用語なので皆英語は話せる。だがこういった店では外国人には馴染みのない第一公用語なので、メニューを見てもマイクには良く分からなかった。そこで渚がメニューを見ながらマイクに説明した。
「エンパナーダは具を入れた揚げパンみたいな物ね。この辺りなら具は乾燥したココナツかしら。あ、これなんかどう?ムケッカ。海鮮のシチューなんだけど、マイクは海鮮好きかしら」
こんな風に2人きりで食事が出来るなんて夢みたいだ。マイクは「僕は何でも食べますよ」とにっこり微笑んだ。
とにかくマイクにとっては食事よりもこの後の予定の方が重要だった。その為に夕食の時間を少し早めたのだ。食事が終わったら、町外れの有名な夕日の美しいスポットへ渚を連れていく予定だった。そこで美しい夕映えの中、彼女に告白する。彼女はまだ僕の事をそこまで意識していないから戸惑うかも知れないが、ひとまず僕の気持ちを伝える事が大切だ。そうすれば只の同僚から脱却して男として意識してもらえる様になるだろう。その上で一杯アピールして好きになって貰うんだ。必ずナギサ先生の心を手に入れてみせる。
食事の後マイクは予定通り渚を連れて夕日の名所へ向かった。渚も行った事がない場所なので、きっと喜んでもらえるだろう。時間も丁度陽の落ちる少し前に到着したので、彼等は車を降りて少し高台にある展望台まで歩いて行った。
大きなクスノキのある広場は幸いにも誰も居なくて告白にはぴったりだ。美しい夕日が今日一番の輝きを放ちながら辺りを一面のオレンジに染めていく中、マイクは夢見るようにその様子を見つめる渚に声を掛けた。
「ナギサ先生」
「・・・え?」
夕日に明るく照らされた渚の顔が自分を見上げた時、マイクの心はかつてない程高ぶった。心臓の音が耳元まで聞こえてくるようだ。
初めてクリーパー教授の研究室で出会ってから一年、ずっと貴方に憧れていた。共にアルセナーダの遺跡研究に携われる事が僕の誇りだった。そして貴方に恋をして、いつかこの気持ちを伝えようとずっと思ってきた。今やっとそれが叶うんだ。
「ナギサ先生、僕・・・」
渚が小さなまばたきをしながらマイクを見つめた時だった。
「わあぁぁぁっ!!」
頭上から男の声が響いてきたかと思うと、その声の主がズドンと音を響かせて2人の後ろ側にあるクスノキの根元に落ちてきた。
「だ、大丈夫ですか?」
あわてて渚は男に駆け寄った。どうやら木の上に居たようだが、30歳前後にもなるいい大人がどうして木の上になど登っていたのだろう。そんな疑問も沸いて、マイクは男の側にしゃがみ込もうとした渚の手を掴んで自分の方に引き寄せた。
「危険です、ナギサ先生。変な男に近付いたら駄目です」
「でもこの方、落ちた拍子に足を怪我したみたいだわ。早く治療しないと」
「しかし・・・」
止めようとするマイクの手から離れて、渚は半身を起こした男の側にしゃがみ込んで彼の足の様子を見た。
「大変、凄く腫れているわ!直ぐに冷やさないと。マイク、この町に病院はあったかしら」
「えーと・・・?」
「病院に行く程じゃありません。少し冷やせば良くなりますから」
男はそう言うと、立ち上がろうとして思わずよろめいた。
「あっ」
渚は直ぐに駆け寄って彼を横から支えた。
「大丈夫ですか?車で来ているので家までお送りしますよ」
「いえ、実は今日この国へ来たばかりの旅行者で、どこか安宿でも取れればいいと思って居たんですが見つからなくて、ここで途方に暮れていたんです」
「まあ、それじゃあとりあえず私達の居る宿泊所に行きましょう。物置になっている小さな部屋があるんですけど、片付ければ問題なく使えると思うわ」
男はにっこり微笑むと渚の顔を見つめ返した。
「ありがとうございます。レディ」
そのやり取りを見ていて衝撃を覚えたマイクは、怒りの余り真っ赤になった。
“ 何なんだ?この男は!いきなり現われて僕の告白を邪魔したばかりかナギサ先生にあんなにひっつきやがって!おまけに宿泊所にまで一緒に来る気か?冗談じゃないぞ! ”
マイクは今すぐ男を渚から引き剥がして「どこかへ消えてしまえ!」と叫びたかった。しかしそんな事をすれば人のいい渚にドン引きされてしまうだろう。彼はムカムカしながらも仕方なく反対側から男を支え、車に戻った。
宿泊所に着いて傷の手当てをしながら男の身元を尋ねると、彼はクレイ・フォレスターと名乗った。アイルランド人で今28歳。バックパッカーをしながらあちこちの国を巡って旅をしているそうだ。
肩まである明るいブラウンの髪と見つめられると思わずうっとりするような深い緑の瞳が魅惑的で、それでいて爽やかな好青年という印象もある。
そのせいか、発掘現場から戻ってきたグレースは「凄いイケメンじゃない。何処で拾ってきたんです?」と直ぐ渚に耳打ちし、逆にクリーパー教授との話し合いが終わって戻って来たピョンと、ここまでの成り行きに不満を持っているマイクはクレイに対して当然悪感情しか持てなかった。
そこでピョンとマイクは珍しく2人して得体の知れない人間を泊めるのは良くないと説得した。今まで牽制し合っていた2人が初めて手を組んだのである。共通の敵を追い払う為に。
しかし、イケメンに悪い人間など居るはずがないと思っているグレースと、怪我人を追い出すなんて人として許されないわ!と思っている渚、その2人に説得されたクリーパー教授を相手にしては、もはや打つ手はなかった。
(ちなみにハーヴィーは全く興味がなかったので、自室のベッドで今まで集めたアルセナーダ遺跡写真集をニヤつきながら眺めていた)
と言う事で、渚とイケメンと過ごせる事になって上機嫌のグレースの手によって片付けられた小部屋にクレイはしばらく滞在する事になった。クレイを追い出す為にピョンは結構な金額の宿泊費をふっかけたが、クレイはにっこり笑ってその条件を飲んだのだ。勿論後に渚によって適正な価格に戻されてしまったが。
綺麗に片付けられて床掃除までしてくれた渚達を見送った後、クレイは新しいシーツが掛けられたベッドの端に座って、その上に痛めた方の左足を乗せた。ズボンをめくると、さっき渚が丁寧に巻いてくれた包帯がある。それをするするとほどくと、赤く腫れ上がった足首が見えた。そこに手をかざすとすうっと赤みが消えていき、彼はニヤリと口の端を歪めた。
「まさかこんな場所で呪われた皇子に出くわすとはね。しばらく退屈しないで済みそうだ」




