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夢みるように恋してる  作者: 月城 響
Dream13.洋上の幽霊(ゴースト)ー Ghost on the Ocean ー
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2.2人きりのクルージング

 それからしばらくは大型フライヤーが家に届くこともなく、(どうやらはずれたらしい)他の懸賞も当選しない日が続いた。


 ピョンは絶妙の勘と経験で当たりくじを引いているが、(彼の事だから何か妙な裏技でも使っているのかも知れないが、あえて問いただすまいと渚は思っていた)大体懸賞などそんなに当たるものではない。


 これでピョンの懸賞熱も少しは冷めただろうと渚が思い始めた頃、いつも通り学校から帰宅すると、リビングから「渚ー!」と叫びつつピョンが凄い勢いではねてきた。


 彼は玄関先から渚の手の平の上へジャンプすると待ちきれないように叫んだ。


「決まったで!この夏休みの予定がな!」


 夏休みまではまだ2ヶ月以上ある。きょとんとしている渚にピョンは更にまくし立てた。


「北海ツアーや。豪華客船で一週間のクルージングやで。勿論ペアでご招待や。はっはっはっはっ。これやから懸賞は止められへんなぁ!」


 どうやら懸賞熱はまだ冷めていなかったらしい。渚は心の中で小さくため息をついたが、クルージングに行けるのは、かなり興奮する出来事だった。


「素敵!誰を誘おうかしら」

「は?」


 渚の意外な言葉にピョンはびっくりした。ペアという事は当然、自分と渚、2人で行けるものだと思って居たからだ。


「な、なんでや?ワイと行くんちゃうんか?」


「勿論、ピョンちゃんと行くわよ。でもピョンちゃんは一人にはカウントされないでしょ?だったらもう一人誘えるじゃない。旅行は人数が多い方が楽しいし」


 予想もしなかった言葉にピョンは愕然とした。冗談やない。せっかく2人きりのロマンチックなクルージングになると思っていたのに、何で他の人間を誘わなあかんねん。


 そんな事を考えつつ、別の考えも浮かんだ。渚のロンドンの友人は数少ないのだ。だから渚が一番に誰を誘うのか、すぐに想像が付いた。


 あかん。あの魔女だけは・・・!そう思って振り返ると、すでに渚はその魔女に連絡を取っていた。

「あ、ウィディア?元気?うん。私も元気よ。あのねぇ・・・」


「あかんて、渚。その女だけは・・・」

 ピョンの声など全く聞こえないようで、渚はウィディアに旅行の話を持ちかけている。

 

 あかん。あいつと行ったら、又散々嫌味言われてイジられるに決まっとる。渚ぁ、止めてくれぇぇ・・・。


 ピョンの願いが通じたのか、電話を切った後、渚はがっかりしたように言った。

「夏休みはお客さんも増えるから、一週間も休みは取れないんだって。残念だわ」


 よっしゃ、よっしゃ。いや、待てよ。ウィディアがあかんかっても、まだ魔女はおる。ピョンの予感は的中した。渚は次の魔女(今のピョンにとっては、渚の友人はみんな魔女である)ティアナに連絡を始めた。


「うん、そうなの。ティアナと一緒だと楽しいと思って・・・」


 ゴードン家の豪奢なリビングのソファーにもたれかかり、使用人の運んできた紅茶を飲みつつ、ティアナはとても残念そうに言った。


「ごめんなさい、先生。私も先生と一緒に行きたいのだけど、夏休みはパパとママが屋敷に戻ってくるの。だから行けないわ」


 ティアナのすぐ後ろでそれを聞いていたアンドルーは、この滅多にないチャンスに心が躍った。


「お嬢様。お嬢様が駄目なら、是非私がナギサ先生と一緒に・・・!」


 顔を近づけてきたアンドルーにムッとするとティアナはその眉間を思い切り指で弾いた。


「あだっ!」

 アンドルーの叫び声がスピーカーの奥から聞こえた。


「ナギサ先生と二人で旅行に行こうなんて、100万光年早いのよ!大体そんな事、ピョンちゃんが許すはず無いでしょ!ホントにバカなんだから!」


 渚の肩までよじ登ってきたピョンはそれを聞いて心の底からティアナに感謝した。


ー ティアナ、お前は多分女神や。ホンマ、ありがとなー ー


 電話を切った後、渚はため息をついた。


「しょうが無いなぁ。マリアンヌは当然一週間も外泊なんて認められないだろうし・・・」


 このままではニューヨークのアレクや冴えない雑誌記者まで誘いかねない。ピョンはあわてて渚の肩の上から言った。


「ええやんか、渚。2人で行こ。どうせタダの券やねんから、一枚無駄になってもかまへんやろ」


 渚は大きな瞳でピョンをじっと見たあと微笑んだ。


「そうだね。2人きりもきっと楽しいよね」


- よっしゃあぁぁ!! ー


 ピョンは心の中でガッツポーズをとった。


 話が決まったところでピョンは渚にすぐ旅行の準備を始めるよう進めた。まだ2ヶ月もあるからと渚は高をくくっていたが、ドレスコードがあってもカクテルドレス一つも持っていない渚には、やはり色々準備する物があるようだ。


 それからの週末は旅行の為の準備をする楽しい時間になった。


 






 2ヶ月後、いよいよ楽しみにしていた夏休みがやって来た。


 旅行の当日、渚とピョンは朝早くから準備をして、ロンドンから電車で1時間ほどの距離にあるイギリス南部の港町サウサンプトンへ向かった。中世から貿易港として栄え、古い城壁などが残る歴史を感じさせる街だ。


 古くはタイタニック号が出港し、タイタニック博物館ーSea City Museumーなどもあり、観光も楽しみたいところだが、出航時間まで余り時間の無かった彼等は直接港に向かった。


 胸の高鳴りを覚えながら港の埠頭に立った渚は、今から乗り込む船を見て息をのんだ。全長361メートルもある船は正に巨大なビルにしか見えない。それが突如海上に現れたようだ。こんな物が海に浮かんでいる事が信じられなかった。


「凄い!圧倒されるくらい大きいね!」


 渚は肩に掛けたポシェットから顔を出しているピョンに言った。


Oceanオーシャン Empireエンパイアは世界でも有数の大きさを誇っとる。滅多な事では沈めへんで」

「やだ、ピョンちゃん。沈むなんて言わないで」

「はははは」


 船の外観も見事だったが、中は更に素晴らしかった。中央ホールの吹き抜けは3階まであり、2メートルもあるシャンデリアが天井からきらびやかな光を送っている。その両側には2階と3階へ至るサーキュラー階段が優美な曲線を描いていた。


 そこを抜けると、世界中の有名店を集めたショッピングモールに出る。ブティックはほとんどが有名ブランドのショップで、全てを回るのに3日はかかりそうだ。


 ショーウィンドウに飾られた華麗なドレスにため息をついている女性を見て、ピョンは渚のドレスもここで買えば良かったと思った。


 渚達の部屋は18階の1807号室だ。18階は全てスイートルームになっている。船自体の高さもあるので、相当な高さだ。バルコニーからは、港の更に向こうにあるビル群まで見渡す事が出来た。


「凄いね、ピョンちゃん。スイートルームだよ。バルコニーもある。懸賞なのに、こんないい部屋が当たるんだね!」

「ん・・・まあな」


 ピョンが気のない返事をしたのには理由があった。実は懸賞で当選したのはバルコニーどころか海側ですらない最低ランクの部屋だったのだ。


 不満に思ったピョンは当然のごとく裏から手を回して ー金に物を言わせてとも言うー バルコニー付きのスイートルームに変更させた。タダで行くから懸賞の意味があるのだが、せっかくの2人きりの旅行で無料にこだわるのは無粋というものだ。


 だがさすがに最高級のスイートルームにすると、渚に部屋を変更した事がバレるので、その一つ下のエグゼクティブ・スイートを選んだのだった。


 それでも上から2番目のスイートルームだけあって、高級感のあるモダンなベッドや家具、リビングセットなども整った豪華な部屋だ。


「見て、ピョンちゃん。海が凄く綺麗!」


 バルコニーも広く、そこで食事などが取れるテーブルセットの他に海を眺めながらくつろげる寝椅子ラウンガーも並んでいる。


 乗船客にはオール・イン・クルーシブというサービスが付いていて、レストランでの食事や飲み物以外プールやアクティビティ等も全て無料になる。更にスイートルームの乗客には高級ワインや多様なスピリッツ類も全て無料だ。客室のミニバーも毎日補充され、チップ、ルームサービス、ランドリー、無制限のwifiも全て料金に含まれている。


ー これはちょっと、豪華すぎたかな・・・ ー


 ピョンは一瞬渚にバレないかとヒヤヒヤしたが、彼女はただ部屋の美しさを喜んでいるようだ。


「凄いわ。リビングの他に寝室と8人掛けのテーブルが置かれたダイニングルームもある。お風呂は全面大理石でバスタブとウォーキングシャワーが別々になってるわ!」

 

「まあ、とにかく少し落ち着いた事やし、乾杯でもしよか。ウェルカムドリンクのシャンパンがあるで」


 少々興奮気味に部屋を探索している渚に、別料金を払った事がバレない内に気をそらそうとピョンが言った。彼の言う通り、窓際にあるテーブルの上に氷を張ったワインクーラーに入ったシャンパンのボトルとグラスが2つ用意してあった。


 それを見て渚は少しドキッとした。そのテーブルの向こう側には2つの大きなベッドが並んでいる。当選したのはペアなのでツインなのは当然なのだが、それを見てふと思ったのだ。何だか新婚旅行みたいだと・・・。


 実は渚が他の人も誘おうとしたのは、こんな風に自分の心が動揺するのが何となく恥ずかしかったからだった。いつも一緒に居ても、こうやって2人きりで旅行に行くのは、やはり特別なのだと思えて仕方が無かったのだ。






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