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夢みるように恋してる  作者: 月城 響
Dream13.洋上の幽霊(ゴースト)ー Ghost on the Ocean ー
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3.それぞれの船旅の始まり

 最初の寄港地、フランスのカレーに着くのは明後日の朝10時の予定だ。すでに人々はショッピングモールや大小4つあるプール、そしてアトラクション等、船内の様々な施設へと足を運んでいた。渚とピョンも室内にあるタブレット端末で今日のイベント情報を確認すると、船室を飛び出して行った。


「まずはエンターテインメントね。光と映像を取り入れたアクロバット・ショーがあるんだって。それから食事ね。ショーの間に何を食べるか決めましょう。それから・・・」


 ポケットの中に居るピョンに夢中で話していた渚は、誰かとぶつかって驚いたように顔を上げた。襟足まで伸びた淡い金色の髪で背の高い男が、目尻にかかる髪の間から薄いグレーの瞳を細めて微笑みかけた。


「失礼、レディ」

「あ、こちらこそ、すみません」


 渚も微笑み返すと、再びピョンと話しながら歩き出した。男はそんな渚の後ろ姿を目を細めてじっと見つめた。


ー あれがナギサ・コーンウェル。大富豪の恋人というイメージではないな。それにしてもアルティメデス・エ・ラ・ハザードはどうして居ないんだ・・・? ー


 男は渚達と同じようにサウサンプトンからこの船に乗船したゴーストだ。Jの言ったように、確かに乗客名簿にはアルティメデスの名前があり、基本の料金がなぜか懸賞で当たったものだったが、スイートルームの料金も2人分振り込まれていた。なのになぜ、ハザードは姿を見せないのだろう。


 そしてゴーストと同じように、渚の後ろ姿を見つめている女性が居た。背は高くないが長い黒髪のいかにも東洋の美人という雰囲気の若い女性だ。


「あれは・・・」

「どうかした?百合亜(ゆりあ)」


 ふと呟いた声に気付いて彼女の前に居た背の高い女性が振り返った。白金の短い髪とこちらはいかにも白人の特徴を備えている。


「いえ、何でもないわ。行きましょ。空飛ぶアトラクション“ジップライン”が私達を待っているわ。その後はロッククライミングでしょ。そうだ。船上サーフィンはどう?ベラ、サーフィン得意でしょ?」

「何でも付き合うわよ、お嬢様」


 ベラは片目を閉じて百合亜に笑いかけた。


 そして更にその後ろ側で、2人の男達が鋭い目で辺りを見ていた。2人とも体格の良い筋肉質な男で、周りに居る旅行を楽しんでいる人々からは明らかに浮いて見えた。


「ギル、その黒のスーツとサングラス、止めろよ。やたらと目立ってるぞ」


 ギルというのはあだ名で、男の名はギルバート。隣に居るのは相棒のセスリーだ。セスリーの方はTシャツの上に半袖の派手な柄シャツを着て、首には太い金のチェーンが掛かっていた。


「ドレスコードがあるんだよ。これならどの施設にも入れる。お前こそ、そのチャラチャラした格好、何とかしろよ。遊びに来てるんじゃないんだぞ」

「うるせーな。誰も俺達の事なんか気にしちゃいねーさ。それより本当に鍵(キー)はここにあるんだろうな」

「はっきりした事は分からん。だから分担して可能性のある奴を追ってるんだ。詳しい事が分かれば連絡が入る」

「フン。いずれにせよ、俺達の物を横取りしようなんて奴は許しちゃおけねぇ。相手がMI6だろうと、誰であろうとな・・・」







『この船で一番のエンターテインメント』と噂の高いショーに渚は大満足で、他の観客達と共にホールを出てきた。次の予定は船で一番大きいレストランでの食事だ。まだ混み合う時間ではないので、ゆっくりと食事を楽しめるだろう。


「ピョンちゃんは何が食べたい?」

「勿論フレンチのフルコースや。どうせ料金に全部含まれてんねんから、一番ゴージャスなもんを食わんとな」


 いつもは人の居る場所ではナプキンの下に隠れながら渚の食事をつまんでいるだけのピョンが、こんな風に大胆に行動できるのには訳があった。スイートルームの乗客には一人の乗客につき一人以上のスタッフが対応できるだけの人数が揃えられている。また、上から3番目までのスイートルームの上客には専用のバトラーサービス、コンシェルジュなど、専任のスタッフが常に待機していて、24時間ルームサービスなどのあらゆるニーズに応えてくれるのだ。


 こういったプロのサービスマン達は客の様子にめざとく、渚がどんなにうまく誤魔化しても、必ずピョンの存在は暴かれてしまうだろう。それならいっそのこと最初から申告しておくべきだと考えたピョンは、アルティメデス・エ・ラ・ハザードがかなりの年齢で船旅には行けないが、一度も行った事のない豪華客船の旅に憧れていて、どうしても参加したかった。それでカエル型ロボットをわざわざ開発し、その目を通して船旅を体験したいのだと伝えた。


 こういう場合は金よりも人情に訴えるのが一番だ。涙ながらに事情を話す彼を哀れに思った船会社は、当然料金も人間一人分をきちんと払うとピョンが言った事もあって、カエル型ロボットの持ち込みを許可してくれた。それは船内スタッフの全員が周知している事なので、カエルが何処で何をしていようと、とがめる者は誰も居ないのだ。


 ピョンご希望のレストランは2階と3階にも席がある3デッキ構造になっている。メインダイニングなので3,000人は収容できる巨大レストランだ。その3階分の高さと同じ大きな海の絵が一番奥の壁に飾られ、その右側は全て窓になっている。窓からの景色と巨大な絵画が一体化して見えるようになっているようだ。


 自由席制なので渚は海の見える窓際に座った。


 ゆっくりと流れていく外の景色を見ていると、やっと本当に巨大な船に乗って海を渡っているのだと実感する。料理は見た目も美しく味も最高で、渚は目の前で牛フィレ肉のトリュフソースにかぶり付いているピョンを幸せそうに見つめた。


「ピョンちゃん。素敵な旅に連れてきてくれて、ありがとう」

「ワイは懸賞に応募しただけやけどな」


 デザートを食べる頃になると、空いている席がないほど客で一杯になってきた。お腹が凄い大きさになっているのに、まだケーキやアイスクリームを頬張っているピョンを渚は少し心配そうに見た後、3人の男性がこちらに向かって歩いて来るのに気が付いた。


 真ん中に居る濃紺の制服の男は白い船長帽をかぶっている。その右側には肩章の付いた白い半袖略制服の男と左側にはこのレストランのシェフらしき人物が居た。

 彼らが自分達のテーブルの前で立ち止まったので、渚は自分をどこかのVIPと間違えているのだと思ったが、真ん中に居る船長が「ミスター・ハザード。ミス・コーンウェル。この度(たび)はこのオーシャン・エンパイアにご乗船頂き、誠にありがとうございます」と述べたので、更にびっくりした。


「私は船長《キャプテン》のグレゴリー・カーン。こちらは当店の総料理長《グランドシェフ》、私の右側に居るのは一等航海士《チーフオフィサー》のネイミー・アザレフです」


 3人の男性がにっこり微笑みかけたので、渚も挨拶を返す事にした。


「初めまして、ナギサ・コーンウェルです。この度はロボットの持ち込みを許可して下さり、ありがとうございます」

「いえいえ、素晴らしい発想ですよ。AIロボットを通して自分も船旅を体験しようとは。それにしてもこのロボットは食事まで出来るのですか?いやはや、技術の高さに驚きました。まさか離れている場所に居るハザード氏も味を感じる事が出来るのですか?」


 その質問にはニヤリと笑いながらピョンが答えた。


「勿論分かるで。何なら握手も出来る。人差し指出してみ?」

「おお!話も出来るのですね!」


 彼等はとても驚いて両手を挙げた。船長が人差し指で挨拶をした後、「ミスター・ハザード、是非私とも!」と言ってネイミーが人差し指を差し出したが、シェフはあまりにも生のカエルに近い(本当に生のカエルなのだが)ロボットが気持ち悪かったのか、ただニコニコ笑って頷いていた。


「この度のハザード様のご提案は、我が社でも話題になっております。確かに船旅は遠い港まで行かなければ乗船できませんし、旅行期間も長く、お年を召した方や身体の不自由な方にはハードルが高いのが現実です。しかしハザード様のように別の道具《ツール》を通して見たり感じたり出来れば、船の旅の素晴らしさを味わって頂けるのではないかと我々は考えて居るのです。


 今まで出来ないからと諦めていた方々に、まるで自分が体験しているような感動をお届けすること。そこに我々は新しいビジネスチャンスを見ています。これらは全てハザード様がこの旅行の為に、心血を注いで準備されたおかげです。弊社と船のスタッフ全員を代表してお礼を申し上げます」


“そんな大した事はしてへんねんけどなぁ・・・”


 ピョンは最後のケーキを口に放り込みながら思った。








「まさか、現実世界のアバターとはね・・・」


 水平線に沈む美しい入り日の光が差し込む船の一室で、目の前に広げているパソコンの画面を見ながらゴーストは呟いた。


 先ほど渚とぶつかった時に、位置追跡と盗聴が出来るチップを彼女の鞄の下に埋め込んでおいた。外から見たくらいでは簡単に気付かれないほどの小さな物だ。開発した技術部品課のかなりネジのぶっ飛んだ新人《ルーキー》が「超クリアーだぜ。マジヤバイ。アリの声も聞こえちゃうぜ。FOO!!」と小躍りしながら自慢するだけあって、全員の話し声が鮮明に聞こえてくる。大きさはわずか3ミリで埋め込む時は手の中にすっぽり収まるような小さな注射器で対象物に注入する。外側はプラスチック製なのでアレルギー反応を起こさず人間にも注入できる。実際これは人間用に開発された物であった。

 

 それにしても、女と2人きりの旅行にも顔を出さないなんて、どれだけ用心深いんだろう。これでは“誰も顔を知らない”ではなくて、本当に存在しているのかさえ怪しいものだ。MI6でさえ、その居場所も顔も存在すら掴めない男・・・。


「ハッ、こいつこそ、正に幽霊《ゴースト》じゃないか・・・」





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