ゆかりこさんっていう、変な人。
抱きしめたカカシは、なぜだか あたたかだった──。
『ぶにゃあああぁぁああぁぁぁ……!!!!』
ボクは、叫んだ!
動いた!
動いたんだ! ボクの作った『カカシ』が!
「ふふ。ふふふふふ……」
カカシが、不気味に嗤った。
『ひっ……』
嗤って、ボクを捕まえた!!
『ぶにゃあぁぁあぁぁあぁ……』
ボクは悲鳴を上げる!
ジタバタともがいて、どうにかそこから逃げようとした。
相手は少なくとも、ボクより小さい。
このカカシを作ったのはボクだ。ボクより小さいってのは分かってるんだぞ!
筋肉だって、ボクの方がある。だってこの中身は綿だもの。
ボクの鋭い爪でもってすれば、こんなカカシなんて、ひとたまりもないはずだ!
……動きだしたのは、ちょっと不気味だけど、ボクのキック力だって、めちゃくちゃ凄いんだ! だから頑張ればボクだって、負けやしないっ!
『……っ!』
ボクは、カカシに蹴りを入れてやろうと、身構えた。
『………………。』
……けれど、やめた。
ふいに、なつかしい匂いがしたんだ。
優しくて、懐かしくて、それでいて悲しくなる あの匂い。
ボクはハッとする。
それは、ほんのりと香る お香の香り。
盛誉──?
そんなわけないのに、ボクはそう思った。
何故、かな……?
『……』
その理由が知りたくて、ボクは フンフンとそのカカシに鼻を寄せた。
「ふふ。
ふふふふふ……くすぐったい。
くすぐったいってば!
たまたる──!」
『!?』
──『たまたる』?。
そう、……呼ばれたような気がしたんだ。
……ううん。確実に呼ばれた! ボクの名前!
ボクは顔を上げる。
目の前で、猫のカカシが転げ回ってる。……うん。見ため的にありえないよね、この絵面。
ボクは息をひそめ、カカシを見る。
カカシは、おもむろに立ちあがると、ありえないほど体を折り曲げる。と、その背中から女の子が飛び出てきた!
『あ……っ!?』
ボクは目を見張る。
めちゃくちゃ怖くて、思わずチビっちゃうかと思った。でもすぐに、カカシから出てきたのが、あのいなくなった女の子だって分かったから、逆に顔をしかめた。
……え? なんで? 帰っていなかったの?
そして更に疑問に思う。なんでボクの名前が分かったの?
『……』
名前は……教えてない。教えるわけがない。だってボクはずっと二階にいたからね。だから女の子が、ボクの名前を知っているはずがなかった。
そんなボクに おかまいなしで、女の子は言った。
「お茶とピザと、それから──」
──「可愛い猫のぬいぐるみを ありがとう」
女の子はそう言って、ボクのカカシを抱きしめて笑った。
その顔は不気味な『嗤い』ではなくて、花のような、可愛い笑顔だった。
……いやそれ、ぬいぐるみじゃなくてカカシ……。
そう思いながらもボクは、下を向く。
可愛いには、ほど遠い。ボクの作った『カカシ』……。
鋭いキバと爪を持っているし、ギラギラ光る目は、可愛いには程遠い。
それに、なんと言ってもこのデカさ。誰がなんと言っても、『怖い』の一言につきる。
『…………うん』
──だけどボクは、訂正せず、小さくうなづいた。
……そう、うなづいてしまったんだ。
『……』
何故そうしたのか、それはボクにもよく分からない。
だけどもう、ボクの心は限界だった。
だれかと話すのは久しぶりだったし、だれかの温もりを感じるのも久しぶりで、それは遠い昔に全部、ボクが捨ててきたものだった。
なにもかもが懐かしくて、嬉しくて、……けれどそれでも、ひどく恐ろしくて、胸が押し潰されそうになって、誰かに助けて欲しくて、どうしようもなくなった。……ただひどく悲しかった。
大好きな盛誉に会いたい。でも会うことはできない。誰でもいいから、そばにいて欲しくて、どうしようもなくなる……。
そして、ボクが うなづいたその瞬間、目から涙が零れ落ちた。
『ぶにゃ……、ぶにゃあ。ぶにゃあああぁぁああぁぁぁ……』
……ホントに、何がなんだか分からない。
たった ひと粒落ちた涙を見て、ずっと押し殺していた感情が、嵐のように荒れ狂う。
『……うにぁ』
ポロポロ落ちていく自分の涙を見ながら、ボクは泣いた。
助けて……助けて。
ボクを独りにしないで──。
「よしよし……。玉垂は、おりこうさん」
『……!』
差し伸べられたその手は小さくて、頼りなげだったけれど、ひどく あたたかだった。
『……にゃ、にゃあ……にゃあぁぁ──っ!』
小さな女の子は、そんなボクの頭を抱いてくれ、優しく撫でてくれた。
大きな大きなボク。
そのボクには小さ過ぎる手のひらだったけれど、すごく優しくて あったかくて懐かしくて、……だからボクの涙は止まらなくって、それからずいぶん長いこと、ボクは女の子に抱かれて泣いたんだ。
それが、変な女の子……『紫子さん』との出会いだった。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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