第6話
それからというもの、私は毎日授業が終わるたびに旧校舎へ通った。
なんなら昼休みなどにもお邪魔したいところだったが、さすがに許可が下りなかった。監督者がいなければ動かしてはいけないらしい。監督者とはつまり顧問の先生ということだろうが、私がお邪魔した初日はいなかったはずなのだがあれはよかったのだろうか。
しかし動かせるのは旧体育館の中だけで、外を走りまわったりはできない。
学園内で移動目的以外の鉄筋の使用は旧体育館内と演習場に限られており、演習場は花形のクラブチームが占有しているからだ。
もちろん依怙贔屓などではない。彼女たちが学内対抗戦で勝ち取った結果だ。
旧校舎のクラブというのは不思議なもので、あまりクラブ間の垣根が高くない。
自分のクラブの問題でなかったとしても、積極的に協力して解決しようとするし、自分のクラブに新しいメンバーが増えたわけでなくても、旧校舎を上げて歓迎してくれたりする。というか、してもらった。
私も様々なクラブの先輩がたに歓迎してもらったし、今でも会えばお菓子をくれたりする。1年生というのが現状私しかいないため、特に可愛がってもらっているように思える。
だからというわけではないが、私も可能な限り他のクラブを手伝うようにしている。鉄筋の操作にかなり慣れてきた今では、旧体育館に運び込まれた木材を、鉄筋を使って演劇のセットに加工したりなどもやらせてもらっている。もちろん旧校舎の第2演劇部の依頼だ。
移動中、ということにして、こっそり旧体育館を出て第2園芸部の畑に肥料を撒いたり、第3バスケットボール部のゴールをセッティングしたり、他にもいろいろやっている。
私たちとしても常にゴーレム研究会のお世話になっているし、手伝ったお礼にと第2裁縫部にユニフォームを縫ってもらったりもした。たぶん、この裁縫部の彼女たちも、いつか演劇部や園芸部やバスケ部に助けてもらったことがあり、それを代わりにこちらに返してくれているのだろう。
自分のしたことが、この旧校舎をめぐり、また自分のところへ返ってくる。
これまで自分のためだけに走ってきた私には、それがとても新鮮で、素敵なことのように思えた。
「そういえば、最近アストリットったら、授業が終わるとすぐにどこかへ行ってしまうみたいだけど、どこに行っているの?寮に帰っているわけではないわよね?」
休み時間、一緒にお手洗いに行った帰りにジャンナにそう尋ねられた。クラブに入ろうかという相談は結局せずに終わったが、入ったことをいつまでも黙っているのも気が引ける。彼女は外部編入で友達がいなかった私に最初に声をかけてきてくれた人だ。今もこうして仲良くしてくれているし、気にかけてくれている。
「実は私、クラブ活動を始めたのよ。それで放課後は毎日そっちに行ってるの」
「あら!そうなの?編入以来ずっと帰宅部だったし、何かポリシーでもあるのかと思っていたわ!
それで、どのクラブに入ったの?」
「旧校舎の鉄コン部よ」
そう答えると、ジャンナは唖然として、しばらく口を開いたり閉じたりしていた。
そこまでおかしな返答だっただろうか。旧校舎の、というのがよくなかったのかもしれない。
「ええと、第3になるのかしら?とにかく一番人数が少なくて設備もないところよ」
「それはわかってるわよ!え?どうして?これまでどのクラブにも入っていなかったのなら、第1のほうにも申請はできたんじゃない?どうしてわざわざ第3なの?」
そういうものなのだろうか。
この学園には高等部からの編入のため、学園生が旧校舎に抱いているイメージというのはよくわからない。
私にとっては、あの旧校舎の木造の温かみのある佇まいや、旧校舎で頑張る人々の雰囲気が嫌いではない。
あそこはたくさんの弱小クラブが集まっていると言うより、旧校舎全体にひとつの大きな総合クラブが存在しており、自分がその一員であるような、そんな不思議な一体感がある。地域全体の結びつきが強い田舎の集落というか、そういう感じだ。
フランツィスカ様をはじめとする旧校舎の生徒たちに、あまりお嬢様感がないのもそれが原因だろう。
「見学してみて思ったんだけど、私に合ってそうだったからかな。あの空気が」
「……まあ、アストリットが納得して所属してるなら、いいのだけど」
どうやら私が旧校舎の人に騙されて申請書を書いたとでも思っていたらしい。
確かに境遇を考えればそのようにして部員を増やそうと考えてもおかしくはないが、あの人たちは決してそんなことはしないだろう。ユルく穏やかな雰囲気の中にも、確かなプライドを感じた。
「わかってもらえたのならよかったわ」
ジャンナにはあの人たちの素晴らしさをもっとわかってもらいたいという気持ちもあるが、押しつけるつもりはない。
クラブ棟という場所を私は知らないが、みんなが目指すと言うのなら、そこは素晴らしい場所なのだろうし、その価値観は私が否定すべきではない。
慣れと言うのはすごいもので、入部からひと月を数える頃には、私はもうすっかり旧校舎の雰囲気に馴染んでいた。
クラブ活動に傾倒しすぎて成績が不安に思えたが、この旧校舎には先輩方しかいない。そんな私の不安を感じ取ってか、各教科が得意な先輩方がこぞって勉強を見て下さり、むしろ成績は上昇傾向にある。
第2吹奏楽部の演奏をBGMに練習するのにも慣れたものだ。そこへ合唱部のコーラスも合わさり、まるで専用のマーチングバンドを抱えているかのような気分に浸ることができる。ときどき外れる音程もご愛嬌だ。
「アスタちゃん、すごいッスね。フルコントロールなのに、もうワタシと遜色ない精度ッスよ…」
「いろいろお手伝いもさせていただきましたから。でも小手先の操縦だけですよ。まともに走ったこともないし、たぶん実際にデュエルをしたらリタ様やフランツィスカ様の足を引っ張ってしまうかも…」
これは事実だと思う。
練習は何より大事だ。それは私も身にしみてよく分かっている。
でも同じくらい、本番も大事だ。
たとえ練習でどれだけ結果を出していたとしても、実際に試合をしたことがあるのとないのとでは結果は大きく違う。人によっては、練習時の成績が全く当てにならないほどだ。
私はかつては、練習でも本番でも変わらずに結果を出すことができた。ひとたび集中してしまえば、練習だろうと本番だろうと関係ない。眼の前にはゴールラインしか存在せず、世界には私ひとりだけだった。ただ前だけを見て走ればいい競技は、私には向いていたんだと思う。
でも鉄筋コンクエストはそうはいかない。敵チームと味方チームがいて、破壊すべきフラッグがあり、そこには戦略が生まれる。
たぶんリーダーはフランツィスカ様なのだろうけど、その指示をきちんと聞いて指示通りに動けるかどうかはやってみなければわからない。
「そんなことはないとおもうけどね。でも確かに、ウチはまともにそういう練習をしようと思っても場所がないから、対抗戦はぶっつけ本番になってしまうっていうのがね……」
フランツィスカ様が憂鬱げに呟く。
確かに不公平ではあるが、それは今更言っても仕方がない。人は与えられた環境の中で精いっぱいあがくしかないのだ。
「ところで、対抗戦っていつなんですか?」
「ああ、もうすぐだよ。再来週かな」
「え!?」
「驚くことはないんじゃない?アスタちゃんだって、このところいろいろなクラブのお手伝いもしてたでしょう?さすがに演目の予定もないのに大道具作ったりしないでしょ」
確かにその通りだ。深く考えずに手伝っていたが、お金もかかる大道具を無意味に作ったりはしないだろう。
「あの、対抗戦には私も出ていいんですよね?」
「そりゃもちろん。むしろ出てもらわないと困るよ。ようやく入った3人目なんだしね」
不定期と言いながら二日に一回投稿してまいりましたが、ちょっと仕事が忙しくここでストックがなくなってしまいました。
今後は本当に不定期になります。申し訳ありません。