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マエブレもなく  作者: ショウゴ
19/37

2-2

「なあ、いつになったら外に出られるんだ?」

 

 密室の部屋。窓は鉄の柵がはまったものが、あるだけだ。

 

 部屋の中央には質素な木製のテーブルと、それを挟んだ丸椅子が二つ用意されている。それ以外は、部屋の隅っこにもう一つテーブルがあるぐらいだ。


「お前が、自分のことを嘘偽りなく話せばすぐに出してやる」


 二人がいる場所は取調室だった。二十歳前後の容姿。適当の長さで切られた黒髪と、顔には怠惰(たいだ)が彩っていた。平民街で安価の値段で売られている(あさ)繊維(せんい)の服に包まれ、片側の丸椅子に座る男――奏太であった。


 その前に座るのは三十代半ば、もしくは四十代にも見える容姿の男。綺麗に剃られた頭皮。マフィアの元締めをやっていそうな厳つい強面と、筋肉の鎧を纏った巨躯の男――サンドリ―が、奏太を厳しい表情を向けて詰問していた。


「じゃ、年齢から教えてくれ」


「日本を出る当時は二二だったけど、今は正直ところ自分の年齢についてはわからないんだよな」

 

 まるで悪人を扱うような取り調べに納得いかないが、むさ苦しい男と密室で閉じ込められるなど、一刻も早く終わらせたかった奏太は仕方なしに素直に答えた。


「そういえば、ここに来る前にどっかで色っぽい女性から、千年以上は生きていると言っていたような気がするな」

 

 ふと、奏太は思い出して口ずさむ。顔ははっきりと覚えてないが、その声は凛とし、妖しい色気をまとう声音だった。日本にいる頃と、大幅に身体が逞しくなった以外、外見は老けた様子はなく、当時のままだ。魅力的な声音であるが、到底信じられない話であった。


「おい、もしかして魔人の一件で負ったところが、打ちどころが悪かったりするのか? 確かに、魔力量の多い奴は寿命が長いと言われているが、エルフや魔族じゃないかぎりそんなに長生きできやしない。もし、体調が優れないようなら、一回取り調べは中断するぞ」


「おい、なんだよ。その痛ましいものを見るような目で見るなよ」

 

 サンドリーから向けられた視線に耐え難く、若干早口で返事をする。悪気はないのだろうが、それがかえって奏太の怒りを買う。


 返事を聞き、サンドリーは「そうか」と小さく頷き、取り調べを続行させる。


「ならいいが、無理をするなよ」


「ああ、わかったよ」

 

 二人で話し合った結果、入国時には不明ということで、審査員の衛兵に二十代前半と住民票に記されていたが、奏太の年齢は今日から二五歳となった。勝手に自分の年齢を決めていた年と同じだ。

 

 サンドリーが取り調べを再開してしばらくし、突然密室の唯一の扉が勢いよく開けられる。


「なんで、もう平気なの?」

 

 キリカが入室して、サンドリーが振り返る前に後頭部を蹴りつけられた。サンドリーは思いがけない不意打ちを食らい、顔面を前に倒してテーブルへ強打させる。

 

 痛そうな音を立てたサンドリーは、鼻血をポタポタと床に垂らすも、ガバッと立ち上がってすぐさま後ろを振り向く。


「いきなりなんだっ、敵襲か!」

 

 不意打ちを受け、自分の命を狙う敵襲だと思ったようだ。しかし、視線の先にはよく知った自分の部下が立っていた。


「おぉっ、キリカか。もう、怪我はいいのか」


「ええ。私よりも、総隊長はイベリア大将とともに、魔人に潰されたはず」


「ああ、確かに潰されたが、一晩寝たら治ったから安心してくれ」

 

 今度はサンドリーの下顎をえぐるように、キリカの美しく引き締まった脚が、下から突き上げるように伸びる。


「ごほっ!」


 二メートルを超える巨体は軽々と吹っ飛び、奏太の背後の壁に激突した。


「なあ、帰っていいか?」

 

 仲のいい上司と部下のどつき漫才を見せられ、奏太は無性に帰りたくなった。といっても、帰る家など買ったばかりだというのに、気狂いが平民街で暴れたせいでとうに失ってしまっている。雇い主のあの完璧なフォルムを眺め、傷心を癒やしたいところだと思う奏太であった。


「まだですよ」


 二人の揉めるさまを、扉の前で立って見ていたイディリオがそれを止める。


「お待たせしました」


「まあ、平民街のごたごたで忙しいだろうし、三日で取り調べしてくれるなら早いほうだろう」

 

 奏太は三日間、ウイング兵団の敷地から出ないようにと述べられていた。


 家が壊された身分としては、寝泊まりする宿舎を借りられ助かるのだが、ウイング兵団の支給される食事が不味いわけではないが、満足いくものではないというのが正直な感想だ。


 パンや魚と野菜が入ったスープ、切り分けられたハムにサラダだ。基本的には朝昼晩、似たり寄ったりのメニューであった。


 やはり、ルーティンとなっていた《コウラク》のソバを食べられないのは、思った以上にストレスとなっている。


「理解があって助かります」

 

 イディリオは倒れた椅子を起こすと、サンドリーに成り代わって取り調べを再開する。


「なんで、ソウタがここにいるの?」

 

 ここで、初めて気づいたのか、キリカはイデリィオに尋ねた。


「ルドルフ王国の防衛壁を壊したからです」


「どういうこと?」


「イベリア大将が魔人を葬ったことになっていますが、実は葬ったのは彼なのです」


「そう」

 

 キリカは驚きの顔を作らず、確信めいた口調を漏らす。


「おや、気を失っていたキリカ隊長ですが、覚えていたのですか」


「ええ、断片的だけど」

 

 イデリィオの言葉をキリカは肯定し、奏太に視線を向ける。


「貴方が強いのは知っていたけど、魔人を単独で討伐するとはね」


「そうか? 魔人が脆すぎたおかげで、こっちは余計な借金を背負ってしまったぞ」

 

 魔人を恨む心境を、忌々しげに奏太は吐く。


 噂では魔人の強さは、人間では抗えない災害だというのが一般的な話しで、奏太はそのように聞いていた。だが、実際は魔人の強度は予想以上に脆く、そのおかげで奏太は想定外の大損害に負うことになったのだ。


「そうですね。防衛壁の外壁と内壁を合わせて、一三十億ヘルかかります」


「はっ、ちょっと待て! 高すぎるだろっ。これが、国を救った人間の扱いか!?」

 

 巨額な修理費を耳にし、奏太は驚愕して目を見張り、おもわず立ち上がっていた。イデリィオの要求する請求額に納得いかず、全額とは言わないが少しは国も負担してくれてもいいだろうと即座に反論する。


「魔人を倒してくれたのは感謝しますが、私たちが住んでいる平民街は、ただでさえ街を運営する費用が少なく、魔人に壊された国の補償は微々たるもの。とても、防衛壁を修理する費用は用意できません」


「いやいやいや、個人で支払える金額じゃねぇぇぇぇぇだろうが!」


「普通ならそうですが。ところで、ソウタさんは一回の狩りに約三億ヘル以上も稼いだらしいですね。これは驚きだ」


「なんの話だ。俺は、知らんぞ」

 

 本当に知らない奏太は、怪訝そうに答える。


「覚えていませんか? モルンヌ大森林で狩りを行い、専属契約しているロッセリー商会で、魔物素材を買い取ってもらっているはずですが」


「あぁぁ、あれか。確かに、ロッセリー商会に狩った魔物素材を売った――て、あの素材が三億も稼いでいたのかよ」


「ええ。では、納得してもらったところで、この紙にサインをお願いします。内容は三年以内に全額支払うよう記載されています」

 

 イデリィオが悪意を持って言っているのではないのは奏太自身も理解できるが、善意から起こした行為が、とんでもない負債を抱えてしまい簡単に頷けるものではない。しかし、どうしようもない現実に、


「……納得いかねぇ」

 

 理不尽な現実を突きつけられ、奏太の心情が漏れる。イディリオは涼しい顔で聞き流し、奏太の前に契約書を置く。


 これ以上反論しても、借金がなかったことにはできないと奏太は口を噤む。肩を落としながら契約書を手にし、無意識に両腕が小刻みに揺れる。


 万年筆を渡される。これを使うのは二度目で、ロッセリー商会の専属狩人となるときに、サインした以来だ。震える手先でサインしたせいか、いびつな筆跡となってしまう。


「それでは、引き続き取り調べを行います」


「これ以上まだ、か弱い平民を虐める気か! それが、ウイング兵団のやり方かっ」


「誰が、か弱いだ。単独で魔人を討伐するような奴が。それで、勇者でもないのにあの人智を超えた戦闘力をどうやって手に入れた? 本当は、人間のふりをした魔人と言われても信じられるぞ」

 

 いつの間にか復活していたサンドリーは、イディリオの横に立って述べる。そんな彼を、キリカの無情の瞳が視線を送っている。


「どうやってもくそも、前いた場所で生き延びるために必死に強くなっただけだ」


「ソウタの故郷、日本人は皆あんなに強いのか?」


「さあ? 俺はただの一般人だったし。でも、今なら俺に護身術を教えてくれた師匠と、いい勝負するかもな」


「「「……」」」

 

 奏太の話を聞いて、三人は言葉を失う。奏太と同じ強さが日本という国には、まだまだ存在する可能性があることに驚いている感じであった。


「――気を取りなおして、改めて魔人討伐のお話をしましょう」


「なんだ。国から褒美でも出るのか?」

 

 多額の借金を抱える奏太としては、ありがたい話だ。仮にも国を救ったのだ。期待できるだろう。


「ええ、国からではありませんがね。ですが、私の判断で魔人を討伐はイベリア大将に代わってもらいました」


「ああ、こっちとしては目立って国に顔を売る気はないし、ありがたい配慮だ」

 

 モニカから貴族がどれだけ面倒な連中なのか聞いていた奏太としては、知名度を上げたいという感情が微塵もなく、イディリオの判断は適切といえた。もし、平民で他国の人間が魔人を葬ったと知れば面倒事になるのは想像できる。


「ご理解頂けて感謝します。ただ、陛下からイベリア大将は平民の救助を止められていたのを強行したために軽視したと思われ、しばらく自宅待機とはなくなりました。ですが、カルフェール伯爵家から、平民街を救ってくれた感謝と敬意を表し、一千万ヘルのお礼金をソウタさんにと」


「もらいにくいわ!」

 

 多額な借金返済をするためにも、自尊心や道義といったものを投げ捨て、是非にも受け取っておきたい奏太であったが、毛先ほど残った良心から受け取りを拒否する。


「本当にいいのですか? 一三十億の借金に比べたら微々たる金額ですが、今のソウタさんの立場からすれば是非受け取ったほうがいいと思いますがね」


 なにより、平民街を守るために王命を顧みず駆けつけた人物から、褒美を貰うなど後々問題になりそうだ。イベリアは、平民から絶大な人気があるルドルフ王国の大将だ。  


 彼女自身が王や貴族から冷遇を受けているというのに、もし周囲に謝礼を受け取ったと漏洩(ろうえい)すれば反感を買うのは明白である。


「よく、そんな白々しい言葉を口にできるな」

 

 懐疑的な目で、面長の男を見るも否定される。


「そんなつもりはありません。国から見捨てられた平民街を救ってくれた貴方に感謝しているのは本当ですよ。ですが、そのように聞こえてしまったのなら謝ります」

 

 イディリオは感情が表情に浮かばせず、視覚では非常にわかりづらいが、奏太に感謝しているのは嘘ではないのが感じられた。


「後ろの女と同様に、愛想のない顔で謝られてもなぁ――ま、言葉だけでも受け取っておく」


 奏太は腕を組み、いろいろとあきらめ気味に返事をする。明日から借金の返済で、毎日狩りに行かなければならないのかと考えただけで、憂鬱に陥る。


「俺からもお礼を言わせてくれ。本当は俺達ウイング兵団やルドルフ王国の軍隊が、魔人の手からどうにかして平民街の人々を救わないといけないのに、情けないのと申し訳ない気持ちでいっぱいだ」

 

 感謝と謝罪の弁を述べ、ツルツルの頭を下げた。サンドリーは自分の大切な者を守るためなら、平気で自分の立場を捨ててでも守ろうとする情熱的な男である。

 

 厳つい顔のわりに、平民街の人間からは好かれており、魔人を倒した一件で毎日のようにお礼を言われているのを奏太は目撃していた。


「いいのかよ。ウイング兵団のトップが軽々しく頭を下げて」

 

 奏太は呆れたように言うが、


「こんな小汚い頭でよかったら、何度でも下げるさ」

 

 表情が見えるところまで顔を上げ、両端の口角をつり上げて破顔した。


次の投稿は、来週の月曜予定です。

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