第二十八話 「枷」
こちらは三連続投稿の最終話となります。
まだ前を読んで無い方は目次に戻られるのをおすすめします。
【アーティクル・セカンド発射シーケンスを開始します】
無機質な音声が発射準備の開始を告げる。
【砲身展開。第一、第二コイル送電開始】
僕の視界には青白く光る円柱の内壁と、徐々に遠くなる丸い空が見える。
空が小さくなるのは砲身が狭まっている訳ではない。
アーティクル・セカンド自体が、その巨大な体躯を縦に伸ばしているのだ。
僕はその映像を、視界を埋め尽くす巨大スクリーンでボンヤリと眺めている。
【アーティクル・ファースト下降開始。第三、第四コイル送電開始】
丸い空が更に狭くなる。
ドクターの説明によると、僕の乗るアーティクル・ファースト自体も地下へ降下させ、その滑走距離を確保する仕組みなのだと言っていた。
コイルと言うのは砲身内を包み込むように四層構造になっているらしい。
電子と同じ方向にコイルを加速させることにより高速発射が可能になるとか……。
『クッチー、気分はどうじゃ?』
僕の前方にウタ窓が展開される。
誰が出しているか不明だが、この星にいる間はウタ窓も使えるそうだ。
シーケンス開始までの間、来てくれた皆と雑談できて退屈しなくて助かった。
「ドクター。気分と言うか……僕は本当に何もしなくていいんですか?」
このアーティクル・ファーストに乗り込んでからズット疑問に思っていたことを質問する。
機内に案内され、横倒しになった卵型の椅子に座ると、それ以外何も求められなかったのだ。
『あー、クッチーは何もしなくていいんじゃ。発射まではコチラで管理するし、発射後も特にすることはない』
「特にすることはないって……」
【砲身展開完了。第一、第二コイル稼働開始】
何かしようにも、椅子に固定されてしまっているし、手の届く範囲には何も無いのだからどうしようもないが……。
「あ、ソラオ! 見つかりました?」
結局見送りに来なかったソラオの捜索をドクターに頼んでいたのだった。
『ああ……すまないね。ハヤコに探させたんだが……どうやらパーシバルにはもういない可能性があるねぇ……』
ハヤコさんでも見つけられないのなら、本当にこの都市にいないのだろう。
「ほんと……何なんでしょうね……ソラオ」
『さてねぇ……あの子にはあの子の考えが有るのかもしれないね』
「アハハ、サッパリ想像できませんよ」
『フフッ、私もじゃよ』
【降下完了。第三、第四コイル稼働開始】
『さあ、そろそろウタ窓も使えなくなるよ? 最後に聞きたいことや話したい相手はいるかい?』
視界が徐々に青い光を増していく。
まるで雷雲の中に居るのではないだろうかと思うほど、青い光が走り回り、その数を徐々に増やしていく。
「あの……電子レンジでチンッってことには……ならないですよね?」
『あきれた――まだ、そんな心配してたのかい……私の説明を聞いておったんじゃろ?』
「あはは……難しすぎて……」
ドクターのドッと疲れた表情と、大きなため息がウタ窓から伝わる。
『アルスはね、火に滅法弱い代わりに動力である電気には絶対の耐性を持ってるからね。心配しなくても中まで電磁波は届かないよ』
「よ、良かったです」
その仕組が理解できないとは流石に言えなかった。
【最終シーケンス開始。加速臨界カウントダウン開始します】
『じゃあね、大丈夫だとは思うけど無事に帰ってくるんじゃよ?』
「はい。ドクターも色々と有難う御座いました。お元気で!」
『心配しなくてもクッチーよりは長生きするよ』
【カウント――30】
カウントダウン開始とともにドクターのウタ窓が消滅する。
【29、28、27、26、25】
ズット発射口を映し出していた正面の画面が、地上の草原を映し出す。
【24、23、22、21、20】
草原には僕の見送りに来てくれた沢山の人々。
【最終安全ロック解除。解除完了】
このカウントダウンは外にも聞こえているのだろう。
皆一斉に手を降ってくれている。
【14、13、12、11、10】
何故だろう……一生のお別れって訳じゃないのに……。
【9、8、7、6、5】
涙で画面がよく見えないや……。
【4、3、2、1】
「皆、ありがとう!」
【イグニッション】
画面が揺れ、映像が乱れる。
特に大きな音が聞こえたわけではない。
ただ、椅子に押し付けるような強い感覚。
全く現実味が無いまま僕は〝秒速五キロメートルの壁〟を超えた。
本当に一瞬の出来事だった。
画面の点滅が消え、映しだされるのはさっきまで僕のいた青い星。
「あ――」
何を察知したのか……画面がオリンポス山頂をクローズアップする。
「ソラオ――」
両手を大きく広げ、山頂から流れだすアルスを操って一つの形を作り出した。
とても――巨大な翼だ。
そしてクローズアップは進み空を見上げるソラオの顔へ。
――とべ――。
彼の口は、確かにそう告げていた。
「あはは……キザだな~……ほんとキザだ……全然意味分からないや」
拡大も限界に達したのか、画面は徐々に遠ざかり青い星を小さく映しだすまでになる。
「にしても……このカメラ、誰が操作を?」
僕の何となくの言葉に――。
「お節介と分かりつつも、出しゃばらせて頂きました」
予想外のところから返事が来た。
「え?」
「何でしょう?」
声のする方を振り向く――振り向けなかった。
慌てて卵型椅子の固定ベルトを外し、椅子の後ろへと顔を出す。
「なんで――」
ソコには丸い頭の二頭身。
「なんでリインがここに?」
金魚鉢を頭に被り、体全身をアルミでくるんだような格好で。
「なんでと言われましても――」
我が家の優秀ホームプロセッサがそこにいた。
「――サプラーイズ?」
いやいやいやいや!
「いやいやいやいや!」
「何ですか? 一人が良かったのですか? それでしたらお暇を頂きますが?」
いやいやいやいや!
「いやいやいやいや!」
「クニヒコさん、落ち着いてください。今のクニヒコさんはどのセンサーを使っても理解できません」
そりゃそうだ! 僕でもよくわからない!
「リイン――サプライズは分かったけど……なんで?」
僕の、又も的を射ない質問にリインはフゥンと軽いため息。
「カイトさんのご意向ですよ」
「父さんの?」
「ええ、元よりその為に作られたのです」
そう言って、視線は画面に映る美しい星に向ける。
「カイトさんはクニヒコさんの為にホームプロセッサをお作りになったのですよ」
「僕のために?」
初耳だった。僕が物心ついた時にはすでにリインがいたのだから。
「そうです、クニヒコさんの体質を知り、その将来を危うんだカイトさんは〝持ち主の代わりにアルスが扱える者〟を作りたかったのです」
そんな……父さんが僕の将来を考えてくれてたなんて。
ズット――僕を守ってくれていたんだ……。
ありがとう――父さん。
「結果、人に近いアルゴリズムの開発に苦戦しておられましたが、クニヒコさんのお陰でどうやら実現に近づけたようです」
「僕のお陰?」
「はい、アルス干渉の解除。その環境下での開発は今までにないアイデアを導いたそうです」
そうか……僕のしたことは、そんなところにも影響を出してたんだ。
「じゃあ……今のリインは?」
「そうですね、あらゆる可能性を高速で取捨選択し、割井ドクターより提供された乙女回路により――」
なんか物凄いの入っちゃったー!? ドクターなんて事を!!
「スパーリイン……いえリインガーZ……リンカイザーギドラ?」
「どこが乙女なの!?」
「失礼しました、若干サンプルが偏っているおそれがあります」
どこまで本気なのだろうか。
微かに笑むその顔は、僕とのやり取りを楽しんでいるようにも見える。
今までよりも感情豊かに感じるそれは、乙女回路の成せる技なのだろうか。
「今までどうりリインホースのままで結構です。今後もこの名の通りクニヒコさんの手綱として。そして今はアーティカル・ファーストの手綱として、今しばらくおそばにいさせて頂きます」
そう言うと、ホイルでギラギラに光る胴体を仰け反らして誇らしげにしている。
リインは、ズット僕と家族をつなぐ手綱だったんだね――。
でも、僕の手綱って何か変じゃないですか? リインさん?
「さあ、旅は始まったばかりです。クニヒコさんは何もしなくて良いのでその辺で寝ててください」
【一番から三百番までイオンエンジン点火します】
「その辺でって」
でも、本当にすることが無さそうで困る。
■◇■◇■
「クニヒコさん、起きてください」
「ん~……まだ暗いじゃないか~……学院には早いよぅ……」
「何を寝ぼけているんですか」
リインのその声とほぼ同時、薄暗い光に包まれていた部屋が快晴の日中を思わせるほどの明るさへと変貌する。
「うわ! 眩しっ! めがっ! めが~~!!」
「何をやってるんですか、起こせと言ったのはクニヒコさんですよ?」
未だ微睡みの中にいた僕の脳細胞が徐々に活性化し、周辺に視線を送る。今いる場所を確認し、ようやっと現状が飲み込めてきた。
そだ、僕は宇宙船に乗って地球を目指しているんだった。
街の皆と感動のお見送りから早五日分の時間が過ぎている。
もともと宇宙には昼夜の感覚が無いため、出発時の時間配分をそのまま維持して船内の生活リズムとしたのだった。
「リイン、それでもいつもより少し早いんじゃないの?」
僕はいつもの清々しい目覚めとは違う感覚に、両目を擦りながら目覚まし役のホームプロセッサに講義を投げかけた。
「いい加減に目覚めてください、このウスノロ」
ウスノロ!?
「クニヒコさんが起こせと言ったのでは無いですか……ほら、まもなく到着しますよ〝地球〟に」
「あ!」
完璧に忘れてた。
昨日の就寝前。スマッシュロボティックでリインの勝ち星が五百を迎えた頃聞かされたのだ。
明日の朝には地球に到着する――と。
だから地球の接近をこの目で見たいと、接近前に起こすように頼んだのだった。
「ごめん、リイン思い出したよ……」
「本当にクニヒコさんはグズでノロマでヘタレでノロマですね」
「酷い!!」
乙女回路を搭載したリインは口が悪くなった。
「間もなく光学捕捉可能距離となります。後、朝食の準備が出来ています、冷めてしまうので急いでください。別にクニヒコさんの寝顔を眺めていて起こすのが遅くなった訳ではありませんので」
そして少し可愛らしくなっていた。
たまに顔を赤らめ、プイっと背中を向けるのだ。
「ありがとう、リイン」
「ボーット微笑んでないで急いでくださいノロヒコさん」
ヤッパリ酷い!?
アーティクル・ファーストの居住スペースで急ぎ朝食を取り、卵型椅子と大画面が設置されている中央へと向かう。
このアーティクル・ファーストもセカンド同様、山の様な形状をしている。
居住環境の殆どが外周部に作られていて、この中央に戻るのが結構大変だ。
なんでこんな構造なのかリインに質問したが『ドクターの説明を聞いていないクニヒコさんがダメなのです』と一蹴されてしまった。
「リイン、おまたせ! 地球は……見える?」
弱い人工重力の中を飛び跳ねながら椅子にたどり着くと、画面の前にリインが姿を表した。
今日の服装は着物だ。
地球への着陸という記念を意識したのだろうか。
薄いピンクの記事に舞う桜の花びらがとても儚げだ。
「間もなくです、ノロヒコさん」
「ありがとう……後、ソロソロ許してください」
リインの顔は画面に固定したまま、視線だけ軽くコチラに向けて、フンスッと軽く鼻息。
この音の仕組みは未だにわからない。相変わらず鼻なんて無いのだから。
「調子に乗った事を想像してるからですよ」
「あ~……ごめんなさい」
流石のリインには敵わない。
「間もなく、コチラの画面でも確認できる大きさになると思われます」
「ありがとう――あ……この中心に光ってるやつかな?」
画面中心で青く輝く光点を指さして言う。
「はい、間違いありません。現在セカンドのセンサーをフル稼働させ惑星の状態を――フム」
じょじょに、画面のなかでその大きさを増していく。
火星で習った赤い星とは、天と地ほどその美しさに差があった。
「青い――綺麗な星だね」
とても美しいサファイヤブルーの星。
この星に……僕たちは昔住んでいたんだね……。
「綺麗だ――でも……あれ?」
近づくにつれ、僕はその異変に気づいてしまった。
眼前で今も大きさを増すその星は――。
雲を除き〝一面が青色〟なのだ。
【一番から百番まで、四百から五百番までイオンエンジン点火します】
無機質な音声が僕の思考を中断させる。
目の前の地球が徐々に横に流れ、とうとう画面から外れてしまった。
「リイン?」
僕は思わず目の前のリインに呼びかける。
船の制御は全てリインに任せているのだから、現状を理解しているのはリインしかいないのだ。
【百八十度回頭完了。アーティカル・ファースト発射シーケンスに入ります】
「一体何を?」
僕の質問に答える気になったのか、画面を睨みつけていたリインが優しい顔でコチラに振り向いた。
「クニヒコさんに……お伝えしなくてはならない事が御座います」
「な、何? 今の状態に関係あるの?」
「いえ、関係ありませんね」
ないの!? なら後にしてくれないかな!?
「実は、クニヒコさんがモリイ家の人間で無いことは分かっておりました」
「え?」
【砲身展開。第一、第二コイル送電開始】
「ご家族の誰とも、DNA配列が酷似しませんでしたので」
「それなのに……なんで家族として……」
何故家族として扱ってくれたのか。
だが、その疑問にリインは答えてくれない。
まるで答えなくとも分かるだろうと言わんばかりだ。
それとも、答えるだけの時間が惜しいようでもあった。
【アーティクル・ゼロ下降開始。第三、第四コイル送電開始】
「ですから、まだ幼いミクさんにはアルス干渉が作用せず、クニヒコさんに好意を持ちやすい状態でした。結果、二人の中をむやみに遠ざけた事を謝罪いたします」
一体なにを……。
「なお、アルス干渉が消えた今、クニヒコさんはパーシバルで類稀なるDNAの持ち主となります。帰ったら本能的にモテモテです。畜生です」
リインは何を言っているんだろう。
【砲身展開完了。第一、第二コイル稼働開始】
「あ、でもマリさんがおられましたね……よく考えて返事をしなくてはいけませんよ? 血を見ますよ?」
「リイン!! さっきから何を言っているの!? それに、さっきから流れてる発射シーケンスって――」
【降下完了。第三、第四コイル稼働開始】
「はい、クニヒコさんを〝火星に〟送り返します」
「なんで!?」
「地球、ご覧になりましたか?」
「見たよ、青かった、綺麗だった!」
「あれでは青すぎるのですよ」
「え?」
それは一体どういう……?
【最終シーケンス開始。加速臨界カウントダウン開始します】
「簡単です。現在の地球は海で満たされているのです。水中では地球の重力を振り切る事が――火星に帰るだけの推力が得られません」
「なら! 発射なんかぜずに、火星に進路を変更すれば良いじゃないか!?」
【カウント――30】
「非効率です。すでに減速しきったその船体を火星に向けたところで、戻るのに年単位の時間が必要となります」
「ぐぅ……なら、仕方ない……ね……リイン、一緒に帰ろう、そして出直そう?」
【29、28、27、26、25】
「それも不可能です」
「え!? どうして?」
【24、23、22、21、20】
「ファーストの管制として残らなくてはなりません。と言うのも、本体がファースト側にあるからなのですがね」
口角を少し上げ、お手上げのサインをしてみせる。
「そんな! それなら!」
「ええ、元より〝地球に残る予定〟だったのですよ」
「何で教えてくれなかったんだ!!」
「聞いたら反対したでしょう?」
【14、13、12、11、10】
「当たり前だ!」
リインを残して一人帰るなんか! 出来るわけがないだろう!
「やはり言わなくて正解でした」
とても優しい笑顔で僕を見つめ、僕の体を卵型の椅子に押しやるとベルトで固定した。
【9、8、7、6、5】
「リイン!」
「願わくば……火星時間で一年後〝私〟を迎えに来てください」
【4、3、2、1】
「リイン!!」
「これは枷です」
リインの唇が僕の唇に優しく触れた。
【イグニッション】
体が椅子に強く押し付けられる。
そして、リインの体が……消えていく。
「リイーーーーンーーーー!!」
いやだ、リインを置いて行くなんて!!
「戻れ!! 戻れよ!! この! ベルト、はずれな……ック……」
どれだけ足掻こうと、加速中は椅子から抜け出せない。
「戻れよーーーーー!!」
僕の叫びは、宇宙の闇に消えて無くなった。
■◇■◇■
どれだけの時が過ぎただろう。
僕は椅子の上で膝を抱え、メソメソと泣き続けていた。
リインの残した感覚に、そっと指で触れる。
一体どんなつもりだったのだろう。
一体、どんな気持ちだったのだろう……。
今の僕には想像することすら出来ない。
だが、確実に火星は近づいている。
だから僕はリインの残した〝枷〟に従おうと心に誓った。
そして確かめるんだ。
リインの気持ちと、僕に芽生えたこの新しい気持ちに答えを出すために。
「リイン、待ってて……必ず君を迎えに行くから」
初めて自身を〝私〟と読んだ……自我を持った僕の為のパーソナルプロセッサ。
僕は彼女を迎えに、もう一度地球に向かおう。
涙をふき、目を腫らして僕は椅子から立ち上がると、足先にコンツと箱状の物が当たる。
手にとる。それは固そうな容器で保護されたスイッチだった。
箱の表面には丁寧な字でこう書かれている。
『EEポット発射スイッチ、緊急時以外押してはいけません』
「あはは……今の僕に許されたのはこのくらいか」
思わず笑ってしまった。
次は、何でも出来るようにならなくっちゃ!
僕はそう独りごちると、荒っぽくポケットにスイッチをしまう。
=Fin=
この先の物語はご想像にお任せします。
この先、主人公は何もしない訳にはいかないでしょうから――ここで完です。
参考資料?
カプコン様「ロックマン2 Dr.ワイリーの謎」
せらみかるちたん様「エアーマンが倒せない」




