6. 父の病状
朝が来て、嵐が過ぎ去っても、心の中は相変わらず荒れ模様で、気分もどこかささくれ立っていた。
朝日に照らされて、黄金に輝く雲が窓の外に浮かんでいて美しいけれど、そんなものでさえ憎らしく感じてしまう程だった。
私は気が付くと自室にいて、ベッドに腰掛けたまま、夜明けのまだ残る暗闇を映す壁を恨めしく見つめていた。
思えば、医師に父の症状を聞いてから後の記憶が曖昧だった。どういう経緯でここに座っているのか、ぼんやり思い出せるのだが、それも第三者的な視点で傍観していたようなあやふやなものだった。
だが、それは私にとって一種の防衛本能のようなものだったのかもしれない。
意識レベルの低い時だったから、壊れずになんとか自分自身を保っていられていると、そう考える事もできる。
父が倒れた原因は、くも膜下出血だった。症状は極めて深刻で、すぐに外科手術が行われる事となった。
私はその場で、手術が終わるまで待っているつもりだったのだが、途中で誰かが何かを言って、ここに連れてきた。既に自分自身を失っていたので、詳細は不明だったが、追求するほどの興味も、今は持てなかった。
とにかく、手術が無事に済んだのか、その事だけが知りたい。
波の間にその答えがある訳では無いが、私は海面に目を向けた。まだ嵐の名残からか、白波が立っている。けれど、そんなものが見たいわけではない。ただ、思考をストップさせておかなければ、不安に胸が押し潰されるのに耐えきれそうになかったから、単純な運動を繰り返す波間を眺めていただけだ。
不意に戸の開けられる音が室内に響いた。私は一度目を閉じ、ゆっくり首を正面の壁に向けた。
入ってきた男は、遠慮がちに声を掛けたきた。
「よお」
私は何も答えない。
「親父さん、手術、終わったらしいぜ」
知りたかった事の答えがすぐそこにある。
「上手くいったの?」
膨張して今にも破裂しそうな不安を見ないようにすると、自然と淡白な口調となった。
「できる限りの事はやったそうだ」
「意識は?」
「……まだだ」
沈黙の中、波音が辺りを包んだ。誰にとっても心地の良い静けさ。このまま黙っていさえすれば、誰も傷つく事はないとさえ、勘違いさせる。
男は、また遠慮がちに言った。
「親父さん、大丈夫だよ。まだ、ダメだなんて決まったわけじゃないんだ」
「わかってる! ダメなんて思ってない!」
「ああ。きっと大丈夫だから、その……もう、泣くなよ」
「泣いてなんか……? あれ」
私は初めて気が付いた。涙を流し続けていた事に。
いつからだったのだろう。こんなに冷たい涙を流していたのは。
私はその時、それまで向き合おうとは思わなかった哀しみが、雪崩のように押し寄せてくるのを感じ、悲痛に声を上げて泣き出した。
「お父さんが、死んじゃったらどうしよう。死んじゃったら……」
その言葉ばかりが口を突いて、止まらなかった。




