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第八章 サンディエゴにて 3(NIGHT 2)

 Oct. 16, 11:56 p.m. PST

 Wilkintt Rd, San Diego, CA


 二人は衝撃と浮遊感を感じながら、声にもならないような声を上げて奥歯を噛み締めた。車体は大きく揺すられて、宙に浮いたタイヤが何度か地面とぶつかりながら、段差を乗り越えて歩道の上へと押し出された。そこで、右側のヘッドライトが電柱に突っ込んでガラスを飛び散らせた。車の右半身は完全に歩道に乗り上げ、水平から斜めに傾いた状態でゴムの足を止める。

 頭をぶつけないよう両手で守っていたHLuKiがゆっくりと片目を開けた。すると、幸いどこにもぶつからず生き残っていたサイドミラーに、黒い影が僅かだけ映った。

「! まずい!」

 言うと同時、HLuKiは助手席のドアを電柱に叩きつけながら車外へと躍り出た。

「ED、速く出ろ!」

 衝撃を受けて身体を打ったのか、痛みに顔を(ゆが)めたEDも、HLuKiに続いて転がるように車外へ。そこで、ぐぐぐぐぐと(うな)るようなエンジン音が、(かど)を曲がった道のすぐそこから聞こえてきた。

「まずい、……そこの路地に!」

 HLuKiが先導する形で、二人は交差点から少し離れた細い路地へと身を滑り込ませた。

 通りの街灯の白い光は、路地裏へは殆ど差し込んでこなかった。セメントを塗り固めた壁に挟まれた細い通路は、ちょうど人一人が通れるほどの幅だった。奥まで行くと別の道に通じているようで、EDはその狭い交差点の手前まで駆け抜けた。

 HLuKiは路地に入ってすぐの壁に背を預けて、陰に潜んだ。いつの間にか、脚の横に添えた右手には黒塗りのナイフが握られていた。今までどこに隠していたのか疑問に思えるほどに、その刃渡りは長大だった。

「……発煙筒でも持ってくるんだったな」

 (てのひら)の中のナイフの()の感触をじわりと確かめながら、HLuKiはぼやいた。

 奥のEDに聞こえるように、かつ声を殺しつつ、HLuKiは大通りから目を逸らさず後ろに告げる。

「奴らはすぐに来る。拘泥する暇はない、今から僕の言う作戦を実行するんだ」



 二人の男が交差点に飛び出したとき、周囲に人影は見当たらなかった。

 先に立ち現れたスキンヘッドの小柄な男が腰から拳銃を引き抜き、その後ろで顔の下半分を髭で覆った大柄な男がサブマシンガンを構える。

 二人ともTシャツの上からベストを羽織ったスタイルで、下は色違いのカーゴパンツ。目元には同じ形のサングラスをかけていた。

 小柄な男は箒の()のような銃把(グリップ)を握り込んで、細く伸びた銃身を下に向けていた。用心金(トリガーガード)の前方には箱型の弾倉が鎮座(ちんざ)し、特徴的な外見をしていた。

 大柄な男の持つサブマシンガンは銃把(グリップ)と基部が樹脂でできていた。長い筒が前後に伸びたようなシルエットで、途中から下に折れるように突き出た細長い銃床(ストック)は側面に折り畳めるようになっている。男は左手で下部から湾曲(わんきょく)する弾倉(マガジン)を掴み、右手で銃把(グリップ)を握っていた。機関部にある(つま)みは、「2」を指していた。

 先程の激しい衝突音に反して、通りは静かなものだった。脇に立ち並ぶ建物の明かりが次々に点くこともなければ、驚いた住人が寝間着(ねまき)で飛び出してくることもない。片側一車線の広い道路の両側に並ぶ建物はどれも、昼間にだけ人が出入りしているような貸し倉庫やプレハブ、空き家の類いだった。夜の冷気に(さら)されて、人の気配は一向にない。

 一頻(ひとしき)り辺りを警戒したあとで、二人は目配せをして足を進めた。拳銃を持った男が、電柱にぶつかったシルバーの車のすぐ近くにある狭い路地を目指した。サブマシンガンを持った男が、少し離れてその後ろに続く。

 拳銃の男が路地の曲がり角に到着してからも、サブマシンガンの男は周囲の警戒を怠らなかった。時折通りの反対側に目を凝らしたり、後方を振り返って敵影がないか確かめた。

 一瞬、何かが動いた気がして後ろにサブマシンガンの銃口を向けて、しかしそれらしい敵影はなかったので身体の向きを戻したとき、

「………?」

 すぐそこにいたはずの男の姿は、なくなっていた。



 拳銃を持った男は、後ろにサブマシンガンを持った男が後方警戒していることを目視してから路地へと身を滑らせた。

 その瞬間、

「?」

 右の足首に、違和感を覚えた。

 足元を見ると、(わず)かな街灯の光に照らされて、自分の穿いているカーゴパンツの裾がぱっくり(ひら)いていることに気がついた。それと同時に、左脚の脇で、何か大きな影が動いたのが視界の端に映った。

 男は急いで振り返ろうとしたが、不審な影から身を離そうと右足に体重をかけたところで足からふっと力が抜けて、転倒しそうになった。蹌踉(よろ)めきながら、(あわ)てて手近の壁に手をつく。足首から小さな痛みが響いて、脂汗(あぶらあせ)が額に(にじ)んだ。

 拳銃を持った男は、自分がほんの少しだけ、路地の入り口から奥へと進んでしまっていることに気づかなかった。路地へ入った(かど)から蹌踉(よろ)けたことで、僅か人一人ぶんの距離が空いていた。

 それだけで、HLuKiには十分だった。

「むっ──」

 後ろから組みついて男の口に手を当てると同時、()かさずもう一方の腕で男の首、(けい)動脈を一気に締め上げた。男は一瞬だけ叫び声を上げて抵抗しようとしたが、右(ひざ)の裏を蹴られて、驚くほど簡単に地面に膝をついた。倒れ込むあいだも正確に首を絞められ、男は徐々に、自分が掴んでいる拳銃の感覚を掌から失っていった。



 小柄な男に覆い被さるようにして首を絞めたHLuKiは、ゆっくりと身体を起こして、ぐったりとする男の身体を路地の奥へと引き()った。

 男の手足は力なく放り出されているが、曲がった指が銃把(グリップ)用心金(トリガーガード)の側面に引っ掛かっていたため、特徴的な外見の黒い拳銃も、男の身体と同じように路面を移動した。

 HLuKiは、音を立てないように素早く男を引き摺って、壁面に沿って積まれた酒瓶(さかびん)ケースと背の高いごみ箱が作る陰の元へ急いだ。陰は、身を小さくすれば大人が一人隠れるくらいの余裕はあった。

 そうしているあいだも、HLuKiは、路地の入り口のほうから目を離そうとはしなかった。

 そうでなければ、HLuKiは直後に起こったサブマシンガンの連射によって、蜂の巣にされていたはずだ。



 僅かに射し込む街灯の光を遮る影を見つけた瞬間、HLuKiは何よりもまず、引き摺っていた男の身体を盾にして、ごみ箱の陰へと急いだ。

 HLuKiが頭を隠すのと、通りから姿を現した男がトリガーを引いて、サブマシンガンの連射を行うのとが同時だった。

 路地の地べたを(うごめ)いた影目掛けて、六発の弾が一息(ひといき)に撃ち放たれた。

 一発目と二発目は、二人よりも手前の地面に当たって上へ跳ねた。

 三発目はぐったりとする男の左の脇腹へと吸い込まれて、四発目はそのすぐ横を通過。続く五発目が、HLuKiの右の(すね)(かす)めた。

 痛みを感じるよりも速く身を引いて、六発目が男の胸部を捉えるあいだに、HLuKiは全身をごみ箱の裏に隠した。焼けたような鋭い痛みがHLuKiの脚に走った。

 連続した銃声は、そこで一旦止んだ。

 てっきりごみ箱ごと撃ち抜いてくると思っていたHLuKiは、同輩の男が被弾したのを気に留めたのか、と勘繰った。その瞬間、距離を詰めようと駆け寄る足音が聞こえて、

「Bomb!」

「!」

 HLuKiは手を伸ばしてケースの中に無造作に置かれた酒瓶を一本掴み、ごみ箱の陰からサブマシンガンの足元へ投げつけた。叫び声と、鈍い音を立てて転がる投擲(とうてき)物に、男は一瞬足を止めて身を引いた。その(すき)にHLuKiは懐から小型の拳銃を取り出すと、安全装置(セーフティ)を解除し、まともに狙いもつけないまま今し(がた)投げつけた酒瓶目がけて連続で発砲した。

 酒瓶は男よりもかなり手前に転がっていたが、四発目の銃弾がが(ようや)く胴体に当たって、硬いガラスが音を立てて弾けた。サブマシンガンの男は咄嗟(とっさ)に腕で顔を守る。

 HLuKiは気絶したままの男の(えり)を掴んで、ごみ箱の陰から飛び出しながら、

「……今だ! 三発撃って車で裏へ!」

 胸ポケットに入れたスマートフォンへそう叫んだ。

 直後、

『期待はしないでください』

 抑揚のない返答が届いて、HLuKiが背を向けた大通りのほうから、乾いた銃声が聞こえた。



 * * * * *



 Oct. 16, 12:22 p.m. PST

 Camino del Rio S, San Diego, CA


 シルバーのセダンが、誰もいない田舎道をへと走っている。

 車体の左側面には、大きな凹みがあった。損壊、といったほうが正しいくらいで、少なくとも後部のドアはもう開閉できないほど(ひしゃ)げていた。車体の右側にも大きな凹みがあり、前照灯(ヘッドライト)は使い物にならなかった。如何(いか)にもな外見の事故車は、それでも高級車としての性能を発揮して、静かな走行音で三人の男を快適に輸送する。

 ハンドルを握っているのは、先程までと同じくED(イーディー)だった。

 目立った外傷はないが、顔じゅうに汗の玉が張り付いている。

 路地裏でサブマシンガンから逃げ(おお)せたHLuKi(ハルキ)はというと、今回は助手席には座らず、後部座席で気絶した小柄なスキンヘッドの男を拘束していた。男が腰に巻いたベルトを抜き取り、器用にそれを使って後ろ手に手首を(しば)る。続いて自分のベルトで両脚も。

「その男、気絶しているようですが……外傷は?」

「絞め落としただけだ。けど、恐らく何発か被弾した。その割には出血してないみたいだけど……」

 言いながら、HLuKiは座席に座らせた男のベストの前を開けて、穴の空いたTシャツの上から身体に触れた。固い感触が返ってくる。

「やっぱり……防弾チョッキを下に着てる。少し血は(にじ)んでるけど、致命傷には至ってない」

 銃創を確認すると、被弾したうちの一発がチョッキと肉の間に挟まっていた。HLuKiは皮膚に食い込んだ9 mmの拳銃弾を(つま)んでゆっくり抜き取り、次に男のTシャツをナイフで引き裂いた。カーゴパンツの(すそ)(めく)って、切りつけた足首にきつく巻いた。布地に血が滲んだが、それ以上の出血はなかった。

「予防的な意味が強いだろうけど、もう銃撃戦を想定して動いてる。それに捜査員の動向、特にトップシークレットのはずの僕の渡航も知られていたし………。奴ら、思った以上に本気だぞ」

 サングラスを外した男の苦しそうな顔を眺めながらHLuKiは呟いた。それから前へ向き直る。

「君、怪我は?」

「特に。強いて言えば、衝突のときに右手を強く打ったので……できれば運転を代わっていただきたいくらいですかね。ダッシュボードからPCを取り出すのも、楽な仕事じゃありません」

「分かった。もう少し行ったところの脇道で停めてくれ。僕が代わろう」

「助かります。そういうあなたは、頭でも撃たれてませんか?」

「いや。脚を掠めただけだ。肉も(えぐ)れてないみたいだし、本当に掠っただけだから問題ないよ」

「それは何よりです」

 EDはそのまま数十メートル走って、道の脇に()れて車を停めた。右手を(かば)いながら、ドアを開けて運転席から車外へ。HLuKiは後部座席でまたTシャツを切り裂いて、男の口に噛ませ、手早く頭の後ろで縛りながら、

「中心地まで戻ろう。連絡をとって、郊外でほかの捜査員と接触したい。こいつの引き渡しもあるし」

「……まるで『ダイ・ハード』か『007』だ」

「ああ、本当に。こんなにうまくいくとは思わなかった」

 EDはぼやきながら、スマートフォンの画面をタップしてどこかの電話番号を表示させた。

「そうだ、くれぐれも通信傍受には気をつけて」

「大丈夫……と言いたいところですが、先程の襲撃を考えると、(あなが)ち行き過ぎた憂慮(ゆうりょ)ではない気もします。現段階で私が打てる手はありませんが」

 苦い表情でそう返して、EDは電話を掛けた。

 数コールもしないうちに通信は繋がって、EDは合言葉で互いを確認したあと、英語と中国語を交えて相手と話を始めた。初めに、EDは先程起こった出来事とその顛末(てんまつ)を話していた。電話の相手と少し揉めたようだったが、こちらの要求を伝えるとすぐに話はついたようで、EDはそれでは、と事務的に言い残しすと、三分も経たないうちに電話を切った。

「五十分後、空港の駐車場に同僚が二人来ます。そこで車と男の回収を」

「了解だ。僕たちはどうすれば?」

「今夜の諜報はなくなりました。あなたは合流後、一旦我々の作戦支部に来てもらいます」

「それはどこに?」

「今ここでは言えません。そこで事情聴取を受けたのち、明日(あす)の夜まで解散です。門外漢に情報選別(スクリーニング)なんてさせても仕方ありませんし」

「それは構わないけど、早朝までに帰れるんだろうね?」

「……まだそんなことを言っているんですか?」

 呆れたように、いや実際呆れて、EDは語調を落とす。

「依頼の内容は守ってもらう。それが僕の休暇を潰す条件だ」

 そこまで言うと、HLuKiは右側のドアから車外へ出て、黒いカバーのスマートフォンをポケットから取り出し、

「少し電話をする。待っててくれ」

 そう言って、どこかに電話を掛けた。

 電話はすぐに繋がった。

「もしもし。遅くに悪いね。至急GolGor(ゴルゴル)に繋いでくれ。先週始末書がどうとかぼやいてたから、どうせオフィスで寝てるだろ。いいかい、至急だ。叩き起こされた愚痴は僕が聞く。

 ……ああいや、少しの間連絡が取れなくなるから、やっぱり君から伝言を伝えてほしい」



 HLuKiは少し区切って、

「〝これから送る映像と実物から、銃器の鑑定を頼みたい〟ってね」

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