捜査file.12 朝焼けの街
「……ククク、ハハハハ! 素晴らしい、実に見事な光だ! 朝山一樹、お前の魂の輝きにより、旧江戸大霊脈の封印はついに解かれる!」
紫黒の霊気が狂暴に渦巻く祭壇の頂点で、ぬらりひょんは着物の裾をなびかせ、喉を鳴らして高笑いした。
Jの胸元から放たれる黄金の光芒が、祭壇に刻まれた無数の呪術回路へと吸い込まれていく。それに呼応するように、地下大空洞全体が割れんばかりの地鳴りに包まれ、壁面に無数の亀裂が走っていった。
だが──激痛と膨大な霊力の流出に耐えながら祭壇に膝をつくJの唇が、かすかに、ゆっくり吊り上った。
「……笑うのは、確証を取ってからにしろ。ぬらりひょん。」
「なに……?」
ぬらりひょんの高笑いがピタリと止まる。
Jはゆっくりと顔を上げた。その瞳には、絶望や恐怖など微塵もない。冷徹なロジックで事件を詰ませてきた、捜査官としての鋭く冷ややかな眼光だけが宿っていた。
「お前は俺をここまで誘い込んだつもりだろうが……勘違いするな。俺たちS.I.SC.は『警視庁異怪特別捜査班』──潜入捜査のプロだ。ガサ入れの現場に入る前に、退路の遮断とホールドアップの準備を終えているのは、捜査官として当然の嗜み(たしなみ)だろうが。」
「負け惜しみを! お前のその血と魂の輝きこそが、封印を解除する最後の鍵なのだぞ! お前が仲間のために抗えば抗うほど、儀式は完成に近づくのだ!」
「ああ、確かにな。血と魂が鍵だという点については、お前の言う通りだ。……だが、お前は『現場の配線』を確認し怠った。」
Jは懐から一本の黒い金属杭──S.I.S.C.の技術班が開発した特製の『霊道誘導針』を引き抜くと、一切の躊躇なく、己の足元にある祭壇の核心部へと全力で突き立てた。
ガギィィンッ!!
激しい火花とともに、黒い杭が古代の祭壇を深々と貫く。
「なっ……何をしている!?」
「E、N。聞こえるか?」
Jは胸の痛みを無視し、耳元のインカムを強く押し込んで冷ややかな声で命じる。
「保険の回路、接続だ。」
『了解、J! ずっと待ってたよ!』
インカムのノイズの向こうで、ボロボロになりながらも不敵に笑うEの声が響く。
『タワー地下3階の主電源ライン、およびNちゃんの設置した外郭結界陣──Jのアンカーと同期完了! ハッキング成功!』
『Jさん!』
Nの澄んだ声が続く。
『Jさんがアンカーを打ち込んだことで、祭壇に集まった巨大な霊力の“流れ”を、外部から物理的に制御可能になりました! 術式の回路、完全に書き換え(リライティング)完了です!』
ぬらりひょんの顔から余裕が消え去り、その表情が醜く歪んだ。
「馬鹿な……!? 貴様ら、いつの間にタワーの霊力ラインに介入した……!?」
「言ったはずだ。潜入捜査の基本だと。」
Jは静かに立ち上がり、ぬらりひょんを鋭く見据えた。
「俺は自分がお前に利用される可能性を、最初の段階からプロファイリングしていた。だからこそ、突入前にEとNに命じ、東京タワーの物理送電線と呪法ラインに手繰り線を仕込ませておいたんだ。お前が俺の『血と魂』を使って開こうとしたその無尽蔵の霊気……いま、どこに流れるように回路が組み替えられたと思う?」
Jが胸元から手慣れた手つきで引き抜いた拳銃を、まっすぐにぬらりひょんの眉間へと突きつける。
「──お前自身だ、ぬらりひょん」
「な……ぬ、ぬおおぉぉぉっ!?」
EとNが地上近くの制御陣で同時にスイッチを叩き込む。その瞬間、アンカーを通じて祭壇の霊気が劇的な逆流を起こした。本来なら東京中に解き放たれ、街を妖の世界に変えるはずだった旧江戸大霊脈の膨大なエネルギーが、一気に逃げ場を失い、祭壇のにいたぬらりひょんの巨躯へと全量が流し込まれていく。
「破邪の理を超越した過剰な霊力だ。どれほどの大妖怪であろうと、己の許容量を超えればただの致死毒になる。」
「ぬぅぉぉッ!!?」
逆流してきたエネルギーによって、歪に膨らむぬらりひょんにJは不敵な笑みを見せつける。
「過重負担だ、容疑者ぬらりひょん。……これで、詰みだ。」
「ぐ、ぐあああぁぁぁっ! 許さん……許さんぞ朝山一樹めぇぇぇっ!!」
肥大化し、全身の皮膚から紫の光の亀裂を吹かせながら狂乱するぬらりひょん。Jは一切の揺らぎなく銃のの引き金を弾いた。
ズガァンッ──!!
退魔の霊気特殊弾頭が、霊力の逆流で動けないぬらりひょんの額を正確に穿つ。
ドォォォォォンッ!!!!
「ギィヤァァァァァァ___ッ!!!!」
絶叫とともに、妖怪の総大将は眩い光の渦へと呑み込まれ、内部からの霊力暴走によって影も形もなく粉々に霧散した。それに合わせるように暴走していた旧江戸大霊脈の鼓動が急速に静まり、禍々しい紫の光がゆっくりと消えていく。
「……捜査、終了だ。」
Jは銃口から立ち上る薄い煙に息を吹きかけ、ゆっくりと腰のホルスターへと収めた。
ゴゴゴゴゴ……!
ぬらりひょんの消滅と同時に、異空間と化していた地下大空洞が激しく揺れ始め、天井から巨岩が雨のように落とし始めた。
「ちっ、空間の維持が限界か……!」
全身の疲労と霊力消費により、膝をつきかけるJ。その肩を、ガシッと力強い手が抱え上げた。
「クハハッ! 見事な手際だったぞ、相棒!」
満身創痍で血みどろになりながらも、不敵に笑うQだった。その背後には、ボロボロになりながら互いを支え合うKとS、そして地上から駆けつけたEとNの姿があった。
「Jさん! 早く脱出しますよ! ここ完全に崩れそうだ!」
「まったく、どこまでも無茶ばかりするリーダーだ。」
Kが呆れ顔で小太刀を納める。
「全員、無事だな?」
Jの問いに、Qが鼻で笑った。
「我らを誰だと思っておる。さあ行くぞ、脱出だ!」
全員で瓦礫の階段を駆け上がり、崩壊する地下の闇から一筋の光を目指して突き進む──。
そして…バリィィンッ!
東京タワー1階の割れたガラス扉を突き破り、6人は転がるようにして外のロータリーへと脱出した。そして、その直後、背後で地下への抜け道が激しい音を立てて崩落していった。
しんと静まり返る一同。
「ハァ……ハァ……つ、着いた……生きてる……!」
Sがアスファルトの上に大の字にひっくり返り、荒い息を吐いた。
「ねぇS。上を見てよ。」
Eが腰をぬかしたまま、空を指さす。
ふと全員が顔を上げると、東京の街を覆っていた禍々しい紫の霧が、朝風に吹かれて嘘のように散り散りになって消えていっていた。
そして、東の空から──息をのむほど鮮やかで清々しい朝日が昇りはじめ、澄み渡る赤金色の光が、昭和の象徴たる東京タワーを、そして満身創痍になった6人の姿を温かく照らし出していった。
「あー……太陽だ。俺たち……本当に東京を護ったんだ……。」
Sの目から、ぽろと涙がこぼれ落ちた。
「お前、泣いているのか?…情けない。」
「なんだよ!泣いてねぇし!」
「騒ぐな、みっともない。」
Kが冷たくあしらいながらも、その唇の端には柔らかい笑みが浮かんでいた。そこへ、キーッという甲高いブレーキ音とともに、一台のクラシックな高級外車が滑り込んできた。運転席のウィンドウが滑らかに開き、着物姿の小柄な老婆──BOSS(お初)が煙管をくゆらせながら顔を出す。
「やれやれ……無茶をしおって。だが、よくやった。」
「……BOSS。」
Jが一歩踏み出すと、BOSSは煙を細く吹き出しながら、試すような瞳でJを見上げた。
「……で? 記憶は戻ったのだろう、朝山一樹。失われた過去を取り戻した今、どうするつもりだ? 一族の生き残りとして、別の人生を歩むか?」
しばしの静寂が降り立つ。チームの面々が固唾をのんでJの横顔を見つめた。Jは少しだけ眩しそうに朝日を仰ぎ見ると、いつもの冷徹で、どこか呆れたような薄い笑みを浮かべた。
「残るさ…こんな手のかかる部下どもの子守りは、俺以外に務まるとは思えないからな。俺はS.I.S.C.の山田迅だ。」
その言葉に、Qが「クハハハ!」と腹を抱えて大声をあげて笑い、Sが「Jさぁぁん!」と泣きつこうとしてKに綺麗に蹴飛ばされた。BOSSは満足そうに目を細め、フッと紫煙をくゆらせた。
「……合格だ。じゃぁ、オフィスに戻るとするかね。朝飯はおごってやろう。」
◼️◼️◼️
数日後。
東京下町にある人気のない古書店の地下深く──看板も出されていない「S.I.S.C.(異怪特別捜査班)」の本部がある。
平和を取り戻した東京の陰で、地下オフィスはいつも通りの賑やかさに包まれていた。
「ちょっとEさん! 私のキーボードにピザの油汚れつけないでよ!」
「うるさいなー、Nちゃんの式神ドローンを最新スペックにバージョンアップしてあげてんじゃん!」
「S、今日の射撃訓練は1000本ノックだ。準備しろ。」
「えぇぇぇ!? 勘弁しろよ! 」
床ではでは、Qがフッフッと腹筋をしながら、デスクで静かに資料を整理するJに話しかけていた。
「おいJ。今日の昼はあのイタリアンにしよう。俺が奢ってやるぞ。」
「仕事中だ、Q。…それに、今日はイタリアンの気分じゃない。」
Jは淡々と手元のファイルに『事件解決・書類送検』のスタンプを押す。ふと、デスクの端に置かれた「山田迅」と書かれた警察IDカードに視線を落とす。失われた過去(朝山一樹)の記憶は、消えることはない。
だが、今の自分には、背中を預け合える最高のバディと、居場所となるチームがある。
『みんなー!神奈川県警から捜査依頼だよ。神隠しだって。横浜みなとみらいに出動命令。』
モニタールームからEの声がスピーカー越しに流れ、メインモニター越しに、事件の捜査ファイルが表示された。一瞬の静寂の後、全員の顔が一気に引き締まる。
「行くぞ、S.I.S.C.。──仕事の時間だ。」
Jが黒のジャケットを羽織り、改造銃を腰のホルスターへと収め、立ち上がり床を蹴った。
人間と妖が共存する東京の街へ、最強の異色バディと仲間たちが、今日も疾風のごとく駆け出していったのだった。
「行っておいで。」
BOSSが和室でそれを静かに見守っていた。
---(完)---
最後までお読みいただきありがとうございました。
この物語はフィクションです。
登場する全ては架空の存在であり、実在するものとは一切関係ありません。




