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プロローグ 「ノーマルエンディングNo.1 かくして聖女の命は失われ」

次の1話目の投稿は1時間後の23:10を予定しています。

よろしくお願いします。

 赤黒く染まった空に、白い光が立ち昇る。

 それは、沸き立つようなクラーク海の海面に浮かぶ城、その最上に立つ一つの人影からだった。


 大規模魔法だ。

 人類ではいまだ魔道具を使ってすら到達を成し得ていない、圧倒的暴力。それがゆっくりと——いや遅いのではない、遠いのだ——サターニア王国軍の頭上に迫る。


——わたしは判断を誤った。しかし、もう遅い。あれの前にはわたしたちの培った経験も技術も児戯に等しい。


 聖炎の二つ名を持つティターノ・サンクトフレイム・サターニア王子は震えそうになる体に固く力を込める。「敵軍を前にして震える指揮官などあってはならない」という信条だけで死の恐怖に耐え抜くのだ。


「ヴィントラーゲ・マインヴォルト(風よ、伝達せよ)!!」

『伏せろぉおお!』

 戦友サブローの声が風魔法に乗って、全隊に伝わる。いつもは飄々としているのに、もはやその声に余裕はない。


 伏せたところで何になるのか。


 誰もがそう思うが、口にはしない。ただただ「あの光の柱が自分には当たりませんように」と祈り、頭を抱えて言葉通りに伏せることしかできない。


 ティターノ王子は「無駄かもしれない」とは感じながらも、頼れる先輩オルビスに指示を出す。

「オルビス先輩!壁を!!」


「わかってる!」

「テラ・エアへ——(大地よ、隆——)」

 オルビスが呪文を唱え終わる寸前、空気が押し出される暴風と、呼吸する喉も鼻も焼き尽くす熱が全隊を覆う。

 最前に立つオルビスは光に飲まれ姿が見えなくなる。


ずずっ ぐごごごごごぉおぉぉおおお


「〈先輩!!そんな!!!〉」


 ティターノ王子はただ一人立ち尽くし、噛みちぎれんほどに唇を噛み締めて、それを見届けようとする。己の罪と向き合うように。


 後には何も残らなかった。

 そこにあったはずの記憶も。

 怒りや悲しみも。

 ただ沸々と赤と黒に泡立つ地面だけが残っていた。


 ティターノ王子の真横に落ちた光の柱は霧散して消える。

「ふっ…ぅぅゔ。ア…!アン、ネ!…ふっ…ごぼっ…!無事か…!」

 光の柱が消えた後すぐに、後方に守っていた大切な人、アンネリーサの姿を探す。


 彼女の姿はすぐに見つかる。何も残らなかったはずの地面の上にただひとり立ち尽くしていたから。


「ティ…ティ…タ…さま、ダ、リ…ウス様が…!」

 アンネリーサの瞳から滂沱の涙がこぼれ落ちる。膝をつき、足元の凄まじい熱を上げる赤熱した泥を、手が焼けるのも厭わないでかき集めようとする。


 彼女の足元には光に必死に抗った痕だけが残っていた。いかなる魔法にも耐えてきた頼もしかった彼は、ただの一欠片も残さずに逝ってしまった。


「あ、ぁ…あ、友よ…!」


「しっかりしてください!!まだ、終わっちゃあいないでしょう!」

「残った者で抗わないと!」

 年下のエリオスが声をあげて、前方を指差す。


 魔法生物の大群が襲いかかる。巨体を活かした棍棒での薙ぎ払いが厄介な巨人族。攻撃に特化した魔法の得意な悪魔族もその後方に見える。


「くそぉおお!くらえ!グナーデンレーゲン・シュトレーメ(慈雨よ、洗い流せ)!!」

 エリオスは青い大きな玉石のあしらわれた大杖を敵軍に振りかざす。


 次の瞬間、ざあざあと魔法の大雨が敵味方に降り注ぐ。それは味方の足元の灼熱の地面を冷やし、敵の魔法生物の大群の一部をクラーク海へ押し流す。しかし、大魔法であるはずのそれも、敵軍を押しとどめるほどの力はなく——


「ダメだ!我々がここで終わっては、人類にもう未来が…!一時、た、退却を!」

 ティターノ王子は撤退の指示を出そうとサブローを探すが——


 サターニア国軍の士気を折るように低く大地を揺らすような声が響く。魔王の声だ。

『はっ、逃すと思うか、人間!!もともと塵芥となる運命だったのだ、いい加減に死ね!!』


 魔王の、聞く者の内臓を縛り上げるような声。

 王族として、指揮官として心だけは折らないために必死で抗うティターノ王子。


 その後方で悲しみに暮れて涙を流していたはずのアンネリーサは顔を上げて言った。

「ティ、ターノ様、わたしいきます…!」


 最初ティターノ王子はアンネリーサの言葉をうまく飲み込めなかった。

「は…?ぁぁあ!」

「ダメだダメだ!まだだ!やつを滅ぼせば終わるんだ!君は、生きるんだ!幸せに!なるんだ!」


「いえ…もう、き、決めました…!わたしわがままでした。自分が死にたくないからって、た、たくさんの人を…!帰りを待つ人だっているのに!!」


「違う!君はそんなこと…!」


「わたしは…わたしだけが!魔王を止められるのに!!」

「大好きなあなたが!わたしのことを心配して涙を流してくれるんです。わたしに幸せになれと、わがままを言えと言ってくれるんです!…だからこそわたしはあなたのために生きたい…!」

「……欲を言えばもっと一緒にいたかったんですけど…ね。」

「さようなら大好きな人——」

 アンネリーサは名残惜しそうに、ティターノ王子の顔を数秒でも長くみているためにその視線を残したまま、魔王軍に向かって走り出す。


 やがて切れたアンネリーサの視線は、ティターノ王子がもう二度と二人の視線が交わされることがないと直感させるものだった。


「アンネ!!やめろ!!お願いだ!!」

 ティターノ王子はアンネリーサを止めるために手を伸ばし足を上げようとするが動かなかった。彼の足はもう既に足としての機能を喪失し、ただの炭と化していたから——


——君のいない世界に意味なんて…。


〜ノーマルエンディングNo.1 かくして聖女の命は失われ〜

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