第33話 細海先輩と御森くんと蠢
教育係の細海先輩はとにかく細くて小さい
食べる量も少ないし、体調が安定してる日の方が少ないんじゃないかと思うくらい、気圧や温度の影響を受けやすい。
本人はそれが普通なので気にも留めていないが
分かってるのに放っておけるほど無頓着でもない訳で
日々、お節介を焼くのにも慣れてきた頃…事件は起こった
「きゃーーー!!!!」
突然、居室全体に響き渡る悲鳴に緊張感が走った
男性陣は何が起こったのかと身構えた時だ
「ゴ◯◯◯!!!無理無理無理!!誰か殺虫剤!」
と続いた言葉に一気に場が騒然とした。
ちなみに俺も無理です!!!
「ゴ◯はヤバい!!え、今どこにいるんだろ!?」
動揺する俺の横で細海先輩が声のする方を凝視する
「まずいですよ御森くん、弊社はビル全体が定期的にメンテナンスをされてるおかげで常に清潔を保っています。それ故に居室には殺虫剤などは置かれて無いため管理室まで取りに行く必要があります。殺虫剤がここにくるまで少なくとも約15分〜20分はかかると思ってください」
「つまり、どう言うことですか…」
半泣きの俺をチラッと見上げ
「早急に対処しないと、クライアントさんへのログ送信を規定の時間内に完了できません」
そう、1時間あれば間に合うと思って集計していた作業が現在止まっている
今日中でいいとはいえ、できるだけ早く納品するのが細海先輩のスタンスだ。
「え゛っ…いつゴ◯が近くに来るか分からない状況では無理っす!!」
そぅ、無理、集中できない、怖いもん
「あっ!壁にいる!!!」
そんな会話の最中
ようやく姿をあらわしたようで
薄目でそちらを見れば、それはそれはツヤッツヤの真っ黒で大きい個体で、こんな時だけは視力の良さを呪わずにはいられない
「見ちゃったぁ〜…終わったぁ〜…」
顔を掌で覆いながら泣き言を呟く俺の横で、細海先輩が「仕方ないですね…」と言っていらなくなった資料を丸めながら立ち上がる。
「細海先輩、虫大丈夫なんですか?」
なんて心強いんだろ、と思って聞くと
「ガッツリ苦手です。めちゃくちゃ怖いです。ので…」
そう言って眼鏡を外しながら
「視界をボヤけさせ、ただの黒い点として処理します!!覚悟っ!!!」
そう言いながら、標的に向かって行く姿に
「見えないのって逆に不利じゃないっすか!!!?」
とツッコミを入れた時だ。
ブンッ、という羽音と共にこちらへ向かって羽ばたく姿を細海先輩越しにはっきりと捉えた俺の脳みそが恐怖で真っ白に染まった。
「ぃやぁあああああ!!!!!」
机の上にあったペンケースを掴み思い切り振りかぶると、渾身の力で飛んでくるゴ◯に向かって投げつけた
ゴッ!!
そのペンケースは細海先輩の頬を掠め
恐々と目を開けて確認した時には見事に標的にクリティカルヒットをしたのちペンケースと共に壁にめり込んでいた。
………
ややあって
パサリ、とペンケースが落ちる音が居室に響く
「あぁ…お気に入りのペンケースがぁ…」
ガクリと膝をついて項垂れる俺に、ゆっくりと細海先輩が振り向きながら
「今後…苦手な物や怖いことが起きたら、戦わずに逃げる事を第一優先でいきましょう…ねっ?」
眼鏡をかけ直し、壁に残った小さな凹みを確認した細海先輩は、顔面蒼白のまま俺にそう提案した。
頬の横の髪が、不自然に切れていた。




