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第20話 侍女の言葉

 結局またしてもホットラブ暴露記事の記者の正体を突き止められず、罰する事が出来なかった。


でも、マーティンが、すごく親身になって助けてくれるたのは、本当に嬉しかった。


そういえば舞台女優マーガレットのファンに拉致された時に救ってくれたのもマーティン。


兄のヨーク卿ほどではないが、見た目もよく女性に人気が高いマーティンをマリーゼは、優しくて素敵な人だと思っている。


マーティンが恋人だったら、どんなに素敵だろうと何度考えただろう。


けれど舞台女優のファンの男に拉致されて、未遂とは言え、はずかしめを受けたマリーゼには、マーティンと恋人になる資格はないと思う。


あの日のことを忘れようとして、忘れられずに、マリーゼはずっと寝不足の日々を送ってきた。


実は、あの事件のことだけではない。


マーティンが、とても素敵だと分かっていても、ある言葉がマリーゼの脳裏によみがえって邪魔をする。


母ヴァネッサの侍女だった名前も覚えていない女の言葉。


「○○○○と○○○○は○○○○○○○ません」


マリーゼは侍女の言葉を忘れたことはなかったが、いつも心の奥に閉まっていた。


けれど恋心のようなものを感じる時には、何故か侍女の言葉を思い出してしまう。


そうして、マーティンへの淡い恋心を胸の奥に封印してしまうのだ。


◇◆◇


 王宮から呼ばれた父が、男爵家に戻り、ヨーク卿も駆け付けて父を出迎えた。


「お帰りなさいませ。お父様」


マリーゼは男爵に駆け寄って、王宮に呼ばれた話を聞かせてくれるのを待つ。


「とうとう、子爵になったぞ」


男爵、いやバランティノ子爵はヨーク卿とマリーゼを抱き締めて、喜びに震えている。


同じ貴族でありながら男爵から子爵になって、何故それほど喜ぶのか。


それはまさしく目の前のヨーク卿とマリーゼの為だった。


貴族社会は上下の爵位に厳しく男爵という事で、理不尽な目にあうこともある。


そんな思いを2人の子供には味合わせたくないバランティノは、子爵になれた事を心から喜んでいる。


「おめでとうございます」


「父上の王国への貢献が認められたのですね」


2人の子供に祝ってもらって、子爵は幸せを噛み締めている。


「父上、子爵になったお祝いの宴を開きましょう」


「あまり、大袈裟にしたくないのだが」


「内輪だけの小さなものにして、親しい友人だけ招待するのはどうですか」


ヨーク卿の提案に男爵も頷く。


「では、私が宴の準備を致しますね。そうだ、招待状はお兄様にお任せしますわ」


マリーゼは、苦手な招待状書きをヨーク卿に押し付けた。


「姫君の仰せのままに」


ヨーク卿は、片膝を軽く折って、右手を手前に添えて、騎士が姫に挨拶をする真似をして見せる。


「まあ」


マリーゼはハンサムな自慢の兄のそんな姿に大満足だった。


◇◆◇


 マリーゼが宴の準備で忙しく動き回っているところに、マーティンがヨーク卿を訪ねてやってきた。


「マーティン様、ご機嫌よう」


マリーゼは、マーティンを応接室に案内する。


「マリーゼ嬢、今日も麗しく。ああ、こんな挨拶をしている場合じゃなかった。ヨークはいるかい」


「お兄様なら、会場の準備を手伝って下さっているのですけど、クロエ、お兄様を呼んできて」


何か様子がおかしい。


ヨーク卿が戻るのを待っているよりも、呼びに行かせようと、クロエに命じた。


「お兄様なら直ぐに戻ってきますので、お座りになってお待ち下さい」


「ああ、ありがとう」


焦った様子のマーティンは、マリーゼと話していても、ソワソワしている。


「お茶をいれますわ」


クロエに使いを頼んだ為、マリーゼは自らお茶をいれてマーティンをもてなす。


「マリーゼ嬢のいれてくれるお茶は、美味しいな」


マーティンは、ほっと一息付いて、落ち着いたように見える。


「待たせたな、マーティン。マリーゼが相手をしてくれてたのか」


「2人に事件後の報告があって来たんだが、殺人教唆で捕まった2人は、犯罪奴隷になったんだ」


王国では、奴隷制度が認められている。


しかし誘拐を誘発する恐れがある為、バランティノ子爵領では禁止している。


ただし、犯罪を犯した者が奴隷(一般市民への復帰可能、復活無しの一生奴隷がある)に落とされる事はある。


「期間は?」


「期間なしの復活無し奴隷だ。だが、眼鏡を掛けていた男が、奴隷落ちする前に脱獄した」


復活無しの奴隷になると、顔や首、手の甲等、見える場所に奴隷紋が施される。


奴隷は命懸けで脱走する者がいて、復活無しの奴隷は殺人を犯していることがほとんどの為、危険防止の措置が取られている。


どんな危険防止かと言うと、一目で犯罪者奴隷だと分かること。


そして奴隷紋を施された者も外の世界では生きにくい為、完全ではないが、脱走を抑止出来ると考えてのものだ。


「口を挟んで申し訳ないのですが、そんなに簡単に脱走出来るものでしょうか」


マリーゼは疑問を口にする。


「それは復活無しの奴隷なら、命懸けで脱走くらいするんじゃないか」


ヨーク卿は、自分でもそんな状況なら逃げ出したいと言う。


「すまない」


「え?」


ヨーク卿とマリーゼは、突然のマーティンの謝罪に驚いてしまう。


「逃がした事もそうたが、あのスファンって男、どこかで見た覚えがあるんだが思い出せなかった」


「知り合いってことか?」


「いや、多分、どこかですれ違ったとか、紹介された程度なんだと思う。眼鏡を取った顔に見覚えがあったんだ」


「いや、いや、顔に見覚えがあったからって、何でマーティンが謝るんだよ」


「そうですわ。マーティン様と協力したからこそ、捕まえられたのではありませんか」


「うん、うん」


ヨーク卿が頷くと、マリーゼは振り返った。


「そして、お兄様が命懸けで助けて下さったから、私が今、ここにいられるのですわ」


「マリーゼ」


ヨーク卿とマーティンは、マリーゼの言葉に感動していた。


「ただ私、お2人には不満もございますの」


「なんだい」


「君が言うなら何でも直すよ」


「お2人が完璧過ぎて、他の殿方を見ても全然ときめく事が出来ませんのよ」


マリーゼは重い雰囲気を明るくしようと、からかうようにドレスを摘まんで、その場でクルンと回転した。


「マリーゼ嬢、誰も見付からなければ私が責任を取ろう」


「お前にマリーゼは渡さない。マリーゼは一生、僕と一緒にいるんだ」


「まあ、お兄様ったら」


「あははは」


マリーゼはクスクス笑って、それにつられた2人も笑いだした。


スファンの件は、起きてしまったので仕方がない。


何か思い出したら相談しようという話になった。


「あ、スファンの顔は覚えてますか」


「うん?」


「相談がございますの」


◇◆◇


 マーティンが、奴隷となる前に逃げたスファンの顔を覚えていると言うので、マリーゼはコレット暴露記事を利用することを思い付く。


マリーゼは、片手にペンを持つと、兄のヨーク卿とマーティンの目の前で記事を書き始める。



『貴族を刺し殺そうとした犯罪奴隷が、犯罪紋を入れられる前に脱走した。


眼鏡をかけた顔と、かけてない顔の似顔絵を見て、注意されたし。


細身で背は170センチ程、髪と目は濃い茶色。


危険人物』


マリーゼは、スファンがこのままおとなしく消えてくれれば構わないが、諦めていない可能性を考えて対策を打つ。


それがコレット暴露記事による逃亡者の似顔絵だ。


マリーゼは使用人に言い付けて、書いた原稿をコレット(セバスチャンの個人事務所)に持って行かせた。


記事の重要性から、直ぐにコレット暴露記事として発行した。


元々人気の高いコレット暴露記事なので、多くの人の手に渡った。


こうして、話題になった事件の為、スファンの顔が王国中に広まり、1日も早く捕まって欲しい。


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