第21話 仕掛けられた罠
バランティノ男爵が、子爵となり、ヨーク卿とマリーゼが、一から準備をしていた子爵の叙爵祝いのパーティーが始まる。
身内だけのパーティーといっても、子爵となった祝いのパーティーなので、招待客は50人は下らない。
今回は立食パーティーの形にして、大広間と庭も開放した。
ホストとして紹介されたバランティノ▪ド▪ホイットニー子爵は、せわしなく招待客の挨拶を受けている。
子爵の格好は軍服ではなく、仕立ての良い濃紺の上着と白いシャツを着て正装している。
子爵は、王家に忠誠を誓いパナムのように他の領地にも援助してきた。
しかし他の者には、商団で成り上がった成金と見る者もいて、子爵になったバランティノは人々を驚かせた。
「父上、招待状を持たない者は会場に入れないように指示致しますか」
「それはホイットニーの関係者か何かか?」
貴族のパーティーや祝いの席に招待状なく来る者はいるが、会場内に入れることは出来ない。
ただし例外もある。
「それが貴族の付き添いとして来ている者がいて」
「ああ┅┅付き添いも貴族なら入れるしかあるまい。それ以外は後日挨拶を受けることにして帰ってもらえ」
招待状を送っていない貴族まで付き添いと称してやってきて、子爵とヨーク卿は、その対応に追われている。
「お父様」
「おお、マリーゼ」
そんな子爵を心配してか、声をかけて来たのは愛娘のマリーゼだった。
マリーゼのドレスは、いつも以上に可憐だ。
ドレスの青いスカートには水色のオーガージーが施されて、ぺプラムを繊細な刺繍のレースであつらえて、上半身が白のレース。
胸元のサファイアが一際大きく見える。
まるでマリーゼ自体が白鳥を踊るプリマのように優雅に見える。
「私がお客様のお相手を致しますので、少し休まれてきてはいかがですか」
「そうだな、では頼もう」
子爵はマリーゼに礼を言うと、他の招待客の挨拶を受けている息子のヨーク卿に目配せした。
そして休憩を取る為、大広間から奥の部屋へと移動する。
パーティーを開催した子爵の娘として、招待客が楽しめているかチェックする必要があるだろうと周りを見回していると、面白いものをチラホラ見付けた。
マリーゼを見ていないフリをしながら、チラチラ横目で確認している令嬢が2人もいる。
マリーゼは、パーティーを楽しんでいる風を装って笑って見せる。
「さあて、食事が足りてるか確認に行きましょう」
マリーゼがゆっくり歩きだそうとした瞬間、足を引っかけられた。
「きゃあっ」
いや、上手く足を引っかけたと思った人間の足をマリーゼが思いっきり踵で踏みつける。
「っ」
マリーゼの足を引っかけようとしたエレーヌ▪アストリュク男爵令嬢がしゃがみこんでいる。
「どうしたんだ、マリーゼ」
マリーゼの叫び声を聞き付けて、ヨーク卿が直ぐに駆け付けた。
「突然足を引っかけられそうになって、避けようとしたら踏んでしまったんですわ」
「怪我はないかい」
ヨーク卿はマリーゼをいたわっていたが、その声は冷たく床にしゃがみこんでいるエレーヌ嬢をにらみつけている。
「それで何故、マリーゼの足を引っかけようとなさったんですか」
ヨーク卿の冷たい声にエレーヌ嬢は、立ち上がる事も出来ずに震えている。
「そんなお兄様ったら、きっと間違えて私の足の下に、ご自分の足を入れて仕舞われたんでしょう」
つまりマリーゼに踏まれたと言う事は、自ら足をかけに行かなければ、そんな状態にならないと言っているのである。
「いくらなんでも、子爵家のパーティーで男爵令嬢が、子爵令嬢の足を引っかけようとするなんて」
「非常識だな。エレーヌ▪アストリュク嬢は、今後パーティーに呼ばない方がいいだろう」
周りのヒソヒソ声に、エレーヌ嬢は、真っ青な顔で震えている。
「少し具合いが悪くて倒れそうになって、間違えて足を出してしまったようです。マリーゼ様、お許し下さい」
エレーヌ嬢はお辞儀をして、大広間から逃げ出し子爵邸を後にした。
「マリーゼ、少し休んだらどうだい?」
ヨーク卿は、マリーゼを気遣い部屋で少し休憩してこいと声をかけた。
「お兄様それよりも急に叫んでしまって喉が渇いたので、飲み物を持ってきて頂けますか」
「ああ、直ぐに戻る」
ヨーク卿は、あっさりした前菜、豪華なメイン料理、カラフルなデザートの並ぶテーブルへ向かった。
「マリーゼ様、大丈夫でしたか?」
マリーゼが1人になると、すかさず声をかけてきた令嬢がいる。
「まあ、ローザ様、ご機嫌よう」
ローザ▪ヴィルヌーヴ騎士爵の令嬢が、ワインを持って近付いてきた。
「エレーヌ嬢は、どうされたんでしょうね。いらした時から具合いが悪かったようですけど」
「まあ、ローザ様にはエレーヌ様が、具合いが悪く見えたんですか?確か仲の良いご友人でらしたわね」
「ええ、まあ」
ローザは気まずい事でもあるように口ごもりながら、目が左右に泳ぎ始めた。
「あっ」
給仕をしていた男がローザ嬢にぶつかり、ローザ嬢がワインをマリーゼめがけてぶちまけた。
「何しますの」
ローザ嬢は咄嗟に、ぶつかってきた給仕の頬を叩いて責任転嫁する。
確かに給仕がローザにぶつかったのは事実だが。
ローザが、ワインに濡れたマリーゼを気遣おうと振り返る。
しかしワインをかけられる事も予想していたマリーゼは、難なく避けていた。
「まあ、アレグレット侯爵夫人、大丈夫でございますか」
なんとマリーゼが避けたことで、招待客の筆頭とも言うべき侯爵夫人にワインをかけてしまっていた。
「私、娘の友人のマリーゼ様とお話したかったのですが、何故ローザ嬢が私にワインをかけるのか理解に苦しむわ」
侯爵夫人はワインをかけたローザ嬢を視線をそらさずに、真っ直ぐに見ている。
「誰か、侯爵夫人をお部屋にお連れして、新しいドレスをお出ししてちょうだい」
マリーゼは、急いで侍女を呼び寄せた。
「かしこまりました。侯爵夫人、こちらでお目し替えをどうぞ」
「侯爵夫人こちらの始末をして、後ほどお詫びに伺いますわ」
マリーゼは一声かけて、侯爵夫人をお見送りする。
「ええ、お待ちしているわ」
侯爵夫人は、侍女の後について部屋へと下がっていった。
「マリーゼ、さっきのは侯爵夫人だろう?何があった」
ヨーク卿が飲み物を持って戻ってきた。
「この給仕係が、ローザ様にぶつかってきて、ローザ様が私にワインをぶちまけそうになったから、避けたら侯爵夫人にかかってしまったの」
「給仕係が、こんなに広い大広間で貴族の令嬢にぶつかってくるなどあり得ない。侯爵夫人にワインをかけたのだ、もう給仕の仕事は一生出来ないと思え」
ガシャン
いつになくきついヨーク卿の言葉に驚いたのか、ローザ嬢が手に持っていたグラスを落としてしまう。
「お許し下さい。私はこちらのご令嬢に後ろからぶつかるように指示されたので、言う通りにしただけなのです」
給仕係は、自分がしでかした事の大きさにやっと気が付いたようだ。
「何を言って、私はこんな人知りませんわ」
ローザ嬢が、あわてふためいてヨーク卿を前に大きく首を振っている。
そこへ侯爵夫人の娘、フランソワがやってくる。
「マリーゼ様、お母様に聞いたわ。こちらは大丈夫だから、マリーゼ様は気にしないでって」
フランソワが、マリーゼの手を握る。
「でも、給仕係を使って侯爵夫人に恥をかかせたローザ嬢は覚悟しといて。社交界に顔を出したらただじゃ置かないわ」
「素敵ですわ」
マリーゼは、フランソワの悪役令嬢ぶりにホレボレした。
「お許し下さい」
ローザはそばに座り込みフランソワに頭を下げた。
「ここで仕事がなくなっては生活できません」
給仕係もここで仕事を失なえば信用がなくなり、他の貴族の屋敷でも雇ってもらえなくなる。
「つまみ出せ」
ヨーク卿はゴミでも見るような目で、ローザ嬢と給仕係を追い出した。
「お見事」
周りの招待客から、称賛の声が飛び出す。
「面白かったな」
「まさか芝居なのか?」
次から次に起きる事態に招待客からは、お芝居だったのかと声がかかった。
「お見苦しいところをお見せ致しましたが、お芝居だと言って下さる心遣いに感謝致します」
マリーゼがドレスを摘まんでお辞儀をする姿は、白鳥が首を休める優雅な様子を思わせる。
「エレーヌ嬢やローザ嬢の失態にも動じずに、終始毅然とした様子」
「ええ、バランティノ子爵やヨーク卿が可愛がる理由が分かりますわ」
元からバランティノ子爵とヨーク卿と交流のある招待客達は、マリーゼの貴族令嬢らしい毅然とした振る舞いに感心していた。
「お兄様、侯爵夫人の様子を見に行ってもよろしいですか」
「ああ、勿論。私は庭で令嬢達に捕まっている憐れなマーティンを救ってくるよ」
ヨーク卿は仕方ないと言いながら、親友の救出に向かった。
「クスクスッ」
マリーゼとフランソワは、令嬢達に捕まっているマーティンの様子を想像して笑ってしまった。
「マリーゼ様、お母様のところに行くなら、一緒に参りましょう」
「ええ」
侯爵令嬢をパーティーに呼ぶなんて、以前なら考えられなかった。
それが今では、一番の仲良しで、悪役令嬢軍団(今のところ2人だけど)の仲間だなんて。
マリーゼは隣のフランソワを見て、にっこり微笑んだ。




