66/モルガーナ
事の成り行きを見守っていたヒトビトは、呆然とその場に立ち尽くしている。みな、わたしを怯えたような瞳で見つめている。
立ち上がって、周囲を見渡す。
ゆっくりと、わたしは口を開いた。
「我が名はモルガーナ。アステールの跡を継ぐ者。これよりわたしが、このステラを治める王となる」
わたしの声に、ヒトビトは膝を折り曲げて頭を下げた。
抵抗は無意味。意見を口にすれば自分たちも消される。そう思ったのかもしれない。それはわたしを王として認めさせるには必要なことであったのかもしれないし、無駄にカレらを怖がらせてしまっただけなのかもしれない。
ただ、こんなことをしたいわけじゃなかった。
それでもこうするしかなかった。
ヒトビトを無視して、街の中央にある城へと向かう。もうダレも邪魔してこない。ダレもわたしに敵意を向けない。誰も、わたしを止めてはくれない。
無人の城へと入る。
そうして玉座にたどり着くと、わたしはゆっくりとその席に腰を下ろした。
「——魔力器官、接続」
魂の書き換えによって、わたしは本物のカミサマになった。そのおかげで、膨大な魔力供給に耐えられるだけの器を手に入れた。
最後の仕上げだ。ここでわたしが封印の一部になれば、本当にステラは救われる。これでステラは、安定する。
わたしがこの城から動くことはできなくなる。王として、神として生きなければならなくなる。
それでもいい。
救うためならば、わたしはわたし個人の意思を捨てられる。幸福を、捨てることができる。
「回路、起動。認証。我は空の瞳を持つ者。この身体は星であり、我こそがこの星の行く末を決める」
じわじわと自分自身がステラ全域に繋げられていく感覚がする。目を瞑れば、この土地の全てを把握できる。
魔人は消えた。ヒトビトは元に戻った。建物は壊れて、死んでしまったニンゲンたちは決して戻らない。それでも、再び平穏が訪れたことにヒトビトは安堵している。
ああ、それならいい。それならいいの。
「——確定。接続名、第二席モルガーナ。我こそが、この星を担う者。この星の王となる————!」
自分が知覚できる範囲が伸びていく。自分の身体が土地に染み込んでいく。
土台を失ったステラは本来ならもう存在できない。それを、わたし自身を無理矢理新たな土台にすることでその存在を維持する。わたし自身が、星になる。それが最後の封印。
これでステラは救われた。
あと、やるべきことは。
目を瞑って、土地に繋がった魔力器官を起動する。そうして、ステラ全域へと呼びかけるために口を開いた。
「——我が名はモルガーナ。アステールの跡を継ぐ者であり、このステラの新たな王となる者である。我が手足となる警備隊たちよ、すぐにこの城へと来るがいい。今はまだ納得できずとも、すぐに理解させてやろう。わたしが、お前たちの新たな主人である、と」
言い終わるのと同時に、城に大勢のヒトビトが入り込んだ感覚が伝わってきた。おそらくステラにいた警備隊たちがやって来たのだろう。
バタバタとうるさい足音を立てながら、警備隊のヒトビトが王の間へとやって来た。乱暴に扉を開けたカレらは武装しており、見るからにわたしの存在に納得していないといった様子をしていた。
全員が王の間へと入ったのを確認して、扉を閉める。そうして結界を張って、ダレも外へと逃げることができないようにした。
ダレも触れていなかった扉が突然閉まったことに警備隊のヒトビトは驚いて背後を振り返ったが、すぐに険しい顔をしてわたしを見つめる。
「お前、アステールさまに何をした!」
先頭にいた男が叫ぶ。剣をわたしに向け、答えろと脅すようにな振る舞い。それに眉をひそめて、わたしは指を少し動かしてカレの手を切り落とした。
「っ、あ、ああああ!」
右手がぼとりと床に落ちる。赤い絨毯を紅く染めて、男は痛みに震えながらわたしを見上げた。
「王に刃向かうつもりか? 剣をおろせ。命令だ。逆らうのなら、この男と同じように手足を切り捨てる」
わたしの声に、ヒトビトはゆっくりと武器をおろした。
「それでいい。で、アステールだったな。彼女は死んだ。……わたしが、殺した」
アステールが死んだという言葉に、ヒトビトの顔から血の気が引いていく。少なくとも、嘘だとは思われていないらしい。
「先ほども言ったが、わたしは彼女の跡を継ぐ。彼女を殺したわたしにはその権利があるだろう。その責任が、あるはずだ。故に、わたしは今この瞬間からこのステラを治める王となる。文句があるか」
じろりとカレらを一瞥すると、警備隊のヒトビトは声を発することなく小さく首を横に振った。ヒトリ傷つけただけで、どうやらカレらの戦意は失われてしまったらしい。
力を示すことは、できたということだ。
「理解したのならよい。貴様たちはこれから、アステールではなくわたしの部下だ。反抗は許さぬ。ステラを維持するため、ステラの平穏を守るため、お前たちにはしっかりと働いてもらう」
結界を解く。もう、カレらに用事はない。
「立ち去るがいい。わたしの世話をする必要も、機嫌を伺う必要もない。お前たちは、お前たちの仕事をしろ」
わたしの言葉に頷いて、ヒトビトは王の間から立ち去っていった。手を切り捨てられた男は、ガタガタと身体を震わせながら、怯えた瞳でわたしを見つめ、そうして逃げるように王の間から出て行った。
これでいい。これでいいのだ。
誰もいなくなった王の間。上着の下からほのかに光る塊を取り出す。
この子は私の武器だ。友達じゃない。ただの部下で、ただの破壊装置だ。親しくする必要はない。感情を向ける必要もない。向けてはいけない。
「でも、ごめんね、烏兎」
わたしを助けたいと思ってくれたのに、散々手伝ってもらったのに、こんなことをして。
「もし、もしわたしが駄目になったら。その時は、お願い。勝手でごめん。でも、助けて、烏兎」
小さな声で呟く。きっと聞こえてなんていない。わたしの、モルガーナとしての最後のお願い。
「——目覚めよ、我がしもべ、ステラの守護者よ」
そうして、わたしはただのモルガーナを捨てた。友達も捨てた。好きだった誰かへの気持ちも、心の奥底に封じた。全てを捨てて、ステラを治める王となる道を選んだ。




