52/予言の救世主
懺悔室に戻ると烏兎が待っていた。
烏兎はわたしの顔を見て、眉間に皺を寄せた。
「一体何をしたのですか、モルガーナ」
「封印と、魔法を少し」
その言葉に、烏兎は眉間の皺を深くした。
「大丈夫。それより、グレイさんは?」
「カレなら先ほど、ヒトビトに呼ばれて礼拝堂に向かいました」
そう、と頷いて懺悔室を出る。
礼拝堂に戻ると、ヒトビトの姿は先ほどよりも減っていた。そうして、残っていたヒトビトはわたしに気がつくと明るい顔で駆け寄って来た。
「救世主さま! ありがとうございます。ありがとうございます」
「この奇跡はあなたさまのおかげなのでしょう? ああ、なんてこと。本物の救世主が現れるなんて。予言は本当だったのね!」
わたしを取り囲むヒトビトは、みな救世主救世主と繰り返していた。みな、嬉しそうな表情を浮かべ、中には目に涙を溜めているヒトもいた。
「モルガーナさま!」
ぱたぱたと足音が近づいてくる。ヒトビトをかき分けて、グレイさんが姿を現した。
「魔人になっていたヒトたちが、ニンゲンに……モルガーナさまの、おかげなのですよね」
「それは、ええと、一応」
頷くと、グレイさんは膝をついて頭を下げた。
「ちょ、グレイさん⁈」
何事かと身体を下げようとして、頭を上げたグレイさんに止められる。
「まさか本当に、モルガーナさまが予言の救世主さまだったとは。疑っていたわけではないのです。それでも、実際にこんなことになるまで確信を持てず。本当に、申し訳ありませんでした」
そう言って、グレイさんは再び頭を下げた。
グレイさんにならうように、わたしを取り囲んでいたヒトビトも床に膝をつき、頭を下げる。
「そ、そんな、顔を上げてください」
わたしの言葉に、みんなはゆっくりと頭を上げた。
心底から感謝されているのが分かる。みんな、わたしを本物の救世主さまだと信じてくれているのが伝わる。
「わたし、は」
でも、救世主さまなんかじゃない。
一度はこのステラに滅びを呼んだ存在。それがわたしだ。
「我々には今できることはありませんが、感謝を。モルガーナさま。この御恩は必ずお返しいたします」
グレイさんの言葉に続いて、ヒトビトはありがとうございますと口にした。
「モルガーナ」
小声で呼びかけながら、テイルがわたしの背中を叩く。それに促されて、ゆっくりと口を開いた。
「……その必要は、ありません。わたしはただ、自分の役割を果たしただけですから」
感謝される理由なんてない。
わたしはわたしのするべきことをしただけだ。
「みなさん、顔を上げてください。わたしはまだやることがあるのでこの街を離れます。ステラはまだ安全になったとは言えません。ですから、みなさんは気をつけて。油断せずに過ごしてください」
それだけ言って、では、と頭を下げてヒトビトから離れる。そうして礼拝堂を後にして、教会から出る。
教会の外にも、大勢のヒトたちの姿があった。恐らくは先ほどまで魔人だったヒトたちなのだろう。ヒトビトはお互いの無事を喜んで、肩を組んだり笑みを見せたりしていた。
その様子に、胸を撫で下ろす。
よかった。魔法は本当に成功したのだ。
みんなを救うことができた。みんなを元のニンゲンに戻せた。
教会にいたヒトビトを思い出す。お礼なんて必要ない。ああして、感謝の気持ちを伝えてくれただけで十分だ。
「うん。次の場所に急ごう、テイル」
身体の限界は近い。本当は少し休みたい。
それでも、一刻も早くみんなを救いたくて——。
「おい、待て」
次の場所に向かおうと足を踏み出したところで、聞き覚えのある声が聞こえた。
顔を向けると、そこにはところどころに傷を負ったノストスさんの姿があった。
「なっ、ノストスさん! 怪我を」
「うるさい黙れ! この程度、なんてことはない。間違っても、カルミアのように治癒魔法なんざ使うなよ。そんな顔で魔法なんぞ使われたくないからな」
ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らして、ノストスさんは杖をつきながらわたしに近づいてきた。そうして、ちら、と教会に目をやってただでさえ不機嫌そうな表情をますます不快そうに歪めた。
「あいつらはお前を、救世主だなんだと認めたんだろう。その程度、見んでも予想がつく。カルミアのように、ヒトビトを助けた。救世主と持ち上げられるのは当然だ。……ああ、気色が悪い」
ぺ、と唾を教会の方に吐き捨てると、ノストスさんは不愉快そうな表情のままわたしを見つめる。
「どいつもこいつも気色が悪い。だが一番気持ち悪いのは貴様たちだ。カルミアといいお前といい、どうしてそう。ああ。いい。こういう奴は言っても聞かん」
ぶつくさと文句を呟くノストスさん。話を聞くべきなのかもしれないが、今は急いで次の街に向かうべきだろう。
「あの、ノストスさん。話がないのなら、わたしはこれで——」
ぎろりと、鋭い視線がわたしを貫いた。
「ああ。話なぞない。だがな、一言言わせろ。この街のようなことが、次でも起きると思わないことだな」
「……それは、どういう」
訊ねようと声を出すと、ノストスさんはますます視線をキツく、鋭くした。
「分からんのか。貴様らは主教派にとっては救世主だが、星教派にとっては滅びの魔女。カルミアがカレらを懐柔したのは、ただ運が良かっただけだろう。……まあ、アレの実力も少しはあるのだろうが。だが、アレのような真似は貴様にはできそうにないからな。アレのように、誰からも慕われるようなニンゲンは、貴様には遠い」
「それはつまり、モルガーナが星教派に襲われる可能性があるということですね。あなたは、モルガーナの身を案じている」
黙って話を聞いていた烏兎が、わたしの隣に並びながらノストスさんに声をかける。烏兎の言葉に、ノストスさんは小さく舌打ちをした。
「そんなわけなかろう。救世主など、どうでもいいのだから」
「本当にどうでも良いのなら、あなたはここには来ていないしモルガーナに話しかけることもない。違いますか」
淡々とした烏兎の指摘に、ノストスさんはわたしたちから顔をそらす。
「モルガーナ。カレの言う通り、次の街のヒトビトが同じようにあなたに感謝をするとは限らない。敵意を向けてくるニンゲンもいるかもしれない。それは、心に留めておくべきでしょう」
「……そう、だよね」
もともと今ステラがこうなっているのはわたしのせいなのだ。感謝される方がおかしな話で、だから、今回のフレウンでの反応が特別で、次からはこうはいかないかもしれない。
「ノストスさん、忠告してくれてありがとうございます。それでも、わたしがやらなきゃいけないことなので」
そっぽを向いていたノストスさんは、こちらを見ることなくわたしたちに背を向けた。
「知らん。お前たちのことも、カルミアのことも、わたしには何も関係ない! 関係、ないのだから……」
そうして傷ついた身体で杖をつきながら、ノストスさんはゆっくりとヒト波の中へ消えていった。




