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48/カントレッジの封印

 テイルの宣言通り、カントレッジには三日でたどり着いた。

 早朝。空は気持ちのいい青空とはいえず、分厚く黒い雲に覆われてしまっていた。

 猫の姿へと戻ったテイルを肩に乗せ、集落の中を進む。

 ヒトビトは以前来た時と同じように、薪を割ったり掃除をしたり、平穏な時間を過ごしているように見えた。


「ここは比較的無事か。教会に急ごう」


 テイルはぱしぱしと急かすように尻尾のようなものでわたしの背中を叩く。それに頷いて、真っ直ぐに教会へと急ぎ足で向かう。

 教会の前には、前回と同じように仏頂面をしたグラフォさんの姿があった。

 グラフォさんはわたしを見つけるなり、着いてこい、と首の動きだけで示して中へと入って行ってしまった。

 それに従って、後を着いていく。

 礼拝堂に入ると、グラフォさんは振り返ることなく口を開いた。


「ステラの終焉が始まったな。星の心臓はやはり、このステラの土台となる星そのものの心臓でもあったわけだ。……望み通りの結末か?」


 冷たく、抑揚のない声で問いかけるグラフォさん。

 それに、いいえ、とわたしはきっぱりと首を横に振った。


「ステラを滅ぼすつもりなんてありませんでした。それでも、この結果を招いたのはわたしです。この責任はきちんと取ります。ステラは滅ぼさせない。今度こそ、ステラを、みんなを救う。そのためにも、グラフォさんの知恵を貸してください」


 お願いします、と頭を下げる。

 無言の時間が続く。息遣いも、言葉も、風の音も聞こえない。

 しばらくそうしていると、グラフォさんは観念したようにため息を吐いた。そうしてカツカツと足音を鳴らして私の前まで来ると、ぐっ、と突然わたしの顔掴んで頭を無理矢理上げさせた。


「できることをする。そのつもりでここまで来たことだけは認めてやる。それでようやく、お前は一歩を踏み出した。だがまだ一歩だ。世界を救うにはまだ足らん。分かっているな」

「はい」


 赤い瞳から目を逸らすことなく、返事をする。


「一言だけ言わせろ。俺はお前を許さない。世界を滅びるきっかけを作ったことでも、浅慮だったことでもない。俺はただ、アステールさまを殺したということだけは、許せない」


 赤い瞳には、うっすらと涙のようなものが滲んでいた。


「ただただ民たちのために尽くした千五百年間を、カルミアを失ってなおニンゲンたちに自由を許したこの五十年間を、それらを崩したことは責めない。アステールさまの気持ちは分からないからな。それでも、俺はあの方を慕っていた。尊敬していた。だから、あの方を殺したことだけは、許さない。……それだけは、言っておきたかった」


 言い終わると、グラフォさんはわたしの顔から手を離して、乱暴にして悪かったな、と呟いた。


「それで、これからのことだったな」


 グラフォさんは説明をしながら、懺悔室の方へと向かう。


「まずはあの魔法陣についてだ。ずっと気になってはいたから、調べてはいた。お前が封印を解いて貯まっていた魔力を解放したおかげで、ようやくその正しい機能が分かったよ」


 グラフォさんの後を追いかけながら、話に耳を傾ける。


「あれは世界を繋ぎ止める封印を施すためのもの。外の世界とこちらの世界を繋げるもの。それが、あの魔法陣の本来の役割だ」


 扉を開けて、懺悔室へと入る。椅子はすでに撤去されていた。


「外の世界に対して、エネルギーを奪うための根っこのようなものを下すんだ。それは世界を繋ぎ止めておくピンのような役割もあるがな。でもまあ、木の根が一番近いか」


 グラフォさんは迷わず地下へと続く穴へと飛び降りた。側面にかけられた梯子に足をかけて、それを追いかける。

 グラフォさんは下から、わたしが降りてくるのを待ちながら封印についての説明を続けた。


「封印さえ施してしまえば、今混乱に陥っているステラはある程度落ち着くだろう。少なくとも、世界の崩壊は収まる。……魔人の方については知らんがな」

「魔人は元に戻らないかもしれない、ってことですか?」


 ああ、と悔しそうな返事が下から聞こえてきた。


「あれを元に戻す方法はないだろう。アステールさまはステラ全体に、土地に直接ご自身の魔力器官を繋げていらっしゃった。それを通して、ステラに住むヒトビト全体に魔人化を抑える魔法をかけていたんだろう。まあ、アステールさまが殺されてしまえば解けてしまうし、そうでなくとも限界が来れば結局は魔人になってしまうんだが」


 それでもないよりはマシだっただろう、とグラフォさんは同意を求めるような声で言った。

 それはその通りだろう。もしアステールの魔法がなかったなら、その時はもっと多くのヒトたちが早い段階で魔人になっていた。


「封印を施せば、同じように魔力器官を繋げることになる。外からエネルギーが供給されるから、魔力器官の質や能力は向上していくだろう。だが」


 梯子を降り終わると、グラフォさんはどこか悲痛そうな表情をわたしに向けた。


「外からのエネルギーは、結局は自分の持つ魔力ではない。それを魔力器官に流し続けるということの意味は、分かるな?」


 魔力器官に負担がかかり続ける、ということだ。


「供給されるエネルギーは膨大なものになる。封印の数が増えるたび、エネルギー量も増えていく。封印は七つ。普通の魔法使いなら、三つが限度だ。それ以上は耐えきれん。それ以上を耐えきれたとして、本当に世界を維持するためだけの道具になってしまうだろう」


 グラフォさんは立ち止まったまま、先に進もうとしない。


「身体にかかる負担は想像以上だろう。まず一つ目の封印を施して、それに耐えられるかも分からない。お前の魔力器官じゃ、恐らく三つが限度だ。それ以上を求めれば、お前はニンゲンとしての在り方を捨てなければならなくなる。だがステラを救うためには、七つ封印を施さなければならない。……本当に、やるのか」


 やるかやらないか、選択肢はない。


「やります。それが、わたしにできることなら」


 グラフォさんはわたしから視線を逸らして、唇を噛む。そうして、わたしに背を向けて奥の小部屋に向かって歩き出した。

 黙ったまま、後ろを着いていく。

 グラフォさんが壁に取り付けられた松明に火をつけると、見慣れた石造りの部屋が現れた。

 足元に描かれた魔法陣には、以前来た時とは違いもう魔力は込められていない。


「あとはお前の仕事だ、モルガーナ。封印の巫女となれば、その負担はお前に重くのしかかる。……後戻りをするなら今しかない。よく考えて行うんだな」


 壁に寄りかかりながら、グラフォさんはじっとわたしを見つめていた。

 よく考えて、か。

 それはわたしがこれまで散々放棄して来たことだ。けれど、こればかりは考えるまでもないこと。今度こそステラを、ヒトビトを正しく救いたいのならこうするしかない。

 みんなが求める救世主ならどうするか。ずっとそれを頼りにしてここまでやって来た。自分の意思ではなく、他のヒトならどうするのかを基準に決めていた。流されて流されて、わたしの意思はあってないようなものだった。

 でもこれからすることに、他のヒトの気持ちも意見も関係ない。

 わたしはただ、わたしがそうしたいから封印を施すことを選ぶ。償いのつもりなのかもしれない。後悔から目を逸らすためだけの行動なのかもしれない。

 それでも、これはわたしが選んで決めたことだ。

 杖を編み上げて、魔法陣の中央へと進む。

 イメージは大樹。空に根を下ろして、世界を確かなものにする。


「魔力器官、接続」


 杖を突き立てて、詠唱を開始する。

 魔法陣を起動するのに、全力で魔力を廻さなければならない。息を吸い込んで、魔力を送り込む準備を整える。


「回路、起動。認証。我は空の瞳を持つ者。この身体は星の幻——」


 そう。所詮この身はアステールによって創られた幻のようなもの。ニンゲンでもなければ、メルリヌスたちのようなカミサマでもない。

 それでもそこに宿る意思は本物だ。たとえアステールによって植え付けられたものなのだったとしても、たしかにそこには意思が存在している。何もかもが偽物だったとしても、そこに在るという事実だけは変わらない。


「この星の行く末を決める者」


 結局はどう在ったか。何を為したか。

 ……それが大切なのだと、教えられたじゃないか。


「——確定(セット)。接続者名、(モルガーナ)(・トン・)蜃気楼(アステリオン)。空に根を下ろせ、カントレッジより伸びる生命の大樹よ————!」


 詠唱を終えると同時に、ありったけの魔力を魔法陣に流し込む。やるならば全力でやらなければならない。いくら外の世界と繋がりやすい場所とはいえ、エネルギーを奪うために相手の世界を侵食するようなことをするのだ。中途半端な魔力行使では弾かれてしまう。

 見えない力に、流し込んだ魔力が押し戻されそうになる。そんな拒絶の暇も与えないように、大量に、全力で魔力を流し込み続ける。

 魔法陣は淡い光を放ち、やがて空へ向けて一本の光の柱が立った。

 ——繋がった。

 そう思ったのと同時に、身体の中に熱い液体が流し込まれていく。液体は全身を駆け巡り、内側に棘のようなものを生成した。


「————っ、あ」


 杖を握りしめて、見えない負荷に耐える。

 身体中が痛む。内側には無数の刃が存在しているようだ。それらが外に出たいと身体を刺して傷つけている。心臓がばくばくと脈打つ。熱い。痛い。痛い!


「は、あ——っ、はあ——あ、あ」


 痛い。熱い。身体が重い。

 ぐら、と視界が揺れて身体のバランスが崩れた。


「モルガーナ!」


 肩から飛び降りたテイルが、尻尾のようなものを伸ばして倒れかけたわたしを支える。

 痛みが治る気配はない。身体はずっと熱い。身体の重さはじわじわと酷くなっていく。

 それでも、出てきそうな弱音を飲み込んで、できるだけいつも通りの笑顔を浮かべた。


「だい、じょうぶ。ありがとう、テイル」


 はあ、と息を吐いて体勢を整える。

 壁際にいたグラフォさんは、いつの間にかわたしのすぐそばまでやって来ていた。


「封印はあと六つだ。これから先、封印を施すたびにその負担は重くなっていく。お前にできるのか」


 顔を上げて、グラフォさんの瞳を見つめる。

 心配からの言葉なのだろう。わたしを気にかけての言葉なのだろう。

 今ならまだ、と、グラフォさんが口にしかけた。それを、首を振って止める。


「できるかできないかじゃないんです。やります。最後まで封印を施します。それが、わたしの役目だから」

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