47/これから
後もう少し遅ければ、門は閉じられていたかもしれない。それが、ステラから脱出した時のテイルの言葉だった。
その言葉は正しかったのだろう。わたしが出てからしばらくはヒトの姿が門の付近にあったけれど、それも時間が経てばヒトヒトリ見ることがなくなってしまった。
「魔人を外に出せば他の街にも被害が広がる。ある程度逃げたのなら、そう判断して門を閉じると思ってな。ま、その判断は実際にはただの地獄絵図が完成するだけなんだが」
ステラを離れて、目的地もないまま草原地帯を歩く。
綺麗なはずの夕焼け空は、今は不気味で恐ろしい。
「ニンゲンが魔人になってはいるが、まだ数はそれほど多くはない」
「……ほんとに?」
「今のところは、だがな」
だが先は明るくない、とテイルは厳しい声で語る。
「あくまでも限界量を超えていたにもかかわらずニンゲンの状態を維持していたモノ。今はそういうニンゲンだけが魔人になっている。だが時が経てば、限界量を超えていないニンゲンも魔人へと変質していくだろう。ステラが崩壊するのと同様に、ニンゲンたちもその姿を保てなくなっていく。メルリヌスが言っていた通り、もってあと一週間だ」
一週間で解決策が見つかるとは到底思えない。
ああ、本当になんて馬鹿なことをしてしまったんだろうか。これではダレにも顔向けできない。ダレにも何も言えない。
きっかけはどうあれ、ステラの滅びを呼んだのはわたしだ。深く考えることもなく星の心臓を守る封印を解いて、ヒトビトのためになると思ってアステールを倒す道を選んだ。
その結果が、この末路だ。
許されることではない。償えることでもない。
顔を上げることができずに、俯いてとぼとぼと地面を歩く。
「モルガーナ」
テイルが、いつになく優しい声色で口を開いた。
「わたしは、お前がどうするか、どうしたいのかに従う。ステラを諦めるにしろ、ステラを救うにしろ、どちらにしても判断を下すのはお前自身だ。滅びたからってダレにもお前を責める権利はない。それは決まっていたことなのだから。けれど、仮にステラを救ったとしても、ダレもお前を褒めないかもしれない。讃えないかもしれない。だから、ダレの意見も関係ない。お前が、お前自身の意思で決めるんだ」
お前はどうしたいんだ、と、再度テイルは優しい声色で訊ねた。
足を止める。
わたしがどうしたいか。
これまでたくさん間違えて来た。ここまで来て、今は後悔ばかりが残っている。誇れるものなんて何一つなくて、胸を張れることだって何もない。
わたしはただ、みんなの期待に応えたかった。メロンの期待に、応えたかっただけだ。
なら、きっとここで諦めてはいけない。
償いだとか責任だとか、背負わなきゃいけないものはたくさんある。諦めてはいけない理由はたくさんある。
「わたしは、ステラを救いたい。たとえそれが無駄なことであったとしても、この世界が偽物なんだとしても。それでもそこに存在する以上は、本物と何も変わらないはずだから。ただそこに在ることだけは、変わらない事実のはずだから」
覚悟を決めて顔を上げる。
今するべきことがなんなのか分からない。これから先がどうなるかも分からない。
それでもわたしは、ステラを救いたかった。
「なら、決まりだな」
そう言って、テイルはぴょんと肩から飛び降りる。
「グラフォのやつが言ってただろう。何かあったら来いって。何をするべきか分からないなら、まずはあいつのところに行ってみるのがいいかもな」
たしかに、グラフォさんなら何かを知っているかもしれない。
けれど。
「ここからカントレッジまで、歩いて八日はかかるよ。それじゃあ間に合わない」
一週間でステラが消え去るというのなら、カントレッジにたどり着く前にステラは消えてしまう。これでは本当に、何もできることがない。
けれどテイルは、首を振ってそれを否定した。
「歩くよりも早ければいいんだろう? なら」
と、グニャグニャと自身の形を変形させて、テイルはやがて一匹の馬のような姿へと変化した。
「これなら二、三日でたどり着く。ほら、今すぐ出発しよう」
テイルは乗れ、と首を動かして示してくる。それに従って、大人しくテイルにまたがる。
テイルはわたしが乗ったのを確認すると、すぐに走り出した。
「う、わあ」
勢いよく走り出すものだから、一瞬落ちそうになる。必死にテイルの首に捕まっていると、テイルの身体からしゅるしゅると黒い何かが生えてきた。そうしてそれは、わたしを支えるように巻きついた。
草原地帯を黒い馬が駆け抜けていく。
心地よい風が頬を撫でる。
きっとこんな事態じゃなければ、もっと爽やかな気持ちで楽しめたのだろう。
今は正直、心が重たい。気を抜けば後悔と自責の念で自分が押しつぶされてしまいそうだ。けれど、それは甘えだ。いくら自分の中で反省をしていたって、行動で示さなければ何の意味もないだろう。
今はただ、できることをやるしかない。
顔を上げて前を見る。
赤い夕日がゆっくりと、地面に向かって落ちていた。




