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43/女王アステール

 展開した魔法陣から、一斉に何かが放たれる。


「!」


 即座にメルリヌスさんの前方には蔓の壁が編み上げられた。だがその壁は、あっけなくずたずたに切り裂かれた。

 カラン、と音を立てて何かが足元に転がってくる。視線を落とすと、そこには鋭い氷柱が落ちていた。

 アステールの上部に展開される魔法陣の数は刻一刻と増えていく。次から次へと、アステールは魔法陣を描き加えているのだ。


「この場で戦うというか、メルリヌス。不敬だぞ」


 メルリヌスさんに向かって氷柱が降り続ける。メルリヌスさんはそれを防ごうと、次から次へと蔓を発生させて自身を守る壁を補強し続けていた。


「それは結構。ボク、別にキミのこと敬ってないし。それにどうせ、それは本体じゃないんだろう? キミの本体は星の心臓になっている。そうしてどこか、別の場所で眠っているはずだ。例えば、この城の地下とかね」


 ふん、とアステールはメルリヌスさんの言葉を鼻で笑った。その仕草に、なぜか親近感のような懐かしさのようなものを覚える。


「だとして、何故わざわざここに来た。初めから地下を目指せばよかったであろうに」

「挨拶もなしに殺すのはボクの信条に反するからね。それに地下に行くにしたって、どうせキミを倒さなければ向かえないようになっているんだろう——っ!」


 メルリヌスさんの周囲から、巨大な手のようなものが伸びる。木の根っこのようなそれは、アステールの背後目掛けて振り下ろされる。

 だが。


「効かぬな。そもそも、だ。ここで戦いを始めた時点で貴様の負けは確定している」


 壁に展開された魔法陣から発せられた光線によって、巨大な手のようなものは散り散りになってしまった。

 アステールは玉座から立つことなく、右手を振り上げる。上部に広がる魔法陣の数はますます増えていく。


「邪魔をするな、メルリヌス。どうせ、わたしと貴様がやり合っても痛いだけなのだから」


 アステールが手を振り下ろす。展開された魔法陣からは数え切れないほどの氷柱と、先ほど木の根っこのようなものを消してしまった青白い光線が発射された。


「っ、凍結(フローズン)!」


 黙って見ているわけにはいかない。

 杖を編み、一歩踏み出してメルリヌスさんの前に氷の塊を作り出す。咄嗟に作り出したけれど、氷の塊はそれでもなんとか盾の役割を果たしてくれていた。

 ほう、と感心するような声が聞こえた。けれど攻撃が止む気配はない。

 じろり、と。

 これまでこちらに向けられることのなかった瑠璃色の瞳が、わたしたちを捉えた。


「モルガーナ、烏兎。お前たちもここで痛い目に遭ってもらおう。どうせわたしでは殺せぬが、諦めて帰らせることくらいはできよう。空白に役割を流し込められただけの者たちよ。わたしの前から、このステラから消え失せるがいい」


 アステールが言い終わるのと同時に、複数個、いや、数え切れないほどの魔法陣が天井に描き出された。

 まさかあの全てから氷柱や光線が発射されるのだろうか。とてもじゃないが避け切れない。盾を作り出したところで、いつまで防ぎ続けることができるか。


「これらは侵入者用に作り上げた簡単なものだ。烏兎には効かぬであろうが、モルガーナとメルリヌスはいつまで耐えられるかな」


 アステールが右手を掲げる。

 大きな氷の刃。メルリヌスさんに向けて降り続いているのと同じ氷柱。固そうな氷の礫。見て見ぬ振りをしたいが、それらはどれも、ただ射出するだけだとしても高威力に設定されていることが分かる。当たれば痛いどころの話ではなく、致命傷になりかねない。


「——うん、無理! 格好つけようと思ったけどやっぱ無理! ボクじゃあ手も足も出ない! 烏兎、あとはキミに任せた!」


 止まない攻撃から身を守りつつ、メルリヌスさんは烏兎へと呼びかけた。アステールはちら、と一瞬メルリヌスさんに目を向けたものの、すぐに烏兎へと視線を移した。

 掲げられた右手が振り下ろされる。避けることはできない。ならやっぱり、無理だとしてもなんとか防ぎ続けるしかない。


凍結(フローズン)!」


 自身と烏兎の周囲を守るように、氷の盾を展開する。それと同時に、構えられていた氷の凶器たちが天井から放たれた。


「モルガーナ」


 横にいた烏兎が、大鎌を取り出しながら声をかけてくる。正直返事をする余裕はない。メルリヌスさんの前に展開した盾も、今わたしたちを守っている盾も、どちらもどんどん削られていっている。それを瞬時に補強するので手一杯だ。


「あなたは自分の身だけ守ってください。アステールのことは、私に任せて」


 言うが早いが、烏兎はわたしが作った氷の守りから飛び出した。


「ちょ、烏兎!」


 降り注ぐ氷の凶器たちを気に留めることもなく、烏兎は玉座目掛けて真っ直ぐに駆け抜けていく。時折鎌を振って凶器たちを振り払ってはいるようだが、それでも全てを弾くことはできておらず、腕や肩を刃が掠めていく。それどころか、何本か氷柱が刺さっているのが見えた。

 だが彼女が痛みで立ち止まることはない。

 とん、と床を蹴って飛び上がり、烏兎は玉座の後ろへと大鎌を振り下ろした。烏兎を見上げるアステールが、ちっ、と小さく舌打ちをした。


「——まず、一枚」


 パリン、と何かが割れた音。アステールの背後からは細かい粒子がこぼれ落ちていた。おそらく魔法陣の一部が破られたのだろう。少しだけ、メルリヌスさんに降り注ぐ攻撃が弱くなったのが感じられた。

 アステールは不機嫌そうに眉をひそめ、烏兎の存在を振り払うように右手を動かした。


「邪魔をするな、第三席」


 アステールの手の動きに合わせて、青白い光線が放たれる。烏兎はわずかに後退して、それを大鎌で受け止めた。


「魔法陣の中にはあなたを構成する役割を果たしているものもある、天井には五十、あなたの背後には百見えていますが、その役割を果たしているのはそのうちの七つ程度。あと六つ壊せば、私の勝ちです」


 烏兎の言っていることが真実だったからだろうか。アステールは再びちっ、と舌打ちをして、烏兎に向けて放ち続けている光線の威力をわずかに上げた。

 一方の烏兎は変わらず無表情のまま。光線の威力が上がったこともなんとも思っていないのか、びくともせずにそれを受け止めている。

 だがあの状態では、少なくとも烏兎は動くことができない。どちらかが根を上げるまでこのままなのではないだろうか。

 そう思っていたのだが。


「第二席の幻影よ。あなたはこの程度で、私と戦えると思ったのですか」


 烏兎はそう言って、左手で薙ぎ払うような動作をした。たったそれだけのことで、アステールから放たれていた光線は真っ二つに切れ、空中に霧散してしまう。

 驚く暇もなく、烏兎は玉座へと再び突進していった。


「——二つ目」


 ガシャン、とガラスを叩きつけて割ったような音が響き渡る。烏兎の大鎌が、再度玉座の後ろに展開する魔法陣へと振り下ろされたのだ。

 次いで、烏兎は蹴りを入れる。またしても、何かが割れたような音が響いた。


「これで三つ目。残りは四つ」


 粉々になった、魔法陣を形成したものがパラパラとアステールの背後から落ちていく。烏兎がアステールを構成している魔法陣を割るたびに、攻撃用の魔法陣も徐々に消えていっているようだった。おかげで、頭上から降り注いでくる氷柱たちもその勢いを少しだけ弱めていた。

 それでもわたしはこの場から動けない。烏兎の手助けをしたいのだが、いまだ落ちてくる氷の凶器たちを防ぐので手一杯だ。

 肩に乗ったままのテイルに視線を向ける。テイルはこの部屋に入る前と変わらず、目を開けたまま動かない。死んでいるわけではなさそうだけれど、魂がきちんと入っていないような感じはする。


「テイ」


 ル、と呼びかけようとしたところで、ぞわりと身体に寒気が走った。

 気がつかなかったが、魔法陣は壊された端から新たに描き加えられていたらしい。右を向けば、横には先ほどまでなかったはずの新しい魔法陣が展開していた。

 それを確認したときには、もう魔力行使が行われる直前。

 詠唱をする暇はない。避ける暇もない。

 カッ、とアステールがこれまでに放っていたものと同じような青白い光が発射される。数秒もない時間が、永遠のようにも感じられる。

 冷気が頬を掠めた。

 ああ、あれに当たれば凍りついてしまうのだろうな。


「モルガーナ!」


 そうぼんやりと思っていた時、とん、と誰かに身体を押された。


「————っ、はあ。危ない危ない」


 震えたような声が聞こえた。

 天井からは相変わらず氷柱やら氷の礫やらが降り注ぎ続けている。無防備に背中を向けてしまえば、それらに貫かれてしまうのは考えるまでもない。

 けれどそんな中で、メルリヌスさんはわたしをそれらから庇うようにして押し倒していた。


「……外したか」


 落胆とも安堵とも取れるような声色が耳に入る。だがそんな不可思議な声色を気にする暇はない。

 光線はすんでのところで避けることができたものの、メルリヌスさんの身体は降り注ぐ凶器たちのせいで刻一刻とずたずたになっていっていた。


「っ、凍結(フローズン)! と、治癒魔法を!」


 慌ててメルリヌスさんを守るように氷の盾を展開するが、メルリヌスさんの姿は誰がどう見ても手遅れの状態になってしまっていた。

 茶色いケープコートはずたずただし、手足は切り裂かれて血が滲んでいるし、髪の毛は少し凍りついてパサパサになっているし。起き上がって確認してみれば、メルリヌスさんの背中には深々と何本もの氷柱が突き刺さっていた。

 メルリヌスさんは肩を上下させながらも、大丈夫、と小さな声でわたしの治癒魔法を拒んだ。


「ボクはカミサマだからね。残念ながら、この身体は不老不死なんだ。だからいくら怪我をしても死ぬことはないし、いくら時間が経っても老いることはない。放っておけば、この程度の怪我は治る………っ」

「でも痛いんでしょう⁉ 治るからって、放っておけません!」


 わたしの治癒魔法は何の役にも立たないのだろう。それでも、痛みを和らげることくらいはできるはずだ。

 魔法をかけると、メルリヌスさんの表情が少しだけ和らいだ。しばらくメルリヌスさんはわたしを押し倒した体勢のままでいたが、痛みがマシになったからか、ゆっくりとその身体を起こした。そうして、背中に突き刺さった氷柱を抜き取る。その度に、ぐっ、だの、うっ、だの聞いていられないような呻き声を上げていた。

 氷の盾は全方位に展開されている。盾の向こうの様子はほとんど見えない。玉座の方からは何かが割れる音がしていた。おそらく烏兎が、何枚目かになる魔法陣を割ったのだろう。


「……死なないからって、どうしてあんなことしたんですか」


 今わたしにできることは、メルリヌスさんと自分の身を守り続けることだけだ。そう判断して、大人しく氷の盾を補強し続けながらメルリヌスさんに問いかける。

 わたしが危ないことに気がついたからって、わざわざ向かってくることはなかったはずだ。それこそ、蔓なり何なりで突き飛ばせばよかった。そうすれば、メルリヌスさんは不必要な怪我をせずにすんだ。

 顔をメルリヌスさんから背けて、回答を待つ。

 そもそもわたしは、そんなに気にかけられるような存在じゃない。だってもう、星の心臓を守る封印は全部解いた。メルリヌスさんにとって、わたしの存在価値はもうないはずなのに。

 ふむ、と呑気な声が聞こえたかと思うと、ぽん、と頭に手が置かれた。そのまま、ゆっくりと置かれた手が動かされる。


「だって、ボクはキミのことが好きだから。好きな子を守りたいって思うのは当然だろう」

「——」

「それにね、キミはボクの弟子だ。それも一番弟子。師匠なら、弟子のことはきちんと守らなくちゃね。まあ、行動に無駄があったのはたしかなんだけど」


 顔を上げると、メルリヌスさんは少しだけ照れ臭そうにはにかんでいた。


「そん、なの」


 わたしを守ってくれたのは、救世主さまだからではなかった。そうじゃなくて、メルリヌスさんは自分にとって大事な存在として、守りたい存在としてわたしを守ってくれたのだ。

 そんなの、わたしにはもったいない。もったいないけれど、ああ、それはなんて幸福なことなのだろうか——。


「さて、そろそろかな」


 ガシャン、ガシャンとガラスのようなものが割れる音が立て続けに鳴る。その音が響くたびに、天井から降り注ぐ凶器たちの威力は確実に落ちていっていた。

 今では盾を補強する必要がないほど、その勢いは弱くなっている。


「——っ、ぐ、う」


 パリン、と。これまでよりも弱々しい音が聞こえた。それと同時に、痛みを堪えるような声も。

 氷の盾を消して、玉座の様子を確認する。

 そこには玉座から引き摺り下ろされ、床に倒れ伏したアステール。そして、アステールに向けて大鎌を突きつけている烏兎の姿があった。


「は、わたしを殺すのか、烏兎」


 ぜえはあと肩で息をしながら、アステールは身体をわずかに起こして烏兎に問いかける。その様子を、烏兎は相変わらずの無表情で見つめていた。


「わたしを倒すのはモルガーナだと思っていたが、まあ、カミサマはお前にしか殺せぬものな」

「……本当にいいのですか」


 何を確認したいのか、烏兎はそうアステールに訊ねた。だがアステールは何も答えない。

 烏兎は少しだけ迷っているような様子を見せた後、大鎌を振り上げた。

 アステールはその瑠璃色の瞳をわずかに細めて、目を逸らすことなく自身を殺す凶器を眺めている。口元には、笑みが浮かんでいるような気がした。

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