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42/玉座

 八日間の旅を終えて、ようやくステラへとたどり着いた。長かったような短かったような。

 青空の広がる清々しい午後。あと少し。あと少しでいよいよアステールと対面することになる。いよいよアステールを、殺すことになる。


「スバル同様、ここも星教派の街だ。城の中に入るまで、決してボクから離れないで。烏兎もだよ」


 大きな石壁の門を通り抜けながら、メルリヌスさんが真剣な声色で注意をする。ここで魔法使いだとバレれるわけにはいかない。おそらくスバル以上に、この街には警備隊がいるだろう。街中で戦うことになれば、建物もそこに住むヒトたちも無事では済まないだろう。

 それに、ここまで来て殺されるなんて嫌だった。

 門のそばにいた警備隊のヒトは女三人が護衛もなく、外から無事にこの街にやって来たことを驚いていた。不審に思われていないか心配ではあったけれど、カレは親切にも宿屋の場所をわたしたちに教え、そうして労いの言葉をかけてくれた。

 ……警備隊のヒトたちだって、普通のニンゲンなのだ。

 ステラの街はこれまでの街よりも遥かに広く、建物の数も倍以上だ。この街は円形になっているらしく、ぐるぐると歩き回りながら中央に見える城を目指す。残念ながら、城まで真っ直ぐに行ける道というのはないらしい。

 すれ違うヒトビトはみな、不満などなさそうな様子で過ごしているように見えた。少なくとも、アステールに対して悪い印象や不満を持っているわけではないのだろう。けれどもやっぱり、その顔はどこか元気がない。

 複雑な道を、メルリヌスさんは迷うことなく歩き続ける。ヒトも建物も多すぎて、わたしはその後ろを追いかけるだけで精一杯だ。

 中央に見える城は立派な物だ。街の中でも高い位置に建てられているのだろう。白い壁に青い三角屋根。いくつか丸い塔が付属しているのも見える。あんな豪華な建物に、一体何人の従者を侍らせて暮らしているのか。けれどなんとなく、その想像をする必要はない気がした。


「よし、到着だ」


 正面には閉ざされた鉄の門。それを守るべき兵士の姿はない。

 どうやって中に入るつもりなのだろうか。

 そう思っていると、メルリヌスさんは門へと近づいてコンコン、と部屋の扉でも叩くような気軽さでノックをした。


「おーい。アステール、いる? 中に入りたいんだけど」

「————」


 どこにそんな、今日暇? 遊ばない? みたいなノリで敵の住む居城の門を叩く存在がいるのか。いや、目の前にいるけれど。

 こんな適当なノリで門を開けてもらえるわけがないだろう。良くて無視。悪くて大勢の兵士に取り囲まれておしまいだ。自分を殺しに来た存在を快く迎え入れるわけがないだろうに。

 そう思っていたのだが。

 ギイ、と。重たい音を立てて、閉ざされていたはずの門はゆっくりと開け放たれたのだった。


「……嘘でしょ」


 それでいいのかとツッコミを入れたくなるが、その相手は残念ながら目の前にはいない。

 門の向こうは広い庭園になっているのか、緑がたくさんあるのが目に入った。城自体はまだ奥の方に存在するらしい。

 メルリヌスさんは満足そうに腰に手を当てて頷くと、ずかずかと門の内部へと踏み込んでいった。


「……呆れました。メルリヌスもアステールも、それでいいのですか」


 烏兎もどうやらわたしと同じような感想を抱いていたらしく、ぽつりと、心底から呆れたというような声で呟いていた。

 ともかくここで止まっているわけにはいかない。

 急いでメルリヌスさんを追って中へと入る。

 庭園は綺麗に整備されている、というよりは、さっぱりと草木が切られていた。木の本数自体もそれほど多くなく、地面から生えている草もとりあえず切られているだけ、という感じがする。花は特に植えられておらず、緑だけの殺風景な景色が広がっていた。

 奥へと進むと、ようやく城の内部へと繋がる扉にたどり着いた。扉には鍵がかかっていなかったらしく、メルリヌスさんが押すとそれだけで簡単に開いた。

 中へと入る。広い石造りの建物。正面には階段。それから左右に向けて廊下が伸びており、わたしにはどの道を選ぶべきなのかさっぱりだった。

 メルリヌスさんは迷うことなく、正面に見える階段を上っていく。大人しく後に続いて、城の二階部分へと向かう。

 階段を上りきると、また左右に向かって廊下が伸びていた。メルリヌスさんは左右をキョロキョロと見比べて、そうして右側に伸びる廊下を選んで歩き始めた。

 メルリヌスさんが寄り道をする気配がないので詳しくは分からないが、少なくともわたしの住んでいた生活棟とは比べ物にならないレベルの広さ、部屋数であることは分かる。

 だが豪華か、と問われればそれはなんとなく否定してしまう。

 壁に装飾は施されておらず、等間隔に松明のようなものが取り付けられているだけ。天井からも小さなガラスの灯りが吊り下げられているが、本当に小さなもので、それなら手持ちランプを持った方がいいのではないだろうか、という程度のものだ。廊下には道標のように赤い絨毯が敷かれているが、その部分以外は石の床が剥き出しになっている。かろうじて窓は大きく、外の様子がよく見えるようになっている。眼下には丸く高い石壁と、それに守られた城下町の様子がはっきりと見えた。

 見た目は豪華そうに見えたものの、内部までは飾り立てられていない。それは主人の趣味なのか、それとも単純に資金不足か。おそらくは前者だろう。

 ダレにもすれ違うことなく、城の内部を進んでいく。本当に、この城にはヒトの気配がない。アステール以外には、ダレも住んでいないのだろう。

 それはなんとなく予想していた通り。きっとアステールは、ずっと一人でこの城に暮らしていたのだろう。何年も、何百年も。

 コツコツと三つの足音がダレもいない廊下に響き渡る。テイルはいつも通り、わたしの肩に乗ったまま。けれどどこか、力が抜けているような感じがする。ちら、とテイルの様子を伺うと、テイルはぽっかりと穴の空いたような目を開けたまま。


「……テイル?」


 声をかけるが、反応はない。何かがおかしいとメルリヌスさんに言おうとして、ぴたりとメルリヌスさんが足を止めた。

 見れば、目の前には一つの大きな扉。

 ぴったりと閉じられた木の扉を前に、メルリヌスさんが小さく深呼吸をする。その様子を見て、ああ、この先にアステールがいるのだと理解した。


「いよいよアステールとご対面だ。心の準備はいいかな、二人とも」


 わずかに振り向いて、メルリヌスさんは少しだけ心配そうな表情をわたしたちに向ける。

 いいも悪いもない。テイルのことは気になるが、息がないわけではない。それに今は、アステールのことを考えるべきだろう。

 烏兎と顔を見合わせて、小さく頷く。

 それを見て、メルリヌスさんは目の前の大きな扉を軽く叩いた。


「——入れ」


 冷たく厳かな、けれどどこか聞き覚えのある声が響いた。

 ゆっくりと扉を押して、メルリヌスさんが中へと入る。その後に続いて、わたしと烏兎の二人も部屋の中へと入った。

 これまで以上に広い空間。

 灰色の石材に囲まれた部屋。真っ直ぐに奥へと続く赤い絨毯の道。その最後には、大きな黒と金の玉座。そして、その玉座に座る影が一つ。


「やあやあ。直接顔を合わせるのは初めてだね、アステール」


 メルリヌスさんの声に、ぴくりと玉座に座っていた人影が反応する。


「……ああ、そうだな」


 青い髪を後ろでまとめ上げ、白い袖からは透き通ったような色をした肌が覗いていた。冷たく厳しい瑠璃色の瞳は、興味がなさそうにメルリヌスさんを見つめている。

 メルリヌスさんは迷いなく、コツコツとわざとらしく足音を鳴らしながら玉座へと近づいていく。それに、アステールは眉を少しだけ動かして不快感を示した。


「ステラの王アステール。外の世界の運営を拒否した者よ。第一席の判断として、その命、停止させにやって来た」


 若葉色の髪を靡かせるその後ろ姿からは、普段のメルリヌスさんからは考えられない程厳しく、けれども麗しい雰囲気を感じられた。それだけでも、彼女が普段の笑みを浮かべていないことが分かる。

 アステールはわずかに目を見開いた後、ふ、と口元を緩めた。浮かべているのは柔らかな、優しい微笑みではない。氷のような目をした女王は、嘲笑うような笑みを口元に浮かべていた。


「せんてい。ここまで来て出る言葉がそれか。分かってはいたことだが、お前はわたしの国には興味がないのか」

「なくはなかったさ。だからわざわざ一年もかけて、キミの国を観察してあげた。一年も見逃してあげたじゃないか。本当ならその必要もないのに。その結論がこれだよ。うん。ボクはね、変わらない明日は好きじゃない。神が一人で運営し続けた世界になんて、価値は見出せなかった」


 そうか、とアステールの顔から笑みが消える。


「だがひとが運営する世界ならより良い世界になる、というわけでもない。かれらは愚かなだけだ。いくら成長、発展したところでその愚かさは変わらないだろう。ならば、神が支配してやった方が、何も知らぬまま変わらぬ毎日を暮らした方が幸せであろうよ」

「ボクはそうは思わないね。たしかにニンゲンたちは愚かだ。それは人間だって同じ。だけどそんな泥の中にも一握りの綺麗なものがいるんだ。その一握りこそが、世界をより良い方向に導くんじゃないかい。明日を変えてくれるんじゃないか。それは、キミだって知っているだろう」


 ぐ、と。アステールの両手に力が込められたのが少し離れたここからでも見て取れた。怒りを込めた瞳が、メルリヌスさんを強く睨みつける。


「だがその一握りは犠牲になってしまう。綺麗なその輝きは、結局は多くの愚かものたちによって踏み躙られてしまう。ああ。千年もニンゲンを支配し続けたことが悪かったのかと考えもしたさ。けれど違う。違うのだ。カレらは結局、根っからの愚かモノなんだよ。……千年もあれば成長する、と考えていたわたしも愚かであったがな」

「つまりキミは、ニンゲンにもまだ見ぬ人間にも愛想が尽きたってわけだ」


 すっとメルリヌスさんの右手が伸ばされる。魔力が集まっていき、やがて一本の銀色の杖が姿を現した。


「わたしを殺すか、第一席」

「ああ。ボクらの仕事はあくまでも世界の運営、星を守ること。ステラの運営はこの世界における千年目で終了。その約束を破った時点で、キミの消失は決定していたことだ。けどね、本来それだけならキミは死ぬことはなかった」


 ほう、とアステールの眉が動く。


「ではなぜ殺すか」

「キミが未来を信じないから。にんげんたちを諦めたから。なによりキミ自身が、カミの席から降りたいと願っているから。……キミは結局、見ていただけだ」


 メルリヌスさんが、銀色の杖を握り直す。


「第二席。ボクはキミの願いを叶えよう。キミは、ここで死ぬ」


 カツン、と銀色の杖が床を叩いた。

 その音が響いたのと同時に、アステールの上部には複数の魔法陣が展開した。

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