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ライラ・ウェリタスへ捧ぐ、ひとつめの秘密

「ばべるにあてーこくくんしゅ」


わたしは、ついマヌケな声を出してしまった。


クラージュ殿下たちを見ていたローグ・バベルニア――ローグさんが「あ!」と叫ぶ。いつも以上にボーッとしているわたしを振り返ったのは、眉の下がりきった困り顔。


「あ、あ、ち、ちゃんと今日言おうと思ってたんだ!ライラに1番最初に伝えるつもりで練習してたんだ!でも、なんか!なんかあのピンクフタコブヘビが文句言ってくるし、モヤシがエラソーだから!ライラに1番に言うはずだったのに!つい、その、うっかり!」


壇上にいる面々を順番に指差して、ローグさんはボール投げで窓ガラスを割った小学生男子のごとく一生懸命言い募る。


「え、じ、じゃあ、ほんとうなんですか……?」


「なにが?」


「ほんとうに、バベルニア帝国の王様なんですか?」


「うん」


「ル、ルーザーの王子様なのでは?」


「それはウソ。遠い国の王子だったら留学するときにごまかしやすいかなって思って」


わたしは目を閉じて、額に手をあてた。スーハースーハーと呼吸を整え、再びローグさんに相対する。「もう1回聞きますね?」


「ローグさんは、ハイドロの森を越えた先にある隣国で、世界で一番強い軍隊を持ってる軍事大国バベルニア帝国の王様なんですか?」


「うん、そう」


「いつから?」


「きのう」


「き、き、きのうッ!!??とれたてピチピチの最新情報すぎませんッ!!??」


わたしが怒ってないことを察し、ローグさんの表情が徐々に明るくなっていく。


「びっくりしたか!!??なんか思い出したか!!??」


キラッキラスマイルで無邪気にそう言われ、わたしは「へあぁ……」と変な音を漏らした。



びっくりなんてものじゃない。

今日はもうびっくりしかしてない。



最初のびっくりポイントは、大広間に入ってすぐだった。一段高いところに設えられた王族用の席。その中央の玉座にのびのびとローグさんが座っていたのだ。


予定より早く帰ってこられたんだ!思わず駆け寄ろうとしたら、ローグさんはわたしを見て嬉しそうに笑いかけ、なぜか「シーッ」と静かにするよう促した。今は話しかけちゃダメみたい。クラージュ殿下たちと示し合わせてローグさんも挨拶会のお手伝いをするのかも。そう思って(ちょっぴり残念だけど我慢して)その場は静かにやり過ごした。


気を取り直して、クラージュ殿下に婚約解消の話をしようと接触してみたが「時間がない」と言われてあえなく撤退。


そうしたら、リリベルとクラージュ殿下の婚約発表が始まった。


「おめでとうございますッ!!!」


今まで出したことがないくらい大きな声が出た。


さッすがクラージュ殿下!!わたしの言いたいことを、本当に分かってくださっていたのだ!


ふたりの婚約こそ、わたしがお父様にお願いしていたことのひとつ。クラージュ殿下と優秀なリリベルは相性ぴったり!わたしは用無しだから殿下以外の方を想っても許される!あんまり嬉しくて夢中でふたりを褒めちぎり、ふとローグさんを見ると、彼も目を丸くしてプリンセスのように両手で口を覆っていた。



ところが。


このへんから雲行きが怪しくなる。なんかリリベルが怒りだしたのだ。


さらにクラージュ殿下が「ルーザーが滅亡した」とか「待ち人は来ない」とかおっしゃりはじめて、わたしはすっかり置いてけぼりになった。心の底から意味が分からなかった。だって、ローグさんそこにいるのに。


あと、わたしがローグさんを待っているのをクラージュ殿下がご存知なことに驚き、『待ち人』とか『特別な友人』と言われたことが恥ずかしくて、殿下たちの話はあんまり聞いてなかった。



きわめつけに、さっきまで黙って座っていたローグさんが、


「じゃあ、ライラは私がもーらおーっとッ!!!!」


などと絶叫し、もう頭は真っ白!!!!




なのに!

びっくりポイントはそれだけに留まらず!!



「ばべるにあてーこくくんしゅ……」



バベルニア帝国にまつわる情報がぐるぐる巡る。


雪原地帯を含めれば現在の国土は聖フォーリッシュ王国の約35倍。帝国の端から端までの時差は5時間以上あり、20種を超える多様な民族が暮らす、大陸一の大国。大聖典に登場する『怪物』が眠るいにしえの国、制裁とか名誉の回復とかいう名目で侵略もとい武力介入を繰り返す、国そのものが『怪物』みたいな国。


自国賛美を掲げる聖フォーリッシュ王国では、バベルニア帝国がどれほど強大かは周知されていない。それでも今、顔面蒼白になった方々を見てもらえれば分かる通り。


バベルニア帝国。

一言でいえば、めっちゃヤバい国、なのだ。



「ばべるにあてーこく……くんしゅ……」


「ライラそれ気に入ったのか?」


「う、ウソよッ!」


リリベルの声で我に返った。


「そんなのウソに決まってる!みんなも黙ってないでなんとか言ってッ!ノイマン!あなただってそう思うでしょう!?バベルニアには3人も王太子がいて――」


「お!よく知っているな、リリベル・ウェリタス!【象牙の杖】から専門家まで呼んだ『もしものための王太子妃教育』がようやく役に立ったな!」


リリベルににっこり微笑んだローグさんは、わたしに身体を寄せ囁いた。とっても不吉なことを。



「これが、私の()()()()()()()だ」




直後、ふたつめの秘密はむこうから現れた。轟音とともに。



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