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9話 賢者イアスの身辺整理

魔法の家に住み始めて数日、いろいろと判ったことがある。

まずこの家が生きているということ。


たとえば、手を洗おうと洗い場に手をだすと勝手に水が出てくる。ベッドのシーツは私が起きだすと浄化魔法がかかる。食器類も同様で、さらには自ら食器棚に戻った。入り口の扉は閉めようとしても閉まらない。


前時代の遺跡の研究は魔王の森にあるために進んでおらず、謎に満ちていたが身をもって検証できたのは幸運だった。知れたところで、いまの私はもはやどこにも発表するつもりもないが。



夜明けまえに目をさました私はふと思いたって外へでる。描きなれた魔法陣をつかい、瞬きをすると王都の自室に戻っていた。


これでも賢者といわれる身分であったので屋敷は広い。

廊下へでると掃き掃除をしている箒がいた。勇者の件で呼び出されてから不在の間も働いていたのだろう。指を鳴らして魔法を解き音を立てて倒れたのを拾い、そばにあった塵取りとともに壁へ立てかけた。使ったこともほとんどない厨房へいくと布巾がテーブルを拭いていたので、それも止めて窓際にひろげて干す。


「パンしかないな」


魔法をかけた倉庫をあけてみるもパンしか入ってなかった。

かけた魔法は“アイテムボックス”といい、勇者や聖女がもつとされる特殊スキルで亜空間への保存と品質の保持ができる。


私は数年前にアイテムボックスの魔導原理を解明したが、身につけるスキルには出来なかったのでひとまず倉庫にかけておいたのだ。そういえばこの研究もまだ途中だったな。


それよりもいまは王都で買っておいたボール型のパン、ブールのほうが重要だ。硬いがうすく切ればサンドイッチになるだろう。


いままで食に興味がなく同じ店で同じ種類をまとめて購入し保存する生活だったせいで、荷造りしたところブール三つを持つことになった。


「チーチは飽きるだろうか……」


精霊の生態はもっとも謎めいている。専門に研究している者であっても一生に一度も会うことが出来ないのが普通であるほどだ。


だが私は幸運にも死の間際に出会うことができた。伝承よりも神秘的で慈悲深く、そして生に満ちていた。

そばにいるだけで生きようと活力が湧いてくる。チーチは幼体の精霊らしく、とても愛らしい姿をしていた。守ってやりたいという気持ちと、抱きしめたいという気持ち、それらが私を生かしている気もする。


そのチーチの願いが「おみせやさん」だ。


なんとしても叶えたい。どうやらパンケーキがメインの店を開きたいらしいが、問題があった。


「なぜ私は料理を研究していなかったのか、愚かだ……!」


賢者と呼ばれておごっていたとしか考えられない。いまの私は料理の仕方もろくに知らない無能な男だ。おもわず厨房の壁を拳で殴ってしまう。こんなにも無力さを感じたのは始めてだ……。


「とにかくいまは戻ろう」


夜明けも近い。精霊チーチの朝は早く、夜明け頃から遊んでいるようだ。


三つのブールを脇に抱え、厨房の適当な場所に魔法陣を描こうと指を滑らせていると、屋敷のポーチの大扉を叩く気配。


気配察知セント………魔術団の者か)


ひとまず魔法陣を描くのをやめ、ポーチへ歩く。石を張った床を歩くのはひさしぶりだと思いながら大扉の前にくると、ゆっくりと開けてやった。


早朝のひややかな空気を遮るように、黒ずくめの男たちが大扉のそとにひしめいていた。制服のかわりにしている黒色のローブをまとった魔術団の者たちだ。


「むさ苦しいな……」

「賢者様! よくぞ戻ってくださいました……!」

「賢者様!」

「けんじゃさまぁー!」


透明な結界を張っておいて良かった。

バチン!ドゴン!

大扉がひらいた途端に滝のように涙を流し、一斉に駆け込もうとして男達が弾かれていた。


「なんすかこの結界⁉ 賢者様入れてください!」


魔術団のなかでも若い男が鼻水をだしながら訴えてくる。結界に限界まで張りついてるから見た目がうっとうしい。顔面からの水分がすべて結界につくのが興味深い。


「私は死んだ」

「は!?」

「そういうことにしてくれ。勇者については手紙に記したとおりだ」

「……火急の際にはお呼びしてもよろしいですかな」


若者の背後から白髭の老人が進み出てきた。魔術団の長はものわかりが良く、そして引いてはならぬ一線を知っている。勇者追跡を懇願したのもこの老人だ。


「王国が滅ぶ程度では許可できぬが、それ以上の場合ならばいいだろう」


眉毛に隠れて見えない目を見て了承すると、長はゆっくり礼をした。


「ではな」


夜が明けてしまう。

大扉の向こうが騒がしいが、閉まると同時に魔法陣をその場に描いた。



瞬きをすればそこは森にある魔法の家のまえ。

深い森からでる霧が朝日にあたって白く光るようだ。


いつでも開いたままの扉から中へ入り、ブールを木製のテーブルにおいた。

さて、これをどうしようか。サンドイッチにしたいが何を挟めば成立するのだろう。街では野菜が入っていたな……。


思案していると空気をゆらす、清らかな歌声が聞こえてきた。

扉からひょっこり入ってきたのは私の愛しい主人だ。


「あっおはようイアス!」

「おはようチーチ」


「キャベツとれたの!いっしょに食べよう♪」


私の顔を見てニッコリと笑み、胸に抱いた瑞々しいキャベツを掲げてみせた。

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