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霧雨

昨日、おま苦が「この恋を殺しても、君だけは守りたかった。」に改題となりスターツ出版からU35先生に装画を描いて頂き文庫本で発売となりました。書籍版ストーリーの流れに変更はございませんが、夏の時期の二人の追加シナリオがあったり、清水照道視点のシナリオなど色々増量しております。よろしくお願いします。







 叩きつけるような土砂降りや、横殴りの雨の日には、大抵奴がやってくる。高校二年生の秋の台風の日をきっかけにしてなんとなく始まった決まりは、定着しつつある……気がする。


「今日、風ほんとにやばいよなぁ。植木鉢とか折れなくて良かった」


「ん」


 足元には、大小様々な鉢植えがひしめき合っていた。どれもきちんと昨日のうちに底を濡れ布巾で拭いて、新聞紙をひいて置いてあるから、リビングを汚すことはない。けれど、いつもは存在しないものがリビングを圧迫しているからか、奇妙な気持ちだ。普段この家に住んでいない男が横にいると言えど、いつも庭にある植物が家の中に存在していることのほうが違和感を覚える。


「こんな雨強かったら、流石に折れちゃうもんね」


 そう言って、大切そうに自分の家のものでもない鉢植えを眺める横顔を、そっと眺める。硝子で隔てられた庭の向こうでは水滴が真横に線を引いて、空は昼間だと言うのにどす黒く、遠くでは雷鳴が響いていた。大粒の雨が注ぐように降っていた高一のあの雨とは明らかに違う勢いなのに、季節が同じだからか妙な気持ちがする。


 あのときは今隣にいる奴が、清水照道のことが大嫌いだった。復讐してやると思っていた。他の感情があるとするならば、なにをしでかすか分からない怖い奴と思っていた。それが全てだった。


 でも清水照道が土砂降りの中私を助けに来て、さらに熱で倒れてから復讐の気持ちが鈍くなっていった。それはやがて変な形に変わった。とげとげしてて、ぶつけて痛い思いをさせてやりたいと思っていた塊のようなものが、洗濯したタオルケットくらいに。


「これが胡瓜で、こっちがトマトで、枝豆だっけ? マリーゴールドとこれが朝顔で……フウセンカズラ、種貰って育てたからこれはめっちゃ分かる」

「……きょきょきょ去年うーめただろ、枝豆は、こっちだ」

「あれ? こっちが枝豆? じゃあこれなに……?」

「こーっちも胡瓜だ」

「え、今年胡瓜二代体勢なんだ。大収穫じゃん」


 大体、私の家の何かしら――ひいおじいちゃんの家に行ったり、それこそ庭の野菜や花の種まきをする行事に清水照道を呼ぶようになったのは、今から三年前、高二の夏ごろだ。


 高校生で一人暮らし状態の清水照道のことを心配した私のお母さんとお父さんが、やつをちょくちょく夕食に招くことをしている延長で、夏に田舎に帰るから一緒にどうだとか、そういうのに誘うようになった。


 清水照道は最初は必ず「申し訳ないですが……」なんて、普段の馬鹿みたいに明るい状態から、どことなく何にも擬態していない素っぽい様子で断るものの、大抵押し切られ無理やり約束させられている。


 そうして、夏休みは清水照道を加えて親戚の家に行ったり、一昨日は夕食を一緒に食べて、さらにタッパーに一人ではとうてい食べ切れなさそうなコロッケとメンチカツを持たされた背中を見送るなどの日々を私や家族は送り、奴は私の両親に押し切られる日々を送っている。


「……漬物とかするらしい」

「すごい本格的じゃん。萌歌のママさん料理上手だもんね」

「お、お前のとこに、十本くらい、飛んでくぞ。そのうち」

「いや、これ以上貰うのは流石に駄目でしょ。今日だって、こうしておうち泊まらせてもらってるし。もらってばっかになっちゃうから」


 清水照道が、少しだけ暗い声色で首を横に振った。もらってばっかになっちゃうから。別にはじめて聴いた言葉でもないのに、なんだかもどかしい気がして、やつの脇腹を指で刺す。


「え、なに萌歌ちゃん。別にこんなとこボタンなんてついてないよ?」

「つ、いてる」

「えー? あ、なんだっけ受験とかのやつ?」


 その言葉に、あえて私は返事をしなかった。無言でやつの横腹を指で刺しながら、野菜の鉢植えに視線を落とす。


 野菜たちの種を蒔く時、清水照道も手伝いに駆り出された。奴は土いじりを進んでやっていて、「いつものお礼に」なんて笑っていた。でも、それもほんの少しの間だけで、ざくざくと軽石混じりの土を掘っている間に奴が言ったのだ。「萌歌に酷いことしたやつ、全員こうして、見えなく出来たら良いのに」なんて、物騒なことを。


 その時の目はかなり暗くて、夜なんて言えば聞こえはいいかもしれないけれど、今の空みたいな、どす黒く鈍い色がすべて沈み込んだような瞳をしていた。怒りとかもあっただろうけれど、どちらかというとその動機には、「もらってばっかりだから」というのが多い気がする。


 今なお隣でにやにや鉢植えを見ているその瞳は、明るい太陽みたいな雰囲気だけど、いつも声色には申し訳無さが滲んでいるのだ。


 そしてその滲みは、習字のときの墨が服についたときみたいに、中々落ちていかない。徐々に小さくなっているのか、大きくなっているのかも微妙なところだ。


「萌歌ちゃんさ、最近ずっと俺のこと刺してくるよね」

「あー、穴、開けてやる」

「この間みた映画にそういうシーン無かったっけ。丁度こんな感じのなんか出てきそうな天気でさぁ」


 この間見たのは、宇宙人と宇宙人が戦っている話だ。宇宙人同士の戦いに人間が巻き込まれて、お腹に穴が空いたり、飛び散ったりするグロい話だった。清水照道はぎゃあぎゃあと「怖い」「うわー」とか言う割に、わりと平気そうで、正気を疑う程度には人の体が簡単に吹き飛ぶ映像の連続だった。


「俺、やっぱ雨大好きだから、こういう天気も大歓迎だけど」


 すっと、やつは私の頬に、おそるおそる触れてきた。その手は本当に、おっかなびっくりといった手つきで、脅かしてやるかと思いつつも、私はそのまま見返す。窓の外は雷鳴が静かに響いているけど、雨の音のほうがずっと強い。


「萌歌ちゃんと会えたから」


「ん」


 清水照道の瞳は、天気みたいに晴れたり曇ったりをせわしなく繰り返している。私は祈りに似た気持ちで、やつの脇腹を人差し指で刺したのだった。




[前書き飛ばす派の方向けです]


昨日、おま苦が「この恋を殺しても、君だけは守りたかった。」に改題となりスターツ出版からU35先生に装画を描いて頂き文庫本で発売となりました。書籍版ストーリーの流れに変更はございませんが、夏の時期の二人の追加シナリオがあったり、清水照道視点のシナリオなど色々増量しております。よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] えへへへへ幸せ、、 照道くんが萌香家族と仲良しで嬉しい (早く結婚してくれ)
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