中二病が増えた
『ここはどこだ! 俺をどこへ飛ばした!』
「そもそもお前らが襲撃なんてするから、事故が起きたんだろうが!」
ん? とそこでハナは気付いた。
いわゆるファンタジー甲冑を着てファンタジー剣を持った魔法騎士とタスティは、どう見ても言葉が通じているようだった。
魔法騎士はともかくタスティは日本語で話しているのに、だ。
いったいどういうことなのか。
しかし、ハナが疑問を解消するスキも与えず、魔法騎士は剣を突き付けてジリジリと間を詰めてくる。
眉を顰めたタスティが、じっと魔法騎士を見据えたまま何か二言三言呟くと、派手な装飾の杖がその手の中に現れた。もちろん、ハナの部屋に出現した当時から手にしていた、折れた杖だ。
魔法騎士は、素人のハナが見ても油断なく剣を構えている。
タスティが腕を伸ばし、ハナを庇うように自分の背後へと押しやった。
「ちょ、タロくん、何するつもり……」
「ハナさんは下がって」
タスティは相変わらず魔法騎士から視線を外さない。
まるで野生動物にでも遭遇した時のように。
――あ、やばい。
ハナは思わずぐるりと視線を巡らせた。
ここはあまり人通りのない、住宅街の路地だ。今はまだ人影がないけれど、騒ぎを起こせば絶対に誰かしらが出てくるだろう。
警察だって間違いなく呼ばれる。
つまり、面倒なことになってしまうのだ。
ふたりを放って逃げたとしても、既にタスティを親戚だと商店街で紹介している以上、ハナが巻き込まれることは必至だ。最悪、密入国者を匿ったとかなんとかで前科が付くかもしれない。
何か……何かここをおさめる方法はないだろうか。
ハナは、ふと片手に下げていたエコバッグに視線を落とした。
魔法騎士とタスティは微動だにせず、じっと見合ったままだ。
ふたりの様子を伺いつつ、ハナはエコバッグにそっと手を入れた。そして、取り出したものを思い切り振り始める。
『女、何を――』
「ハナさん、おとなし……」
いち早くハナの挙動に気付いた魔法騎士が動いた。遅れて、タスティがハナを庇おうと身体を捩る。
けれど、そのふたりよりも速く、ハナはボトルのキャップを開け放つ。プシュッという音と共に盛大に噴き出した炭酸飲料が、魔法騎士の顔にまともに当たった。
『なっ――!』
何をする、と怒鳴りつけようとした魔法騎士の口の中に飛び込んだ液体のせいで、魔法騎士は激しく咽せ込んでしまう。
まともに気管に入ってしまったのか、身体を二つ折りにして激しく咽せる魔法騎士は、もう剣を振るうどころじゃなくなっていた。
「は、ハナさん……」
「こんなところで銃刀法違反とか、捕まりたいの!?」
『こん……』
言葉はわからなくとも何かを言い返そうとしてか、魔法騎士は口を開くが、咳が止まらない。
「お巡りさん呼ばれたらどうするのよ! 喧嘩とかいい加減にして! 私に迷惑なの! 巻き込まないで!」
『……くそ』
咳き込みすぎて喉をひゅうひゅう鳴らしながら、魔法騎士はハナを睨みつける……が、急にカクンと膝を折り、くずおれてしまった。
「――え? 何?」
「気絶させた。このまま放っておいたらまずいので、拘束する。ハナさん、申し訳ないのだが……」
「まさか、毒食らわば皿までってこと?」
ハナの眉間にくっきりと皺が刻まれる。
気絶させたのだし、物騒なものを全部取り上げて、ここから離れた場所に捨ててしまえばいい……なんてことも考えたのだが、やはりそうもいかないようだ。
口よりも雄弁に、タスティの目がそう言っている。
「ここに放置しても、また私を追ってくるだろう。ユーガムカルの魔法騎士はしつこいことに定評がある。困ったことに、追跡も得意なんだ。
なら、この地での休戦だけでもこいつに納得させなきゃいけない」
「――納得、するかなあ」
「嫌でも納得させる」
タスティは小さく溜息を吐くと、魔法騎士の剣を拾ってポイとハナに渡した。
それから、よっこらしょと魔法騎士本体を担ぎ上げて歩き始める。
「うわ、タロくんて力あるんだね」
「杖が折れていても、少しくらいなら強化はできる」
「え、強化? タロくんてサイボーグ?」
「さい……? それはともかく、ハナさん、誰かに見咎められないうちにさっさと帰ろう。起きてしまったらまずい」
「あ、そうだった」
促されて、ハナも歩き始める。
魔法騎士は、身長だけならタスティとほとんど変わらないが、厚みがあってがっしりした体格だ。おまけに金属製の……おそらくは鉄か鋼の全身甲冑を着ている。
なのにタスティはしっかりと肩に担いで危なげなく歩いている。
腰を痛めたりはしないのだろうか。
そう考えている間にも、タスティはどんどん先へと進んでいった。
住宅街の路地だったおかげか、人通りは少なかった。誰かに見咎められることもなくアパートに戻れて、ハナはホッとする。
タスティはまっすぐ四畳半へ向かう。ほんの少し前に、ハナが「使っていい」と言ったほうの部屋だ。
まだ片付けきらず、あれこれと荷物が積み上がっていたはずだけど……とハナが首を傾げる暇も無く、タスティは荷物の隙間にうまく魔法騎士を転がした。
それから、躊躇なく魔法騎士の甲冑を外し、ダンボールの山の上に置いてあったビニール紐とガムテープで器用に拘束する。
一連の作業があまりに淀みなく進むので、ハナはただただ感心するばかりだった。見た目によらず人を縛り上げるのに慣れてるのだなと、ぼんやり考える。
「――タロくんてさ」
「はい」
「緊縛師かなんかなの?」
「きんばくし?」
聞き慣れない言葉に、タスティは訝しげな表情で顔をあげる。
「だって、すごく縛り慣れてるから、そういう仕事の人だったのかなって」
「仕事? いや、私は別に縛ることが仕事というわけではなくて……捕虜の拘束はこちらの安全確保のために必須だと思うのだが?」
「捕虜? 現行犯逮捕とかじゃないの? 襲撃とか言ってたけど、この人がタロくんの言う追い剥ぎかなんかで、刃物を向けたから現行犯逮捕なんだよね」
鎧を脱がせてみると、魔法騎士はまだ若そうだった。
彫りの深い顔立ちは日本人には少し老けて見えるものだと聞くから、ハナと一緒か少し下くらいだろうか。
「あ、でも今回の場合、警察に突き出すのはまずいから、止めたわけだけど」
ハナの言葉になんとも微妙な表情を浮かべ、タスティはひとつ息を吐く。
「――この魔法騎士はユーガムカル王国騎士で、私はアルルカイルカ王国の宮廷魔法師団の魔法使いであり、二国は、ほんの直前まで戦争をしていた」
「せんそう」
「そう。私は戦勝国の兵で、こいつは敗戦国の兵という関係だ」
ハナは目を丸くして魔法騎士とタスティを見比べる。
「とはいえ、終戦していたんだ。事故が起こる十日ほど前にだけど。だから、私を含め、魔法使いたちで帰城の準備を進めていた……ようやく帰れるとね。
けれど、そこを襲撃したのが、こいつらだ」
「え……でも、戦争は終わってたんじゃないの? なんで?」
「私の詰めていた砦は戦線から若干後方にあって、守りが薄かった。それに、終戦の報を聞いて油断もしていた。だから、残党に狙われたんだろうな。
あの砦ひとつ落としたくらいで終戦がひっくり返るはずもないが――たぶん、終戦の報を聞いてないか敗戦の腹いせか、その程度のものだろう」
ええ? ……とハナは魔法騎士を見つめる。
終戦が守られなかったら、また、戦争は続いてしまうんじゃなかったか。
「つまり戦犯とか……それとも、命令違反?」
「ハナさんは理解が早いな」
「あっ、もしかしてこの人捕虜になるの? 捕虜って捕まえとかなきゃいけないんだよね。そんなの無理だよ。うちに座敷牢なんてないし、そもそもそのユーナントカ国だってここにないじゃない。
あと無闇に扱うと、なんだっけ、国際人権ナンタラで怒られるし、そもそも一般人が監禁とかやったら犯罪だし……あ、あーっ! だめじゃん! なんで私関わってるんだろ! 今さら河原に棄てたってこの人また来るよね! 警察に捕まったら、私にも事情聴取来ちゃうよね!」
「あ、あの、ハナさん?」
「永久戦犯とか言われたらどうしよう!」
「は、ハナさん、落ち着いて!」
こんなの許容範囲を超えている。
面倒なことすべて投げて生きることにしたはずだったのに、どうしてこんなどうしようもない状況になっているのか。
ハナのパニックは、隣人からうるさいと壁ドンされるまで続いたのだった。
※ハナの言う「永久戦犯」は「A級戦犯」の間違いであり、ハナは意味を含めてなんとなく世界大戦でそういうのがあったという程度の認識でお送りしています





