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ハッピーエンドは突然に

「エレナ」


 その小さな背中はぴくりとも動かない。

 催促する様な事もせず、そのまま黙って返事を待った。

 

 それからどれぐらい時間が経っただろうか。

 やがてエレナはゆっくりと立ち上がってこちらを向いてくれた。

 腫れたまぶたが、今はもう枯れた涙の存在を示している。


 エレナは、震える声で何とか言葉を紡いだ。


「もう、帰っちゃうの?」

「ああ。これから皆に見送ってもらう事になってる」

「…………」


 最初は、言葉を選ぼうと思っていた。

 またソフィアに黒歴史としてからかわれるハメになるから。

 だけどもうそんな事も言っていられない。


 きっと、今伝えなければ後悔する事になる。


 意を決して、静かにエレナの方へと歩み寄る。

 そしてその華奢で欲張りなボディを抱きしめた。

 

 抱きしめる直前に身体がびくっとなったのが正直ちょっとショックだったけど、静かに受け入れてくれた。

 エレナは今、手を胸の前で組んだまま俺の腕の中に収まっている。


 緊張している上に、触覚や嗅覚から来る刺激がやばすぎて気を失ってしまいそうだ。

 身体のあちこちから汗が噴き出ているし、脈も異常に速い。


 だけど、そんな事も言っていられない。

 深呼吸してから、意を決してその言葉を発した。


「俺、エレナの事が好きだ」

「…………」


 あわわ……言ってしまった。

 体温が下がった様な錯覚に襲われて、冷や汗も滲んで来た。


 エレナは俺の胸に顔を埋めているからその表情を窺い知ることは出来ない。

 だけど、服を通して伝わる熱い吐息が、エレナの気持ちを代弁してくれているみたいだ。

 このままでは色々な意味で死んでしまう……お助け……そう思っていた時。


 エレナが、俺の服をぎゅっと掴みながら口を開いた。


「私も好き。大好き」


 もう枯れたはずの涙が、揺れる感情と一緒になってエレナの声を震わせている。


「だから、どこにも行かないで」

「エレナ……」


 嬉しすぎて語彙が消滅してしまった俺は、ただ名前を呼ぶ事しか出来ない。

 呼びかけに応じて顔を上げてくれたエレナと目が合った。

 涙が溢れるその瞳は縋るようにこちらを捉えた後、ゆっくりと閉じられていく。


 高鳴る鼓動に、俺は覚悟を決めた。


 ゆっくりと唇を近付けていき、エレナのそれと重ねた。

 ファーストキスはレモン味だといつか聞いた事がある。

 だけど、エレナの唇はレモンよりも美味しかった。

 自分でも何を言っているのかよくわからないけどつまりはそういう事だ。


 熱に浮かされて混乱した頭を一度冷やそうと身体を離して見つめ合う。

 そしてエレナの大きな瞳に吸い込まれる様に、もう一度唇を重ねた。


 俺の服を掴む手に更に力が込められる。

 ここで調子に乗ってしまった俺は、アリスから伝授された大人の接吻技術を導入していく。

 するとその瞬間、エレナの身体が少し跳ねた。


「んっ……」


 熱い吐息を伴って漏れる声が愛しい。

 エレナの身体からは少しずつ力が抜けていって、俺を受け入れてくれた事を教えてくれる。

 慣れて来ると、エレナも俺を求めてくれる様になった。

 これまでの人生で味わった事のない刺激に、次第に頭の中が白くなっていく。


 どれくらいそうしていただろうか。


 切り取られた空間の中で、俺とエレナは夢中で互いを求め合った。

 刹那の快楽を求める様に。永遠(とわ)の愛を確かめる様に。

 際限なく続く時間の中で貪るようにそれぞれのくちび




「あの~、さすがにちょっと長いんで……続きは日本(向こう)でやってもらってもいいですかね?」


 これまでの展開から学習した俺の判断は迅速かつ的確だ。

 ソフィアの言葉を聞いた瞬間、まずエレナを抱きしめる腕に力を込めた。

 

 恥ずかしさのあまり、俺の腕の中から脱出して逃げようと足掻くエレナを抑え込む形だ。

 抱っこを嫌がる犬の様に暴れながらエレナが叫ぶ。


「いやっ! 離してっ!」

「お、落ち着けエレナっ!」


 恥ずかしいのは俺だって一緒だし、後でソフィアはぶっ飛ばす。

 だけど今はそれどころじゃない。


「いやっ! もうこのまま死ぬっ!」

「だめだ! 生きてくれっ! 頼むっ!」


 まるで素人が台本を書いた演劇の様な茶番を演じていると、俺はさっきのソフィアの言葉に引っ掛かるものがある事にようやく気が付いた。

 にこにこと俺たちを見つめているソフィアの方を向いて声をかける。


「おい、さっきお前が言ってた『向こう』って……」


 エレナの動きもぴたりと止まった。

 二人して視線を向けると、ソフィアは顎に指を当てて明後日の方を向きながら、すっとぼけた声で答える。


「あれぇ~? 私、言ってませんでしたっけぇ? エレナちゃんもぉ、一緒に日本に連れて行けるんですよぉ?」

「その喋り方むかつくからやめろ。ってかえ、それマジ? そんなのあり?」


 するとソフィアは、指をチッチッと左右に振ってから答えた。


「英雄さんがこの世界に来る前に私が言った事、覚えてますか? 全てのチート系主人公を倒していただいた暁には?」

「日本に帰してやる。さもなくば……」

「違います。しかも誘拐犯みたいになってるじゃないですか。多少の特典と共に元の世界に帰れる事をお約束します、でしょ」

「その特典がエレナって事なのか」

「別に他のものでもいいのですが……エレナちゃんと一緒に日本に帰れる、以外の事を望みますか?」

「そりゃ一緒に帰れたら嬉しいけど」


 そこでエレナの方に目を向ける。

 エレナは、小さく口を開けて呆然とした様子でソフィアを見ていた。

 あまりの事態に頭での理解が追いついていないみたいだ。


 驚かせてしまわない様にそっと声をかける。


「エレナはどうしたい?」


 こちらを向いたエレナの顔には戸惑いの色が浮かんでいる。


「ヒデオ君と一緒にいたいよ。でも……」


 眉を落としながらそう言って、エレナは部屋の扉に視線を向ける。

 すると扉が少し開いてアリス、ルネ、エレナ母がこちらを見ていた。

 

 アリスとエレナ母はニヤニヤ顔。

 ルネは人差し指と中指の間を存分に開いた手で顔を覆っている。

 それに気付いて羞恥に顔を赤く染めながらエレナは続けた。


「家族が、いるから……」


 そう、エレナにはこちらに家族がいる。

 家族が……家族……あっ。

 連想ゲームの様にいくつかの記憶が脳裏に浮かび上がって来る。


 エレナ一家の、まるで旅行に行くかの様な大荷物。

 何故かついて来た、エレナとルネのお母さん。


「まさか、ルネとお母さんも一緒に日本へ行けるのか?」

「ですです! 英雄さんが大分減らしてくださったとはいえ、今回はそこそこの数のチート系主人公を転生させますからね。今更少し人数が増えたくらいであまり変わりはありません」

「そうなのか……あれ、でもそうなるといつ?」


 ルネとお母さんはエレナと一緒に日本に行ける事を知った上で、あらかじめ荷物をまとめる等の準備を済ませていたという事になる。

 日本に行ける事は当然ソフィアから聞いたんだろうけど、それはいつだ?


 これも、少し考えてみると思い当たる節があった。


「そうか、決戦前か!」

「御名答です!」


 ソフィアは最後の決戦直前に姿を消した時があった。

 てっきり神様たちのところに「アキラクエスト」の進捗やらの確認を取りにいったのかと思っていたけど。

 それにしては立花と対峙した時にアレスが「ようやく会えた」とか言っていたからおかしいとは思っていた。


 つまり決戦直前の姿を消していた時間にソフィアはダークエルフ村に行ってエレナ一家に日本行きに関する説明を行っていたのだ。

 そこまで理解した俺は、エレナにそれを説明した。

 

 するとエレナはまるで夢でも見ているかの様な表情で言った。


「本当に……? ルネとお母さんも一緒に、ヒデオ君の世界に行けるの?」


 今の話が聞こえたのだろう。

 ルネとお母さんが部屋に入って来て次々に口を開く。


「ふふふ、秘密にしておくのは少し心が痛んだわ」

「私も言いたかった!」

「約束を守ってくれてありがとう、ルネちゃん」


 ソフィアが妖精姿の小さな手でルネの頭を撫でる。

 俺はその様子を見ながら聞いた。


「俺は嬉しいけど、三人共大丈夫なのか? 村の友達とか」

「ひでおにいちゃんとお姉ちゃんの方がいい!」

「正直ご近所付き合いにうんざりしてたのよね」

「それは聞きたくなかったです」


 そして最後にちらりとエレナの方を見た。

 エレナは、涙を拭いながら笑顔で言った。


「私もヒデオ君とルネとお母さんと、ずっと一緒がいいな」


 良かった……どうやらエレナは初めての、それもディープなやつにまで到達した接吻公開生中継を観られてしまった事は忘れているみたいだ。

 俺は覚えているので死にたい。


 でも、死ねない理由が出来た。

 大好きな人とこれからも一緒にいられるという幸せで心が満たされていく。

 そんな喜びを噛みしめていると、いつの間にかアリスが輪に加わっていた。


 そしてエレナに抱き着きながら囁く。


「エレナちゃんっ、おめでとう!」

「ありがとう。でも、もうアリスちゃんとは会えなくなっちゃうんだね」

「いやいやそっちじゃなくってぇ~」

「えっ? ……あっ」


 アリスの悪魔の囁きによって接吻公開生中継を思い出したエレナは、みるみる内にトマトに変身してしまった。

 というか、そもそも俺たちはまだ抱き合ったままだ。


 油断していた俺の腕の中からエレナはあっさりと脱出し、そして。


「いやああああぁぁぁぁ~!!!!」


 両手で顔を覆ったまま走り去って行ったのだった。

 結局最後はこうなるのかよ……。




 その後、多目的ホールには大勢のモンスターたちが見送りに来てくれた。


「ヒ、ヒデオ殿~! 寂しいでござるよう」

「短い間でしたがこのライル、ヒデオ様に受けた御恩は一生忘れません」

「ヒデオの旦那、向こうでもよろしくやってくだせぇ」

「お前らも元気でやれよ。ドラゴンや魔人とも仲良くやるんだぞ。それに出来れば……人間ともな」


 一通り惜別の言葉を交わした頃合いを見計らって、ソフィアが叫んだ。


「それでは準備はいいですか~!? 行きますよお! レッツ、日本!」


 手を繋いだまま笑顔でこちらを見つめるエレナと目を合わせたまま、視界はホワイトアウトしていった。


 ☆ ☆ ☆


 数ヶ月前とあまり代わり映えのない通学路。


 違いがあるとすれば、桜の木が葉桜混じりの緑から黄色や赤へと衣替えをしている事くらいだ。

 肌を撫でる風は涼しく、過ぎてしまった夏の残り香はもうどこにもない。


 長いようで短かった、あの夢の様な数ヶ月。

 あの世界で過ごした記憶は残っているけれど、それを本当にあった出来事だったと確認する術はない。

 ……今隣を歩く、俺の大切な人の存在以外には。


 ふとそちらに目をやると、その人が柔らかく微笑んでくれた。

 うちの高校の制服がとても良く似合っている。


 こちらの生活に慣れたエレナは今日から高校に通う事になった。

 もちろん俺と同じ学校だ。

 ちなみに、耳はソフィアの手によって一家揃って丸くしてもらったらしい。


 横を歩くエレナに話しかけてみた。


「今日から学校が始まるけど、緊張とかしてるか?」

「うん、ちょっとだけ……でも、英雄君と一緒だから大丈夫」


 ほんのりと頬を赤く染めて答えるエレナ。


 何て言うか、すごくくすぐったい。

 この通学路もエレナと歩くと何だかすごく新鮮に感じてしまう。

 ふわふわした足取りのまま、やがて学校に到着。


 エレナは職員室に行くらしいので、昇降口で別れる。

 一人寂しく教室に向かった。


 教室に入ると、誰と絡む事もなく自分の席へと向かう。

 あの世界に行っている間、俺は失踪扱いになっていたらしい。

 

 だから学校に復帰したばかりの頃は何かと話しかけて来るやつも多かったけど、今はもうこんなものだ。

 ところがそんな中、喧騒をくぐって俺に話しかけて来るやつがいる。


「おはよう、森本。今日からだっけ? 例のあの子」

「おう。よろしくな」


 周囲の人間からの好奇の視線が突き刺さる。

 ただの一般オタクである俺がクラスカーストの頂点に立つ立花輝と仲良さげに話しているからだ。

 立花とは、こちらの世界に戻って来てから急に仲良くなった。

 

 というのも向こうが無駄に話しかけて来るからだ。


 まあ俺もあの時、「向こうで会ったら仲良くしてくれ」なんて言っちゃったからあれだけど。

 それにあの世界の事を信じてくれるのも立花だけだから、何かと話をする機会も多かった。

 そんなわけで、エレナの事は立花にだけは話してある。


 立花と少しだけ雑談をして、後は席でぼーっとする。

 やがてHRが始まった。

 「バーコードバトラー」というあだ名のバーコード頭の教師が教壇に立った。


 そして皆が静まるのを待った後、ゆっくりと口を開く。


「えー、では最初にね、今日からこのクラスに加わる転校生を紹介します」


 遂に来たか……エレナの高校デビュー。

 クラスの男子からは注目を浴びるだろうな、何か嫌だな。

 そんな風に思っていると、担任教師が驚くべき言葉を発した。


「ちなみに、転校生は二人です」


 ……ん、エレナだけじゃないのか。

 こんな時期に妙な偶然もあるもんだなあ……と、のんびりと思っていた。

 次の瞬間までは。


「それでは入って来てください」


 転校生二人が歩いて入って来る。

 クラスの男子がざわめき立ち、女子の一部からも感嘆の声があがった。

 俺は思わず目を見張った。


 一人はもちろん俺の大切な人。

 ところがもう一人は……。

 唖然としていると、担任教師が口を開いた。

 

「それでは簡単な自己紹介をどうぞ」


 するとエレナの隣に立つ金髪碧眼の美少女が、初めて会ったあの時と同じ満面の笑みで言った。


「皆さん初めまして! 森本ソフィアといいます! 英雄君の親戚です! これからどうぞ、よろしくお願いしますね!」


 俺の騒がしい高校生活はまだまだ始まったばかりだ――――。




 おしまい

これにて英雄英雄伝完結です!

まずはここまで読んでいただいた読者の皆様、本当にありがとうございました!

この作品は気に入っているのでリメイクや続編の構想もありますが、まずは現在鋭意準備中の新作に集中したいと思います!

それで、私は卑しい豚野郎なのであと一度、新作の宣伝の為に「英雄の続編があるとしたらこんな感じ」という話を投下します!

もしよかったら読んでやってください!

後は活動報告に色々書きます!

それでは改めて、本当にありがとうございました!

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