皆に別れの挨拶を
「俺は、本当はチート系主人公たちと同じ世界から来た、人間なんだ」
「…………」
エレナは静かに顔を上げた。
潤んだ瞳をこちらに向けたまま、言葉を発する事はない。
それから口を開いては閉じてを繰り返す。
何かを言いたいが踏み切る事が出来ないといった感じだろうか。
しばらくするとまた俯いてしまった。
どうしていいかわからない俺は、そのまま説明を続ける事にする。
絶滅しかけたモンスターたちを救う為にこの世界にやって来た事。
俺をこの世界に召喚して力を授けた神様がソフィアだった事。
詩織やリカも日本からの転生者である事、「アキラクエスト」の真実。
「アキラクエスト」の事は話すべきかどうか迷った。
でも悩んだ末に話す事を選んだ。
モンスターたちにもそうしようと思う。
エレナには全部知っておいて欲しかったから。
でないと後悔すると思ったから。
話を聞き終わったエレナは、何とか言葉を紡いだ。
「ヒデオ君がチート系主人公たちと同じ世界から来た……っていうのは、何となくわかる気がする。だって、見た目同じだし。そこは最初から気にはなってた、かも……」
「まあそうだよな……」
俺は頭を掻きながら返事をした。
「でも、信じられないわけじゃないけど……不思議な話だし、全部納得するのには時間がかかると思う」
いきなり訳のわからない話を一気にされて混乱しながらも、エレナは頑張って今の気持ちを伝えようとしてくれている。
自らの服を掴むその小さな手には必要以上に力が込められていた。
そして、エレナは遂にそれを問い掛けてしまう。
「ヒデオ君は、元の世界に帰っちゃうの?」
俺は、痛くなる程に強く拳を握りしめてから答えた。
「うん。向こうには家族もいるし……帰るなら、今しかないと思う」
「そっか、そうだよね」
そう言ってエレナは俯き、また黙り込んでしまった。
何か言わないといけない。でも、何も言う事が出来ない。
お互いにそうなのだろう。
発せられる言葉はなく、胸の中の苦しさをどうする事も出来ないまま、ただ時間だけが過ぎて行った。
やがてエレナが顔を上げて何かを言いかけたその時だった。
玉座の間の扉が強くノックされた。
部屋が広いので、どこにいても聞こえるようにという配慮だ。
二人で静かにそちらを見つめていると、やがて扉がそ~っと開いた。
向こうから現れたのはシャドウだ。
索敵系のスキルで俺がここにいる事を察してくれたのかもしれない。
シャドウは恐る恐るといった感じで俺たちのいるところまで歩いて来た。
「あの~、ぼちぼち多目的ホールに各首領が揃って来たのでござるが……」
重苦しい雰囲気だというのが一目でわかったのだろう。
シャドウはかなり気を使っている様子だ。
俺はエレナを一瞥してから口を開いた。
「わかった。すぐ行くから、先に行っててくれ」
「御意」
シャドウが部屋から出るのを待って、エレナに声をかけた。
「今日すぐに帰るわけじゃないから、また話そう」
「うん……」
目を伏せたまま返事をしてくれたエレナの声は震えている。
放って置ける状態じゃないけど、もう行かなきゃいけない。
俺は全く動かないエレナを時折振り返りながら玉座の間を去った。
多目的ホールで行われた説明会は、概ねエレナに説明した事の繰り返しだ。
横にはアシスタントの如く妖精姿のソフィアがいて、ところどころ補足してくれたりもした。
「アキラクエスト」に関しても正直に話した。
一瞬どよめきが起こったものの、モンスター側に犠牲が出ていないおかげで不満を持つやつはいなかったっぽい。
もちろんその場で一度謝っておいたけど。
全ての説明が終わった後、改めて謝罪をしておく事にした。
「以上だ。皆、今まで黙っててごめん。うまく話せる機会がなくてな」
「ヒデオ様、顔を上げてください。この場で貴方様に怒りを感じるものなどいません……いやすいませんちょっとはいるかもしれません。いるでしょう。ですがほとんどのものは感謝しています。絶滅寸前のモンスターを救っていただいた事は紛れもない事実なのですから」
ライルのその言葉を皮切りに、皆が好き勝手に騒ぎ始めた。
「そうだそうだ!」
「俺は感謝してるぞ!」「私もよ!」
「拙者、こっそりヒデオ殿の部屋のみかんを全て食べてしまったでござるよ!」
「ヒデオ様最高!」
「ヒデオ! ヒデオ! ヒデオ!」
俺は顔を上げてその光景をしばらく眺めていた。
そして何かが込み上げて来るのを感じながら口を開く。
「皆……ありがとう。シャドウは後で俺の部屋に来い」
最後に、俺が日本に帰る時が来た事を告げる。
ほとんどのやつは別れを惜しんでくれたし、中には泣いてくれるやつもいた。
その日はずっと多目的ホールで皆と思い出話に勤しんだ。
翌日、ライルの提案でお別れパーティー的なものが催された。
北門を出たところにある広場とその周辺一帯を会場にして、ゲンブ祭並みの規模になっている。
会場まで来られると何かとまずい魔人たちには先に挨拶を済ませておいた。
よって会場にいるのは各種族の首領、そしてドラゴン族だ。
会場では女神である事を隠す必要がなくなったソフィアによる「ヒデオの名台詞が聞ける魔石装置」の無料配布が行われていた。
それを見付けた瞬間に「英雄プロージョン」で会場ごと吹き飛ばそうとしたんだけど、女神ビ~ムでスキルを封じられて今に至る。
「ヘイらっしゃい!」
「『それじゃ行くか。ハッピーエンドを迎える為に』を一つ!」
「ごめんなさい! そちら一番人気でもうなくなっちゃったんですよ~!」
「う~ん、それじゃ『俺は必ず帰って来るよ。だから子供はサッカーチームが出来るくらい作ろう』で」
「おいこら」
「はいどうぞ~!」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございますじゃねえ! それ一部ねつ造だぞ!」
最初はこんな感じでソフィアと客のやり取りにツッコミを入れていたんだけど、さすがに疲れたので、今は適当にベンチに座って休んでいる。
すると目の前を通りかかったリカがこちらに気付き、隣に腰かけた。
「あらヒデオ。主役が休んでちゃだめじゃない」
「疲れたんだよ。何だよあの魔石装置は……」
ぶつくさ言いながら会場を眺めていて、ふと疑問に思った事を聞いてみる。
「そういえばお前は帰らないのか?」
確かリカは生きたまま転生させられた組だ。
だから今お願いすれば日本に帰れるはずなんだけど。という意味。
リカは俺と同じように会場を眺めながら言った。
「あんたがどうするのか見届けてから決めようと思ってね」
リカは昨日の説明会に来ていない。
だから俺が日本に帰るという選択をした事をまだ知らないみたいだ。
俺の返事を待たずに、リカは続ける。
「それに、私はもういつでも帰れるのよ」
「何でだよ」
「私の転生を担当したのがゼウスだからよ。ソフィアは、ゼウスの担当した転生者は他よりも楽に日本に戻せると言っていたわ。詳しくは聞かなかったけど」
「そうだったのか」
言われてみれば、リカのチート能力は「HP限界突破」「状態異常無効」「ダメージ無効」「ノックバック無効」の四つだったはずだ。
これは恐らくソフィアで言うところの400pt……。
ちゃんとした事はわからないけど、合計pt的にゼウスにしか付与出来ないんじゃないだろうか。
そんな思考をリカの言葉が遮った。
「それで、あんたは結局どうするの?」
「……俺は」
エレナの顔が思い浮かぶ。
あれからエレナとは二人っきりでは会っていない。
というか今日は姿すら見ていなかった。
「俺は、日本に帰るよ」
「そう。じゃあ私も帰るから、向こうで会ったらよろしくね」
そこでリカは立ち上がり、歩き去ろうとした。
でもその後ろ姿が途中で立ち止まる。
リカはこちらを振り返ってから言った。
「そういえばあんたのフルネーム、聞いてなかったわね!」
「森本英雄だよ。えいゆうと書いてひでおだ」
「私は葉山梨花よ。りかと書いてりか」
「それじゃわかんねえよ」
「細かい事は気にするもんじゃないわ! じゃあ英雄、また日本でね!」
そう言ってリカは去って行った。
結局何て漢字を書くのかわからんかったけど、まあいいか。
次に目の前を通りかかったのは詩織だ。
その様子からしてむしろ俺を探していたらしい。
こちらに気付くと、目の前に立ったままで話しかけて来る。
「もうどこ行ってたのよ」
「普通に会場をうろついてただけなんだけど」
詩織は隣にゆっくりと腰かけてから話を繋げた。
「エレナちゃん、落ち込んじゃって部屋から出てこないみたいよ。今はアリスちゃんが付き添ってるわ」
「そうか……」
ルネとお母さんは付き添ってないのかよ、と思っていると、二人を群衆の中に発見してしまった。
何の憂いもなく祭りをエンジョイしている。
そんな親子を眺めていると、詩織が何やらもじもじしながら話しかけて来た。
「そっ、それで、話は変わるけど……兄さんは日本で何て高校に通ってたの?」
「は? 何でそんな事聞くんだよ」
「いいから早く答えてよ!」
「何怒ってんだよ。夜露死苦高校ってとこ」
「ふざけないでちゃんと答えて」
「気持ちはわかるけど本当だよ。帰ったらネットで調べりゃわかるだろ。で、それがどうかしたのか?」
「……別に」
それきり詩織は何も言わなかった。
やがてベンチから立ち上がって、ゆっくりと歩くモンスターたちを眺めながらぽつりと呟く。
「日本で会ったらよろしくね」
こちらを一切振り返らずに早足で立ち去る詩織。
リカも詩織も会えるかどうかわからないのによろしくとか言われてもな。
まあ会えるといいな、とは思うけど。
ぼちぼち休憩を終えると会場を歩き回り、今まで会って来たやつらとの別れの挨拶に時間を費やしていく。
時に笑い、時に泣き。この世界での最後の時間を皆と過ごしながら、こうしてちゃんとお別れが出来て本当に良かったと思った。
そして翌日。チート系主人公たちの別世界への転生が始まったので、俺もそれに乗じて日本に戻ることになった。
思ったよりも早かったので、昨日の内に全員に挨拶を済ませておいて良かったと思う。
自室で帰還の為の準備を済ませていると、ソフィアがやって来た。
「英雄さん、準備は出来ましたか?」
「ああ。持って帰るものなんてほとんどないからな。ただ……」
「エレナちゃん、ですか」
結局昨日もエレナとは会っていない。
これから帰るとなると、最後に一目会っておかなきゃいけない気がする。というか会いたい。
エレナの方は、もう俺とは会いたくないのかもしれないけど。
「ちょっとエレナに会いに行ってくる」
「了解っ」
呑気に敬礼のポーズを取るソフィアに見送られて部屋を出た。
エレナの部屋へと続く廊下を歩きながら考える。
俺は、これから何と言ってエレナとお別れをすればいいのだろうか、と。
今までお世話になった事に対するお礼も。
気持ちを伝える事も。何だかどれも不正解の様な気がして来る。
何を言った後にお別れを言えばいいのか。
そもそもお別れも「ばいばい」なのか「またね」なのか。
全然わからない。
結局何ら整理出来ず、頭の中がぐちゃぐちゃなままでエレナの部屋の前に到着してしまった。
扉をノックして誰何の声に応えると、少しの間があってから扉が開く。
出迎えてくれたのはアリスだった。
アリスは扉を後ろ手で閉めると、俺の方にすり寄って来た。
かなり近い位置に顔があってドキッとしてしまう。
そのままアリスは他の誰にも聞こえない音量で囁いて来る。
「ヒデオ君、エレナちゃんにお別れを言いに来たの?」
「ああ、まあそんな感じだ」
アリスもいつの間にか俺に対して敬語を使うのをやめている。
とはいえ、今はそんな事はどうでもいい。
「気持ちは伝えるの?」
「そ、そのつもりだけど……」
「じゃあ見てていい?」
「は?」
「どうせそのままぶちゅっといくんでしょ?」
「お前何言ってんの?」
するとアリスは目を見開き、俺の服を掴んで顔を近づけて来た。
ほとんど密着する様な形になる。
「えっ、ぶちゅっといかないの!? もう会えないかもしれないんだよ!? ここは思い出に一発キメておくところでしょ!」
「うっ。や、やっぱそういうもんなのかな……?」
「うん。エレナちゃんも喜ぶと思うよ?」
「ちゅーをしたらエレナが喜ぶ……? まじか」
「まじまじ」
何だかアリスにうまく言いくるめられている様な気がしなくもないけど、俺だってお年頃の男子なのだ。
アリスの甘い言葉に脳が半分程溶けてしまうのも仕方がない事だと思う。
思考能力がひどく低下した今の俺は、アリスの言葉に抗う術を持っていない。
「それでね、ちゅーって言うのはね……」
何故かその場でアリスによる接吻講座が行われた。
両手の人差し指と親指を使って俺に大人の接吻技術を伝授してくれる。
ここでこういくんやでぇ……みたいな感じで語るその姿は、もはやただのおっさんにしか見えない。
やがて気が済むと、俺の背中を叩いて押し出してくれた。
「さっ! 私に出来るアドバイスは終了! 頑張ってらっしゃい!」
「よしっ!」
俺は両手で自分の顔を叩いて気合を入れた。
それから意を決して扉を開く。
中にはエレナとルネとお母さん。家族勢ぞろいだ。
エレナがこちらに背を向ける形でテーブルに向かって座っている。
その右にルネ、左にお母さんと言った配置だ。
悪いけど、まずは二人に部屋から出て行ってもらわないといけない。
部屋に入り、エレナの後ろまで歩いて行く。
そして深呼吸をしてから口を開いた。
「今からエレナと」
「あら、ヒデオ君いらっしゃい。それじゃあ私たちはこれで~」
「えっ……」
言葉を遮って、ルネとお母さんはそそくさと出て行ってしまった。
何だ……? いや、考えるのはよそう。
とにかくエレナときちんとお別れをする事に集中するんだ。
気を取り直してから、エレナの背中に呼び掛けた。
文字数がボンバー!
頑張りますけど明日間に合わなかったらすいません!
その時は私の事を卑しい豚とお呼びください!
よろしくお願いします!
間に合わなかったら19時までに活動報告に書きます!




