30 宝箱
うーん、宝箱が地面に落ちている。置いてあると言った方が正しいのか。どう見ても罠としか思えない、そもそも宝箱が自然界に存在するか? 存在していたとして、こんなところに落ちていたら、誰かが既に中を持ち去っているはずだ。
つまり、「わーい宝箱があるぞ、やったー、パカッ」となったら、実は宝箱はモンスターでしたとか、爆発して死んじゃうとか、そんな未来が目に見えてる。しかし、抗いがたい魅力があるのも事実、どうしよう。うん、相談しよう。
「こんにちは、腹出る加藤ですけど、ちょっと良いでしょうか?」
『カトウさん、こんにちは。どうしました? え? 宝箱が地面に落ちているケースがあるかって? ありますよ。何故か時間で湧いたりします。もちろん罠がある可能性も考えるべきですね。開錠や罠解除スキルが無いと罠が発動したりしますよ』
唯一の知り合い、ドロ猫ちゃんにささやきで相談してみた。一旦ログアウトしてネットで調べてもいいんだけど、フィールドで放置もしたくないし、不在の間に他の人に取られても勿体ないからね。
で、宝箱を開けたくても開かない、鍵がかかっている様だ。踏ん張るけど開かない、うむむ。
『そういう時は宝箱そのものを持ち帰って、スキルがある人に開けて貰うのも手ですよ』
「なるほど、ありがとうございます」
とりあえず開かない宝箱は箱ごとポシェットにしまう。おかしいと思うかも知れないけど、宝箱をポシェットにしまう。
林を抜けると一軒家があった。何でこんなところに一軒家があるのか、モンスターだっているだろうし、とても暮らし難いと思う。怪しい。サスの港から西で、戦闘込みで二時間くらいの場所だ。もしかすると山小屋のような安全地帯かも知れない。
民家の可能性もあるから、勝手に入るのは駄目だ。例えばアメリカで勝手に民家に入ったらどうだ? うん、銃で殺される、それと同じだ。昔の、若い時の記憶が蘇る。私は一度殺されたことがあるんだ。
学生だった頃、ちょっとだけMMORPGをしたことがあった。大きな町に初めてついて、浮かれて町中を探索していたんだ。そしてとある家に入った途端殺されたんだ。
その時は何が何だか分からなかった。あとで分かったんだが、アジトと呼ばれる場所でプレイヤーが所有する家だったんだ。そんな場所に勝手に入ったら泥棒とかと同じ扱いで殺されるらしい、怖いわ。
で、貴重な安全地帯かも知れないし、人の家かも知れないし、当然NPCの家って可能性も高い。そこで私はイキナリ家に入るような愚行は行わない。
「ごめんください。どなたかいらっしゃいますか?」
ちゃんと声をかけてから入るつもりだ。中の様子を窺うが、人が来る気配は無い。もう一度声を掛けるが人が居る気配がない。どうしよう、うん、入ろう。
いきなり死んだらショックがデカいが、死ぬかもと思って死ぬならショックは小さいはずだ。ドアノブを廻すとカギは掛かってない、ゆっくりと引いて中を窺う。ここでもうひと押しだ!
「ごめんください。誰かいませんか? 入りますよ」
やはり誰も居ない……、いやっ。
「ひいっ」
思わず声が漏れてしまった。家のあちらこちらに文字が書かれた紙が貼ってある。“まものに注意”、“油断するな、慢心は敵だ”、“食うか食われるか、おかわりか、大盛か、最初から二人前か、やっぱり食わない” 意味不明な物も多いが、紙が壁に異常に貼ってあるというのは、ちょっと怖かった。生活感があるので人が住んでいると思われる。
多分人の家なので、好ましくないとは思うが、興味があるので家の中を物色する。これが一人用のゲームだったらタンスの中だろうがツボの中だろうが、全てひっくり返して、ツボや樽を叩き割って、あるもの全部頂くけど、流石にこのゲーム内では駄目だろう。
リビングを抜けてキッチンと思われる場所に入る。こっこれは、只のキッチンでは無いのは明白だな、大き目のテーブルがあるから、ここでご飯を食べれるんだろう。そうつまりダイニングキッチンだ。アホな事を考えて歩いてたら足元に何かがぶつかり、視線を向ける。
「ひいっ」
思わずあとずさりして食器棚にぶつかって止まる。床に人が倒れている、怖っ。これホラーゲームならゾンビだよな、近づいたら襲い掛かられるお約束だろ。
しかも、棚の一つは厳重に鎖と鍵が掛けられている、絶対良くない物が封印されているぞここ。やばいところに足を踏み入れてしまったようだ。
倒れた人をよく観察するとガリガリな感じで、骨と皮だな、料理屋に行って手羽先頼んでこの程度の肉付きなのが一個としてカウントされていたら、そのお店の質を疑う感じ位にガリガリだな。これってやっぱりゾンビか何かだろうか。少し手がビクビクっと動いた感じがした、うわっコイツ動くぞ。
『…うぅぅ…みっみず』
かすれた声がゾンビから聞こえる、まだ生きているのかこれ? でも水なんて持ってないし、牛乳は高いから勿体ないし、うーんHP回復ポーションなら良いか、ゾンビなら死ぬかも知れないし一石二鳥だな。
まずは仰向けに向きを変える、べきなんだろうけど怖い、ドキドキしながら意を決してお仰向けに変える。怖っ、顔はかろうじて白骨化前って感じだ。このままだと飲めないだろうし、正座して上半身を少し起こして膝の上に体を乗せてあげる。これ襲われたら死ぬしかないな。俺ってばお人よし過ぎるな。
ポシェットからHP回復ポーションを取り出して、口元に少しずつ含める。ゆっくり、ゆっくりだ、時間を十分かけて一本飲ませる。飲ませている間に顔や体の肉付きが少しずつ改善されていく、万能すぎるだろ回復ポーション。
『あれ、貴方は誰ですか? というか私はここで何を? うーん』
余りにも衰弱しすぎて記憶が飛んでしまったのかも知れないな。分かる範囲で説明しておこう。
「はじめまして、腹出る加藤と申します。玄関で声を掛けたのですが誰も出てこなかったので、中を確認させてもらいました。そしたらダイニングキッチンで倒れている貴方を見つけて、水を欲していたので、でも水が無かったので回復ポーションを飲ませたら、気が付かれてこの状況です」
『なるほど、つまり貴方は泥棒さんですか? 泥棒でなくても勝手に人の家に入る不法侵入者ですよね?』
酷い、確かにその通りですけど。
『じゃあ、私のお仲間さんですね』
「お前も盗賊なのかよ!」
『ではやっぱり、貴方は盗賊なのですね』
「すみません違います。犯罪に手を染めていません(たぶん、大丈夫だよな?)。ちょっとツッコミのセリフを間違えました。私は薬師です、他から来ている旅人です」
『なるほど、旅人なら仕方ないですね。旅人は人の家に入ると相場が決まっているので。大分思い出しました、ここは私の家です。
そしてダイエット中で食物棚を封印したら、取り出せなくなってしまって、力尽きて倒れていたら死んでしまって、復活したらまたこの家の中で、死ぬと多少気力が回復するのですが、何か痩せれるみたいだったから何度も餓死を繰り返していました』
やっぱりゾンビじゃん。というか、あんなにガリガリだったら気持ち悪いよ。
『ああ、また肉付きが戻ってしまっている、これじゃ駄目だ。また醜い私に戻ってしまう』
いやいやいやいや、痩せすぎだって。これって摂食障害なんじゃないか? でも素人が変に口を出して逆に過食症になったり、人生を狂わせてしまう可能性もあるし、安易なアドバイスは難しいか。
しかし、何度も死んで生き返ってを繰り返して、どんどんとガリガリなっているのを無視して冒険をするのも、後悔しそうだし、ふぅー。
「あの、うまく言えないのですが、痩せている太っているとか、綺麗だ醜いとか、美味しい不味いとかは、人によって好みが分かれると思うんですよね。世の中全てに共通する指標値なんて無いと思うんですよ。
ご自身の好みが痩せているのが良いと思われているんだと思いますけど、全員が同じ、その感覚では無いかも知れませんというか……」
『では、貴方にとって今の私は醜いのですか?』
答えづれー、回答し辛い質問だよ。困ったなこれ、人を助けるのは容易じゃないんだな。あっクエが始まった。
『ユニーククエスト:“美の悩みがこじれて、何度も死に戻りを繰り返す彼女を助けよう”を受けますか? “はい” “はい”』
選択肢が“はい”しかないよー、そりゃー放置するのは可哀想だけど、それでもゲームの中でこんな辛い状況に追い込まないでよ。何のためにゲームしているか分からないよ、“はい”を選択する。
「醜いか醜く無いかは分かりません。だって貴方の太った時の状態を知らないのですから。いま私が知っているのは、今の貴方しか無いんです。
でも今の状態が健康的かどうかと聞かれたら、不健康ですと言えます。だって何度も死んでいるのですから。復活出来るから安易に考えているのかも知れませんが、死ぬことは良い事ではないと思うんです」
『……でも、貴方のその恰好、失礼だと思いますが、かなり太ってますけど健康的では無いですよね?』
確かにその通り、リアルでも太っている。健康的でないのも理解している、でも止められないんだよな改善するのは面倒だって思って、ついつい後回しにしちゃっている自分が居る。
「仰る通りです。人様に注意を出来るような立場ではありません。自分が出来ていない事を人に強制するのはおかしいと言われたら、その通りです。
でも、今の貴方は死ぬほど不健康です。私がこの場を去った後に、ここで何度も死を繰り返す貴方を想像すると非常に辛いのです…」
『……』
少し考えてくれている様だな、もうひと押ししてみるか。
「ただ、先ほど倒れていた時よりも、今の貴方の方が魅力的だとは言えま『本当ですか!?』」
やべー食いついて来た。私が全てを言い終わる前にガバって近づいて両手を握って目を合わせてくる。まだ骨っぽくて怖いよ。何度も確認してくる、説得の仕方を間違えたかも知れない。
「落ち着いて下さい。倒れていた時よりも、私の好みとして、少し良くなったと思っただけです。私くらいまで太ったら、それはそれで健康的では無いし、物事には『でも綺麗になったんですよね? ね?』 はい、それは倒れている時よりは、綺麗にはなりましたけど」
言い終わる前にグイグイと迫ってくるし、滅茶苦茶喜んでいる。
『分かったわ、もう少しふくよかになりますね。そしたら貴方にとって魅力的なんですよね?』
「いや、あの、太っているのが好みとかでは無くてですね、健康的に食事をしましょうって話です」
『うん分かった、とりあえず安心したらご飯を食べたくなっちゃいました。食物棚から取り出しますね』
鍵がかかった食物棚をガチャガチャしている。禍々しいものが封印されている訳ではなかったのね。いやっ、違った、魔物だ、魔物がいる。テーブルの上にはウエディングケーキと思えるくらいのケーキやお菓子が所せましと置かれている。
「あの、甘い物だけではなくてですね、料理も食べてください」
摂食障害の人を馬鹿にするつもりはありません。ただ健康的な範囲で居て欲しいですよね。
リアルではメタボなんですけど、不健康だと分かっていても、自堕落な生活は抜け出せないのです。毎年右肩上がりで一番痩せていた時に比べたら、1.5倍くらいになっとる。




