どこにでも変な人はいる
クゥ一家と関わるようになってお金を使うことが増えたので談話室にいる時間を増やした。
談話室にいる時は治癒魔法承りますよ。という合図なのを知っている人達から声がかかるので、多少お喋りをしながら魔法をかけていく。
たまに短期滞在の棟に泊まっている人からも声がかかるが談話室や食堂はどちらの棟の人間でも出入り出来るので不思議ではない。
今日も結構な数の人が談話室にいる。
午後のお茶には少し遅い時間だが宿の図書館から借りた本を片手に果実水で水分補給をしていると声がかかった。
「おい、娘」
「はい。なんでしょうか?」
「ここで治癒魔法をかけてるそうだな」
「はい」
「誰に断ってやっている」
「宿のオーナーさんにですけど?」
声をかけてきた少し柄の悪い男は、そこで言葉に詰まる。
「お話がそれだけでしたら、これで」
面倒ごとには巻き込まれたくないし、まだ結界が発動しないということは、この男そこまで悪いのことを考えているわけでもないのだろうと、私は席を立つ。
「待て。治癒魔法をかけてくれないか?」
「でしたらそこにお座り下さい」
「いや、部屋でかけて欲しい」
「お部屋にはお伺いしません」
「そこをなんとか。金は弾むぞ」
男はそう言って重そうな財布を掲げてみせる。
うん、悪い予感しかしない。
死ぬようなことにはならないだろうけど精神的にも嫌な目に合うのはごめんなので手が届かないように男から離れて結界を強くする。
「お断りします。では失礼」
「おい待て!」
男の声はするが追っては来ない。
多分、足が動かないのだろう。
これでこの先、あの男は私には近付けないけれどこの先、面倒だな。
オーナーに許可はとってるけど止めた方がいいのかな?
でも、そうすると今度はどうやってお金稼ごうかな?
冒険者ギルドで治癒魔法かけますってするのは長期滞在でやるならギルド登録しろって言われるよねぇ…。
共有スペースにいるのは多分よくないよね。
また絡もうとされるかもだし。
でもなぁ、あの人が何をしたいかわかるまで一緒にいたら確実に結界で弾き飛ばしちゃうし。
その辺りの融通がきかないのが、この結界の面倒なところなのだ。
大方、体を狙ってるか、治癒魔法のあがりを狙ってるかのどちらだろうから大した危険はないとは思うけど。
そんなことを考えながらウダウダとベッドの上でゴロゴロしてるとノックをされた。
「どなたですか?」
「あたし」
クゥだ。慌ててドアを開ける。
「どうしたの?」
「夕方、変な男に絡まれてたって聞いたから」
「ああ、うん。ちょっとね」
「その人、短期のお客様なんだけど、世話係に指名した女の子に手を出そうとしたりして…オーナーから気をつけるように通達出てるの。マゥも気をつけてね」
「そうなんだ。ありがと。気をつけるよ。クゥも気をつけてね」
「うん。でも、私、今週は長期滞在の方、担当だから多分会わないから平気」
「なら、いいけど。あ、明日帰ったらケーキあるよ。昼間作るから」
「ほんと!嬉しいな。なんか煮込み料理も作るって聞いたよ」
「うん。そっちはクゥ達の口に合うかわかんないけどね」
「マゥが作るなら美味しいって信じてます」
どうやら今日の唐揚げでハードルが上がってるみたいだ。
「んー…明日のは本当に好みがわかれるから。期待しないでね」
「はーい」
確実にわかってない返事だ。
そうわかるのに、なんとなく笑ってしまう。
「じゃ私、行くね」
「うん、わざわざありがとう」
些細なことなのに気にかけてもらえることが嬉しくて、温かい。
閉じこもってるのもバカバカしくなったのでお風呂へと向かう。
「なんだか騒がしいみたいねぇ」
「小金手に入れた冒険者だか何かが向こうの棟でどんちゃん騒ぎやってるそうですよ」
「ああ、なら食堂に近付くのも止めておこうかね」
「ええ、談話室でも絡まれた人が何人もいるそうですよ」
あの人、私にだけ絡んでるわけじゃないのか。
ちょっとホッとしたが、それで問題が解決したわけではない。
こういう時、攻撃魔法とか武力があったら華麗に解決出来るんだろうけど、生憎そんな力はない。
でも、そんな力があったら国を出ることが出来なかっただろうから、痛し痒しというところである。
「マゥちゃんも気をつけてね。宿の子も体触られたり、部屋に誘われたりしてるみたいだから」
「娼館にでも行ってくれればいいのにねぇ…」
「本当に」
「マゥちゃんに治癒魔法かけてもらえないのも寂しいしね」
「休憩室でよければかけましょうか?」
脱衣所と続き部屋で休憩室がある。
ここでは下着姿やガウンのみでも問題はないので、湯上りの身体の火照りをとったり、何度も入る人達が休憩していたりする。
食堂に行かなくても一部のメニューは休憩室に取り寄せられるためにここで食事をすませる人もいる。
特に狭い部屋に泊まってる人達にはその傾向が強い。
「まぁ、本当?ありがたいわ。でも主人には怒られちゃうかも」
このご婦人はいつも旦那様と一緒に治癒魔法をかけているからこそのセリフだろう。
「やめます?」
「ううん、内緒にしておくわ」
「じゃ先に出てますね。休憩室でお待ちしてます」
使ったタオルをカゴに入れて、湯浴み着とガウンを着て、新しいタオルを2枚とって着ていたものを畳む。
それを布で包んで、休憩室へと移動して、中庭が見える椅子にと腰掛けた。
ふぅ、何か飲もうかな?
でも、頼むのも面倒だしなぁ…。
今日はよく歩いたので、少しだけウトウトしながらご婦人を待つ。
出てきたご婦人に治癒魔法をかけていると他の人からも声がかかり、何人かに治癒魔法をかけているうちにまた眠気が来た。
んー?結構疲れてるのかな?それとも今日、3回目のお風呂だから湯あたりかなぁ?
頼まれてた分の治癒魔法を終えて、立とうとすると「一緒に夕食を」という言われた。
でも、本当に眠くて「すいません。なんだか、眠くて」と断りを入れて部屋に戻って荷物も解かずにそのままベッドにダイブした。




