実験♪実験♪
朝風呂をゆっくり楽しんで部屋で切れ端のビスコッティで朝食をすませてから、談話室に顔を出す。
私が治癒師であることは知られてるのでマッサージ代わりに魔法をかけてほしい人達がここで声をかけてくるのがお約束になっているので1日に何回かは顔を出してる。
サーチをかけてケアかキュアをかけて大体1回銀貨1~5枚。
多い日には銀貨50枚くらいは稼げる簡単なお仕事です。
宿には許可はとっていて、場所代を納めていたりする。正確には宿代の割引をしてもらっている形だ。
治癒魔法がマッサージの代わりに使えると気付いてなかった宿のえらい人には何故だかお礼を言われました。
あと何かあった時には治癒魔法よろしくと言われてます。
「お、いつものお願いできるかい?」
「はい」
手をとってサーチして患部とわかった腰をさすりながら、キュアをかける。
キュアは初級怪我治癒魔法で、なぜだかコリにはキュアが効く。
捻挫とかと同じ判定なのかもしれない。
「おお、楽になったよ」
「根本的には治ってないですからね」
念を押すように言えば、わかってるよ。と明るく笑って銀貨1枚を差し出してくる。
「ありがとうございます。お大事に」
そんな風に何人かに魔法をかけた後、クゥの家へと向かう。
今日は忙しいのか、短期滞在用の棟にいるのかクゥには会ってない。
まぁいいか。どうしても必要なら話し相手か世話係として指名すればいいし。
湯治という長期滞在型施設のせいか、ここには娯楽もそれなりにある。
遊戯室でのカードゲームやビリヤードだけでなく、図書館、舞台、マッサージもあった。
その娯楽サービスのひとつが話し相手である。
従業員を一定時間代金を払って呼ぶことが出来る。勿論、指名もありだ。ただし、性的サービスはないので同性のみという指定ありだ。
他にも侍女やメイド、介護をする人を引っくるめて世話係と呼び、指名することもできる。こちらは1日単位での指名だ。
魔石の付きの鍋を肩掛け鞄に入れて持つ。
旅装やマント。
旅の途中で買った高価な布。
本当は宿に預けた方がいいのはわかってはいるが、ここは高い分セキュリティに関しては厳しい。
といっても泊まり客じゃないと棟に入れない程度のことではあるのだが。
ま、いいか。盗られて困るものじゃないし。
そうだ。この布、持っててロウくんに見せてみよう。
インドのサリーみたいで肌触りもよくてつい買ってしまったんだけど今のところ使い道もないし。
布も肩掛け鞄に入れて私はクゥの家に向かった。
「こんにちは」
「いらっしゃい。これ履いて」
ロウがぶっきらぼうに私に渡すのは桜色の内履き。
「これは?」
「俺が作った」
「え?」
「お針子だし、毎日来るなら足に合ってるやつの方がいいだろ」
聞けば毎日来るのと言われたので、こっそり靴を見て大体のサイズを割り出して切れ端で工夫して作ってくれたんだそつだ。
「…ありがとう」
「こっちがお世話になってるだからいい。米が好きって言ってたから今日はあのスープを使った粥だ。温かいし、消化もいいと思う」
言ったことをちゃんと覚えて実行してくれる。素直なロウにちょっと感動する。
「食べて少し休んだら、母さんと買物して来てくれたら助かる。ついでに代筆屋まで依頼品も運んで欲しい」
「うん。私、ここに来てから町はあんまり見てないから楽しみなんだ」
「いらっしゃい。マゥさん、ごめんなさいね。仕上げなくちゃならない文章があって…」
仕切り代わりの家具の向こうからお母さんの声がする。
「特殊なインクで書いてるから離れられないんだ」
「なるほど」
「そうそう。昨日話してたのコレなんだ」
浅鍋を取り出すとロウは不思議な顔をした。
「これね、旅用の野営道具なの。ここに魔石セットして、あとはここで温度…火の強さね。調節したり、時間設定も出来るの。小さいけどね」
「え…でもこれ…」
この鍋はタクハの父からもらったものではない。
その品質に気付いた後、クゥに目一杯走ってもらって密偵の目を盗んでコッソリ買って使ってる鍋だ。
それでもちゃんと魔道具としては機能はしているので、今回みたいな時には丁度よいと思う。
そんな浅鍋を押し付けられたロウはとても戸惑っている。
「旅に出ないなら使わないし、この鍋なら4人分ならスープとか温めるの楽でしょ?」
「…楽、かもだけど…」
「お母さんにあったかくて、栄養のあるもの食べて欲しくない?」
「…欲しいけど」
「薪代で食事代削るとか本末転倒でしょ?しかもお昼は私の分が加わるんだし」
「魔法代はら…」
「お昼食べないか、お昼代出すよ?」
「それは…」
「勝手に置いてくよ?」
「でも…」
「毎日食材差し入れるのもありだよね〜」
「いや…あの…」
「ならクゥのこと宿で毎日指名しようかな?」
「………」
ロウは無言になった。
じーっと見つめていると、深くため息をついて、わかったよ。とぶっきらぼうに言う。
「よかった。これでダメならどうしようかと思った」
にこにこと笑いながら鍋を押し付けるともう、何も言うまいと思ったのかロウは素直にうけとった。
「…あんた、ちょっとおかしい」
「そうかもね。でも、ロウくん達が損するわけじゃないでしょ」
「そうだけど騙されてるんじゃないかって疑いたくなる」
「私、騙されるの嫌いだよ」
「…誰だって嫌いだろ」
「まぁ、そうだよね。でも、お母さんへの魔法に関しては私にも利はあるんだよ」
これは本当のことだ。継続的に弱い回復魔法をかけ続けることが、どんな効果をもたらすのかを知りたいからだ。
知りたいと思ったきっかけは湯治場でマッサージ代わりに治癒魔法を使ってから。
温泉でほぐれた身体にマッサージ心地よくて。しかも相乗効果があるらしい、と聞いて、マッサージと似たような効果が出せる治癒魔法ではどうなの?と疑問を持ったのです。
でも、湯治場のお客さんに「実験させて下さい!」とは言いにくいのですよ。
なので今回のことは本当に私のためにもなるのだけど、それを中々信じてもらえない。
日本でいえば治験のアルバイトみたいなもので、本来ならばお母さんがお金をもらったっていいのだ。
「…鍋、詳しい使い方教えて」
根負けしたのか、呆れたのか、どちらかわからないけどロウはそう言ってくれた。
具沢山のお粥をご馳走になり、食休みをして、持ってきた布を広げてロウとお母さんに見てもらう。
「まぁ、これ!」
お母さんが感極まったみたいに声をあげて、ロウも布に見惚れている。
「綺麗ですよね。旅には必要ないものだったんですけど見惚れてたら「これは若いお嬢さんには必要となるものだよ。布だから畳めば小さくなるし、持ってて損はない」と言われて気付いたら買ってました。軽くて柔らかくて、薄いからか畳めば服1枚分くらいなので結局持ち歩いてます」
その説明にお母さんが苦笑する。
「そうね。確かにこれは若いお嬢さんに必要となるものだわ」
「ご存知なんですか?」
お母さんはそっと布に触れる。
「これね、北の大陸の一部では花嫁衣装に使われる布なの。これでドレスを仕立てるのよ」
「え!」
「やっぱり知らなかったのね。向こうの花嫁衣装はね、こちらでいえばコルセットにスカートを縫い付けたようなドレスを着て、この布でガウンのように前開きで裾を引く上着を着るの。胸元も腰から下も下に着てるドレスが見えるようにV字のラインを作るの。その隙間からレースをたくさん使って豪華に仕上げた下のドレスが見えるの。それがとても綺麗なのよ」
花嫁衣装に使う布だったのね。
なるほど確かに「若いお嬢さんに必要なもの」だわ。
「特殊な織り方で織った布をね、染めていくの。何回も何回も。刺繍もするのよ、ほら」
指が差した場所には蔦のような刺繍がされている。
「まさか、こんなに遠く離れた地で見るとは思わなかったわ…」
懐かしそうに、切なそうに、お母さんの指先は布を撫でる。
「あのっ!よかったらこの布もらっていただけませんか?」
「え?」
「綺麗だな、と思って買っただけで。私、針仕事上手じゃないから何かに仕立てることもせず持ち歩いてただけなんです。このまま私が持っていてもベッドカバーかソファカバーにするくらいしかないんです」
「でも、これは貴方のものよ。服でも仕立てればいいと思うのだけど…」
「花嫁衣装だと知らなければ、そうしたかもしれません。でも、花嫁衣装だと知って普通の服にするのはちょっと…」
気分的にはウエディングドレスを普段着にしなさい。と言われたようなものだ。
「あ…ごめんなさい」
「いえ、ルーツ知りたかったのもあったんでロウくんに見てもらおうと思って持ってきたんで私的には満足です」
「でも…これ以上は…」
「私は定住してませんし、どこかに住むことにしたとしても私しかこの布を目にしないはもったいないと思うんです。この布を織った人、染めた人、刺繍した人達はきっと花嫁さんが幸せになることを願って、その日、皆の祝福を受けることを願ってこの布を仕上げたと思うんです。だからこの布は花嫁衣装としてクゥかルゥちゃんを彩るべきだと思うんですが、ダメですか?」
花嫁には憧れる。というか結婚したい。めっちゃしたい。
でも、この布はここにあるべきだ。
この家族の幸せを彩るモノだ。
「でも…貴方もいつか花嫁になるでしょう?」
「花嫁にはなりたいと思いますが、この布を使った花嫁衣装の作り方はわかりません。先程も言いましたが、私は針仕事が苦手です。なのでこの布は私の手元にある限り花嫁衣装にはならないんです。何よりこの布が花嫁衣装だというなら、花嫁衣装になったところを私も見たいんです。その花嫁が友達ならいうことありません」
お母さんは無言になった。さっきのロウのように。
「…母さん、この人には何を言っても無駄だよ。もらっとこう。というか諦めよう。この人、頑固だから譲らないよ」
鍋のやり取りを思い出したのか、お母さんはふっと笑う。
「…そうね。ならありがたくいただきます」
「はい、もらって下さい」
「代わりに何かさせてもらえたらいいのだけど…」
「なら、この町を案内して下さい。クゥには少し話しましたけど、私、旅に出るまで閉じ込められたような生活をしてたんです。なので町でも生活には詳しくなくて…」
「閉じ込められてた?」
「安全のためというか教育のためというか。外出不可の全寮制の学校にいたみたいな感じです」
「…なんでそこを出たの?」
「私、落ちこぼれだったから」
「「へ?」」
変な声と共に2人が凍った。ついでに空気も凍る。
「…治癒師が落ちこぼれ?」
「はい」
「1日で金貨を稼ぐことも珍しくない治癒師が落ちこぼれ?」
「はい」
「どこにいても食いっぱぐれない治癒師が落ちこぼれ?」
「ええ」
ロウとお母さんが顔を見合わせて声を失っていた。
絶句されているみたいだが事実である。
治癒師としても私より上の人間はいるからこんな使いにくい人間をわざわざ残す理由はない。
「優秀な人達が集められてたんです。それなりに真面目にやりましたけど、上には上がいるんです」
「…なんか信じられない世界」
「…そうね。世の中には知らないことってまだまだあるものなのね」
ロウとお母さんにしみじみ言われてしまった。
でも、一応納得してくれたみたいだ。
「その間も治癒師としては働いてましたし、それなりのお金は頂いて、円満に国を出てますから」
にっこり笑ってみせるの、なんだか呆れられた。
「いや、でも、私、あの場所から、国から出れて嬉しいんですよ。生きてく術もちゃんとありますし、皆さんにも出会えて幸せですし…」
「そう言ってもらえるのは嬉しいわ」
「こうなってみると、この布を買ったのもクゥと出会うためだったのかな?とも思えますから」
「変わった人ね、貴方は」
「それ、よく言われてます。でも、これが私なんです。大変なこともそれなりにはありますけど、自分とは長い付き合いなのでもう変えようとは思わないんですよ」
あはは、と笑えば「まだ若いのに」と言われる。
でも、拉致前から合わせれば目の前にいるお母さんより年上なのだ。
「まぁいいじゃないですか。それよりもそろそろ出かけませんか?」
「そうね。代筆屋さんにお仕事届けて。あとはお買物ね」
「俺は家で仕事しとく。なんか色々疲れたから」
疲れたのはきっと私のせいだろうから、余分はことは言わずに「出かけましょう」と私は明るい声を出した。




