これって中華料理!
珈琲の粉の再利用方法を教えていると、クゥの妹のルゥが帰ってきた。
「ただいまー。疲れた…。ご飯」
帰ってきた途端に「ご飯」というルゥにお母さんとロウから拳骨が飛んだ。
「こら!まずはご挨拶しなさい」
「今日は客のための食事だってこと忘れるなよ」
二人から拳骨を落とされて「いたーい」と言いながらルゥはこちらを見る。
「こんばんは。あなたがマゥさんね」
嬉しそうに飛んできたルゥは背が高くて、そのまま抱きしめられた。
「お姉ちゃんより小さいのね。うわー可愛い!」
クゥも背が低い。なのでロウとルゥの方が背が高いのだ。抱きしめられるとその胸が見かけよりも豊かなことにも気付く。
うわー、ふかふかというよりはちょっと硬い。桃みたいな…って私、何考えてるんだ?
息苦しいなと思う前にクゥが助けてくれた。
「マゥは私のなんだからダメ!ほら、ご飯の準備。私とマゥは向こうにいるから」
そう言ってリビングに戻る。しばらくするといい匂いが漂ってきた。どこか懐かしい匂い。
何の匂いだっけ?と考えていると目の前に布が引かれて、小皿と箸が置かれた。
「これは…」
「お箸。知らない?」
「知ってるけど…」
「へぇ、北の大陸でしか使われてないのによく知ってるね」
まさかそれを主として使う世界からやってきたとは言えない。
「お箸って便利だもん。食べるのにも作る時にもね」
「あーわかる。卵混ぜる時とかはお箸の方が楽だよね」
そんな話をしていると大皿を持ったルゥとロウがやってくる。
その皿の上に載っているのはどう見ても山盛りの焼き餃子と炒飯。それに照り照りの鳥の丸焼き。
どう見ても中華料理だ。
それを置くと二人はまた台所に戻る。
次に出てきたのは麻婆。中に入っているのは豆腐ではなく野菜だが、まさしく麻婆だった。
そしてエビチリ。最後にお母さんがスープを持って登場した。
「おまたせ。久しぶりに色々作ったわ」
「これ、母さんの故郷の料理なんだ。誕生日とかに作るんだ」
「ふふふ、マゥさんのおかげでご馳走なの。嬉しいな」
「さ、食べましょう」
お母さんの言葉で4人がそれぞれに私に料理を取り分けてくれる。
目の前にある料理にびっくりして、反射的に受け取って口に入れていく。
「餃子にはこれをつけてね」
餃子につけるは醤油ではなくて、豆板醤に甜麺醤、豆鼓醤。醤油はないけれどどれも懐かしい味だ。挽肉にたっぷりの塩揉みしたであろう野菜達。皮はモチモチして、これは水餃子にしても美味しいだろう。
口の中に広がる懐かしくも濃い味に思わず笑みが漏れた。それをさっぱりさせるためにスープを飲む。
スープは薄い色なのにコクが深い。
これ、多分、白湯スープだ。
炒飯はちゃんとパラパラでネギと卵と多分スープの出汁になっているハムが入っている。
鳥の丸焼きはいわゆる北京ダックだったらしい。薄く皮をそいでネギを巻いて食べるらしい。これは甜麺醤をベースにしたタレをつけてもいい。
麻婆は挽肉に長ネギ、生姜の味がコックリと深い。聞けば使われているのは豆板醤と豆鼓醤だという。メインの大きく切られている野菜は向こうにはなかったものだが麻婆にはとても合っていた。
気になって豆鼓醤を舐めてみれば醤油と味噌を混ぜたような味がする。
最後に残っていたエビチリに取り掛かる。トマトの風味に少し甘いのは砂糖じゃなくて食べさせてもらった花の蜜かもしれない。
これも美味しい。というか3年…4年ぶりに中華料理に涙が出そうだ。
バクバクと無言でどんどん食べていたことにやっと気付いて顔を上げると、皆がこちらを見ていた。
「す、すいません。あんまりに美味しくて」
「お口に合ってよかったわ。お箸もお上手なのね」
「あ…えーとお箸は便利だからって教えてもらったんです」
「そうなのね。この料理だとナイフとフォークより食べやすいからお箸を用意したんだけど」
「はい。この料理だと、お箸の方がおいしく食べられますよね」
「てか、マゥさん、母さんの故郷の料理食べたことあるの?」
食べ方を知っていたからなのかもしれないルゥが不思議そうに聞く。
「うん、前にね。でも、もう食べられないと思ってたから凄く嬉しい」
「あら、ならよかったわ」
「これ、作り方聞いてもいいですか?」
聞けば、醤もハムも手作りだ。どれも最低一ヵ月かかる。しかもラー油も作っていて、それも手作りだ。
「私、この料理大好きです。材料代は出しますから教えてもらってもいいですか?」
「それはいいけれど、それなりにお金はかかるわよ?」
それはそうだろう。この世界では香辛料は高い。豆類は貧しいものが食べるから安いが、唐辛子や八角などは高い。
「大丈夫です。それよりも使ってる香辛料ってこの辺りで手に入るものなのですか?」
「それは大丈夫!私が働いているお店は香辛料やお茶、甘味類も大陸各地から取り寄せてますから!」
聞けばルゥはこの街一番の高級な雑貨店に勤めていて、そこには手に入りにくい調味料なども揃っているらしい。
「このマゥさんが持ってきてくれたお菓子も売れるよ!硬いけど、これだと日持ちするでしょ?甘いし、珈琲やお茶につけて食べるってのがいいね!」
いつの間に持ってきたのかルゥがお茶と共にビスコッティを食べていた。
「あ!ルゥ!お前食べ過ぎ!」
「ふーんだ。ロウは昼間食べたんでしょ!あたしは今食べたんだもん!たくさん食べてもいいのー」
「あ、てめ!それ、俺にも寄越せ!」
双子の喧嘩は激しいけれど面白い。遠慮がないのが家族だな、と思う。
「マゥ、お茶も飲んでみて」
クゥに言われて小さな茶杯を手に取る。ふわりと香るのは香ばしい香り。
一口飲めばそれは烏龍茶で。紅茶やハーブティ以外のお茶があることを初めて知った。
「今飲んでるのは青茶。母さんが淹れてるのは緑茶」
「緑茶!」
それこそ4年近く飲んでない。若い頃はペットボトルばかりだったけれど就職して淹れるようになってから、家でも淹れるようになった。
お湯を沸かしてお茶を淹れる。15分もかからないその行動が息抜きになる。
そうやって淹れたお茶をゆつくりと飲む。何かがリセットされて澄み渡る。その感覚がとても好きだった。
離宮にいた時もお茶は淹れてはいたが、緑茶ではなかった。だからだろうか、昔のような澄み切った気持ちにはなれなくて、それがとても残念だったのだ。
「はい」
お母さんが出してくれたお茶はまさしく緑茶。色もだけれど、その匂いに思わず泣きそうになって。それを誤魔化すために一口お茶を飲む。
緑茶の独特の苦みに甘味。何とも言えない味。
懐かしくて、優しくて、身体の奥から何かが溢れてくる。
「ひっく」
ダメ。こんなところで泣くなんてダメ。クゥにまた心配かけちゃう。
そう思っても止まらない。
いきなり泣き出した私に驚いた顔で全員がこちらを見た。
唇を噛んでこらえようとする私をまずはクゥが抱きしめる。横からはルゥが、お母さんが抱えるようにした。
ロウは流石にそれに加わることはなかったが、私の膝にそっとタオルを乗せてくれた。
「辛い時には泣くといいのよ。泣けるなら沢山泣いた方がいいの」
ポンポンと叩かれる頭。背中を撫でる手。
もうこらえられなくて、クゥ達に抱き付いて泣き出した。




