お宅訪問
次の日、クゥは宿まで迎えに来てくれた。
今日の予定は一緒に朝昼ご飯を食べてからお宅にお邪魔することになっている。
「家のことはすませてきたよ。あと弟が張り切って夕食作る!って宣言してたから食べてって」
「え?でも…」
庶民の食事は朝か昼が1番豪華で夜は質素だ。
夜は外で食べない限りスープがつけばいい方で作り置きのオカズをパンに載せて食べるのが一般的だ。
貴族や旅人、冒険者などは逆に朝昼が質素で、夜が1番豪華。
貴族は食事が社交であること。
冒険者や旅人は朝が早く、日中も移動してるため、ゆっくり食事の支度が出来るのが夜だからだ。
「今日はいいの。もう材料買っちゃたし、下拵えもしてきちゃたんだもん。食べてってよ」
こんな風に言われては頷くしかない。
「さ、なら行こ!お昼どこがいい?夜がご馳走だから軽めにする?甘いのでお昼もいいよね〜」
クゥと行ったのは甘味屋さん。
私はガレット、クゥはパンケーキを食べた。
甘味は食べると簡単に幸せになれて凄くいい。お喋りも弾む。
それから少し街を冷やかして歩いて、午後のお茶時間には少し早い時間にクゥの家へと遊びに来た。
集合住宅の4階。階段しかないから上の方が家賃が安いそうです。
玄関で靴を脱いで室内履きに履き替えてるのはクゥの家のルール。ゴミを持ち込まないようにしてるんだそうだ。
小さな玄関ホールを抜けると居間がある。
居間は多分10畳くらい。
家具を仕切りのように使っている。多分、仕切られた向こう側が弟さんとお母さんの仕事場なのだろう。
中庭に向いた側に台所とトイレ。
他に寝室があり広さは私が泊まっている部屋の倍くらいという話なので6畳くらいかな?
そこにベット2台って結構キツイかも。
「お母さーん、ロウ。マゥが来たよー!」
クゥのお母さんはクゥに似ていたが背はそれなりに高かった。
弟も血が繋がっているな、と感じる顔立ち。
弟さんのロウは14才だそうですが、料理の腕はレストランから修行に来ないか?とスカウトが来るレベルらしいです。これは夕食が楽しみ。
「いらっしゃい」
「いらっしゃいませ。姉が色々ご迷惑かけてますよね。すいません」
「初めまして、マゥです。いつもクゥにはよくしてもらってます。あとこれお土産です」
城で習ったように少し膝を曲げて目線を落として挨拶して。
弟さんとお母さんどっちに渡せばいいのか迷って、なんとなく真ん中の空間にバスケットを差し出す。
ありがとう。とお礼を言ったのはお母さん。バスケットを受け取ったのは弟だった。
「ね、ともかく座ってよ」
クゥが手を引く。
居間には床に敷物が引かれて、そこに沢山のクッションとキャスターのついた横長のテーブルがセットされていた。
椅子はない。
「ごめんね。うち、ソファとかテーブルとかないんだ。母さん、違う大陸の人で、そっちでは床に敷物引いて、そこでこんな風に生活してるんだって。で、うちでは昔からこんな風なの。家具代もかからないしね」
この大陸では聞かないけど、こんな風に生活する大陸もあるんだ。
「お母さん、どこの大陸出身なの?」
「北」
大陸間の移動は船旅で一か月以上はかかる。魔物にも襲われる可能性があるし、天候次第で船が沈むことすらある。
それでもこちらの大陸へとやってきたのだから何か理由があるのだろう。この大陸にどうして来たのかはともかく、その時のお話聞けたりしないかな?
そんな事を考えながら、クゥに手を引かれたまま、隣に座ると、ビックリされた。
「なに?あ、正面に座らないとダメだった?」
「ううん、違う」
腰を浮かしかけた私をクゥは引き戻す。
「北の大陸の作法は知らないからそれは教えてね。失礼なことしたくないし」
プッ、とクゥが噴き出した。
理由がわからなくて、どうしようかな?と思っていたら台所からロウがお盆でお茶を運びながら、クゥをたしなめる。
「ねーちゃん、マゥさん困ってる。ねーちゃんはさ、マゥさんが文句も言わずに座ったことに驚いてるんだよ。靴のまま室内でも生活するから床に座るって汚いって印象があるみたい」
ああ、なるほど。
室内履きの存在はあっても基本室内には土足で入る。
部屋の中で履き替えることはあるし、王族、貴族、お金持ちだと外履きでは入らない部屋があったり、2階は土足厳禁だだったりするらしいが確かに床で生活することはほとんどない。
でも、私は日本人だし、床の上で生活することに抵抗は一切ない。
離宮で過ごした部屋も入口で靴を履き替える部屋だったし、部屋の中を素足で歩くのも好きだしね。
「なるほど。でも、さっき靴脱いでるし、クゥが座ったし。色々な文化があるんだし、汚いとは思わないよ」
「…マゥさん変わってるね」
「そう?」
「うん。そう思う」
ロウはテーブルの上に4つお茶を並べる。
そこにお母さんがお菓子をのせたお皿を持って現れた。
「戴いたものさっそく出させてもらいます」
ビスコッティに卵ボーロにビスケット。
「ビスケットがロウ。卵ボーロは母さんよ」
「手作りなんだ。嬉しいな」
いただきます。と手を合わせて、まずは卵ボーロを。
さっくりとして、口の中でとける。
素朴だけど懐かしい味。
「うわ…美味しい…」
「お口に合ってよかったわ」
「ビスケットも食べてやって」
いただきまーす。とビスケットをかじる。
まず広がるのはミルクの甘さ。これも柔らかな味だ。
歯ごたえもいいけど、ふんわりしてて、こちらも幸せの味だった。
「これも美味しい。でもお砂糖だけじゃないよね?」
「わかるんだ。花の蜜を少し入れてる」
「蜂蜜じゃなくて?」
「蜂蜜だと濃厚になりすぎるから」
ちょっと待って、とロウくんは立ち上がり台所から小さな瓶とスプーンを持って戻ってくる。
「ラリカっていう花の蜜。食べてみて」
スプーンにほんの少しの蜜。
さらさらしてるけど水飴より軽くてさっぱりしてるけど甘い香りがする。
「美味しいね」
「でしょ。喉にもいいし、料理に照りを出すのにも使える。母さんが具合悪いときとからお茶かミルクにコレを溶いて飲んでもらうんだ。それに山で自分で蜜集めることも出来るから」
「そうなんだ。時期はいつなの?」
「春から夏にかけて。だから次は来年だよ」
ラリカの花を見てみたいとは思ったが、その時、多分私はここにいない。
「そうなんだ。見れたらいいな」
「ここに住んじゃえば見れるよ」
「そうだね」
クゥは私の身の上を家族には話してないのだろう。深追いはしてこない。
代わりにビスコッティをえらく褒めてくれた。
「堅いけど、これ美味しいね。あたし、ナッツだけのが好きだな」
「ねーちゃん食べ過ぎ!俺は、フルーツが入ったのが好き」
「私はどれも美味しいと思うわ」
褒められて嬉しくなった私は台所を借りた。
ミルク珈琲を作るためだ。
4人分で1杯だけ少し多めの粉で珈琲を作って、沸騰直前までわかしたミルクにその珈琲をいれる。
ゆっくりと混ぜて出来上がり。
それを均等にカップに入れて持っていく。
「どうぞ」と言ってまずは自分が口をつける。
珈琲にミルクをいれたカフェオレとはちょっと違う味。
うん、美味しくできた。
「美味しいわ…」
「お口に合ってよかったです。このミルク珈琲にビスコッティを浸して食べるとまた味が変わって美味しいんですよ」
ひとつとって実演して見せると、皆が同じようにする。
「なんか面白い。けど、美味しい」
「これ、珈琲に直接でもいいかも」
「珈琲でも、お茶でも、ホットミルクでも。その辺はお好みでどうぞ。私はこれが好きなんで、いつもコレです」
日本にいた頃もこうやって食べていた。
仕事場でも息抜きにビスコッティを作っていってやっていたくらいだ。
「…コレの作り方教えてくれる?」
「いいよ。あと珈琲の粉のカスの利用法も教えようか?」
「え!あれってゴミじゃないの?」
ロウより先にクゥが反応してくるのが笑える。
「色々使えるよ。鍋の油落としに、靴磨き。消臭剤にもなるし。ちょっと手間にはなるけどよく乾かせば剣山とかぬいぐるみの中綿としても使えるの。ちなみに私のオススメは剣山。針が錆びにくくなるから」
「それ、ほんと!」
今度はロウが飛び付いた。
「うん、本当。でも完全に錆びなくなるわけじゃないし、作る時にちょっと面倒だよ」
「それでも錆びにくいのは助かる。教えて」
「ロウ、油落としと靴磨きの話が先」
「ネーちゃんは宿でも聞けるから俺の方が先」
キャンキャンと言い合う2人をお母さんはそのままにしている。
多分、いつものことなのだろう。
「うるさくてごめんなさいね」
「いいえ、私も兄妹がいましたから」
「そうなの。ご家族は?」
「…もういません」
「…ごめんなさい。悪いこと聞いてしまったわね」
「いえ。それよりミルク珈琲のビスコッティはどうですか?」
「とっても美味しいわ」
「よかったです。日持ちもするし、ハーブ入りのは滋養にもよいのです。旅してる間は持ち歩いて食べてたくらいですから」
ちょっとあからさまだけど、このくらい方が伝わりやすいだろう。
「あと失礼でなければ診察魔法かけさせていただいてもいいですか?」
「え?」
「あ、お金は頂きません。色々な症状を知る。それも治癒魔法師の財産になるんで」
本当はこういうことがいけないことはわかっているけれどクゥの家族からお金をとるなんて考えられない。
クゥからお医者様にかかったことはあるけど治癒魔法師に診てもらったことはないと聞いていたので、なるべく軽く聞こえるように言ってみる。
クゥとロウがいつの間にか口喧嘩を止めていた。お母さんも黙ったままだ。
でも、結論を出すのは私じゃない。
だから、ミルク珈琲を飲みながら待った。
「…いいの?」
「ん?なにが?」
「魔法高いんでしょ?」
「さっきも言ったけど、これは私のために私がしたいこと。ついでにいえば使うのは魔力だけだもの。何も失ったりしないのよ?」
「…本当にいいの?」
「うん。自分にもたまにかけてるし。出来ればでいいんだけどクゥとロウくんにもかけさせてくれる?魔法覚える間は弟子同士で魔法かけあったり、自分にかけたりとかは当たり前だもん」
これは本当だ。
イメージ的に近いのは看護師がお互いに採血の練習をするという奴だろうか。
「あたしとロウにも?でも悪いところないよ?」
「健康な状態で魔法がどんな風に発動するかを知るのも必要なんだよ、ほら」
そう言って私は自分に初級病気治癒魔法のケアをかける。
魔力が抜ける感覚はあるが、勿論、何も起こらない。
「魔法は一度覚えたら忘れることはないけど魔力を強化するには魔法を使わなくちゃならないから。こうやって使うのも大切なの」
今度は飲み終わったカップにクリーンをかける。
「だから部屋の掃除とかは魔法でするの。お風呂に入るとしても身体にもクリーンかけてるのはそのせい」
「魔法使える人にもそれなりの苦労があるのね」
「一応はね。ということでかけてもいい?」
クゥが納得したのでロウもお母さんも納得したらしい。
「すいません。手、貸して下さい。少しくすぐったいかと思いますが、魔法で身体の中と外を調べてるだけで害はありませんから」
お母さんの手を握ると魔法を発動する。
「サーチ」
お母さんがビクリと身体を震わせたので大丈夫ですよ。と笑いかける。
外側に悪いところはないみたい。
肩凝りとか筋肉のこわばりはあるから、これは魔法でなんとかなる。
うーん…でもこの反応って…。
お母さんは胃腸が余り丈夫ではないらしい。そこに疲れだけではなく冷えが影響して虚弱体質になっているようだ。
これは…魔法では無理だなぁ。
気長に体力つけて体質改善するしかない。
「どうなの?」
「うーん…魔法ではちょっと無理かな」
ガッカリとした空気が場に流れる。
「すいません。普段の生活聞いてもいいですか?」
「私のですか?」
「はい」
朝早くに起きて食事を作って簡単に掃除をして洗濯。
干したら代筆の仕事。文章を清書したり、整えたり。
お昼を食べて、買物に出る日と出ない日があるが基本的にはずっと座って代筆作業。
身体を拭くことはするし、町の住民は割安で温泉に入れるが、あまり行くことはないそうだ。
なるほど動かないから冷えが改善しないんだ。
動かないから食欲もわかない。
しかも、せっかくある温泉にも入っていない。
それじゃあ弱る。
それに、洗濯もしている。
この世界の洗濯はともかく身体が濡れる。
宿などでは脱水機代わりに布を絞る機械も使うし、汚れ落ちの観点からお湯も使われるが、ここでは無理だろう。
悩み始めた私をクゥとロウが心配そうにこちらを見ている。
「生活の仕方を変えたら少しはよくなると思います。ただ、続けないと意味がないし、最初はちょっと薬がいります」
「…よくなるんですか?」
「はい。生まれつきあまり胃腸が強くないようですが、それ以上に冷えが問題だと思います」
「冷え…ですか?」
「今、お聞きしたところ、あまり動かないで生活されている上に身体を温めるようなことなさってないですよね?」
「身体を温める?」
ああ、そうか。そこからか。
「クゥもロウくんもよく聞いてね。冬って寒くて動きにくいと思いませんか?」
「え?…はい」
「そうだね」
ロウは頷くだけだが真剣に話を聞いてくれるつもりはあるらしい。
「あれって冷えるからなんです。冷えると身体の外側だけじゃなくて内側も動きにくくなります。そうなると体調を崩しやすくなるんです」
「え?でも、熱出る方が動けないよね?」
「熱はね、身体が悪いところを治そうとして、その部分を攻撃して戦ってるから出るの。だから冷やせばいいってわけだもないんだよ」
ほへー知らなかった。と驚くクゥ家族。
「身体を内側から温めるには運動するといいんです。例えば歩くとかね。あとはお風呂。水浴びばかりだと身体は硬くなるんです」
筋肉の話をしたいけれど、どうやったら理解されるかがわからない。それに血が冷えると全身が冷えるという話もどう言えば伝わるんだろう。
基礎知識が違うのがもどかしい。
「でも、お風呂の後って暑いし、冬なんかは冷えるよね」
「うん。だからそこでは冷やさない工夫が必要なの。例えば髪が完全に乾くまで外には出ないとか、コートを沢山重ねるとかそういう工夫はいるの」
「つまり母さんが元気になるには歩いて風呂に入ればいいってこと?」
「体力がつくから歩くのは大切だけど、それ以上に大切なのが食べ物」
「え?ご飯?」
「そう。野菜やハーブには身体を温める効果があるものがあるし、温かい食事は身体の負担が軽くなるの」
身体を温める食事にはお母さんとロウは思い当たるところがあるらしい。
「温かい食事は何故、身体に負担かけないんですか?」
「体温より低い温度の食事は中から身体を冷やすからです。それを温めなきゃならないから、といえばわかりやすいですか?」
「なるほど」
「しょうが、ねぎなどの野菜やローズマリーやルイテンなどのハーブは身体を温めるので積極的に料理に使って下さい。逆に身体を冷やすのは暑い時期に出来る野菜やハーブです。果物とかもですね」
「なんで?」
「私も理由はよく知らない。でも暑い時期に食べるものって身体を冷やすのは確かだよ。甘瓜とかって食べると少し暑さが引くでしょ?」
甘瓜は西瓜によく似た食べ物で夏場は水分補給と身体から暑さを逃がすためによく食べられている。
「そっか。それってそういうことなんだ」
「あとはしばらくは薬師ギルドでも買えるけど…」とベルトポーチを探るフリで冷えなどの虚弱体質を改善する粉薬の瓶を出す。
「これ、苦いんだけどね。お湯に溶かして1日1回飲んで下さい。量は…」
もう一度ベルトポーチを漁るフリをして計量スプーンのようなスプーンを出す。
「これにすり切りで1杯。多少多くても構いませんけど、少ないと意味がないので飲むなら多めでお願いします」
「えっと、これは?」
「体質改善のお薬。冷え性にも効くよ」
「…なんでこんなの持ってるの?」
「国を出る時に持って出たから。でも飲まないからそのままになってたの」
本当の理由は売れるからだが、そんなことは今言わなくてもいいだろう。
「高いんじゃないの?」
「クローバーの痛み止めくらいの値段だよ」
下から二番目の痛み止めの値段だ、と教えれば、それならなんとかなるかも?とロウが呟く。
「それとしばらくは私、毎日ここにきていい?」
「なんで?」
そろそろ驚き疲れたのか、理由しか聞かれなくなってきた。
「治癒魔法でね、身体に魔力を循環させて本人の回復力とかを体力を一時的に底上げする魔法があるの。それをかけたいなぁ…って」
上目使いでダメ?と聞いてみると、クゥはため息をつく。
「どうせそれも勉強のためだとか言うんでしょ?」
「実際、自分のためだよ。どちらにしろ魔力を育てるためには使わないとなんだから」
これも本当。だから、魔術師は小さな行為にも魔法を使う。
「…せめて薬代払う」
「んー…でもこれもらったものだし、それでお金もらうのはちょっと…」
これは嘘だ。でも、作るだけならそんなに難しくない薬だ。
「ずっと保存出来るわけでもないから飲んでもらえると助かる」
これも本当のことだが、クゥ達は何も言ってくれない。
「これがクゥのお母さんに効くかなんて魔法使う前はわからなかったよ。ここに来てから買ったわけじゃないのは薬師ギルドに確かめてくれればわかると思う、この町に来てから薬師ギルドに入ったことないから」
「マゥ…」
やっとクゥが口を開いてくれた。
「なに?」
「ありがとう」
「ううん。大したことじゃないよ」
「すっごく大したことなんだけど…」
「クゥがしてくれたことよりは大したことじゃない」
ねーちゃん、なにしたんだよ。というロウの呟きを私とクゥは聞こえてないふりをした。




