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村長のお願い

 出来上がった薬を前にして私は悩んでいた。


 しまった。入れ物のこと考えてなかった。


 丸薬や塗り薬は入れ物に困ることがないが問題は液体のものだ。

 基本は専用のアンプルに入れて1回分にわけるのだが、そのアンプルが足りない。

 否、収納魔法の中には入っているのだが、それを出すわけにはいかないから悩んでいる。


 戦闘中はアンプルが一番使い勝手いいもんなぁ。


 うーん、と悩むが悩んでも入れ物がない事実は変わらない。


 とりあえず鍋に保存の魔法をかけて、その日は寝た。


 朝早く起きた私は、誰も入らないように家に魔法で鍵をかけて、セロン達と村長に報告にいく。

 村長の家に行く前にセロン達が借りている家に寄ると、玄関前で槍の稽古をしている。


「こんにちは」

「あれ?どうしたの?」


 稽古をやめて汗を拭きながら、サリは首をかしげながら尋ねる。


「ちょっと困ったことがありまして、サリさん達と村長さんと交えてご相談したいんです」

「薬のこと?」

「ええ。なので決定権のある方と一緒に村長さんのところへお伺いしたいんです」

「じゃあ、セロンね。今回の依頼は2パーティーで受けてるけどリーダーはセロンだから」


 ちょっと待ってて、とサリは家の中へと入っていく。

 少し待つと革鎧に斧を装備した姿のセロンが出てきた。


「薬に何かあったって聞いたが」

「薬そのものは出来ました。問題はそこじゃないので…」


 言葉を濁すとセロンは頷いて、戻るまで任せた、と言って歩き出す。

 それを私は小走りで追いかける。


「お、悪い、悪い。しかし、あの量、本当に出来たのか」

「出来ましたよ。質と消費期限を犠牲にしてますけどね」

「だとしてもすげえよ。普通は頼んでも在庫がなきゃ20日くらいは待たされるもんだ」

「それは森に薬草が豊富だったからですよ」


 多少、魔法で簡略化してはいるが、薬作りにかかる時間はそんなに変わらない。

 むしろ、大変なのは薬草を採取してくることだ。

 採取の仕方次第で薬効が変わるということはある程度知られている。

 丁寧な処理をすればその分、薬効も高くなるし、使う量も少量ですむ。

 その辺りのことをわかっている冒険者には薬師から指名依頼で薬草採取の依頼が出るのだが、駆け出しの冒険者にはその辺りのことがわかっていない。

 なので、冒険者ギルドや村人が集める薬草の質はあまり高くないのだ。

 そんな薬草を使うのだから量も必要になるし、場合によっては採取からしなくてはならないのだから、揃えるのに時間がかかるのは仕方がないともいえる。


 そんな話をしながら村長の家につくと、村長はいなくて呼びに行ってもらうことになった。

 しばらく待って戻ってきた村長とセロンにアンプルがないことを話す。


「…どのくらい足りないのかね」

「この先、追加で作らないなら50個ほどですね」


 結構な数に村長もセロンも黙る。


「戦闘中に使いやすいのはアンプルだとわかってますから、セロンさん達にお渡しする薬を優先してもよいですか?」


 私の言葉に村長が渋い顔になる。


「この村には薬師がいない。わしもだが、アンプルでないと、必要量がよくわからんということになるんだが…」

「アンプル1回分がわかる入れ物を用意して、そちらで計って使うのではダメですか?」


 うーむ、と村長は腕組みをして言いにくそうに話す。


「それでもいいんだが、セロン殿達に多くのアンプルを渡したということがわかると村人達がなぁ…」


 つまりは、ゴブリンも倒せないような冒険者達が優遇されていることが気にくわないということらしい。

 村の最年長でも瘴気が溢れるような経験はしたことがない。

 なので、ゴブリンキングの危険さも、最悪村を放棄しなくてはいけないこともわかっていないのだと、村長は言う。


「あなた方のお陰で生き延びているというのに本当にすいません」


 村長がセロンに頭を下げると、セロンは首を振った。


「俺も同じです。実際に戦うまで、たかがゴブリンと侮っていました。瘴気というものであれほど強くなるとは思ってなかったのは同じです。あれほど強いとわかっていれば、ギルドも冒険者ではなく傭兵団の派遣をしたと思いますよ」

「そういっていただけると助かります」


 そのあとも話は続く。結局アンプルに詰める分は均等にわけることで話がついた。

 個人的には発注量が違うんだからセロン達の方が多く持っていっていいと思えるんだけど、そういう話でもないらしい。

 話がついたので瓶詰め作業をしようと借りた家へと戻ろうとすると村長から追加で薬を頼まれた。


「魔物避けですか…」


 作るだけならそんなに難しい薬ではない。

 ただ、問題なのはその材料だ。

 必要な薬草があるのが、ゴブリン達が集落を作っている森なのだ。


「逃げるにしろ、留まるにしろ必要になるんだが、それを兵達がわけてくれるかがわからんのだ」


 多分、わけてはくれないだろう。彼らにとっても生命線といえるものだ。

 3日間こもって作ったのは痛み止めや止血剤、湿布薬や傷薬に咳き止め。他には体力回復薬や魔力回復薬に治癒薬といった人に使うもので魔物に働きかけたり、戦闘に使うものではなかった。


「出来れば、眠り粉や痺れ薬も欲しいが…」

「それは無理です。材料が揃いません」


 その辺りの薬には魔物の素材を使う。

 加工にも手間がかかるし、何よりも今、そのために魔物狩りにいって村を守る戦力を減らすわけにはいかないのだ。


「魔物避けを作るために必要な薬草をとりにいくことから始めるとしたら、申し訳ありませんが、今の報酬では無理です。それに私を雇っているのは村ではなくセロンさんです」


 そうなのだ。セロン達も村に雇われたのではなく、兵を出す領主に雇われている。

 領主は村を守る義務があるが、今回、セロン達への依頼は村を守ることではなく、ゴブリン達の戦力を調べることなのだ。

 今、村に留まっているのはむしろセロン達の好意ともいえる行動で、ここで、村を出ても依頼達成にはなるだろう。


「やはり、それは望みすぎか…」


 村長は村のことを第一に考えるのが仕事だ。時に卑怯といわれようとすることはしなくてはならないだろう。

 実際、薬作成だってセロン達の好意で村の分まで作ることになったのだ。

 セロンは「場所代みたいなものだ」と笑っていたが場所代にしては優遇しすぎている。


「正直、魔物避けは俺達も欲しい。だが、マゥの言う通り、危険度が高過ぎる」


 ダメですか。と肩を落とす村長だが、ダメで元々という気持ちで話したのだ。そこまで落ち込んではいない。

 それでも、諦めきれずに言う。


「例えばどんな報酬が用意できればやってくれますか?」

「…私には相場はわかりません。ただ、弱い魔物避けでは役に立たないことはわかります」


 ちらりとセロンを見ると、ため息をひとつついて後を引き受けてくれた。


「あのゴブリン達を寄せ付けないとなるとかなりの強さの薬がいる。まん中のだとすると1瓶で銀貨15枚だ。それをこの村を守るだけ、となれば、一晩で20瓶はいるな」

「…逃げるときに使うとしたらどうでしょうか?」

「何人で逃げるかにもよるが、移動中も使うとしたら1日3瓶で、それが1回5本程度はいるだろう。それをかける日数だな」


 この村から防壁のあるキチンとした街までは歩いて15日ほどだ。

 女子供がいることを考えたら20日はかかる。

 1日15本、それが20日だ。


「…300本」


 呟いた私に、計算早いな、とセロンは言う。


「マゥ、300本の魔物避けを作るとしたら、どれくらいの薬草がいる?」

「かなりの量です。実際にこの森で生えてるところを見てないのでなんとも言えませんが、多分300本作れません」

「それに銀貨で4500枚。金貨でも450枚。定価でそれだ。そんなの払えないだろ」


 流石にそこまでの金額になるとは思ってなかったのは村長は青ざめている。


「しかも材料集めが危険となれば1本の値段が倍になったっておかしくない。格安…というよりタダみたいな依頼料で薬草採ってきてもらった上に、これだけ薬作ってもらえたんだ。しかも、定価で売ってくれるという。これ以上の無茶を言ったら出ていくと言われても俺は止められないな」


 セロンが強い調子でそう言うと村長は引いた。

 初日に私が何人かの村人が治癒していたこともあり、今、私を失うのは得策ではないと判断したのだろ。


「じゃ、俺らはいくわ」


 このまま、ここにいてもいいことはないのはわかるので私も立ち上がった。


 村長の家を出て、私の借りた家へと向かう。

 セロンに薬を運ぶのを手伝ってもらうためだ。

 家に入って、気配を伺って、人気のないことを確かめたセロンはいきなり頭を下げた。


「すまん」


 謝られる理由がわからなくて慌てる私に、人がいいな。とセロンが言う。


「俺が引き留めたせいで厄介ごとに巻き込んだからな」

「いえ、決めたのは私です」

「だとしても人は甘える。やってくれると思うと際限なく甘える。それはお互いにとってよくないんだよ。だから、マゥは早めにここを去った方がいいかもしれない」

「え?伝令さんが戻ってくるまでいるんじゃ?」


 セロンはガリガリと頭をかく。


「俺はな、命の恩人が利用されて潰されるところなんて見たくないんだよ」

「どういうことですか?」


 セロンは私から目を逸らした。


「村のやつらも兵達もお前を逃がさないために、利用するためには閉じ込めることも、お前自身を傷付けることも辞さないだろう。瘴気でおかしくなるのは魔物だけじゃないんだよ。人間も動物も野蛮になる。自分の利益のためには人を傷つけてもいい、と思うようになるんだよ」


 確かにその通りだろう。今、私がこの世界にいるのはこの世界を瘴気から守ろうとした人達のせいなのだから。


「わけ前のことで同士討ちをはじめた奴もいるし、人の獲物を横取りする奴もいる。賭け事や詐欺をする奴も。瘴気が濃くなるとそういう奴が増えるんだよ。魔物が強くなるだけじゃない。トラブルや犯罪が増えるから、国は対策に乗り出すんだ」


 言葉が出ない私の頬にセロンがそっと触れる。


「それなりに情報を集めりゃわかることだが、知ろうとしなけきゃわからないことだ。だから大半の人間はこんなことは知らない」

「…セロンさんは何故知ってるんですか?」


 疑問が思わず口に出た。

 セロンは私と目を合わせると格安で依頼を受けてくれたからな、と話してくれた。

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