セロンの事情
セロンは別の大陸の騎士。
貴族の三男として生まれ、家を継ぐ可能性がなかったので騎士団に入ることにして武勇を磨いた。
騎士団に入り、国のために働けることに誇りをもっていた。
魔物を狩り、賊を狩り、人々を守り、王を守る。
そのことは今でもセロンの誇りだ。
それなのに斧を使っているのは剣を使えば元騎士であることがわかるから。
国から追っ手がかかっているわけではないが、国を捨てたのだから剣も捨てた、ということらしい。
騎士として誇りを持っていたセロンが国を出たのは瘴気対策に国が異世界召喚をしようとしたから。
何故反対したのかといえば、それは1人を呼び出すためには最低でも5人の命が犠牲になるという危険な魔法だからだ。
しかも、その儀式は必ず成功することでもなく、むしろ失敗する確率がかなり高い。
それに異世界召喚されたとしてもその者達が瘴気を浄化出来るかは召喚してみなくてはわからない。
しかも、一度こちらの世界に呼んだら戻せないというのだ。
さらに、召喚相手に許可をとるわけでもない。
それは誘拐や拉致と変わらない。
村や街で賊や奴隷商人に拐われた人達を救うために動いてきたセロンからしたら許せなかった。
その上で国民の命を犠牲にするなどと言われては納得出来るものでもなかった。
セロンは話の途中で疲れたように椅子に座った。
この家には他にベンチしかなかったので、私はそのまま立って話を聞いている。
「だけどな、瘴気を放置すれば国どころか大陸が滅ぶんだ」
「え?」
苦々しく言い放ったセロンを目元を隠すように覆う。
なんと言っていいかわからない。
大陸が滅ぶってどういうことなんだろう。
私達の召喚でも人が死んだのだろうか。
全部、初めて聞く話で私は動揺していた。
「マゥは滅んだ大陸のお伽話を知らないのか?」
しばらくしてセロンはそう言った。
私は首を振って知らないことを伝える。
「そうか。知らないか」
それは教訓というか、戒めのような話らしい。
その昔、瘴気を自分で浄化するのではなく他の国にやってもらおうと考えた国があった。
その国は瘴気の兆候をいち早く掴み、他の国が瘴気をなんとかしてくれる間、籠れるだけの要塞を作り、食料を備蓄をした。
その国がなにをやっているのか気付いた時、周辺諸国は抗議はしたが、魔物には国境など関係はない。
自国に魔物が来るならば退治するしかなかった。
魔物対策に終われて、周辺諸国はその国と戦争する余裕はなく、結局、その国はそのまま瘴気対策を人任せにしたまま乗りきってしまった。
しかも瘴気対策で疲弊していた周辺諸国はその国に戦争を仕掛けることも出来なかった。
そうなると、同じことをする国が増える。
当時は瘴気が溢れる頻度が今のように100~200年に一度ではなく、数年から数十年に一度だったので人任せにしようとしするその試みを人々は忘れなかった。
幾つのも国が真似をして、魔物対策をする国だけが疲弊していく。
とうとう、その大陸では魔物も瘴気もやり過ごせばいい、と皆が考えるようになったのだ。
誰もなにもしない。
そうなると魔物は強くなるばかり。
瘴気は浄化されないままだ。
結果、人々は街や砦、要塞から出ることもできなくて餓えていく。
それは動物や魔物も例外ではない。
森や草を食いつくし、魔物同士で共食いをはじめる。
最終的に強い個体だけが残り砦や要塞を襲いはじめた。
そんな魔物に人が抵抗できるはずもなく、最後の1人まで魔物の腹におさまり、その大陸に人はいなくなった。
そうして、誰も瘴気を浄化することがなくなった大陸には魔物が溢れて不毛な地となり、最後は大陸が海に沈んだ。
「瘴気が溢れるままにしておけば、魔物が溢れて人は滅び、大陸は必ず沈むんだ」
「そ…んな…」
そんなことは聞いていない。
魔物を、瘴気をどうにかしないと国が滅ぶから助けてほしいとは聞いた。
大陸が沈んだことがあることも聞いた。
でも、瘴気をなんとか出来なければ必ず大陸が沈むとは聞いてはいない。
動揺する私を見て、セロンは口の端を歪めるように笑う。
「俺も小さな頃に聞いた時はそんな風に言った。大人になってからはお伽話だと思ってた。だけど、この話は事実なんだ。それを俺は城の記録で知った。人のエゴや欲望も怖いけどな、この話で怖いのは瘴気対策に失敗したら大陸は沈むってことなんだよ。この大陸は自業自得かもしれない。だけど、必死に瘴気と戦っても、負けたら大陸は沈むんだ。そうやって人は住む場所を減らしてきた。今残る群島の殆どは沈んだ大陸の名残なんだよ」
何故、あれほど必死にあの国の人間が召喚した人間を聖女や勇者と崇め、煽り、瘴気対策に向かわせようとしたのかが、初めてわかった気がする。
拉致してもそれを悪いとも思わない理由も。
「…俺がこの大陸にきた本当の理由はこの大陸のエリーゼ国だけが人死を出さずに異世界召喚をしているからなんだ。しかも、エリーゼ国は異世界の人達に許可をとってからの召喚を可能にしてるという。それに、召喚した異世界人は瘴気に対向する術を皆、有しているという。秘技だろうが、その召喚術がわかれば、異世界召喚は誘拐じゃなくなる。そうすればこの世界で人々が助かる可能性は高くなるんだ」
嘘よ!と叫びたかったが、出来なかった。
ここで、私が異世界人だとわかれば、セロンは色々聞くだろう。
そして、絶望する。
だって、私は瘴気に対抗する術を持たない。
治癒魔法や変な結界を持つだけのただの人間で、しかも、瘴気対策を投げ出した。
そう、つまり、お伽噺で瘴気対策を人任せにした国と変わらない。
吐き気がこみ上げて、目の前が暗くなる。
これが、バレたら私は世界中の人を敵に回すのではないだろうか。
だから、エリーゼ国の人間は私が国の外に出るのを止めようとしたのではないだろうか。
知らないことが多すぎて、考えがまとまらない。
倒れそうになる私をセロンが支えて、ベンチへと座らせてくれた。
「すまん。重い話だったな。マゥに話すようなことじゃなかった。俺もこの環境に疲れてるのかもしれない。悪かった」
「いえ…」
セロンさんは悪くない。
知らないまま、放置していたのは私だ。
お伽話は多分調べればすぐにわかる話だし、瘴気対策をしなければどうなるのかも、根気よく調べたらわかったかもしれない話だ。
でも、私は調べなかった。
拉致されたことに怒るばかりで、そこから逃げることばかりを考えていた。
青い顔をして黙る私の背中をセロンがゆっくりと撫でる。
「もう、俺は逃げたくないし、逃げられない。魔物をひとつでも多く狩ることが瘴気対策になることを知っているから。それに冒険者として名を上げれば、国から指名依頼が来ることもある。それがエリーゼ国ならば、もしかしたら異世界召喚の魔法を依頼料と望むことも出来るかもしれないんだ」
エリーゼ国の召喚ならば人は死なないかもしれない。でも、拉致であることは変わらない。
なにより、瘴気に対抗する術を持たない異世界人がいることを知ったら、この人はどうするのだろう。
「ま、見果てぬ夢って奴だな。それにエリーゼ国は今回も異世界召喚して、既に成果を上げているしな。だから、この大陸に少しずつ人が集まりつつあるんだよ」
「え?」
不思議そうに顔をあげた私にセロンが説明してくれた。
「今回、異世界召喚を成功させたのはエリーゼ国だけだ。最初はここが一番瘴気が強くて危険だと思われていたが、今は違う。召喚に成功して聖女様達が成果をあげている。つまり、瘴気対策が一番万全なのがこの大陸ってことだからな。戦う術を持たない人達が移住をしたいと願う気持ちもわかるだろう」
あぁ、なるほど。
世界の中で一番安全なわけだ。
でも、それは、異世界から私達を拉致して得た安全だよね?
下を向いてゆっくり呼吸をする。
段々と腹が立ってきた。
確かに私は逃げ出した。
でも、それが許されたのは私に瘴気をどうにかする力がないからだ。
もし、力があればあの国は是が非でも、瘴気対策に私を向かわせている。他の聖女にそうしたように。
それに、無理矢理呼び出して、仕事を押し付けて、それが達成されない時は死ぬことを隠して。
優しさのつもりも知れないけどそんなの違う。
セロンさんは異世界召喚を誘拐だとは言っていたけど、異世界から召喚することそのものは別にいいと思っている。
でも、それってお伽噺の瘴気対策を別の国に押し付けた人達と変わらないよね?
自分達だって戦うかもしれないけど、他の人にやらせていることは変わらない。
適材適所と言われればそれだけかもしれないけど、違う。
やりたいわけでも、やらなくちゃいけないわけでもない。
多分、元の世界に帰れるなら帰りたい人の方が多いだろう。
うん、少し冷静になれた。
この世界や人が滅ぶかもしれないけれど私にはそれを止める力はない。
出来ることはないのだ。
深呼吸をしてセロンをまっすぐ見る。
「そうですね。わかります。安全度が高いこの大陸に移住してくる人が多いのも、ゴブリンキングの怖さをわからない村の人達がここから離れたくないのも、セロンさん達をバカにするのもよくわかります」
いきなりしっかりとした私を見てセロンは首を傾げる。
怒りが私を支えていた。
異世界召喚が瘴気対策を人任せにして滅んだ大陸とやってることが変わらないことに何故、この世界の人達は気付かないのだろう。
今だってそうだ。
確かに村を守りきる力はないかもしれない。
それでも文句ばかりではなく、やれることはある。
それなのにそれをしないで税を納めてるから守ってもらって当然というのはいかがなものかと思うのだ。
変わらない。この世界はトップも庶民も変わらない。
ううん、きっと日本でも同じだったかもしれない。だとしても、それをここまであからさまに見せつけられると気分が悪くなる。
「この話をわざわざ、私にしたのは…ある種の人達は人を利用して使い潰すことにためらいがない。だから、逃げろって言いたいからですよね?」
ハッキリと口にした私にセロンはちょっと困った顔をする。
「まぁ、うん。そうだ。俺達だって君を利用した」
「セロンさん達はちゃんと状況を話してくれましたし、今も逃げる算段をつけてくれてます」
こういう人がいるから少しだけ救われる。
でもきっとセロンさんは損も多いだろう。
「…伝令さんが戻る前に私が出ていっても大丈夫ですか?」
「あれだけ薬を作ってくれたし、魔物も今のところ大人しい。まぁ、なんとかなるだろう」
なんとかならなくてもなんとかするさ、とセロンは笑う。
「なら明日出ていきます。これ以上ここにいても私が出来ることはありませんし、雇い主であるセロンさんがいいと仰るなら、そうさせてもらいます」
「あぁ、十分だ。ありがとう」
その後は薬を詰めて運ぶのを手伝ってもらった。
手が空いた私はクゥに会いに行き、明日が出発なことをクゥに告げる。
クゥはわかった、というように鳴いてから、仲間のもとへ向かう。
私は明日に備えて、こっそりと村を抜け出した。




